第33話:我がこのダンジョンのラスボス(1)
まだ子供たちの意識は戻らない。
夕凪は全員を優しく抱きかかえて一ヶ所に集め、クマ太をサンゴの隣に置く。
その時、部屋のどこからか聞き慣れたナゾの声。
「……もうすぐお昼御飯だぞぉ……」
真っ先に反応したのはミカン。カッと目を見開いて起き上がる。
どう見ても、すでに意識があったような素早い動きだった。
「お昼御飯の時間だ。戻らないと一花さんに怒られちゃうよ!」
そう言って、妹たちを揺り起こす。
「むぅ……、もうそんな時間……?」
「いつのまにか寝てしまったようですね」
「……寝てた」
のんびりとした子供たちの様子に、夕凪も思わず笑顔になる。
「みんな、お疲れさま。奥に宝物があるみたいだから、
それをもらってから帰ろうね」
「そうだ! アタシたち大ボスを倒したんだ!
ヒスイ、スミレ、サンゴにクマ太……みんなありがとう!」
「ミカン姉が最後まで頑張ってたからだよ」
「ヒスイ姉さまも、サンゴも……そしてクマ太もです」
「……スミレお姉ちゃんも」
サンゴの横では、
立ち上がったクマ太が「万歳万歳」と言わんばかりに両手を振り上げている。
――どんどん成長していくなぁ。
夕凪は優しい目で仲の良い四姉妹を静かに眺めていた。
その後は、奥の部屋にあった四個の宝箱の中身を確認。
中から出てきたのは同じものが四つ。
それは【守りの腕輪】――手書きの説明書付き。
物理防御、魔法防御、状態異常防御が飛躍的に上昇するアクセサリーだった。
◇ ◆ ◇
大ボスを倒したからなのか、
翌日は魔物の出現パターンがガラッと変わった。
一部屋目からあのサラマンダーが現れたのだ。
お供の大コウモリを四体も引き連れて。
さらにレベルアップまでしているらしく、
体力や動き、攻撃力、防御力などが格段に上昇していた。
けれども、それは四姉妹も同じこと。
能力やスキルだけでなく、苦しい戦いを乗り越えて精神的にも成長している。
防御力上昇効果を持つ【守りの腕輪】の恩恵もある。
確かに一筋縄ではいかない魔物ではあったが、
夕凪がハラハラするような場面もなく、四姉妹はこの戦いに勝利した。
休憩をはさみつつ同じ部屋で計三回の戦いを終え、
最後に現れた宝箱の中身を回収。
次の部屋に進む。
その後も、一部屋ごとに三回の対戦が続く。
それぞれの戦いで現れたのは、何度も戦った見覚えのある魔物たち。
大イノシシ、大サソリ、大コウモリ、大ネズミ、サラマンダーのうち二、三種、
それなりにレベルアップした魔物が合計で五体から十体。
それが一回の対戦相手。
一部屋で三戦が終わると、最後に魔方陣から宝箱。
中身はランダムで、回復ポーションか魔力回復薬。
……と、いうような方式に変更になったようだ。
一回の戦いで現れる魔物の数も随分と増えたが、
十分に対応できる戦い方を、四姉妹はすでに身に付けていた。
ミカンの場合、四姉妹の中で最も攻撃力が高いサーベルの一撃があり、
左手の盾は身を護るだけでなく、攻撃に転じることもできる。
まさに攻守最強。
妹たちを護りたいという想いが、長女を戦いの要にしている。
ヒスイの魔法ブーメランも【ブーメラン術】の効果を受け、
一投するだけで、数体の敵への連続攻撃が可能になった。
接近戦では素早さを生かしたナイフでの攻撃と、前衛後衛を器用にこなす。
スミレは【弓術】を覚え、魔法弓の威力と精度が上がっていた。
矢の種類は単体攻撃で【火の玉】と【氷の針】があり、
集団相手には一度に八本の矢を飛ばす【不知火】が効果的だ。
サンゴは【杖術】を覚え、【守りの指輪】の効果と合わせて、
十分に自衛が可能になっていた。重要な回復役として姉たちの期待に応える。
もちろん、万能ぬいぐるみクマ太の主であるということも忘れてはならない。
そして戦いを勝利に導く最大の要因は、姉妹の息の合った戦い方。
全員が自分の役目と姉や妹の戦い方を熟知して、
互いに補い合って襲ってくる魔物を倒し、順調に部屋を進んで行く。
なお、道中に仕掛けられていた罠も難易度が上がっていたが、
ヒスイの【探索術】がレベル2に上がっため、解除に手間取ることはなかった。
そして四部屋目に到着、そこでの三戦目を終えた時。
てれれてってってー。
てれれてってってー。
てれれてってってー。
てれれてってってー。
四姉妹はレベルが上がった。
ミカンは【護りの心】を手に入れた。
ヒスイは【見極めの瞳】を手に入れた。
スミレは【心眼】を手に入れた。
サンゴは【幸運】を手に入れた。
新たなスキル。
四姉妹のそれぞれの知識に、身に付いたスキルの効果が書き加えられる。
ミカンが手にした【護りの心】とは――
「みんなの護りを上げるんだって。
それもアタシがピンチになればなるほど。うん、アタシらしいスキルだぁ」
確かにミカンらしいけど――と、
その効果に危うさを感じた夕凪が釘をさす。
「だからって、わざとピンチになるのはダメだからね」
「うん、そんなことはしない。
アタシはいつでも元気でいたいから。元気でなくちゃいけないからね」
「うん、そうだね」
ヒスイが手にしたのは【見極めの瞳】
「敵の強さとか、弱点とかがわかるようになったっぽい。
ただ、いつでもってわけじゃなくて……何かきっかけが必要みたい」
「それはすごいね……。いつでもできるようだったら、
それこそすごすぎちゃうんだから、時々ってくらいで丁度いいと思うよ」
ヒスイがスキルの小さな欠点を気にするが、それを夕凪が優しくフォローする。
そして、そういう雰囲気に人一倍敏感なミカンも口を出す。
「そうだよ! 夕凪お姉ちゃんの言う通り!」
「そ、そうかな……?」
「いまだってヒスイは何でもできるんだから。
それなのに、またできることが増えたんだ。すごいよ、本当に頼りになるよ」
「うん、ボクがんばる。このスキルも使いこなせるようになってみせる!」
スミレの新たなスキルは【心眼】
「敵の位置が見なくても、見えなくても、わかるみたいです。
上とか横とか後ろにいるのも。……どうやら弓で狙うのに便利みたいですね。
魔法弓【不知火】の八本の矢全部が狙いをつけられそうです」
「じゃあ、弱い敵なんかいっぺんで八体やっつけられるんじゃない」
「そうみたいです。みんなのお役に立てます」
得意げに胸を張り、瞳を光らせるスミレ。
「おおおおおぉおおう……」と、ミカンがおかしな声で感動している。
そして末っ子。
「サンゴのは……【幸運】……」
それ以上の説明はないようだ。
確かに【幸運】というスキルがすごいのはわかるが、
効果が漠然としすぎて、夕凪はどうやって褒めればいいか悩んで言葉に詰まる。
「こ……【幸運】ね……。す、すごいよね」
「わーい、わーい」喜びの声で誤魔化すミカン。
「頼りにしてるよ」と曖昧に言葉を濁すヒスイ。
「いざという時に運が良くなるのですね」言い換えているだけのスミレ。
よくわからなくてもサンゴ自身は納得しているらしく、
恥ずかしそうにうつむいて、小さな笑みを浮かべている。
主の腕に抱かれているクマ太が「万歳万歳」と腕を振り上げている。
レベルアップと新たなスキルを手にして攻略を再開する四姉妹。
ついに五部屋目の戦いまでを全て終える。
先に進むふたつの扉のうち、ひとつは昨日進んだ大ボス部屋へ向かう道。
今日、魔方陣が浮かび上がったのはもう片方のほうだった。
ためらわずに新たな区画へと歩を進める。
何度も曲がり角のある道を進み、辿り着いたのは、
いままで魔物が出てきた部屋と比べて一回り小さい部屋だった。
地面に魔物が現れる魔方陣も描かれていない。
先に進む扉が正面にひとつ。これまでの扉とは違い、
高さも横幅もあり、綺麗な装飾が施された両開きの扉だった。
開けるための魔方陣は浮かんでいない。
四姉妹と夕凪は、周囲を見渡しながら部屋の中央に進む。
ミカンが大きな扉に手をかけようとすると、いつものナゾの声が聞こえてくる。
「……この先はラスボス部屋だぁ……。
今日はここで引き返して、明日挑戦する方がいいぞぉ……。
もう、他の部屋に魔物は出ないからなぁ……。
明日は万全の状態で挑戦できるから、安心して引き返してくれぇ……」
「だってさ」
続きは明日。
◇ ◆ ◇
そんな感じで、ここ数日――
午前中のダンジョン探索は順調すぎるほどに順調に進んでいた。
一方、午後の仮想「万有之海」空間での訓練では、
すでにレベル18の魔物五百体の退治に成功していた。
目標はレベル20の魔物五百体。
こちらも、当初の予定より早く達成できそうな気配だった。
急速にレベルアップした子供たちの、
能力上昇と精神的な成長が大きく貢献しているのは間違いない。
そして――
「小宇羅ちゃん……。やっぱり【集中】を使うと、
体力が結構な勢いで下がっていっちゃうんだよね」
夕凪が目標としていた破魔術の【集中】も数日前に使えるようになっていた。
だが、欠点がひとつ――使用していると体力が減少してしまうこと。
「このままだと思うように使えない。
ただでさえこの身体って回復手段が心許無いからねぇ。
前に話した回復薬をいっぱい持つってのは考えてくれた?」
「もちろんだ。コテツ君に積み込むのも考えたが、
夕凪殿が【集中】を使う姿を見て考えを変えた。いま新しい薬を開発中だ」
「えっ? それってどういう……?」
「その【集中】を使うと、戦闘中はコテツ君に乗るよりも、
自分の足で動き回った方が戦いやすい、そうじゃないかな?」
「うん、そうね。そうするつもりだったけど」
「とすると、回復薬を使うためにコテツ君に戻るのは手間だろう。
コテツ君に何かあった場合も困るだろうしねぇ。
けれど夕凪殿に荷物を背負ってもらうのも邪魔だし、
いま薬を持ち運んでいる夕凪殿の収納空間、それを広げるのも物理的に不可能」
「そうなの?」
「そうなんだ。……で、考えたのが薬を小さくしようってね。
これが一番手っ取り早くて確実な方法。もうすぐ完成するから待っててくれ」
「そうすると、いま使っている収納空間にたくさん入れられるってわけか。
どのくらい戦いに持っていけるのかな」
「予定では、効果を変えずに大きさを十分の一にするつもりだ。
持てる量を十本から百本に。解毒薬も同じ大きさにする。
回復薬一本で夕凪殿の回復量が一割だったから、十回の完全回復分だな」
「おお、それは心強い。それだと【集中】も心置きなく使えるよね」
「まぁ、安全率を見るのは科学者として当然だからねぇ」
再出発に向けて着々と準備が整っていく。
◇ ◆ ◇
そして翌日、ついに迎えたラスボスへの挑戦。
予想通りそこにいたのは、似合わない仮面をつけた小宇羅だった。
中ボスや大ボスの時と違い、それ以外の装飾をつけていない。
「我が配下を倒して、よくぞここまで来た。褒めてやろう。
だが、お前たちの運もここまで。我がこのダンジョンのラスボス!
直々に引導を渡してやろう、かかってくるがよい!」
このラスボス、ノリノリである。
続いて足元の魔方陣から、大ボスの両脇に大きな曲刀が二本浮かび上がる。
片手で一本ずつ掴み、自分の顔の前で交差させる――二刀流の構え。
夕凪はもう何も言わない。ジト目で小宇羅を見ているだけ。
「あれ、夕凪殿……、何か反応してくれないと寂しいじゃないか」
ラスボス戦――開始。
第33話、お読みいただき、ありがとうございます。
次回――「我がこのダンジョンのラスボス(2)」
いよいよラスボスに挑む四姉妹。だが、ラスボスは驚愕の能力を持っていた。
戦いの結末や如何に……です。
更新は10月28日を予定しています。




