005
「くそっ、何なんだ……何なんだよこれはぁっ!」
騎士が、目の前に広がる光景に叫ぶ。
当然だろう。本来なら、自分が受けた依頼は決して難しいものではなかったはず。
だというのに、何故か……そう、何故か騎士の視線の先では多くの者が石像となっており、無事な者も盗賊にしか見えない者たちに襲われているのだ。
「ヒャッハー! 倒せ、倒せ! こいつら強くねえぞ!」
そんな風に叫びながら、兵士に棍棒を叩きつけている男の姿が見える。
それはここでは決して珍しい光景ではなく、この周辺では同じような光景がそこら中で繰り広げられている。
襲ってきた相手の実力は低くはないが、本来なら決して戦えない相手ではない。
男が率いる部隊の方が人数が少ないとはいえ、それでもしっかりと鍛えているだけに、この程度の実力の持ち主なら、二人を相手にしても有利に戦いを進められるし、三人を相手にしても簡単に勝つことは出来ないが、それでも何とか互角に戦えはするはずだった。
にもかかわらず、ここまで一方的に負けているのは……やはり最初の奇襲が大きかった。
何がどうなったのかは分からないが、いきなり部隊の半分以上の者が石像と化してしまったのだ。
何の前兆もなくそのようなことになったのだから、いくら鍛えていても、混乱するのは当然だろう。
そして混乱した状態を立て直す間もなく盗賊たちが襲ってきた。
……実際は盗賊ではなく元山賊であり、現傭兵なのだが。
ともあれ、いくら実力があって訓練していようとも、いきなり仲間の大半が石化されてしまえば混乱するなという方が無理で、結局騎士が率いる部隊は最悪の結果となってしまう。
「お前の気持ちも分かる。分かるが……シンと敵対したことが運が悪かったと思ってくれ」
ふと聞こえてきた声に、騎士は反射的に長剣を構える。
今までも色々な声が聞こえてきてはいたのだが、それはあくまでも戦場でそれぞれが発している声でしかない。
だが、今の声は明らかに自分に向けて放たれた声だったのだ。
そして言葉の内容から自分の味方ではないというのは明らかであり、そうなればこの状況では敵でしかない。
案の定、騎士が向けた視線の先にいた男は初めて見る男で、姿も騎士の部下ではなく襲ってきた者たちと同じような雰囲気を持っている。
そして何より、男が持っている巨大な斧を見れば、間違いなく戦う気で自分に話しかけてきたのは明らかだ。
その男……マルクスに向かって、騎士は叫ぶ。
「何者だ……何者だ、貴様らっ!」
「何者と言われてもな。えーっと、何だったか。そうそう、傭兵団の蛇王だよ」
「……傭兵団? なら、何故そんな傭兵団などが俺たちと敵対する!?」
「ああ? そんなのはどうでもいいだろ! ……って言いたいとこだが、何も知らねえで死ぬのは悲惨だしな。少しくらいは教えてやるよ。俺たちの雇い主がお前たちを殲滅するように命令したから……だよっ!」
その言葉と共に、振るわれる斧。
それは、ただの山賊が振るう一撃とは、何もかもが違った。
もっている武器の質が違う、その武器を振るうマルクスの技量と力が違う。
もし斧を振るったのがマルクスではなくただの山賊であれば、騎士もその攻撃を防ぐなり、いなすなり、回避するなりといった真似は出来だろう。
騎士というのは、戦いの専門家だ。
兵士も戦いの専門家ではあるが、騎士というのはそんな兵士よりも才能があり、しっかりと鍛えられた存在なのだ。
だが、それでも……いや、だからこそか、騎士は自分が斧の一撃によって数メートルも吹き飛ばされたというのを信じることが出来なかった。
「くっ!」
不幸中の幸いと言うべき、強大な斧の一撃を防いだ長剣は折られたり、手の中から吹き飛ばされたりうしておらず、まだ使える。
その長剣を握り締めながら、騎士は立ち上がろうとし……そこで信じられい光景をみる。
「アリス……王女……」
自国の王女の姿を見て、騎士の動きが止まる。
だが、それは騎士にとって致命的だった。
何故なら、数秒前に自分を吹き飛ばした巨漢の山賊がこちらもまた見て分かるほどの巨大な斧を自分に振り下ろそうとしていたのだから。
もし騎士がアリスの存在に気が付かなければ……もしくは気が付いても無視することが出来れば、その数瞬であっても迎撃の体勢を整えることが出来ただろう。
しかし、それは既に遅い。
騎士に出来るのは、自分に向かって振り下ろされる巨大な斧を見ながら、何故このようになったのかと疑問を抱くことだけだ。
……本来なら、後悔や怒り、憎しみといった感情を抱いてもおかしくはないのだが、アリスという存在を見たことで混乱し、そのような考えを抱けなくなってしまったのだろう。
そして、マルクスの振るう斧が騎士の被っていた兜諸共頭部を粉砕するのだった。
「よし、奪える物は何でも奪え! 特に予備の武器とか食料とか薬とかは忘れるなよ!」
シンの指示によって、全滅した部隊の所持していた各種物資は蛇王の面々によって奪われていく。
先程戦った騎兵隊と同様……いや、人数という点ではこちらの方が圧倒的に多い以上、奪える物は多い。
死んでいる兵士や騎士から武器や鎧の類を嬉々として剥ぎとっている部下たちを眺めながら、シンは少し離れた場所で難しい表情を浮かべているアリスに声をかける。
「どうした? 蛇王の初勝利なんだ、もう少し喜んでもいいんじゃないか?」
「あら、そう言うのなら、シンも喜んではどうですの? そもそも、初勝利というのなら騎兵隊に勝ったときだと思いますが」
シンの言葉に、アリスがそう返す。
もっとも、アリスも初勝利に喜んでいない訳ではない。
だが、アリスにとってこの勝利は最初から約束されていた勝利でしかない。
元々騎士が率いていた部隊と蛇王では数が圧倒的に違う。
戦争をしかけるために用意された部隊ではなく、あくまでも何らかの任務――恐らくはシンたちが遭遇した、ドワーフの乗った馬車の襲撃――を行うためのものである以上、その人数はそこまで多くなるはずもない。
「あの騎兵隊もこの部隊の一員だろ。……けど、あの馬車が所属していたガストロイってのも、そしてこの部隊も反乱軍の貴族のものなんだろ? 同じ仲間どうしなのに、何で襲う? まさか、今の状況で足の引っ張り合いとかは……」
しないだろう?
そう言おうとしたシンだったが、アリスの視線を見て言葉を失う。
何故なら、そこではアリスが嘲りの笑みを浮かべていたためだ。
「残念ですけど……いえ、私たちにすれば幸いかもしれませんが、シンの言葉は当たっていますわ。そもそも反乱軍にしてみれば、すでに王都を制圧したのですもの。これ以上は手を組む必要はありませんわ。少なくとも、今回の一件にかかわっている者はそうなのでしょうね」
「つまり、仲間割れか?」
そう結論づけたシンは、呆れと共にそう告げる。
実際、今の状況を考えれば、呆れしか出てこないというのは事実だった。
だが、アリスはそんなシンの言葉に頷きながらも注意するべく口を開く。
「今回の一件は、反乱軍の中でも無能な者が起こしたことですが、反乱軍全員がそのような無能ではありませんわ。特に爵位が上の者たちにとっては、今このときだからこそ友好的な貴族たちの間で協力をするといったことをする者もいるはずですわ」
「……敵が無能ばかりなら、こっちとしては楽なんだけどな」
「あら、もしそうであれば、そもそも王都を占領されることもなかったでしょうね」
そう告げるアリスは、王都で行われたときの戦闘を思い出しているのか、その目に戦意を滾らせているのだった。




