013
劇場で行われる演劇。
それは、貴族としては普通の趣味だろう。
……ただし、このガストロイの領主たるエドワルド・ガーデンは違う。
小さな頃から演劇を見るのが好きで、好きで、好きで、とにかく演劇が好きだった。
そのため、自分の満足できる演劇のための劇場をガストロイに建造するほどに。
当然のようにその劇場を建設するための資金は、ガストロイの住人から搾取したものだ。
それ以外にも自分が贅沢をするために、限界近く……場合によっては限界以上にガストロイの住人は搾取されていた。
そのような人物なので、ガストロイの住人からは当然のように嫌われている。
それこそ、蛇蝎のごとくという言葉が相応しいほどに。
そんなエドワルドではあるが、劇団の役者からは好かれている。
当然だろう。自分たちの演劇を見るためだけに、最高級の……それこそ、王都ですら存在しないような劇場を建ててくれたのだから。
そのうえ、演劇を見る目もしっかりとある。
大勢の前で劇をして人気を得るということは、当然ながら役者の顔立ちも整っていなければならない。
劇場のある場所によっては、その土地を治めている貴族や代官から一晩付き合うようにと命じられることもある。
だが、エドワルドは純粋に演劇を好むために、劇団員全員を呼んで豪華な歓迎パーティを開くようなことはあっても、女優を一晩貸せといったようなことは言わない。
そして演劇をやる上での報酬も弾んでくれるのだから、演劇をやっている者に人気が出ない訳がなかった。
……もっとも、それらで使用される金の全ては、ガストロイで暮らしている者たちから搾取しているのだが。
演劇をする者にしてみれば、エドワルドというのは理想的ですらあるだろう。
だが、それ以外の者……ガストロイの住人にとって、エドワルドという人物は最悪という言葉でしか言い表せない人物だった。
「なるほどね。……芸術の後押しをするのも、貴族や王族の義務の一つですもの。その度合いはともかく、行為そのものは間違っていませんわね」
男たちから聞いた話と、サンディが集めてきた情報を纏めたところで、アリスが呟く。
現在シンたちがいるのは、領主の暗殺に協力するといった男たちが用意した部屋だ。
シンたちの機嫌を損ねたくないのか、それともよほど期待しているのか。
ともあれ、用意された部屋はそれなりに上等な部屋だった。
もっとも、その上等というのはあくまでも洞窟に住んでいた頃に比べてのものであって、王城に住んでいたアリスにしてみれば粗末というしかなかったが。
しかし、アリスはただの王女ではなく鮮血の王女の異名を持つ女だ。
幾度となく戦場に出たこともあり、戦場での生活も知っている。
何よりもある程度の期間はシンたちと一緒に山賊として暮らしもしたのだ。
それに比べれば、この部屋には感謝こそすれ、文句を言うようなつもりはない。
「自分の財産でそういうのをやっていれば、問題はなかったんだろうけどな。……ガストロイもエドワルドにとっては自分の領地だから、自分の財産と言えなくもないけど」
「ふんっ、演劇なんて何が面白いんだか」
マルクスが面白くなさそうに呟くが、シンもその意見には反対しない。
父親に連れられてオペラやら何やらを見に行ったことが何度かあるが、シンはそれを見てもとても面白いとは思えなかったのだ。
あるいは、もっと成長したあとでなら、オペラの類を見ても面白いと思ったかもしれないが。
少なくとも、オペラや演劇を見ても、シンはそこでのめり込むという気持ちは理解出来ない。
「趣味はひとそれぞれって奴だろ。……それで、暗殺をするのはその劇場に演劇を見に来たときってことでいいんだよな? 当然護衛の類はいるだろうけど」
エドワルドも、自分がガストロイの住人に恨まれているというのは知っている。
護衛の一人もなく、自分だけで街中を移動するなどといった真似はしないだろう。
「護衛がどの程度の腕なのかによりますわね。問題がないようでしたら、そのまま暗殺をしても構いませんわね」
「護衛か。……サンディ、お前に探ってもらうことになると思うけど、大丈夫か?」
「はい。僕がシンのお頭と一緒に来たのは、情報を集めるためです。その役目は果たしてみせます」
シンに向かって、サンディはそう告げる。
かなり無理をしているのは、誰が見ても明らかだ。
だが、サンディはシンに恩を返せるのならと、どんなに難しいことでもやるつもりだった。
サンディは、それだけ深い恩をシンに感じている。
シンがお頭になる前のお頭をやっていたヘルマンは、戦闘に参加出来ないサンディを役立たずと罵り、小間使いとして酷使していた。
もしシンがヘルマンに代わってお頭になっていなければ、それこそサンディは将来的に生き残ることは出来なかっただろう。
それを考えれば、多少無茶をして情報を集めるくらいのことはなんでもない。
「分かった。……ただ、あまり無理はするなよ。お前は蛇王では替えの利かない存在なんだからな」
それは、嘘でもお世辞でも冗談でも何でもない、正真正銘の真実だ。
蛇王の中には偵察が得意な奴もいるのだが、そんな者たちを含めもサンディの能力は突出している。
もちろん、他の者たちは偵察の他に戦闘も普通に出来るので、いざとなったときは戦うという選択肢が存在しているのに対し、サンディが敵に見つかった場合は逃走という選択肢しかないのだが。
「はい!」
サンディはシンの声に嬉しそうに頷き、早速情報を集めるべく、家から出て行く。
「いいのか? 儂の目にはあの嬢ちゃん、少し張り切りすぎているように見えたが」
「大丈夫だ。サンディもその辺はしっかりと分かってるよ。自分のやるべきことはしっかりとやるし、出来ないことは無理はしない」
「だと、いいんだけどな。……話を変えるか。それでエドワルドだったか。ここの領主を暗殺するのはいいんだが、聞いた話によると演劇をやってる連中には高い人気を持ってるんだろう? それは危なくないか?」
シンも、マルクスが何を言いたいのかが分かった。
演劇を保護する立場を取っているエドワルドだが、そのエドワルドが死ねば、当然のようにエドワルドを慕っていた役者たちはそれを行った者に強い不満を抱くだろう。
そうなった場合、そのときは何もなかったとしても、演劇をやっているだけに、後日その辺をいいように解釈されてエドワルド暗殺が演劇として広められかねない。
当然そうなった場合の悪役は役者たちが慕っていたエドワルドを暗殺した者……アリスたちであり、それが他の都市や街で公開されるようなことがあった場合、アリスが反乱軍と戦う上で色々と問題となるのは間違いなかった。
「その辺はどうしようもないですわね。役者の人たちに、ガストロイがどれだけ搾取されていたのかを知らせるくらいしか、やれることはありませんわ」
「そうなると、役者の中にどれだけ良識的な奴がいるかってことだな。……俺が言うのも何だけど」
山賊山脈の山賊を統べる立場にいるシンが良識的といったところで、それこそ冗談か何かのようにしか思えない。
自分で自分の言葉に思わず笑いそうになる。
そんなシンの様子に、アリスは何かを言おうとし、止めて別のことを口にする。
「取りあえず役者の人たちには、そういう対応で。……とはいえ、それで完全に納得するとは思えないのだけれど。その場合は、最悪の手段となるかもしれませんわね」
そう告げるアリスに、シンやマルクスも頷くのだった。




