第16話:レベルアップだ(1)
少しだけ時間を戻して――
熱血ばく進号がコテツ君へと改名される、そのころの四姉妹の話。
昼食が終わって今日のお小遣いを貰ったら、すぐにミカンは外に飛び出した。
午後も小宇羅が夕凪の訓練をするので、子供達は自由時間。
姉の後を追うようにヒスイも小宇羅の館から外に出る。
ミカンは自分達の家に駆け戻ってサーベルと盾を手にする。
腰にはバッグ。そのまま今度は二葉の店に向かう。
ヒスイは姉に見つからないようにこっそりと家に戻り、
腰にバッグと、こちらも御主人様からのナイフを身に付けて、
ひとりどこかに向かう。
そして――
「ミカン姉、なんでひとりでダンジョン探索するの?」
「あっ! ヒスイ! えっ……違うよ。アタシはここで訓練だから!
ダンジョンは危ないから入らないよ……?」
ミカンが右手にサーベル、左手には盾を持ったまま両手をワタワタと振る。
ここは箱庭の外れ、ダンジョン入り口前。
ヒスイは先回りしてミカンが来るのを待ち伏せていた。
「それは嘘だよ。ボクはちゃんと見たんだから。
昨日ミカン姉がダンジョンの中から出てきたのを。
ダンジョンは危険だから、ひとりで這入ったら危ないよね」
大事な妹から強い口調で責められて、しょぼんとするミカン。
下を向いたまま時々視線をヒスイに向けて、ぼそぼそと言い訳を始める。
「アタシは御主人様と一緒にダンジョンに行ったことがあるから……、
だから……ひとりでも大丈夫なんだよ?
けど、まだそんなに強くないから……何かあってもみんなを守れない。
だから強くなってみんなを守れるようになって……、
そうなってから、みんなを誘おうと思ってて……」
「ミカン姉の気持ちはわかるよ。ボクたちのために強くなりたいんだって。
ボクたちを危険な目に遭わせたくないんだって。
でもね……ボクだって、ミカン姉の役に立ちたい。
強くなって御主人様の力になりたいし、夕凪姉の力にだってなりたいんだ!」
「……」
黙ってうつむいてしまった姉の姿に、
ヒスイはきつく言い過ぎてしまったかと反省して、口調を柔らかくする。
「それに……ミカン姉はおっちょこちょいだから、
ボクがついてないと危なっかしいよ」
「……うんわかった。ごめんねヒスイ。じゃあ一緒に行ってくれる?」
上目遣いにヒスイを見て素直に謝るミカン。
その仕草がいかにも子供っぽい。
――こうなると、どっちが姉だかわからなくなっちゃうよね。
でもヒスイは知っている、
いざとなった時、一番頼りになるのはやっぱりミカンなのだ。
小さな溜息をひとつ「ふう」とついて、
気持ちを切り替えてから、姉を励ますように元気に返事をする。
「もちろん!」
「よーし! 一緒にダンジョン探索だぁ!]
しょげてた自分をすっかり忘れて、ミカンはニコニコと笑顔を浮かべる。
気持ちの切り替えが早いのは長所なのか短所なのか、
スタスタと歩き出して元気よくダンジョンの洞穴に這入っていく。
「ちょっ……ちょっとミカン姉。
もっと慎重に行かないと罠とかあったらどうするの?」
「わな……? 昨日は罠はなかったな!」
くるっと振り返って、あっけらかんと答えるミカン。
――だめだ……。ミカン姉は頼りにならない……。
ダンジョンには罠があるという常識を、ミカンはすっかり忘れていたようだ。
たまたま強運に助けられたようだが、そうでなければどうなっていたか。
ヒスイは、罠にはまって倒れたミカンの姿を想像して、背筋が寒くなる。
ちなみに、ヒスイがダンジョンに這入るのは今日が初めて。
とはいえ、訓練はずっと前からしている。
御主人様から【探索術】覚えて欲しいと頼まれて、
ダンジョンの罠とその対処法について教えてもらっていた。
この箱庭に来てからだって、
図書館で『ダンジョンのヒミツ』という本を借りて勉強もした。
ヒスイはスミレほどではないが、
図書館をそれなりに利用して知識を増やしている。
だからこそダンジョンでの罠の危険性を熟知していたのである。
――でも、ミカン姉が無事で本当に良かった。
今日からはボクがしっかりしないと――そう心に決めるヒスイ。
そんなやり取りをして、二人は一緒にダンジョンの階段を降りていく。
足元が見えない訳ではないが、薄暗い階段が何度も折り返しては続く。
その雰囲気は、幼い子供と何ら変わることのない――
弱小魔物の変化した姿でしかないヒスイに、恐怖を覚えさせるには十分だった。
――ボクひとりじゃ怖くて降りられなかったかも。
でも、昨日、ミカン姉はこの階段をひとりで降りていったんだ。
ダンジョンに入ったことがあるって言ったって、
御主人様と一緒に一回だけだったはず。
――ボクは知っている。ミカン姉だって怖がりなのを。
御主人様と別れて数日後――
姉妹四人で壊れた家の片隅で隠れていた時、
周囲で暴れまわっていた魔物が何かを察したのか近寄ってきた。
その時、ボクと二人の妹を庇うように一番前に出て、
魔物に聞こえないように小さな声で「静かにしていれば見つからないよ」と、
そう言って励まし続けていたミカン姉。
その身体は小刻みに震えていたけれど、それでもしっかりと前を向いていた。
ボクたちに気づかないまま魔物が通り過ぎてくれたあと、
後ろを振り向いて「ほら、大丈夫だった」と、
ボクたちに言った時のミカン姉の顔は真っ青だったし、声も震えていた。
それでも無理やり作った笑顔がボクたちを安心させた。
――いまだってミカン姉は怖くない訳じゃないんだ。
一歩前を歩く長女に「やっぱりミカン姉はミカン姉だね」と呟く。
ヒスイの言葉を聞き取れなかったのか、ミカンは「ん?」と振り返り、
少し的外れに「当たり前だよ! お姉ちゃんだからね!」と笑顔で答える。
ヒスイはその笑顔が大好きだった。
やがて階段が終わり、いよいよ本番。
ここからが本当のダンジョン。薄暗い通路を歩き出す。
「昨日も通った道だから大丈夫!」とミカンがヒスイを気遣って元気に言う。
「うん、罠もないみたいだね」ヒスイもことさら明るい声を出す。
――大丈夫、ボクなら罠をちゃんと見つけられる。
御主人様に「ダンジョンに行っても大丈夫」って太鼓判を押してもらった。
本に書いてあった罠発見方法もちゃんと覚えている。
初めてのダンジョンだけど、罠があったら絶対見つけてみせる。
ヒスイは堅く決心をしていた。
結果はミカンの言う通り、通路に罠は無かった。
しかし、たとえ結果がそうであろうと――
ヒスイが直接その眼で確認することに意味があり、
用心深く通路を歩いた行為は決して無駄にならないし、
ヒスイ自身も無駄な努力などとは全く思っていなかった。
そして最初の部屋の扉の前。
「昨日はこの部屋だけ。出てきたのは大ネズミ。
一体倒して、しばらくしてまた一体現れてって感じで三体倒したんだよ。
今日はヒスイがいるからもう少し頑張ってみようかな」
えへへっと笑うミカンにヒスイは「うん」と答える。
扉の表面に浮かんでいる魔方陣にミカンがペタッと手を当てる。
音もなく扉が消え、二人はその先にある部屋の中に這入っていく。
◇ ◆ ◇
現れたのは昨日と同じ大ネズミが一匹。
中央にある魔方陣から、浮き上がるようにその姿を見せる。
「ヒスイ、最初はアタシがやるから見てて」
その言葉は、ミカンが初めてのダンジョン攻略で初めて魔物と対戦したとき、
御主人様からかけてもらった言葉と同じ。
ヒスイが返事をするのを待たずに前に出る。
大ネズミは「グオッ、グオッ」と唸り声を上げて突進。
掲げた盾でミカンが受け止める、幼い少女の身体には巨体とも言える肉の塊。
サーベルを持つ右手も手伝わせて。足をしっかり踏ん張って。
絶対に後ろには……妹のいる後ろには行かせまいと強い意志を持って。
ヒスイはその背中を見つめる。
敵として初めて目にする大ネズミへの恐怖はあるけれど……、
ミカン姉を――自分のために戦っている姉の雄姿を――見ていたい。
でも……やっぱり傷つく姉の姿は見たくない。
御主人様からもらったナイフを胸元で強く握りしめて、
ごちゃ混ぜになる自分の心を何とか抑える。
――ミカン姉、負けないで!
ヒスイの祈りに応えるように、ミカンは大ネズミの突進を見事に押さえこむ。
すかさず右手を盾から離し、サーベルを振り上げる。
「たぁ! たぁ! たぁ!」
掛け声とともに振り下ろす。何度も何度も。
身を震わせる大ネズミを、左手の盾でしっかり押さえて逃がさない。
やがて抵抗する動きが鈍くなり、ミカンの攻撃が軽く十回を超えたころ。
魔物の身体が透けていき、光の粒子となり空中に溶けていく。
コロンと地面に転がったのは茶色に淡く輝く石――大ネズミの魔石。
「ふぅ……」
一息つくミカン。
しばらく呆然と見ていたヒスイだったが、
大ネズミが退治されたことをようやく理解して、前のめりになって駆け出す。
「ミカン姉!」
そこでヒスイが目にしたは……
腕や足のあちこちに、赤い打ち身の跡や、擦り傷があるミカンの姿だった。
しっかりと盾で防御していたように見えたが、
実際には大ネズミを押さえていた盾が自分自身を傷つけ、
足には大ネズミの攻撃を直接受けていたのだ。
「ミカン姉! 傷がこんなに!」
「大丈夫だよ、こんなの薬草を食べれば治っちゃうから」
何でもないようにそう言って、腰のバッグから薬草を取り出し、口に入れる。
顔を少し歪めて「にがっ……」と呟いたのはご愛嬌。
ミカンが説明した通り、この程度の傷は薬草の神秘の力で完全に治ってしまう。
けれども……その傷を受けた痛みは本物。
これがダンジョン探索。これが魔物退治。
――怖い……けど。
ヒスイは初めて目にした実戦に恐怖を覚えた。
だが、それを上回る感情が幼い少女の心を占めていた。
――ボクはミカン姉を助ける!
「次はボクも戦わせて!」
「うん! 二人で頑張ろう!」
しばらくの休息、薬草の効果でミカンの傷と体力が回復したころ、
中央の魔方陣が再び光り輝き、そこから新たな魔物が現れる。
やはり大ネズミが一匹。
その姿を認めてミカンは駆け出す。
今度は相手が動き出す前に先手を取る。
まず最初に盾を振り上げ、力を込めた打撃。
大ネズミがふらつきを見せたところに、盾を前面にして体当たり。
そのまま押さえこみつつ、サーベルで斬撃を加える。
「ヒスイ! 左側から攻撃して!」
右側にはミカンのサーベルがある。
反対側にヒスイが回り込み、ナイフを高く振り上げて渾身の一撃。
これがヒスイにとって魔物に加えた初めての攻撃であった。
続けてがむしゃらにナイフで斬撃を加えるヒスイ。
それを見てミカンは優しい笑みを浮かべる。
大ネズミを押さえこみながら、だというのに。
攻防は一方的にも見えるが、実際には大ネズミのあらがう力は非常に激しく、
ミカンに加わっている衝撃は決して小さくない。
だがそれも……二人がかりの攻撃を受けては長くは続かなかった。
しばらくして盾に加わる圧力が弱まりをみせる。
ミカンはそこで攻撃の手を止めて、ヒスイを元気づけるように声をかける。
「もう少しだよ! ヒスイ! 頑張って!」
一心不乱に攻撃を加えていたヒスイは、
ミカンの声に応えてさらに気合を込めてナイフを振るう。
やがてミカンの盾に加わる力がフッと消失する。
二人の姉妹が見ている前で、動きを止めた大ネズミが静かに光に還っていく。
がばっとミカンが身を起こして両手を上げる。
「やったあ! 大ネズミ倒したよ! ヒスイが倒したんだよ!」
呆然と立つヒスイの右手には力いっぱい握りしめたナイフ。
両肩にはまだガチガチに力が入ったまま、ミカンの賞賛を聞いている。
そして――
「ボクが倒した……?」
「うん! ヒスイが倒した!」
お互いを支え合うミカンとヒスイ、
二人が協力して挑んだ最初の戦いは、こうして見事勝利を収めたのだった。
第16話、お読みいただき有り難うございます。
次回――レベルアップだ(2)
ミカンとヒスイのダンジョン探索はまだまだ続く。
一方、残されたスミレとサンゴはその時……です。
更新は8月2日を予定しています。




