014
シンたちがガストロイにやってきた日の翌日、シンたちの姿はガストロイの中央にある劇場の近くにあった。
今日はガストロイの領主たるエドワルドが、劇場に来る日だ。
昨日の今日でもう暗殺ということに若干忙しさを感じないでもなかったが、それでも出来るだけ早くガストロイの一件をどうにかしなければならない以上、それは望むところだた。
シン、アリス、マルクス。
この三人の中には、昨日の今日だからといって怖じ気づく者はいない。
……情報を集めているサンディは早いと思っていたが、実際に戦闘に参加する訳ではないので、特に不満を口にはしない。
実際に今もこの劇場の前にサンディはいないのだから。
「さて、じゃあ中に入る訳だけど……私とシンはともかく、マルクスはちょっと困りますわね」
一見してシンは山賊には見えないし、傭兵を率いている人物のようにも見えない。
アリスは言うまでもなく王女として育ってきたので、問題はない。
だが、マルクスだけは違う。
生粋の山賊と言うべき存在であるためか、間違いなくマルクスが劇場に入れば目立ってしまう。
今回の暗殺をする上で、最初は客として演劇を見る必要があるために、マルクスの存在は少し困るところがあるのも事実だった。
「護衛とかでいいんじゃないか?」
「護衛……言われてみれば、それがいいかしら」
実際に巨漢と呼ぶに相応しいマルクスは、護衛と言われてもあまり不自然なところはない。
「儂が護衛か。……それはそれで面白そうだな」
アリスが口にした護衛という言葉が気に入ったのか、マルクスは口元に笑みを浮かべて呟く。
山賊……いや、元山賊の自分が護衛をするというのは、その言葉通り面白いと思えたのだろう。
「正式な護衛としては問題あるかもしれませんが、今日はそこまで格式張った日ではないのが幸いですわね」
演劇と言っても、そこには色々な格式がある。
それこそ招待状を持った限られた者しか参加することが出来ないような日もあれば、入場料を払えば誰でも参加出来るような日もある。
今日は後者で、実際に何人もの者たちが劇場に入っていく光景が、シンたちからも見えていた。
もっとも、劇場に入っていくのはあくまでも商談か何かでガストトロイに訪れている者か、ガストロイに住んでいてもエドワルドとお近づきになりたいような者だけだが。
そのような日であるため、今日は誰でも料金を支払えば劇場に入ることが出来る。
「なら、行くか。エドワルドをどうにかするにしても、とにかく中に入らないといけないしな。それにエドワルドがいる場所が決まってるのは、この場合助かるし」
演劇に熱中しているエドワルドだけに、その演劇を見るときは一番いい場所を……専用の席を用意するのは当然だった。
つまり、その専用の席で待っていれば、自然と標的のエドワルドはやって来ることになる。
とはいえ、エドワルドの周辺には当然ながら護衛の者もいるので、まずそちらをどうにかする必要があったが。
「取りあえず中に入らないか? いつまでも劇場の側でこうしていれば、どうしても目立つし」
そう言ったのは、この中で一番目立つという自覚を持っているマルクス。
実際に劇場に向かう者の中には、マルクスたちに視線を向けている者もいる。
「そうですわね。ここで目立っても意味はない……どころか、不利になるだけですし、行きましょうか」
アリスに促され、シンたちは入場料を支払って劇場に入っていく。
もしこれが、貴族たちも多く集まるようなときであれば、招待状といった物が必要となる。
しかし、今日はそこまで堅苦しい訳ではなく、誰であっても入場料さえ支払えば劇を見ることが出来る日だ。
そういう意味では、招待状を手に入れるのが難しいシンたちにとって、幸運だったと言えるだろう。
もっとも、劇場に演劇を見に来るのはエドワルドと近しい者か、お近づきになりたい者だ。
ガストロイの住人の多くは、自分たちが搾取された結果生み出された劇場に行きたいとは、到底思えなかった。
結果として、ここにガストロイの一般的な住人……鉱山関係者はいない。
アリスたちも、訳ありの貴族といった風を装っている。
……実際、その設定は間違っていないのだが。アリスは貴族ではなく王族だという点が違うが。
入場料を支払い、劇場の中に入った三人はまずは建物がどのような構造になっているのかを調べていく。
建物の中を見てシンがまず思ったのは、非常に豪華な作りだということだった。
これだけの建物をこの世界の技術……科学が進んでおらず、重機の類もない状況で建造するのに、一体どれだけの資金と労力が必要なのか。
(ああ、でもゴーレムとかを使って重機代わりにするって以前サンドラから何かの拍子で聞いたような……そう考えると、俺が予想していたよりも安く出来るのか? まぁ、安いと言っても結局のところとんでもない金額なんだろうけど)
貴族も招待するような場所で、演劇に入れ込んでいるエドワルドがその趣味を全開にし、金に糸目を付けずに建てた劇場だ。
多少建築費用が安くなったところで、それは誤差程度の違いしかないだろう。
そんな風に考えつつも、この劇場が素晴らしい建物だというのは、シンも認めざるを得ない。
金に任せて、腕のいい建築家に設計させたのだから、それも当然だろうが。
とはいえ、普通ならそういうときはエドワルドが口を出して建物のバランスを崩したりするのだが、そういう様子もない。
これが、単純にエドワルドが口出しをしなかったからなのか、それとも口出しをしてもこれだけの建物に出来るだけのセンスを持っていたからなのか。
その辺はシンにも分からなかったが。
「シン」
建物を見ていたシンは、マルクスの言葉に視線を向ける。
その視線の先には二階に続く階段があり、そこが貴族たち専用の閲覧席だというのは明らかだった。
そして、今回の目的たるエドワルドがいるのも。
当然ながら、その階段の前には護衛として筋骨隆々の、見るからに強そうだと思えるような男たちが立っており、その先に許可された者以外は進ませないようにしている。
(行くか?)
一瞬そう思ったシンだったが、アリスがその腕に触れて首を横に振る。
何故? と思ったシンだったが、アリスはシンの耳元で小さく呟く。
「まだ劇が始まるまで時間があるわ」
つまり、まだ席にエドワルドが来ていない可能性があるということだ。
シンたちが集めたエドワルドの情報から考えると、決して演劇の開始に遅れないようにすでに自分の席にいる可能性もある。
だが、それは確実ではない。
もちろん、それ以外に手段がないのであれば、ここで暗殺に向かっても構わないのだが、少し待てば……実際に演劇が始まるまで待てば、間違いなく目的はそこに来るというのであれば、ここで無茶をする必要はない。
「そうだな。なら、俺たちも自分の席に戻るか。実際に演劇が始まるまでは、結構時間がかかりそうだけど」
シンの言葉にアリスは頷くが、マルクスは嫌そうな表情を浮かべる。
マルクスにしてみれば、演劇が始まるまでずっと待っているというのは暇だし、そもそも演劇そのものにも興味はない。
身体を動かす方が得意である以上、この状況ではあまり嬉しいものではなかった。
かといって、シンやアリスの護衛という役割でここにいる以上……また、暗殺のときに最大限仕事を出来るように、劇場の外に出ているという選択肢は存在しない。
仕方がないと諦めながら、マルクスはシンたちと一緒に演劇を見るための観客席に向かうのだった。




