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ガストロイをアリスが占領してから、半月ほどが経過する。
その間に、アリスは休む暇もないくらいに忙しく働いていた。
その中でも一番重要だったのは、やはり役人の処遇だろう。
シンやマルクスに前もって言ってあった通り、軽い横領や賄賂といった罪を犯していた相手に対しては、自分はそれを知っていると匂わせるだけにして、実際に処分することはなかった。
だが、同じ横領であっても中には額の桁が一つ二つ違うような者もいる。
そのような者は、街中で大々的にその罪を告げ、牢屋に送られることになる。
アリスとしては、そのような人気取りは決して好みではない。
だが、ガストロイを占拠したばかりの今の状況を考えると、少しでも人気取りをする必要があった。
……結果として、その役人の家族も被害を受けることになったが、アリスはそれを当然のことだと、特に気にしていない。
むしろ、連座制のように家族にも罰を与えなかっただけ、温情のある沙汰と言えるだろう。
もっとも、役人が横領していた分の金額はしっかりと返却させたが。
金を使ってもうない場合は、それこそ財産の類を売って金を作らせていた。
……それでも全ての額を徴収出来なかったのは、それだけ金遣いが荒かったという証だろう。
結局、そのようにして捕まった役人の家族は、大半がそのままガストロイから出ていった。
このままガストロイにいても、決して安心して生活を送れないと理解しているからだろう。
他にも、アリスが占拠したことによって反乱軍との戦いになるだろうと予想し、それを嫌った者たちもガストロイを出ていった。
逆に、金や戦いの臭いを嗅ぎつけ、ガストロイにやって来た者もいたが。
ともあれ、現在のガストロイは半ば臨戦態勢に入っている。
ガストロイをアリスが占拠したという話は、当然のようにすぐに広まるはずだった。
今まではアリスが山賊山脈にいたり、山賊山脈を出たかと思えば好き放題に移動したりといった様子で、どこにいるのかというのは正確には分からなかった。
だが、今は違う。こうしてガストロイにいるとはっきりしている以上、アリスを倒すなり捕獲するなりといったことを狙った者の多くがガストロイに向かうだろう。
アリスもそうだが、ミストラ王国において鉱山都市のガストロイは重要拠点で、そこを押さえられたままというのは自殺行為以外のなにものでもないのだから。
だからこそ、それに対処するために現在のガストロイは戦時体制に入っているのだ。
「……まさか、お嬢ちゃんがアリス王女だとは思わなかったな。素直に驚いた」
そんな忙しい中、アリスは一人のドワーフと面会をしていた。
「私もですわ。……けど、考えてみれば当然なのかもしれませんわね。以前に貴方と会ったときから、もしかしたらこうなることが決まっていたのかも」
そう言い、アリスは笑みを浮かべてから、紅茶を飲む。
鉱山都市たるガストロイで、紅茶はそれなりに貴重品だ。
だが、エドワルドの家には自分が飲むため……もしくは招待した役者たちにご馳走するためか、結構な量の……それも様々な種類の紅茶の茶葉が保存されていた。
中には非常に貴重な……それこそ同じ重さの砂金で取引されるような、場合によってはそれ以上に効果な茶葉もある。
その茶葉を手に入れるのに使われた財源は、ガストロイの住民からの税金だろう。
ドワーフもそれが分かっているからか、紅茶を口に運んでも厳しい表情のままだ。
……もっとも、ドワーフだから紅茶よりも酒の方がよかったというだけかもしれないが。
「その辺りの話は気になるが、まずはこれからのことだ。……正直なところを言わせてもらえば、儂はあんたたちに感謝をしている。あのままでは、いずれガストロイ限界を迎えていただろうからな」
「喜んでもらえて嬉しいですわね。てっきり、内乱に巻き込むなと怒るかと思いましたが」
「その気持ちがないとは言わん。だが、ガストロイの状況を思えば、あのままでは恐らく時間が経つにつれてどうしようもなくなっていたはず。その状況を一変してくれたのだから、それで喜ぶなという方が無理だろう」
喜び、悔恨、嬉しさ、怒り……様々な表情が混ざったような、複雑な表情を浮かべるドワーフ。
ガストロイに住むドワーフを纏めているのが、このドワーフ……スティーグ・ハーンだった。
現状のままでは、ガストロイにいるドワーフは最悪の結果を迎えることになる。
それをどうにかするべく、ガストロイの外にいる知り合いに会いに行っていたのだが……戻ってきてみれば、長年の懸案はあっさりと解決していた。
スティーグにしてみれば、完全に肩すかしをくらった形だろう。
とはいえ、ドワーフたちを苦境から救ってもらったのだから、それで不満を持つことはなかったが。
「それに、儂はあんたらに感謝をしなければならねえ」
「感謝、ですの? 一体何を?」
「……エドワルドの野郎が送ってきた刺客を、あんたらが倒してくれただろう」
そう言われたアリスは、スティーグと初めて会ったときのことを思い出す。
あのとき、スティーグたちと別れたあとで、蛇王の面々は騎兵隊と遭遇したのだ。
恐らくそのことを言っているのだろうと、
「気にしなくてもいいですのに。あの一件は、こちらとしても得られる物が多かったですし」
それは実際、嘘ではない。
騎兵の馬や兵士たちの使っていた武器、防具といった代物。
特に馬は、大人数で移動している蛇王にしてみれば、いくらあっても困ることはない。
……もっとも、馬が多くなればその分だけ世話に手間がかかるし、食事も干し草を用意する必要があるのだが。
一日や二日程度なら、草原辺りに連れていってそこに生えている草を食べさせるという方法もあるが、そのような生活が続けば馬も力がなくなるし、体調を崩したりもする。
とはいえ、そうなっても最悪の場合は食料になったりもするので、多くいて困ることはないのだが。
「あー……取りあえず、そっちにかんして儂は聞かなかったことにしておくよ。それで、だ。これからのガストロイのことだが……今のままでいいんだな?」
今のまま……それは、アリスが現在行っている、税率の低さにかんしての話だろう。
アリスはそんなスティーグの言葉に、問題はないと頷く。
「構いませんわ。そもそもの話、今までの税率が無茶だったんですもの」
「……助かる。俺たちをこうして助けてくれた恩は、決して忘れない」
「そうしてもらえると、こちらとしても助けた甲斐がありますわね」
アリスの言葉に、スティーグは安心したように頷く。
無償の善意で助けたと言われれば、信用することも出来なかっただろう。
だが、実際に目的があって自分たちを助けたと言われれば、打算であるだけに相手を信頼出来た。
『わああああああああああああ』
と、二人の会話中に不意に聞こえてきた大きな声。
スティーグは一瞬何かがあったのでは? と思ったのだが、その大きな声は悲鳴の類ではなく、一種の歓声に等しい声だ。
それに気が付くと、スティーグの視線はアリスに向けられる。
「蛇王が何かしたんでしょうね。……正直、私も蛇王がここまで受け入れられるとは思っていませんでしたわ」
見た目は典型的な山賊と呼ぶに相応しい外見をしている者が多い蛇王の面々だったが、それでもこうして受け入れられているのは……純粋に、アリスの部下という認識を持っている者が多いからだろう。
また、鉱山で働いている者の中には、そんな蛇王の面々と気の合う者が多いというのも事実だった。
「そうか。……よかった」
ガストロイの住人が喜んでいるのならばと、スティーグはそれ以上は何も言わずに頷くのだった。




