第17話:レベルアップだ(2)
ヒスイは自分のナイフを見つめ、
魔物を倒したという実感と共にようやく肩の力を抜く。
「ミカン姉、ボク倒したよ……ボク、ミカン姉を助けられるよ」
「うん! ありがと! ヒスイがいるとアタシも頑張れる!」
笑顔を見せるミカン。
だが、やはりその身体にはいくつもの傷を負っている。
「ミカン姉、薬草を使って」
心配そうな顔で自分の腰のバッグから薬草を取り出し姉に渡す。
ミカンは手に持つサーベルを一旦鞘に戻して、薬草を受け取り口に運ぶ。
「ふいー……」と一息つくミカン。そして「まだまだ頑張るよ」と言う。
「ミカン姉……怪我はいたくないの……?」
「大丈夫、大丈夫……昨日よりヒスイがいる分、ずっと楽だから」
「でも……」
「最初はしょうがないんだよ。でも、そのうちレベルが上がれば、
力も強くなるし、身体も頑丈になるし、速く動けるようにもなるから。
ダンジョン探索はレベルをあげるのにちょうどいいって御主人様が言ってた。
それまでは我慢我慢だね」
ミカンの言うレベルとは――
この世界の常識、今は無き『百群郷』にあった理、
そのひとつである。
全ての意志ある存在と魔に属する生き物は、
経験によって段階的に各種の能力が上昇する。
その段階的な強さを示す単位をレベルと呼ぶ。
レベルが上がれば、腕力や脚力と云った直接的な能力だけでなく、
物理防御力や魔法防御力、器用さや思考能力、魔法攻撃力や反射神経、
果てはどれだけ幸運かといった抽象的な能力まで上乗せされる。
その上乗せされる能力は、経験を何で得たかによっても左右する。
肉体を使った経験であれば肉体の能力が、
魔法を使った経験であれば魔法に関する能力が上昇するのである。
場合によっては一部の能力が下がってしまうこともあるが、それは稀な話。
最初はレベル1から始まり、レベル2、レベル3と増えていく。
レベルを上げる最も一般的な方法は、
各種の経験から経験値という謎エネルギーを得て、
それを一定量貯める必要がある(これもまた例外があるが)。
そしてその経験値は、日ごろの鍛錬や普段の行動からも得られるのだが、
特にダンジョン探索や魔物退治によって、より多く手に入れることができる。
「よーし、まだまだやるよ。ヒスイも大丈夫だよね」
「うん、頑張るよ」
二人の決意に合わせた訳ではないのだろうが、
またまた部屋の中央にある魔方陣が光り、一体の大ネズミが現れる。
しかし、もうミカンは慌てたりはしない。心の準備は終っている。
ここまで実戦を重ねたことで、当初あった危うさもすっかりなくなっている。
さらに、戦闘において、まだ慣れないながらもヒスイのサポートがある。
結果、今回のこの戦い――
大ネズミ一体を光に還すまでの時間は、これまでの戦闘の中で最短を記録する。
喜び合う二人の姉妹。
その時、突然――
ミカンの頭の中に音が鳴る。ミカンだけに聞こえるファンファーレ。
てれれてってってー。
「やったー、レベルアップだー!」
ミカンがこの音を聞くのは三回目。
実際には、一回目の時の記憶はほとんどない。
その一回目とは、スキル【変化の術】取得の時と同時。
人型への変化を覚えた時である。この時にミカンはレベル2になった。
二回目はスキル【言語術】の取得と同時。この時レベル3。
レベルアップ時にはスキルの取得を伴うことも多く、
ミカンは二回とも新しいスキルを会得していた。
なお、妹たちを同様の成長を遂げている――サンゴが一歩遅れではあるが。
そして今回――ミカンは四姉妹の中で一番最初にレベル4になった。
ちなみに、スキルとは訓練や持って生まれた才能によって、
その身に宿したり会得したりする特殊な技能のこと。
スキルを取得することで明確にその技能に差が生じる。
「ミカン姉、何かスキルは覚えたの?」
「うん! 【刀術】だ。【刀術】のレベル1だって。
御主人様から貰ったこのサーベル。もっとうまく使えるようになったぁ!」
「やったね! ミカン姉、すごいや!」
スキルの種類はそれこそ無数にある。
四姉妹が共通して持っている【変化の術】のように、
特別な種族だけが取得できるスキルも存在する。
その中でも一般的なスキルと云えば、武器を扱うスキルと魔法スキルである。
ミカンの得た【刀術】は武器スキルのひとつ。
もちろんスキルが無くても武器は扱えるが、
その有無で、取り回しや威力に格段の違いが現れる。
ミカンが喜びながら振り回しているサーベル。
その風を切る音が、今までと比べて鋭くなっていることからも明らかである。
そしてスキルにもレベルという段階的な能力の差があり、
これも経験によって上昇していく。
ただし、スキルのレベルは上限がある場合が多く、
レベル1だけで上昇する余地のないスキルも少なくない。
これが、この世界の常識――レベルとスキルである。
ミカンのレベルアップを二人が喜んでいる、ちょうどその頃――
別の場所でも、レベルアップを果たし、新たなスキルを得た者がいた。
◇ ◆ ◇
――ミカン姉さまとヒスイ姉さまはやはりダンジョンに行ったようです。
スミレは川向うに見えるダンジョン入口に目をやる。
もちろん一緒に行きたかった。
けれど今の自分が、何の役にも立たないことを知っている。自覚している。
――でもそれもあと少し。
夕凪姉さまに手伝ってもらって、ついに初歩の魔法発動に成功したのだから。
あとは次のステップ――
火属性初級攻撃魔法【火の玉】を覚えれば、きっと探索の役に立てるはず。
「サンゴ……姉さま二人はダンジョンに行ったようです」
「……うん」伏し目がちに答えるサンゴ。
夕凪に教えてもらった人形術をモノにするため、
クマのぬいぐるみ『クマ太』に今も魔力を込めている。
「今はまだミカン姉さまとヒスイ姉さま二人では、
ワタシとサンゴというお荷物を抱えての探索は難しいでしょう」
「…………うん」
安らぎの大樹の下、芝生の上に並んで座っている四姉妹の下二人。
「でもワタシが攻撃魔法の【火の玉】を覚えたら、
たとえサンゴが何の力に目覚めていなくても、
全員でダンジョンを探索するようにお願いするつもりです。いいですか?」
「………………うん!」
この時のサンゴは顔を上げ、しっかりとスミレの眼を見て頷いた。
――やはりサンゴも想いはワタシたちと変わらないですね。
サンゴは決してひとり取り残されるのを恐れて頷いたわけではない。
スミレにはそれが断言できる。
ダンジョン探索は怖いだろう。足手まといにはなりたくないだろう。
気の弱いサンゴがそう思うのは無理もない。
それでも自分を強くするためにはためらわない。
御主人様の力になりたいから、みんなの力になりたいから。
それがサンゴの想い。ワタシたち全員が持つ想い。
――ならば、ワタシがやるべきことは。
サンゴはワタシのたったひとりの妹。
だからこそ――ワタシが護る。
ミカン姉さまとヒスイ姉さまに戦いに専念してもらって、
ワタシが後ろから魔法で援護しながらサンゴを護る――それがスミレの考え。
――そのためにも急いで魔法を覚えなくては。
もちろん簡単に覚えられるとは思わないけれど、
初歩魔法を覚えるためにした努力、それと同じくらい頑張る覚悟はある。
だから一日でも早く使えるようになりたい――そう願うスミレであった。
気力の回復を感じたスミレは芝生の上に立ち上がる。
それから自分の魔力を操作して腹部に集める、夕凪に教わった通りに。
頃合いが良いところで、右の手のひらを正面――
二葉が作った標的に向けて、魔法発動の言葉を気合を込めて叫ぶ。
それは今日の朝から数えて三十二回目。
「飛べ!【火の玉】!」
てれれてってってー。
スミレの手のひらに魔力で作られた赤く輝く球体が現れる。
大きさは指で丸を作ったくらい。
その赤い球体は作り上げた本人が気づく間もなく、
手のひらから離れ、正面の標的に向かって飛んで行く。
速さは小鳥が飛ぶくらい。
そのまま標的の右下隅に命中。
小さな「ボンッ」という爆発音とともに一瞬で球体と同じ大きさの穴をあける。
赤い球体はその時点で消滅。穴の周囲が黒く焼け焦げている。
スミレはレベルが上がった。
スミレは【火魔法レベル1】を手に入れた。
火属性初級攻撃魔法【火の玉】を覚えた。
全てを目撃したサンゴは『クマ太』を胸に抱きかかえて目を丸くしている。
それ以上に目を丸くしているスミレは、
口を三角にあけて、正面に向けた手をおろすのも忘れて呆然としている。
魔法の火は対象を燃やしてしまえばそれ以上燃え移らない。
この場が火事になる心配はない。
安らぎの大樹の下に吹く優しい風が、
辺りに漂う焦げた匂いをゆっくりと拡散していく。
◇ ◆ ◇
ミカンとヒスイはまだ同じ部屋で戦闘を重ねていた。
次に現れた大ネズミ一体はもう二人の敵ではなかった。
あっさりと倒して光に還す。
短い休憩をはさみ、次に現れたのは大ネズミが二体。
ミカンは一体を相手に、全く危なげのない戦いを見せる。
レベルアップに伴う能力上昇で、得意な盾の扱いがより力強さを増している。
まだ発展途上だったサーベルの扱いはスキル【刀術】で洗練され攻撃力が上昇。
戦闘に安定感の増したミカンを見て、
心に余裕の出来たヒスイは自分の能力以上の力を発揮する。
残る一体を得意の素早い動きを使って翻弄し続ける。
やがて時間をかけずにミカンが一体を倒し、
ヒスイが相手をしている一体に共同で立ち向かえば、勝負は決まったも同然。
大ネズミが二体になろうと二人にとって敵ではなかった。
魔物の残した魔石二個を回収する。
それから、さて……と二人が思った時にまたまた魔方陣が輝きだした。
これまでは次の魔物出現までに、薬草で回復できる程度の時間があったのだが、
今回はその時間が全くなかった。
だが二人は焦らない。その必要はない。
戦いに支障があるような怪我はしていないし気力も残っている。
現れるのが大ネズミ二体なら問題ない。三体でもなんとかしてみよう。
そんな風にミカンとヒスイが目で合図をしていると……。
魔方陣から現れたのは魔物ではなく宝箱だった。
それは「これぞ宝箱!」という形をしていて、幼女の腰の位置くらいの大きさ。
「おたからだー!」
「待って! ミカン姉!」
宝箱に飛びかかろうとした姉をヒスイが鋭い声で呼び止める。
ピタッと動きを止めたミカンの背中に静かに話しかける。
「宝箱には鍵がかかっているかも知れない。それだけじゃないよ。
罠があるかもしれないんだから。ミカン姉、それってボクの役目だよね」
喜びで振り上げた両手をそのままに、
ぐぎぎっと首を後ろに回してヒスイを見るミカン。
「おねがいします……」
「任せて!」
慎重にヒスイは宝箱に歩み寄り、まずはその周囲をひと回り。
続いて自分の――御主人様からもらった――ナイフを取り出す。
実はこのナイフ、盗賊のナイフと呼ばれる特殊なもの。
武器としての攻撃力も備えているが、
鞘とナイフの柄に、鍵開けや罠解除のための道具が仕込まれているのだ。
ヒスイは宝箱の鍵穴を見て「鍵がかかっている」と呟き、
何かの道具を取り出しカギ穴に差し込む。
後ろで硬直を解いたミカンが息を呑んで見守る中……。
カチャカチャと小さな音がした後、
かちっ、と音がして「……開いた」とヒスイの声。
「ほひゅっ」と変な声を漏らすミカンに「まだだよ」と返す。
続いて宝箱の蓋に手をかけ、ゆっくりと上げようとするが、
すぐにその手を止め、ほんの少し浮かせた状態で「罠がある」と囁く。
空いている片手でナイフを持ち、その刃を蓋と本体の隙間に静かに通す。
ここでようやくヒスイの表情が和らいで「これで大丈夫」と宝箱の蓋を開ける。
ミカンが「ほへぇー」と安堵の息をついた、その時――
ヒスイの頭の中に響くファンファーレ。
てれれてってってー。
ヒスイはレベルが上がった。
ヒスイは【探索術レベル1】を手に入れた。
それはヒスイが待ち望んでいたスキル。
ちなみにお宝は『魔法の水筒』――
魔力を込めると水が出てくるダンジョン探索必須のアイテム――で、
手書きの説明書(たぶん二葉が書いた)が添えられていた。
立て続けに起こった嬉しい出来事に、手を取り合って踊りだす仲良し姉妹。
妹想いのミカンは満面の笑顔で、
はしゃぐのが苦手なヒスイでさえ顔を赤らめながら。
そうやって喜びを身体で表していた二人は、
やがて落ち着きを取り戻し、この日の探索の終了を決める。
宝箱を開けたあと、部屋の奥にある扉に魔方陣が浮かび、
その後、待っても部屋に魔物が現れなかったからである。
それはこの部屋の攻略が終わり、次の部屋に進めというメッセージであり、
二人はそれを正しく理解したうえで「今日は終わり」と部屋を後にする。
その表向きの理由は、
二人のレベルアップとスキル入手、さらにお宝まで獲得――と、
ちょうどキリが良い状況だったから。
しかし本当の理由は、
ダンジョン探索初日というヒスイの心の疲労をミカンが思いやって、
ヒスイもその気持ちが嬉しくて異を唱えなかったからである。
◇ ◆ ◇
こうしてこの日――
四姉妹のうち上の三人は見事にレベルアップを果たし、
御主人様から託された役目に欠かすことのできないスキル、
そのひとつをそれぞれ手にしたのであった。
第17話、お読みいただき有り難うございます。
次回――次の部屋に行こう(1)です。いよいよ四姉妹そろってダンジョン探索です。
更新は8月5日を予定しています。
※キャラクター紹介1~3を加筆修正しました。




