第11話:そこはダンジョンなんだ(2)
その頃のミカン。
ダンジョン攻略を終えて箱庭の雑貨店に戻ってきた。
カウンターの裏に座っている二葉に元気いっぱいの笑顔を見せて、
右手に握りしめたアイテムを差し出す。
「二葉! 魔石をお金に換えて!」
今は無き『百群郷』で魔石は専門の機関で換金できた。
ミカンは御主人様が換金する姿を覚えているので、その真似をしているのだ。
もちろん二葉の店はその専門の機関ではないので、
ミカンのやっている事には何の根拠もない。
単なる無知ゆえの無邪気さから出た行動なのだが……。
「あぁ、いいぜ。見せてみな」
箱庭の世界では二葉がその役目も兼ねていたので、
何ひとつ問題なく事が進む。
大ネズミの魔石三個と引き換えに銀貨一枚と銅貨十枚を手に入れて、
ついでに二葉から「これはおまけだ」と薬草五束も受け取る。
全てを腰のバッグに入れて「ありがとう! 二葉!」と礼を云う。
「気にするな。また買い物に来い」不愛想に応える二葉。
「うん!」満面の笑みを浮かべるミカン。
◇ ◆ ◇
箱庭の中央にある安らぎの大樹の周囲は一面の芝生で覆われている。
その幹の根元近く芝生の上で、スミレとサンゴが仲良く並んで座っている。
二人とも膝の上に本を置いて自習中。
サンゴの隣にはお気に入りのぬいぐるみ。
そこに姿を見せたのは小宇羅の館から出てきた夕凪。
少し離れた場所から二人の姉妹に笑顔で声をかける。
「こんにちは!」
スミレは本から目を離して「こんにちは、夕凪姉さま」とおすまし顔。
サンゴは夕凪をチラッと見てから、
目が合わないように顔を伏せて「……こ、こんにちは……」と小さな声で挨拶。
夕凪はもう一度二人に「はい、こんにちは!」と明るく答えたあと、
ふと顔を上げて、安らぎの大樹に目を向ける。
「ヒスイは何でそんなとこにいるのかな?」
「やっぱりわかっちゃうか……」
夕凪の声に応えたのはスカート姿のまま木に登っていたヒスイ。
太い枝の上から「よっ……と」と降りてくる。
その真下に居たはずのスミレとサンゴは、
ヒスイの存在に全く気がついていなかったようで目を丸くして驚いている。
「ヒスイ姉さま……いつの間に……?」
「うん、結構気配が消えていたよ。それって何かの訓練なのかな?」
どうやら気配を消してヒスイは潜んでいたようだ。
夕凪の問いかけにお茶目な光を瞳に浮かべて答える。
「ボクたちの御主人様の話は小宇羅ちゃんから聞いた?」
「うん、少しだけだけどね」
「御主人様とボクたちの目標は一緒にダンジョン探索をすることなんだ」
――ダンジョン探索……か。
この箱庭の外れにダンジョンがあって先程ミカンが初めて挑戦した――と、
いろいろ他の知識と一緒に、小宇羅から説明を聞いたばかりだ。
しかし、いまヒスイが答えてくれた『主とのダンジョン探索』とは――
もっと一般的な意味でのダンジョン、
もしくは『百群郷』にあったであろうダンジョンだということくらいは、
いまの夕凪でもわかる。
ただ、その百群郷のダンジョンはもう失われてしまっているけれど。
「ふーん、そうなんだ」
「それで御主人様から、ダンジョン探索する時の役割を決めてもらったんだ。
ミカン姉はみんなを守りながら攻撃役とかね」
「へー、ミカンがねぇ」
――そういえば……。
さっきダンジョンから出てきた時に剣と盾を持っていたっけ――と、
夕凪は研究室の窓から見えたミカンの姿を思い出す。
「とすると……ヒスイの役目はなに?」
「ボクは【探索術】を覚えるようにって言われているんだ」
またまた聞き慣れない単語だ。
なんとなくはわからないでもないけれど……と思いながら首をかしげる。
「【探索術】って?」
「ダンジョンを探索するのに必要なスキルで、
罠を見つけて外したり、宝箱を開けたり、魔物の居場所を探ったり、
それと、見つからないように魔物に近づいたりとかね。
御主人様から訓練もしてもらった。
だから、今でも訓練を欠かさずにやってるんだよ」
――斥候役ってやつね。
想像していた内容と比べて、そう遠くない返事だった。
頭の中で、ダンジョン探索のイメージが少しずつ形になっていく。
「さっき木の上で気配を消していたのも、その訓練ってわけね」
声を出さずに頷いたヒスイが急に真顔になる。
「夕凪姉は強い?」
突然の質問だったが、
この話の流れならば何を求められているのか大体想像がつく。
だからヒスイが望んでいる答えを返す。
「そうだね……。この身体もいい身体だから……多分強いよ」
「じゃあ、ボクに戦い方を教えてくれないかな。
探索術だけじゃなくて戦いもできないと……ね」
「うん、やってみようか」
夕凪の想像通りだった。
子供たちに自分がしてあげられることがある――と、
心の中で密かに喜んでいると、別の方向から声がかかる。
「あー、ヒスイはズルい。アタシも夕凪お姉ちゃんに教わりたい!」
二葉の店からパタパタと走ってきたミカンだった。
口をとがらせて右手を振り上げている。
その様子は「プンプン!」といった感じで見ているだけで微笑ましい。
四姉妹がそろったところで、夕凪は全員に笑顔を向ける。
「あー、大丈夫。ちゃんとみんなに教えるから。私に教えられることならね。
で……ミカンは攻撃役だったよね。武器は何?」
「このサーベルです!」と腰に差していたサーベルを抜いて掲げる。
「御主人様からこっちの盾と一緒にもらったんです!」
「あぁ、それなら教えられそう、ヒスイは斥候役だけど……何を教えよっか」
「ボクは御主人様から貰ったこのナイフで戦い方を」
ヒスイの身体からすれば大きめのナイフが腰に付けた鞘に収まっていて、
それを左手でポンと叩く。
二人とも主からの贈り物を自分の得意武器にしているようだ。
「それも教えられるね……スミレは何か教えて欲しいものはある?」
スミレは本を閉じて立ち上がり、
夕凪の目をしっかり見つめて、かしこまった顔で言う。
「夕凪姉さまは……魔法は使えますか?」
夕凪は、前世で何人もの魔法使いと面識があり、
実際に魔法を見せてもらった経験は数えきれないほどある。
そして、破魔術と魔法とは、
身体に宿る魔力を使って発動する超常的な能力、という点で共通している。
しかし破魔術が使えるからといって魔法が使える訳ではない。
それは――魔法だけに限って考えてみた場合、
ある系統の魔法は使えるが別の系統の魔法は使えない――という状況と、
何ら変わりはない。
「魔法かぁ……。魔法はちょっと苦手なんだよね。
スミレは魔法が使えるんだ? 凄いねぇ」
「あ……、いえ……」と途端に暗い顔になるスミレ。
――あっ……、マズいことを聞いちゃったかな?
夕凪の危機察知能力が小さく警鐘を鳴らす。
と同時に、背中をトントンと叩かれ、後ろから囁くようなヒスイの声。
「スミレは御主人様に魔法使いになって欲しいって言われてて、
それであの魔法書を貰ったんだけど……」
その説明が終わる前にスミレが顔を伏せて小さな声で言う。
「いつまでたってもワタシは魔法が使えないのです……」
手にしていた本――魔法書を大事そうに胸に抱き、
顔をうつむけて、肩を微かに震わせる。
――スミレも主からの贈り物を自分の得意技にしようとして、それで……。
「一生懸命、お勉強をしたのですけど……
魔法が使えるようにならないのです……」
スミレの目からこらえきれずに涙が落ちる。
夕凪の印象で一番大人っぽいと思っていた少女が声を出さずに泣いている。
その気持ちを想い、夕凪は心を痛める。
過去……というか前世、
今のスミレと同じような辛い想いを重ねすぎて、
感情をすり減らして無くしてしまった自分を思い出す。
――私はさぎりさんに会って救われた。
後輩になってくれた葉月を、
さぎりさんみたいにカッコよく救えたかどうか自信はないけど、
目の前にいるスミレを悲しみから救うのは自分の役目だ……と、
そう夕凪は心に決める。
スミレの肩に優しく手を置き、労わるような優しい声で、
でも告げる言葉は真実のみ、偽りの言葉でスミレの心は癒せない。
「大丈夫……それだけの思いがあれば、きっと使えるようになる。
大事なのはきっかけ。きっかけさえあれば、すぐに魔法を使えるようになるよ」
その時、夕凪は感じた。
スミレの抱えている魔法書が発している力を……。
破魔術の天才である夕凪は、魔法を使えなくても魔力に関しては一流である。
自分の中の魔力。魔物が使おうとする魔力。魔法使いが使っていた魔力。
その流れを感じられなくては破魔術の使い手として頂点には立てない。
だからそれに気がついた――魔法書に流れる魔力のうねりを。
夕凪は「もしかして……」と思い、涙をこぼしているスミレに声をかける。
「スミレ、ちょっと試したいことがある。
上手くすれば最初のきっかけがつかめるかも知れない」
夕凪の力強い言葉にスミレが顔を上げる。
驚きで目を丸くしたせいで涙が止まる。
「うん、涙を拭いて……。それで、魔法を使おうとしてもらえるかな」
スミレは「……はい」と小さく頷いてから、
抱えた魔法書を一旦地面に置いて、背筋を伸ばして目をつぶる。
少しの間、精神集中。
その姿は全くぶれがなく、夕凪から見ても美しいと感じた。
やがて、ゆっくりと右手の人差指を上に向け、魔法発動の言葉を唱える。
それは火魔法の初歩の初歩。
「この指にともれ【小さな火】」
少しの沈黙。
しかし……何も起こらない。
スミレの口元がゆがむ。声が出るのを我慢している。
閉じた目から涙が落ちる。肩が震えている。
そんな姿のスミレを思わず抱きしめる夕凪。
「ごめん……大丈夫、
今のはいつもどんな風にやっているか見たかっただけだから。
大丈夫、もうわかった、泣き止んで……次は成功するから」
その言葉を聞いて、震えていたスミレの肩が止まる。
夕凪にはスミレの身体を包む魔力の流れが見えていた。
それは魔法が発動しないのが不思議なくらいの量と質だった。
だからこそスミレの魔法の足りない箇所がわかり、
残る部分をどうすればいいか……その方法もわかったのだ。
――最初の一度だけ、そこをどうにかできれば大丈夫のはず。
魔法は最初の一回が成功すれば、あとは苦労する必要もなく使えるようになる。
知り合いの魔法使いも言っていた。自分の破魔術もそうだった。
だから夕凪は断言した。
「大丈夫、次は絶対だから、私の言う通りにしてくれるかな」
「本当に……?」夕凪の胸に顔をうずめたままスミレが呟く。
「うん、本当……だから顔を上げてもう一回やってみよう」
そう言って抱きしめた腕を放し、スミレの肩に手をかける。
「はい……」
「それじゃあ、一度、座ってもらえるかな」
言われた通りに芝生の上に腰を落とすスミレ。
夕凪がその膝の上に、近くに置いてあった彼女の大切な魔法書を乗せる。
それを見てスミレは困ったような顔をする。
「このまま魔法を使って、誤って本を燃やしてしまいたくないのですが……。
魔法が発動しないのだから、関係ないと言われれば……そうなんですけど……」
スミレが使おうとしているのは火魔法。
成功して火がともった場合、
何かの手違いで大切な本に燃え移ってしまうのを恐れている。
――もしそうなったら、事が起こる前に私が能力全開で対処すればいい。
「うん、それは心配しないで大丈夫。何かあったら私が必ず何とかする。
それよりも……この魔法書には魔力が込められているみたい。
たぶん最初の一回のきっかけを作るための魔力。
その本に左手を置いたまま、さっきみたいに魔法を使おうとしてみて」
夕凪の言葉の意味を理解して、スミレの表情に希望が浮かぶ。
座ったまま左手を本の上に乗せ、魔法を唱えるための集中を始める。
先程と同じ美しい姿。
そして右手の人差指を上に向けて再び呪文を唱える。
「この指にともれ【小さな火】」
夕凪の眼にスミレの身体に流れる魔力がみえる。身体を覆う力強い魔力。
同時に魔法書が淡い光をまとう。赤い光。火魔法の輝き。
その光がスミレの左手を経由して――
左肩、胸、右肩を通り過ぎ、やがて右手人差し指に辿り着く。
そこで光が強くなる。代わりにスミレの身体を覆う魔力が薄くなる。
身体にまとった魔力が右手の人差指に集まる。
実際には呪文を唱えてからここまでの時間は一瞬。
そして――スミレはゆっくりと目を開ける。
そこには……自分の人差指の先で
ロウソクを灯したような赤い火がゆらゆらと揺れている光景があった。
スミレの瞳がまた潤む。けれどもそれは……これまでとは違う意味の涙。
泣き笑いの表情になって幸せそうに呟く。
「できた……」
夕凪は笑顔で応える。
魔法書に燃え移るかも――という心配も杞憂だった。
魔法の火は暴走することも消えることもなく、小さいまま燃え続けている。
その後ろではミカンが両手を上げ下げして「やった! やったぁ!」
ヒスイは頑張ったスミレの頭を優しく撫でて、
サンゴは隣に座り、スミレのスカートの裾をちょこんと摘まんでいる。
スミレの魔法の炎を、優しい風が静かに揺らしている。
第11話、お読みいただき有り難うございます。
次回――そこはダンジョンなんだ(3)です。
四姉妹の末っ子、サンゴの話になります。
更新は7月8日を予定しています。




