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004

 騎兵隊に向けて真っ先に攻撃したのは、元猟師で弓の腕という一点では山賊山脈でも有数の実力者たるジャルンカ。

 ジャルンカ以外にも、何人か弓の腕に自信のある者がそれぞれ矢を射る。

 本来なら、ジャルンカが率いている弓兵の全員で矢を射ればよかったのだが、弓兵の中にはそこまで弓が得意ではない者もいる。

 そのような者までもが矢を射った場合、馬に乗ってる兵士はともかくとして、馬に矢が刺さってしまう可能性もあった。

 シンたちにとって、馬というのはかなり貴重だ。

 特に騎兵が使うような、戦場でも臆することがないように訓練された馬は。

 馬というのは多少の例外はあれど、基本的に臆病な動物だ。

 傭兵団蛇王としては、これから戦場で戦うことが多くなる以上、そのような馬はいくらあっても困ることはない。……与える飼料だったり、世話をしたりといった問題は多少あるが。

 そんな訳で、ジャルンカを初めとして弓の技量に優れた者たちがとった行動は、最善と言ってもいい。

 事実、射られた矢は騎兵の首に突き刺さって一撃で行動不能にして馬から落ちた者もいれば、手足を矢が射貫いてそのまま落馬した者もいる。

 だが、それでも五人全員をどうにか出来る訳ではなく、何人かは目の前にいるのが危険な存在だとしり、慌てて馬主を返そうとし……


「ヒヒヒヒヒィンッ!」


 その瞬間、不意に馬が嘶きを上げながら暴れて兵士の言うことを聞かなくなり、背中の兵士を落とす。


「な、何がっ!?」


 地面に落ちた兵士が慌てて馬に視線を向けるが……そんな兵士が見たのは、何故か馬の足の一本に十匹以上の蛇が巻き付いている姿。

 そのようになっているのは自分の馬だけではなく、他の逃げようとした者の馬も同様だった。


「運が悪かったな」


 混乱した状態の兵士がそんな声を聞き……半ば反射的に声のした方に視線を向けると、底では大柄な男が斧を自分に向かって振り下ろそうとしているところだった。


「ちょっ、ま、待て! 俺たちを殺して、ただですむと思ってるのか!」


 そう叫ぶ兵士だったが、斧を持っている男は全く気にした様子もなく振り下ろし……兵士は短い一生を終える。

 他の落馬した兵士たちも、その全員が蛇王の者たちによって命を奪われおり、それ以外では馬の扱いに慣れている者たちが暴れている馬を落ち着かせる。


「相変わらずの能力だな」


 斧を持った男……マルクスは、いつの間にか姿を現して馬の動きを止めた多くの蛇たちを眺めながら呟く。

 既に、蛇たちはそれぞれが姿を消している。

 蛇を自由に操る能力。

 それは、山賊山脈においてシンの率いる山賊団が大きく勢力を伸ばすことになった理由の一つでもある。

 その能力も、シンが有している力……バジリスクというモンスターの能力の一端でしかない。

 傭兵団の名前たる蛇王というのも、蛇たちの王であるバジリスクの能力を持つシンをイメージしてつけられた名前だ。

 ……シン本人は、蛇王という名前に若干思うところがあったようだが。


「兵士たちを調べろ! 何か使えそうな物があったら、剥ぎ取っておけ!」


 シンの命令に蛇王の者たちは喜んで死体となった兵士から鎧や金目の物を奪う。

 中には、何を考えたのか服を剥ぎ取っている者すらいた。

 元々蛇王は山賊出身だけに、この手の作業も素早く行われる。


「……意外だな」

「何がですか?」


 シンの言葉に、サンドラは特に動揺した様子もなくそう返す。


「そんなところがだよ。元貴族だけに、こういう真似は面白くないとか言うと思ったんだが」


 戦場においては、死体から金目の物を奪うというのは珍しい話ではない。

 それどころか、孤児の類にとっては戦場で死体から剥ぎ取った武器や防具を売ることが出来れば、大きな収入になる。

 場合によっては、その資金で表の世界に戻ることが出来るかもしれない、貴重な収入源の一つだ。

 だが、貴族にしてみれば、自分たちが戦ったあとで死体を漁るような真似をする相手を見て、不愉快に思わないというのはシンにとって予想外だった。

 サンドラはシンの様子に面白そうに笑みを浮かべる。


「山賊団にいる私が、今更そのようなことを言っても意味がないのでは?」

「そう言っても、サンドラが仲間に入ってから山賊らしい行動はしてないだろ」

「そうですね。ただ……私は知っているだけです」

「……何を?」


 不意に真面目な、もしくは深刻な様子を見せて呟いたサンドラに、シンは言葉を促す。


「貴族の中には、死体を漁るような者たちよりも程度の低い連中がいるということを」


 サンドラの様子に、シンが出来るのはその一言を返すだけだった。

 実際にはそんなサンドラに色々と聞きたいことがあるのは間違いなかったのだが、それを聞こうとしてもそれを素直に喋るとは思えなかった。

 サンドラは、シンに強い興味を抱いてこうして行動を共にしているが、全幅の信頼を抱いている訳ではない。

 だからこそ、今この状況で何を言っても無駄だろうというのは、シンにも理解出来た。


「シンのお頭、馬を全部集めたっす」


 言葉に困ったのを見計らったかのように、ジャルンカがそう声をかけてくる。


「そうか。それで、馬に傷は?」


 サンドラとの会話を一旦止めて、ジャルンカに尋ねるシン。

 シンにしてみれば、サンドラとの話で暗くなるよりも、馬の状態の方が気になるのは当然のことだった。

 そもそも、人間の醜さを見ている過去を持つということであればシンもそう大差ない。

 父親の道具として使われるために、小さい頃から朝から晩まで複数の習い事をさせられていたのだから。


「取りあえず大丈夫っす。少しだけ怪我をしている馬もいるっすが、かすり傷程度っす」

「そうか。なら、安心だな。ただ、一応傷の治療はしておいてやれ。小さな傷から破傷風になっても面白くないしな」

「破傷風っすか? 分かったっす」


 シンの言ってる言葉の意味まではしっかりと理解出来ていなかったジャルンカだったが、それでも今までの経験から傷を負ったときにそのままにしておけば、それが危険だというのを知っているのだろう。

 元猟師、そして何より元山賊としての経験というのは、大きい。


「あとは……サンディ、ちょっと来てくれ」


 シンの言葉に、少し離れた場所で何も言わずとも周囲を警戒していた小さな……十代前半と思われる少女が走ってくる。


「シンのお頭、僕に何か用ですか?」


 自信なさげにではあったが、それでも自分からそう尋ねてくるのはサンディが以前よりもいくらか積極的になった証だろう。

 元々内向的な性格ではあったが、そのような性格とは裏腹に……いや、もしくはそのような性格だからか、斥候としては非常に優れた才能を持っていた。

 そんな少女にシンは頷き、騎兵隊がやって来た方に視線を向け、口を開く。


「この先をちょっと偵察してきてくれ。もしかしたら、今の騎兵隊はあくまでも先行して来ただけとも考えられる。もしこの先に本体がいれば、可能なら奇襲をしたい」

「分かりました。じゃあ、ちょっと見てきますね」


 小さく頭を下げると、サンディはその場から走り去る。

 そんなサンディの背中を見ていたシンは、右肩にいるハクが小さく鳴き声を上げたことに気が付く。

 どうした? とハクの視線を見ると、こちらに近づいてくるアリスの姿に気が付く。


「アリスか、どうした?」

「いえ、サンディを偵察に出したんですのね」

「ああ。もしかしたら、この先にまだ本隊がいるかもしれないからな。……改めて聞くけど、もし本隊がいた場合、襲ってもいいんだよな?」


 そう尋ねるシンに、アリスは当然ですわと返すのだった。

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