第18話:次の部屋に行こう(1)
翌日――朝の訓練。
「夕凪姉さま、見ていただけますか」
「ん? スミレ、どうしたの?」
頭に「はてなマーク」を浮かべる夕凪。
スミレはその疑問をサラッと受け流して、
安らぎの大樹に立てかけた標的(二葉が夜中に新品と交換済み)の前、
少し離れた位置にすました顔で立つ。
それだけで察する夕凪だが、あえて黙って見守る。
サンゴはスミレの晴れ姿を見ようと既にその場で待っていた。
ミカンとヒスイは何かが起こりそうだと夕凪と一緒に並ぶ。
少しの静寂の後……
「飛べ!【火の玉】!」
標的に向けた手のひらから魔法の火球が発射される。
大きさはスミレの小さな手で握れる小石程。速度は素早い小鳥が飛ぶくらい。
まっすぐな軌跡を描いて標的に向かい、ほぼ中央に命中。
一瞬燃え上がり、当たった部分に火球と同じ大きさの穴が開く。
やがて自然と消火。あたりに焦げ臭い煙が漂う。
「おおう……」とミカンの声。
「夕凪姉さまのお陰です。本当にありがとうございます」
あまり表情を変えないスミレが満面の笑みを浮かべる。
予想していたとはいえ驚きを隠せない夕凪。
「凄いよ……凄い、スミレ。もう覚えたんだね」
夕凪自身は魔法を使えない。
しかし、前世では実際の魔法を何度も見ている。
それも何人もの魔法使いの術を。
だからこそ知っている。
攻撃魔法は会得するだけでも才能が必要であり、さらに――
それが魔物との実戦レベルともなると、そこまで到達する者は非常に少ない。
いま見せてくれたスミレの魔法はその者たちと同等だった。
実戦デビューが可能なほどだったのだ。
「威力もこれだけあれば十分だよ」
夕凪に褒められて自信を持つスミレ。
目を丸くしているミカンとヒスイに向けて、小さな胸を張って言う。
「これでダンジョン探索に連れて行ってもらえますね」
二人の姉は、こくこく、と頷く。
スミレはサンゴに近づき背中に手を当てる。
「もちろん、サンゴも一緒です。
ワタシが護りますから、姉さまたちは存分に力を振るってください」
ミカンはその言葉を早合点してしまう。
バッと前に出たかと思うと、手を腰に当てて宣言する。
「違うよ、みんなを護るのはアタシの役目。アタシはお姉ちゃんだから!」
その姿に思わず吹き出してしまう夕凪。
「ふふっ、あははっ、ミカン。ミカンの想いはみんな知ってるよ。
でもね、今のは魔物との戦い方の話」
「ん?」首をかしげるミカン。
夕凪は笑顔のまま話を続ける。
「そうだね、魔物と戦うならミカンが先頭に立って、ヒスイがその手助け。
スミレが後ろから魔法で援護する。それが一番だね。
サンゴもそれに付いていって。実戦を見るのはいい経験になるから」
夕凪が口にしたのは、スミレが言いたかったのと同じ戦い方。
もちろん四姉妹の特徴から考えて、
これ以外に良い戦法などないのだけど、それでもスミレは嬉しくなる。
「はい、夕凪姉さまのお考えの通りです」
ミカンも、自分の役目「先頭で戦う」が「みんなを護る」でもあると、
そう理解して、満足した顔で「じゃあ、それでいこう」と頷く。
最後にヒスイが「サンゴもそれでいい?」と末っ子に問い掛ける。
もちろんサンゴは、二番目の姉にしっかりと頷いてみせた。
◇ ◆ ◇
そのあと訓練の中で、
ミカンとヒスイも自分のレベルアップした姿を夕凪に見せる。
思い返せば、昨日の夕食の時間、
なにやら姉妹たちの態度がおかしかったのは、この事を黙っていたかららしい。
特にミカンなんかが、よく黙っていられたものだと感心する夕凪。
けれども、それ以上に――
たった一日で見違えるほどの成長を遂げたことに驚いていた。
前世ではレベルアップという成長の仕方は無かったので尚更だ。
まだレベルアップしていないサンゴも、素直に姉たちの成長を喜んでいる。
その姿を見て、微笑ましく思う夕凪であった。
◇ ◆ ◇
そして、午後。
夕凪は研究室で、小宇羅立会いのもと今日の訓練。
一方、こちらはダンジョン入口、四姉妹が全員そろって探索前の準備中。
「ボクは身軽な方が良いから、サンゴに探索用バッグをあげるよ」
ヒスイのウエストバッグの中には、
二葉の店から買った薬草二十枚と毒消し五個、
サービスでもらった金属製の小瓶に入った回復ポーションが四本。
この回復ポーション――
いろいろな魔法薬がある中で、効果が現れるのは早いほうではない。
けれども薬草と比べれば随分とマシだから戦闘中でも何とか使える――と、
二葉が説明してくれたもの。
そして、昨日宝箱から出た魔法の水筒がひとつ。
これはみんなで共用。
ヒスイはそのバッグから、
ポーションと毒消しを一品ずつ自分のポケットに入れ、
残りを入れたままサンゴに渡し、腰に装備させる。
ヒスイの考えは――
サンゴに求められているのは回復役。
将来的に回復魔法を覚えて欲しいけれど、
とりあえずはアイテムでその役をしてもらう。
ただついてくるだけじゃなく、
できる仕事をしてもらった方がサンゴの為になるから。
だから「魔物の魔石集めもしてね」と付け加える。
魔物を倒した後に現れる魔石集めも大事な仕事、サンゴにもできる仕事。
気配りのできる次女であった。
ちなみに、こういう細かい気配りは、
長女のミカンにはあまり期待できないし、妹たちから期待されていない。
ミカンの役目はこういうところじゃない。
もうひとり、普段であれば気配り上手なスミレは、
さすがに初めてのダンジョン探索でそこまで余裕がない。
だから今回はヒスイの役目。
その様子を隣りで見ていたミカンが、
自分のウエストバッグに視線を落として「むむむ」と呟いている。
それにも気づいたヒスイ。
すかさず「ミカン姉のはミカン姉が持ってた方が良いよ」と提案。
それは妹たち全員の意見になって、ミカンも「うん、わかった」と納得する。
そういった準備が完了して――
いよいよ洞穴の中、下層にあるダンジョンへの階段を降りていく。
◇ ◆ ◇
先頭はヒスイ。その後ろにスミレとサンゴが横に並び、最後尾にミカン。
これも探索前の打ち合わせで決まった隊列。
スミレは初めてのダンジョンだというのに怖がる様子はない。
信頼する姉二人がすでにここを訪れているという安心感と、
覚えた火魔法を夕凪に褒めてもらえた自信がそうさせていた。
もうひとりダンジョン探索が初めてなサンゴ。
気弱な性格の彼女は怯えた様子を見せているが、
クマ太をギュッと胸に抱きしめながら、弱音を吐かず歩みも止めない。
最後尾のミカンは長い階段を降りる最中、
昨日の自分たちの活躍を「でね……」とか「それで……」とか話し続けている。
さすがにダンジョンの中で大きな声を出すのははばかれたのか、
(たぶん、ヒスイに怒られるかも――と、思ったのが一番なのだろう)
声は抑え気味だけれども、前を歩く二人の妹には聞こえるように。
魔物を華麗に倒す自分と「ヒスイがね……」と活躍するヒスイの姿。
それは、ややもすると自慢に受け取られかねないが、
もちろん下の妹二人を気遣ってのこと。
言外に自分とヒスイがいれば怖くないと伝えているのだ。
細かい気配りはできなくても、
ミカンが妹たちに信頼されているのはこういうところ。
長女の想いにスミレとサンゴの心が温かくなる。
先頭を進むヒスイは聞こえてくる冒険譚に、
ミカンの心情を思って「ふふっ」と小さく笑う。
そんな四姉妹が最初の部屋に辿り着く。
ミカンが入口の扉に浮かぶ魔方陣に手をかざすと、音もなく扉が消える。
全員で部屋の中に這入る、しばらくして入口の扉が復活。
部屋の中央の大きな魔方陣が輝く。
昨日、最初に現れたのは大ネズミ一体だけだったが、
今日は何故か最初から大ネズミが二体現れた。
けれども上二人の姉は慌てない。
「スミレ、サンゴ、最初は二人でやるから見てて」
そのセリフを言ったのはヒスイ。
ほんの少し出遅れて言えなかったミカンが口をパクパクしている。
しかし、すぐに気を取り直して大ネズミに向かうミカン。
昨日レベルアップを果たし、一体相手なら危なげなく倒せるようになっている。
一方のヒスイもレベルアップによる能力上昇と、
汎用スキル【探索術】の効果で、一部の能力が底上げされていた。
ミカンの援護の必要もなく、残りの一体を倒して光に還したのだった。
スミレは最初、大ネズミが現れた時、思考が停止してしまった。
自分たちが魔物である事実はさておいて……、
スミレの感覚では始めて見た生の魔物だったからである。
感じる息遣い。耳に残る唸り声。
――だけど……。
ミカン姉さまが盾で突進を受け止める。そのまま盾の打撃で弱らせる。
ふらつく魔物に、凛々しく刀を振り上げて「たぁっ、たぁっ、たぁっ」と斬撃。
ほとんど抵抗できずに、動きを止めて光に還る大ネズミ。
その頃には、スミレの心から恐怖が消えていた。
一体を倒したミカン姉さまが、ヒスイ姉さまを助けようと振り返った。
その頼もしい姿に思わず自分が笑みを浮かべたのにも気づいた。
そして、ヒスイ姉さまも、ミカン姉さまに負けないくらいに強かった。
素早い動きで敵に攻撃の隙を与えないまま、ナイフの猛攻で倒してしまった。
――大丈夫。姉さま二人がいればワタシは怖くない。
次の戦いでは自分の火魔法で姉さま二人の援護をして見せる――
スミレは、そう心に誓ったのだった。
◇ ◆ ◇
その後、少しだけ休憩。
念のためとサンゴが差し出した薬草をミカンとヒスイが使う。
ミカンとヒスイは気がついていた。
次へ進む扉に魔方陣が浮かんでいることを。
この部屋は攻略済みになったのだと。
昨日はこの状況で撤退したが、今日はその選択はない。
新しい部屋に行く前にできればもう一戦、
スミレに軽く戦わせたかったと二人は思ったが、それは無理らしい。
妹たちを元気づけるように明るい声でミカンが言う。
「じゃあ、次の部屋に行こう」
決して油断していたとか、無謀な選択だったわけではない。
長女と次女の力量は、この部屋の魔物を苦もなく倒せる実力があるのだから。
おそらくこのダンジョンを管理している者もそう考えたはずだ。
だが、四姉妹には足りていない物があった。
それは経験――経験値という謎パワーではない本当の経験。
戦闘の経験が少しだけ、そう、ほんの少しだけ不足していたのである。
第18話、お読みいただき有り難うございます。
次回――次の部屋に行こう(2)です。
窮地に陥る四姉妹。彼女たちの運命は?……です。
更新は8月9日を予定しています。




