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第12話:そこはダンジョンなんだ(3)

 サンゴは末っ子。

 四姉妹の中でも特に遅れて人型になり、

 言葉を覚えたのもこの箱庭の世界に来てからだった。


 その引っ込み思案な性格もあって、

 いつも一歩引いた場所から姉たちを見ていることが多い。


 だが、表に出ることの少ない彼女の内にある気質には、

 一途に自分の思いを貫こうとする健気な一面もあった。


 ――夕凪お姉ちゃん……。


 今日出会ったばかりの――サンゴから見て――大人の女性。

 上目づかいでその横顔を見る。


 ――サンゴの夢も……叶えてくれるかな。


 自分のことを名前で呼ぶ四姉妹の末っ子には、

 ずっと心に抱いていた想いがある。


 いつも抱えているクマの人形――命名『クマ太』――は、

 御主人様からもらった、たったひとつの贈り物。

 ミカンのサーベルと盾、ヒスイのナイフ、スミレの魔法書と同じ。


 しかし、その意味合いは大きく異なる。

 姉たちには魔物退治のための攻撃手段として。

 クマ太は、まだ幼かったサンゴのための愛玩用ぬいぐるみ。

 たぶんそうなのだろう。けれど……。


 自分も魔物退治をして、いつか御主人様の力になる。

 それは姉たちも反対しない、むしろ当然と考えてくれる。

 その時には回復役になって欲しい――と、

 御主人様が願っていたという話も聞かされている。


 ――それも頑張る。でも……。


 御主人様から貰った唯一の贈り物『クマ太』――

 この子をダンジョン探索の魔物退治に役立てたい。

 姉たちが受け取った贈り物と同じように……それがサンゴの望みだった。


 ある日のこと。


 二葉の店の上にある図書館で一冊の本を見つける。

 そこに書かれていたのは『人形遣い』と呼ばれる能力者の話。

 人形を自在に操り敵と戦う手段とする【人形術】という能力の話。


 サンゴの望みがここに在った。


 けれども、その方法がわからない。

 どうすればクマ太が動くのかわからない。

 手にした本には、その能力の身に付け方が記されていなかったからである。


 サンゴは他の本も探してみた。まだ難しい漢字がある本は読めない。

 読める本では求める知識は見つからない。


 青空教室で一生懸命勉強して読める漢字も増やして、

 改めて図書館で本を探しても、いまだに手がかりすらわからない状況だった。


 でも、サンゴは諦めない。

 それはいつ実るかも、本当に望みにつながるのかもわからない――

 そんな地道な努力だったが、今日もスミレに漢字を教わっていたのだった。


 そんな時――

 姉であるスミレの悩みを見事に解決した絡繰少女――夕凪。

 その経緯いきさつを間近に見て、そこに微かな希望の光を見出して、

 サンゴは勇気を出して行動に移した。


 それはほんの小さな行動だったけれど……、

 怯える心を押さえ付け、うつむいてしまう顔をしっかり上げて、

 夕凪に声をかける。


「ゆ、夕凪お姉ちゃん……」

「うん? サンゴ……どうしたの?」


 気の弱いサンゴにはここまでが精一杯。

 心が折れて顔を伏せてしまう。


 けれども夕凪はそこで終わりにしなかった。

 すぐにサンゴに近づき「何かな? 話してみて」と優しく耳を寄せる。


 三人の姉たちも末っ子の頑張りを理解して、

 邪魔しないよう、見て見ぬふり聞いて聞いていない振りをする。


 周りのそんな気配りが功を奏し、

 サンゴが小さな声で自分の願いをどうにか言葉にする。


「サンゴは……このクマ太で……御主人様からもらったクマ太で戦いたい……」



挿絵(By みてみん)



 夕凪はサンゴの差し出したクマのぬいぐるみを見て、

 その名前がクマ太であり、サンゴが何を望んでいるのかを理解した。


 姉たちが主から受け取った贈り物はたった今教えてもらったばかり。

 全てがダンジョン探索を共にするために使われるモノ。


 サンゴがもらったのは……このぬいぐるみ。


 彼女の御主人様が、戦うためにぬいぐるみを託したのか、

 ただのおもちゃとして渡したのかはこの際関係ない。

 サンゴも姉たちと同じように、

 ダンジョン探索にこのぬいぐるみを役立てたいと願っている、それが大事。


 もちろんサンゴの言葉だけでここまで理解するのは難しい。


 しかし夕凪の理解が速かった理由は他にもあった。

 それは前世で、ある者たちを実際に見たことがあったからだ。

 サンゴの望む能力、『人形遣い』と呼ばれる技能を持った者たちを。


 さらに――


 この箱庭の世界でも目にしていた。

 その能力をごく自然に使いこなしている人物――いや神様を。


「うん、わかった。ちょっと調べてみるから。少し時間をくれないかな。

 そうだね……とりあえず明日には何かわかるかもしれない」


「……!」


 予想以上に期待の持てる答えが返ってきて、

 サンゴは、もううつむいてなどいられなくなった。

 目を輝かせて少しだけ首をかしげ、上目づかいで夕凪に視線を合わせる。


「本当……に……?」


「うん。まぁ、実際にできるようになるには時間がかかるかもしれないけれど。

 でも、取っ掛かりくらいはね。

 今日のところは――今やっていた訓練……お勉強ね。

 それをやっててもらえるかな」


 今まで何ひとつ手がかりがなかった。

 それが一歩でも前進するのなら……、

 サンゴの顔に自然と笑みが浮かび瞳を輝かせる。


「うん!」


 ――ありがとう……夕凪お姉ちゃん。


 その思いは言葉にならなかったが夕凪には伝わった。

 末っ子と夕凪のやり取りを三人の姉たちは優しく見守っていた。



 ◇ ◆ ◇ 

 


 その後夕凪は、スミレの魔法の訓練とサンゴの漢字の勉強を二人に任せて、

 ミカンとヒスイの訓練に付き合う。


 ――結構しっかりと訓練してたみたいね。


 長女も次女も基礎についてはすでに問題なく、

 実戦形式の訓練をさせた方が良い段階だと、そう判断した夕凪。

 がしかし、二人は模擬刀などを持っていなかった。


 そこで、すぐ近くにある二葉の店に行き、

 自分の分も含めて訓練用の武器が用意できないかと訊いてみた。


「一晩だけ時間をくれ」

「その時間で用意してくれるのはうれしいけど、大丈夫?」


「当たり前だ。あたしは頼まれた仕事はキッチリとこなす。

 それとだ……スミレが魔法を覚えたみたいじゃないか。

 次は本格的な攻撃魔法だろう。練習のための標的が必要じゃないのか?」


 ――子供達をしっかりと見守っているんだ。


 夕凪と四姉妹のやり取りを見ていなければ、

 そのような助言ができるはずもない。


「……二葉って優しいんだね」

「……当たり前だ」


 ぶっきらぼうに返事をする二葉。かすかに頬が赤らんでいる。


 ――なんだかんだで、反応が一花さんと同じね。


 ということで、ミカンとヒスイの二人、

 今日のところは……素振りの型や戦う時の視線や心構えなどなど。


 その一方、スミレは――

 サンゴに勉強を教えながら早くも新しい術の練習。

 涙を見せたのが恥ずかしかったのか、またいつものおすまし顔に戻っている。

 けれども、その表情の奥にあるウキウキした感情が隠せていない。


 時々思い出したように【小さな火】を指先に灯して、

 小さな笑みを浮かべている。


 漢字の勉強をしているサンゴも最初に見た時より楽しそう。


 そのまま午後の時間がゆっくりと過ぎていく。



 ◇ ◆ ◇



 やがて空が暗くなり始めた頃――

 四姉妹は青空教室のすぐ近くにある自分たちの家へ一旦帰る。


 といっても、そこは家というか部屋というかそんな場所。

 短い階段を昇った先、正面から見た壁が腰の高さまでしかなく、

 小さなテーブルと四人分のベッドが表から丸見えだった。 


 夕凪は子供達の帰宅を見送ってから小宇羅の館に戻る。


 すると和室のこたつに座っていた小宇羅が、

 手招きしながら「これからみんなでお風呂だ」と言う。


「この身体でお風呂に入って大丈夫?」


「問題ないよ。完全防水だからねぇ。

 一花と二葉はカプセルの洗浄装置で済ませてしまうけど、夕凪殿は日本人。

 女の子はお風呂が好きだよね? 嫌なら無理にとは言わないけど……」


 断る理由もない。


 和室の奥にあるふすまを開けると、通路があり突き当りに脱衣所。

 小宇羅がそこで服を脱ぎ始める。


 夕凪は、この時初めて「私って裸だった!」と衝撃的な事実に気付く。

 悪い笑顔を浮かべた小宇羅が「ふふふ、ようやく気がついたか……」と言う。


 だがしかし「ま、いっかぁ」と得意の状況適応力を発揮。

 そのまま脱衣所から奥に行く扉を開ける。


 残された小宇羅は拍子抜けした顔で「え……」と呟く。


 開けた扉の先にあったのは誰もいない露天風呂。

 そこは小宇羅の館と子供達の家の間、丸太の壁で囲まれていた場所。

 裏で両方から通路が伸びて繋がっている。


 そこに裸の四姉妹も現れて――主にミカンの――はしゃいだ声がする。

 賑やかで楽しいお風呂タイム。


 そのあとの夕食は一花の作った和食っぽい献立。

 炊き込みご飯と卵焼きに、肉と野菜がゴロゴロ入った味噌スープ。

 食事に使うのはスプーンとフォークだったけど。


 一日頑張った四姉妹は――主にミカンが――モリモリ食べる。

 笑顔の絶えない食卓。


 そして――

 子供達が家に帰った後、和室のこたつで小宇羅と夕凪が向き合う。


「夕凪殿、今日はありがとう。

 たくさんありすぎて、何に御礼を言っていいか分からないくらいだ」


「それは違うな。私の方こそ言いたい御礼が多すぎて困っているんだよ」


「そう言ってもらえるのもありがたい。

 でも……ここでお礼を言い合っても仕方ない。

 じゃあひとつだけ……スミレに魔法を覚えさせてくれてありがとう」


「あぁ、あれね。小宇羅ちゃんも知っていたんでしょ。あの魔法書の使い方」


「その通り。けれどもわたしにはそれを教えることができなかった。

 これは言い訳にしかならないが、

 神として皆に教えや力を与えるのには……多くの制約があるんだ」


 小宇羅は夕凪の目を見ながら言葉を続けた。


「たとえば――与えた試練や条件を達成した者だけに力を与える――とか。

 逆らった場合、この身に宿る力がわたし自身に罰を与えてくる。

 造物主からのそういった制約はまだ消えずに残っているんだ」


 ――私の訓練もその試練のひとつってわけね。


「以前の『百群郷』が存在していた頃であれば、

 多少逸脱しても受ける罰則を耐える力が多少なりともあった。

 だが今は――情けない話だが、

 箱船を維持するのが精一杯でその余裕がまったくない」


 そう言って小宇羅が短く自嘲気味の笑いを浮かべる。


「だから、わたし自身が直接手を貸すことができない。

 口にすることも出来ない。一花も二葉も私の分身、同じ扱いなんだよ」


「そうなんだ……うん、わかった。

 でも……そうするとこれも答えてもらえないのかな?」


「なんだい?」


「サンゴがね、あのぬいぐるみで戦えるようになりたいって。

 で、私の知識に『人形遣い』っていう能力があって、

 その能力が使えれば、サンゴの願いを叶えられると思ったんだけどね」


「ふむ……」


「で、私の良く知っている人が、

 その人形遣いの能力をごく自然と使いこなしているんだ。

 当たり前のように使っているから、サンゴも気付いていないようだけど……」


 尋ねてはいけないのかもしれないという躊躇ためらいからか、

 夕凪が曖昧な言い回しをする。

 こたつをはさんで小宇羅が真剣な眼差しで答える。


「その答えだが……一花と二葉については話せない」

「そう……」


「だが、夕凪殿の身体がどうして動いているのか――なら話せる」


 夕凪の身体も一花や二葉と同じ絡繰の身体。

 そこに【人形術】のヒントがあってもおかしくない。

 だからこそ小宇羅はわざわざそのような提案をしたのだろう――と、

 夕凪はそう受け取った。


「教えて」


 小宇羅は小さく頷いてから話し出す。


「必要なのはふたつ。ひとつ、重要なのは人形への想い――

 人形がどうやって造られたかよりも、人形に対する強い想いを持つ方が大事だ」


「……うん」


「もうひとつ。次に大事なのは、動かそう操ろうとするのではなく、

 大事な想いと一緒に、命に代わるものを人形に込めるんだ。

 通常は魔力であり、夕凪殿の場合は魔力の代わりに魂を込めたというわけだ」


 小宇羅はニカッと笑顔を浮かべる。


「これ以上でもこれ以下でもない……たったこれだけ。

 どうだい。夕凪殿の身体がどうやって動き始めたか分かってもらえたかい」


「えぇ、ありがと」


 思っていた以上にズバリな答えだったので夕凪も笑みを返す。

 すると小宇羅がもう一度真面目な顔に戻って……。


「付け加えるが……人形遣いの技【人形術】は、実際には非常に高度な技だ。

 今教えた条件で動かすまではいくかもしれないが――

 過程が単純だからこそ、動く人形の能力は才能やそれ以外によるものが大きい。

 それはとても言葉では説明できない、試行錯誤しかないんだ。

 だから術者の思い通りに動く人形が生まれる確率は……非常に小さい」


「そう……でもサンゴなら先に話しておけば納得してくれると思う。

 うん、あとは任せて」


「それは良かった……あぁ、夕凪殿に来てもらって本当に良かった」


「私も同じ。ありがとう。ここに連れてきてくれて。

 小宇羅ちゃんや、あの四人の子供たちに会わせてもらって本当に感謝している。

 自分の人生が一度終わったってのもそれなりに驚きだけど、

 かわりに、こうして幸せに思える場所に連れてきてもらって、感謝しかないよ」


「まだその言葉は早いと思うのだけどね」


「ううん、そんなことない。

 この場所は守る価値のある場所になった。それはもう確かなことだから」


「そうか……改めてお礼を言うよ。ありがとう。

 そしてこれからもよろしく」


「うん、私からも……ありがとう」


 小宇羅がこたつのテーブルから少しだけ身体を離す。


「あぁ、今日は疲れた。もう休ませてもらうよ。

 わたしの寝床はここだけど……夕凪殿はどうする?

 寝室ならこの奥にある。一花に案内させるが」


「いや、いいよ、私もここで寝る。小宇羅ちゃんの寝顔を見ながらね」


「……それは悪趣味じゃないかな」


「いいでしょ。ほら小宇羅ちゃん。

 もう眠そうな顔をしているんだから先に寝なさい」


「あぁ、そうさせてもらうよ……」


 こたつテーブルの上に突っ伏して、自分の腕を枕に眠る体勢になる小宇羅。

 それを静かに見守る夕凪。


 やがて小宇羅の寝息が聞こえてくる。

 離れた場所に立っていた一花が静かに動いて、

 和室に上がり部屋の押し入れから掛け布団を出して小宇羅に掛ける。


「夕凪様もこれをどうぞ」

「ありがとう、一花さん」


 余分に取り出していた布団を勧められて夕凪は礼を言う。

 後ろから肩にかかる柔らかいふかふかの布団。


 絡繰メイドの一花は眠らない。


 だが夕凪には、前世の習慣のせいか、生身の身体と同じく睡眠欲求があった。

 それに素直に従って小宇羅と同じ体勢になる。


 こんな風にこたつで眠るのは初めて。

 でも初めての世界で初めての環境なんだから、初めての寝方がふさわしい。


 昨日までは――

 病に苦しみながら意識を失ったのと区別のつかない眠りだったことを、

 今日一日、優しさに包まれてすっかり忘れてしまっていた自分に驚く。


「一花さん……おやすみなさい……」


 眼を閉じて囁くように云う。


「はい、おやすみなさいませ」


 一花の返事を聞いて夕凪は眠りについた。

 今日の出来事が夢でないことを祈りながら……。



 ◇ ◆ ◇



 この日二葉は夜なべして、夕凪から頼まれた訓練用の武器、

 剣(夕凪用)と刀(ミカン用)とナイフ(ヒスイ用)を木を削って作り上げ、

 さらにもう一品、攻撃魔法用の標的(スミレ用)も製作したのであった。



 第12話、お読みいただき有り難うございます。

 本日夕方に「キャラクター紹介その3」を更新します。


 そのあとに、

 次回――御主人様から託された役目(1)です。


 こちらの都合で申し訳ないのですが、来週の更新はお休みさせていただきます。

 従いまして、次回更新は7月19日の予定になります。

 よろしくお願いいたします。


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