2024/03/31
5372.
<そして迎えた、文化祭当日>
「うぉぉぉぉぉ。笠井さんかっわいぃぃぃ~~!」
「いやはや、本当に天使ですわ」
<神原と桐葉が笠井さんのコスプレを絶賛している。人の気も知らないで・・・>
5373.
「ったく、なんであたしまで・・・」
「とか何とか言いながらバッチリじゃない。和は入谷さんの道着で、洋はいくらでもいるから中華をと思ったけど、完璧ね。演奏の時は、是非その妖艶なスリットから美しいおみ足を覗かせて頂戴ね」
「てめぇシメんぞ! つかあたしの足なんかよりお前その恰好、男どもを殺す気か?」
「ま、サキュバスってそういうものだし、ちょっとぐらいは、ね?」
5374.
「深山さんも可愛い~~。仮病でたくさんの患者さんが来ちゃいそうだよぉ」
「ここカフェなんですけどね・・・でもアタシよりやっぱり穂照先輩ですよ。変なことする客が出ないか見張っとかないといけませんね」
「深山さんも油断しちゃダメだよ? もしもの時はワタシがやっつけてあげるけど」
「ツグミ先輩なら頼もしい限りです! その時はガツンとやっちゃってくださいね」
5375.
「ほ、本当にこれで、接客なんてするんでしょうか・・・へ、変じゃないでしょうか・・・」
「変なんかじゃないよ全然。女子から見ても笠井さん目当てでお店に来たくなっちゃうもん」
「もちろん男目線からは言わずもがな。英介も分かるよな?」
「ほぇっ? あ、あぁ・・・」
5376.
ばちっ。
<やべっ! 目が合った! もう一瞬で逸らすのが癖になっちまってるよ。何かしらの防衛本能が働いてしまう>
「おやおや? さすがの篠田クンも、大天使カサエルを前にはタジタジのようですなぁ?」
「やめろって・・・!」
5377.
「あっ、わっ、わっ、篠田君は見ちゃダメです~~!」
「ごっ、ごめん・・・!」
<なに誤ってんだ俺! というかやっぱり笠井さんの反応俺にだけ違くないか!? もしかして、嫌われちゃったとか・・・>
「篠田がそんな反応するなんてチョー珍しいじゃん。笠井さんも真っ赤になっちゃって可愛いっ」
5378.
「や、やめてくださいよぅ~~」
「いやぁ、気持ちは分かるよ? 文化祭で羽目を外してる姿を、いつも同じ部室で過ごしてる人、それも男子に見られる、その恥ずかしさは」
「うぅぅ~~~~っ・・・」
(そ、それもありますけど、それだけでもなくって・・・!)
5379.
<くっそ・・・人の気も知らずにイジりたい放題だな、この2人・・・このままじゃ身がもたん。先輩と深山さんのところに行こう>
「ありゃ、篠田逃げた」
「マジで珍しく照れてんな。ただでさえ可愛い笠井さんがこんな恰好したんじゃ仕方ないけど」
「もう勘弁してくださいよぅ~~」
5380.
<基本的に、マイカさんと入谷さん以外の女子と神原で接客、他のメンバーで厨房だ。ただし、ずっと引き籠るのもNGだと穂照先輩に言われてるので、たまに厨房メンバー自ら配膳に行く。テツ先輩とギン先輩はあまりに強面なので免除されたが>
「よし、5秒後に火を止めろ」
「はいっ!」
<ギン先輩はアドバイザーに徹している。彼は時間を掛けて料理するタイプで、とても1人で回せる座席数ではないし、誰が作ったかで料理の出来が雲泥の差になるので当たり外れが発生しないように、悪い言い方をすれば“全部ハズレ”にしている。それ以前に、“超熱伝導のギンの料理を文化祭なんかで出したら近隣の美食家が押し寄せてパニックになる”、らしいが>
5381.
「カルボナーラとチャーハン入りました!」
「任せろ!」
<コスプレ衣装が和・洋・中あるのと同様に、メニューも色々だ。ギン先輩が直接作ってる訳じゃないにしろ、彼の考えたメニューを彼の指導のもとで作るから、評判は良い。
いま笠井さんが厨房に顔を出した訳で、俺がホールに出ることもあるけど、お互いに結構忙しいから余計なことを気にせず済んでるのは助かってる>
「おら篠田、手ぇ止めんじゃねぇぞ!」
5382.
<そして、ピークの繁盛期も過ぎたであろう午後1時半>
「えー、ご来店の皆さま、只今より、鉄琴の生演奏を行います。是非、料理と一緒にこちらもお楽しみください」
<穂照先輩の台詞の後、俺と神原でビブラフォンを運び、チャイナドレス姿のマイカ先輩が続く。これも、“パニックになるからゲリラ的に1回だけ”とした企画だ。注目がマイカ先輩に集まり、パチパチと拍手が起こる。楽器を運び終えて戻る途中で、神原が小声で話しかけてきた>
「お客さんがどんな反応するか楽しみだよな」
5383.
<数十人のお客さんがいること、廊下の方でも結構な人が歩いてることから、マイカ先輩がビブラフォンの前に座っても静寂に包まれることはなかったけど、いざ演奏が始まると、全てが変わった>
♪♪♪・♪・♪・♪♪♪♪♪・♪♪・♪♪・♪
<2回目だというのに、前と同じように聞き入ってしまった。かろうじて、他のお客さんの様子を目で伺うことだけはできた。もう、呑まれていた。完全に、この場にいる誰もが、マイカ先輩の演奏の世界に取り込まれていた。誰も動かない。生理現象としての瞬きしかしない。呼吸もしてると思うけど、それを意識できてる人はいないだろう。料理に手を付けるなんて出来たものではなく、フォークにミートボールが刺さったまま固まってる人もいる。箸を落とした人もいて、その音は鳴ったはずなのに誰もそれには気付けない。ちょっとした雑音なんかで抜け出せる世界じゃないことは、俺もよく分かってる。あの時の俺たちと同じ体験を、この場にいる人たちもしてるはずだ。というか前よりも断然に良い演奏な気が・・・絶対に本番に強いタイプだ、マイカ先輩。この室内の空気がおかしいことに気付いたのか単純に演奏が聞こえたのか、鉄琴と2本の鉢で織り成される世界は、徐々に廊下の方にまで伝播していった。文字通りに、音速で。いつしか廊下の方も超満員だ。もう歩けないほどの人口密度になってるけど、素通りしようなんて人はいない。みんな、足を止めて固まっている。
そんな、長いようで短いような4分半が、“何でもありありカオスカフェ”とその周辺で、店名に負けないほどの混沌を呼びながら、過ぎていった>
♪♪♪♪♪♪♪・♪・♪!
5384.
<演奏が終わると、静寂が訪れた。やがて、演奏が終わったことを認識したというよりは意識が現実に戻ってきたという感じでこの場の空気が熱を帯び始めて、最後には爆発するように歓声が上がった>
「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・っ!!」」」
「「「ほあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」
「ぶぅぅラボーーーーーーーーーーーーー!!」
5385.
<大歓声。廊下の人たちはもちろん、店内の座席に着いていた人たちも立ち上がり、スタンディングオベーションに包まれる中で、マイカ先輩も立ち上がり、ひらっと軽く手を振って応えたのちに、厨房に下がった。それでもすぐに熱は冷めない。観客たちは興奮した様子でそれぞれの想いを語り合っていた>
「何だったの今の・・・」
「わかんねえよ・・・ただ、やばかったってことしか」
「ビブラフォンのマイカ・・・まさかこんな所にいたなんて。私はまだ、彼女を超えられていない・・・」
5386.
<カフェが通常営業に戻るまでに、軽く15分は掛かった>
「いやぁ~っ、気持ち良かったなぁ~~っ。お客さんのあの反応!」
「アタシ実は朝からウズウズだったよぉ~。“ビブラフォンのマイカ”の演奏が久々に表舞台で披露されるなんてさ。想像通りの反応で良かった、って言いたいところだけど人の様子伺ってる暇もあんまりなかったんだよね」
「ホントですよ。2回目だったというのに、結局意識半分以上トんじゃいましたし」
5387.
<時は過ぎて2時半。空席も目立ってきて、交代で休憩を取れるようになった>
「じゃあまずは私と篠田君ね? 一緒に文化祭回りましょ♪」
「はい」
<笠井さんとじゃなくて安心してしまった自分が悔しい。本当は、笠井さんと過ごしたかったはずなのに・・・>
5388.
「いってらー」
「留守はワタシたちに任せてね~」
「お土産よろしくしますね、先輩♪」
(篠田君、穂照先輩と・・・いえ、クジ引きで決まったことですし、むしろいま篠田君と2人になっても何もできなくてホッとしたというか・・・こんなことではダメなのに)
5389.
「さて、篠田君」
「はい」
「お姉さんと、お話をしましょう」
「はい?」
5390.
<結局、文化祭の出し物としてはライバルになるはずの、茶道部の茶屋に来た。話ってなんだ? ただの世間話って感じでもなさそうだったけど>
「単刀直入に言うわ。笠井さんと何かあったの?」
「はいっ・・・!?」
「じーーーーっ。その反応だけでお姉さんにはもう、というか誰が見たって一目瞭然なんだけど」
5391.
<まずい。まさか追及されてしまうなんて。笠井さんとまともに話せなくなったのは自覚してたけど、やっぱり周りからも変に見えてたってことか・・・>
「まぁ、篠田君も男の子なんだから、あんなに可愛い笠井さんを意識してしまうのは仕方のないことね」
「それは・・・」
「もう隠し事なんかせずにお姉さんに話しちゃいなよ。というか、このままあと1年半の学校生活を過ごすつもり?」
5392.
<そうだ。まだこの学校での生活は1年半も残ってる。もしかしたら来年は違うクラスになるかも知れないけど部活はあるし、深山さんや入谷さんもいるから部活に行かないなんてことは無理な訳で・・・>
「ほらほら、お姉さんに言ってみ? 笑ったりしないから」
「そ、それなら・・・」
<ついに俺は、話してしまった。人として生きる上での楽しみを見つけようとしていること、笠井さんが手伝ってくれることになって休日に出掛けたこと、そこでプレゼントを贈り合ったりパンケーキに感動したりしたこと、その上で、どんなアクティビティよりも“笠井さんと過ごしたこと”が楽しかったこと、いつの間にか笠井さんのことが頭から離れなくなってしまったこと・・・>
5393.
「ふむふむ。典型的な症状ね。ちょっと想像以上でビックリしてるけど、ちゃんと青春してくれてるようでお姉さん満足♪ 神原くんや桐葉さんもきっと大喜びね」
「でもこのままじゃ・・・」
「ダメよね。篠田くん自身も分かってる通り。それじゃあ、どうするのが正解だと思う?」
「それは・・・」
5394.
「今までの関係を壊したくなくて踏み出せずにいるのに、そもそももう今まで通りに接することができずにいる・・・こんな“今”を、果たして守る必要があるかどうか、じっくり考えてみて」
「それは考えるまでもなく・・・」
「だったら、やることなんて1つよ。いきなり“今度の休みにまた出掛けよう”なんて言う必要はないわ? まず、5分でも10分でも笠井さんとお話しすること。笠井さんも、篠田くんが変になったからか、はたまた実は笠井さんまで意識しちゃってるのかは知らないけど様子が変だし、まずは2人で話す時間を作って、元に戻らないと。笠井さんだって何とかしたいと思ってるはずだし、呼び出しから逃げるような子じゃないことは篠田くんも分かってるでしょ?」
「は、はい・・・」
5395.
「お、俺、笠井さんと、ちゃんと話してみます。俺たちの関係はさておき、一緒に“楽しみ”を探すって、約束してるので」
「よろしい。今日の終わりに、それとな~く声をかけやすいような状況を作ってあげるから、篠田くんも心の準備をしておいてね♪」
「はい。よろしく、お願いします」
「がってん♪」
5396.
<そこからはただの世間話だけで、茶道部の他にもバスケ部のミニゲームも遊んだりしてから、自分たちの持ち場に戻った>
「次はアタシたちの番ですね」
<次の休憩は深山さん、笠井さん、入谷さんの3人だ>
「あの子たちが一気にいなくなると寂しくなるわねぇ」
5397.
「さて奈々先輩」
「はい、なんでしょう」
「ガールズトークの時間ですよ?」
「はい?」
5398.
(えっと、天文学部のプラネタリウム喫茶に連れて来られたのですが・・・)
「プラネタリウムもほどほどにして、本題に入りましょうか」
「うんうん♪」
(2人のにこやかな感じがなんだか怖いです・・・)
5399.
「あ、あの、本題というのは・・・」
「そんなの決まってるじゃないですかぁ。恋バナですよコ・イ・バ・ナ。ズバリ、奈々先輩は篠田先輩のことをどう思ってるんですか??」
「えぇ・・・っ!?」
(も、もしかして、気付かれてしまってるのでしょうか~~~~!)
5400.
「この反応、もしかすると、もしかするとってこともあるかも知れませんよツグミさん!」
「ふむふむ、ワタシとしてもこれは“ある”んじゃないかって気がしてきましたぞヒカルさん!」
「変な喋り方しないでくださいよぉ~~!」
「さぁ、洗いざらい話してくださいね~、ね・ね・サン♪」
5401.
(結局、全部話すことになってしまいました・・・もう深海に底の更に下に沈んでしまたいです・・・)
「はぁ~~~っ。まさか、お2人のカンケイがそんなことになっていたとは~~。これは大ニュースですよツグミさん」
「いやはや、これは興味深い案件になって参りましたなヒカルさん」
「だからその喋り方やめてくださいよぉ~~~!」
5402.
「仕方ないですね。では気を取り直して。ぶっちゃけ、奈々先輩が男子に、あろうことか篠田先輩に惹かれてしまうなんてショックなんですけど、それはそれとして可愛い奈々先輩を拝めますし、同じ部の後輩としては応援したくもなっちゃいます」
「ワタシも一緒だよ? 身近な人の恋を応援できるなんて、自分のことじゃないのにドキドキしてきました」
「私はもうドキドキを通り越してギチギチに破裂しそうなんですよぅ~~。どうすればいいんでしょう~~~」
「う~~~ん。篠田君の様子から言っても脈アリな気もするけど、だからってこっちからアプローチかけるのは勇気がいるよねぇ」
5403.
「でもぶっちゃけ奈々先輩になびかない男子がいるとは思えませんし、相手はあのモテとは正反対の篠田先輩ですし、更に身も蓋もないことを言っちゃえば、奈々先輩が色仕掛けすればイチコロですよ♪」
「本当に身も蓋もないことを言わないでください!」
「まぁまぁ、笠井さん落ち着いて。深山さんも、そう短絡的な答えは出さないで、じっくり考えよう?」
「考えると言っても、やることってデートに誘うしかないですよね。口実だって、生きる上での楽しみを探したいっていう目標があるんですし」
5404.
「しかも篠田先輩にとっては、先生に言われてそれを探そうとしてるですから、奈々先輩が手伝うって言ったことで1回デートにも言ったんですよね?」
「あ、あれはデートというよりは・・・」
「どんな理由であれ男女2人で出掛けたらデートです。それが仕事でも、出廷命令でも」
「出廷命令はちょっと違うんじゃないかな・・・」
5405.
「でも、お、お誘いするって、私はどうすれば・・・」
「1回デートに誘った人の台詞とは思えないんですが・・・こうなったものは仕方ないとしても、このままずっと、篠田先輩が動いてくれるのを待つつもりですか?」
「う、それは・・・」
「あんまり上手くいく気はしないよねえ。ただでさえ、笠井さんは男の子にとっては高嶺の花だから、いくら同じ部活でも篠田君は遠慮しちゃう気もするし」
5406.
「な、なんで私は高嶺の花なんかに・・・」
「いいじゃないですか。その美貌のお陰で、気になる篠田先輩とお付き合いできるかも知れないんですから」
「お、おぉお、お付き合いだなんて、そんな・・・!」
「じゃあいいんですか? 例えば穂照先輩辺りが、篠田先輩をゲットしちゃって毎週のようにデートしちゃったり、部室ですらイチャイチャし始めたりしても」
5407.
「そ、それは、嫌、です・・・」
「ですよね。そういうことなんですよ? 仮にその2人が付き合ったとして、篠田先輩が穂照先輩の許しを得れば、奈々先輩と2人で“生きる上での楽しみ探し”をできるかも知れませんけど、その最中も篠田先輩の心は穂照先輩に向いてるんです。奈々先輩はただの、趣味探し仲間か、協力者。そうなってしまった時に、奈々先輩は変わらず篠田先輩の趣味探しをお手伝いできますか?」
「う、うぅぅ・・・無理です~・・・」
「あ、あわわわわ。だ、だから、そうならないように頑張ろ? ね?」
5408.
「そうです。もう、女は待ってるだけでいいなんて時代は終わったんです。駆け引きをしろとまでは言いませんが、せめて普通に話せるようには戻ってもらわないと、デートに誘うことすらままなりませんよ」
「もうままなってないんです~・・・でも、そうですよね。このままずっと何ヶ月も、というか1日たりとも耐えられないです・・・なんとか、しなくちゃ・・・」
「その意気だよ。ワタシたちだってこれ以上見てられないもん。まずは今日、少しだけでもお喋りしてみようよ。なんとかしてチャンスを作るから」
「はい・・・よろしく、お願いします・・・」
5409.
「たっだいま~です!」
<あ、帰ってきた。笠井さんの方を見なさすぎるのも変だし軽~く3人を見回すように・・・げっまた目が合った!>
「・・・・・・」
(はぁ。先が思いやられるわねえ。でも笠井さんのあの反応、やっぱり悪くないんじゃない? 肝心の篠田くんに相手の様子を伺ってる余裕がなさそうだけど。とにかく今日のうちに声を掛けさせなきゃね。後夜祭で機会を作れるかしら?)
5410.
(ま、また目が合ってしまいました! 普段通り、普段通りで・・・と考えようとするほどどうすればいいか分からなくなってしまいます・・・)
「・・・・・・」
(ダメだこりゃ。でもやっぱり篠田先輩も意識しちゃってるような・・・? うん、これはイケる!)
(笠井さん頑張って~~! 勝負は片付けまで終わったあと。なんとしても2人にしてあげなくちゃ!)
5411.
<その後は神原と桐葉の休憩、調理部3人の休憩と続き、再び全員が揃う時には夕方で、終了時刻が近付いてきた。どうにかして、笠井さんと話さないと。今まで当たり前にできてたことが、こんなのも難しくなるなんて・・・>
【本日はご来場いただき、誠にありがとうございました。間もなく終了時刻となりますので、お忘れ物のないようご帰宅ください。生徒の皆さんは、後片付けの方をお願いします】
「はーーーーーーーっ、終わったあ!」
「みんな、お疲れさま。お客さんが掃けたら片付けを始めるわよ?」
5412.
<片付けの時も当然のように笠井さんとは事務的な会話しかできず、穂照先輩からは突き刺すような視線を受けながらも、作業だけは進んでいった>
(うぅ・・・2人に話したことで少しだけ気が楽になりましたけど、このあと2人で話さなければならない時が近付いたせいでガチガチに・・・深山さんたちの呆れたような視線がボディブローのように効いてきます・・・)
(やっぱ英介の様子おかしくないか・・・? もう丸1日笠井さんの天使コスを見てるってぇのに。それに笠井さんもなんだか、衣装のことは無関係に照れてるような・・・これはもしかして、もしかしたりするのか・・・!? いや、やめよう。もしそうだとしたら親友の大事な時だ。暖かく見守ってあげるのが、友情ってもんだろ?)
(なーーんか篠田と笠井さんが気まずい感じになってない? そこまでではないにしても、少なくともまともに喋れてないよねえ。それに、文芸部のメンバーもしきりに2人のことを気にしてるような・・・これって、まさかってことある? なんとかしてあげたい気もするけど、ここは文芸部に任せるしかないよね。せっかくの、篠田にできた新しい居場所なんだから)
5413.
「あとはゴミ捨てだけね。はーいみんなちゅうもーーく!」
<片付けもほぼ終わったところで、穂照先輩から号令が掛かった>
「あとはこれをゴミ捨て場に運ぶだけなんだけど、台車もあるし2人いれば十分よね。という訳でクジでハズレを引いた2人に行ってもらいま~す! あ、調理部の人はもういいわよ? 後は私たちでやるから、お疲れさま。ありがとね。 はい、これクジ。まずは深山さんから。赤く塗ってあったらゴミ捨てだよ?」
「えっ、あっ、はい!」
5414.
「よし、セーフ!」
<穂照先輩は、手でつかんだ割り箸の束を持って、1人ずつ引かせていった。3人目が笠井さんなのだが・・・>
「あ・・・引いちゃいました・・・」
<赤く塗ってある棒を引いてしまった。ハズレはあと1本で・・・ま、まさか!>
5415.
<嫌な予感、という言い方はしちゃダメなんだろうけど、その後は誰もハズレを引かずに俺まで回ってきた。残るクジは2本で、俺と先輩の分だ>
「さぁ篠田くん、一騎討ちよ?」
<その笑みを見た瞬間に分かった。これ、どっちを引いてもハズレなんだ。いや、当たりクジって言うべきなのか>
(まっ、まままっ、待ってください! ここで篠田君が引いたら、ゴミ捨て当番は・・・待ってください! まだ心の準備が~~~~!)
5416.
<引いたら、案の定ハズレだった>
「はい、篠田くんハズレ~! ゴミ捨てお願いね♪」
「はい・・・」
<なんて、こった・・・>
5417.
「英介どんま~い」
「最後までしっかりやんなさいよ~~」
<俺の気を知ってか知らずか、2人はそんなことを言ってくる。ここで何もしなければ穂照先輩に半殺しにされるし、覚悟を決めるしか、ないか>
(うぅぅぅぅぅ。どうしましょう・・・てっきり、後夜祭の途中でいつのまにか2人だけに、というシチュエーションだと思ってたので急にこんなことになってもう死んでしまいそうです・・・)
5418.
(なんだか知らないけどいきなり好機到来!? いや、穂照先輩のあの顔、絶対何かやってる! クジになんか仕組んでたんだ! )
(やっぱり先輩も2人の様子がおかしいことは気付いてるよねぇ。まさかこんな手を使ってくるなんて。ちょっと強引だけど、今の2人にはこのくらいがいいかも)
「ゴミ捨て場は西棟の1階だし、戻ってくるの面倒でしょうからグラウンドで合流しましょ♪ そうねぇ・・・3番階段の上あたりが人少ないかしら? そんなにキャンプファイヤーには近付かなくてもいいわよね?」
「ですね。アタシたちは離れた場所でちょっと落ち着きましょうよ」
5419.
<こうして、俺と笠井さんでゴミを運ぶことになった。俺が台車を押しながら、荷物用エレベーターに向かう>
「・・・・・・」
「・・・・・・」
<やばい。もうやばい。何がって、この状況そのものにもう耐えられない。えぇいままよ!>
5420.
「「あ、あの!」」
<あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁかぶったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!>
(わ~~~~~~~~~~~~声が重なってしまいました~~~~~~~~~~!!)
「「・・・・・・」」
5421.
<どうすんねん! どうすんだよこれ! でも既に1回声出しちゃったしもうやるしかないだろ!>
「「そ、そっちからどうぞ!」」
<あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!>
(わ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!)
5422.
<よしここは、俺は何も言わずに笠井さんの言葉を待とう!>
「「・・・・・・・・・・・・」」
<なんで何も言わないのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?>
(どうして何も言わないんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)
5423.
<もうダメだぁ。おしまいだぁ。やることなすこと全てが上手くいかない。すみません先輩、俺、先輩に怒られようと思います>
(もうダメです。おしまいです。何もかもが上手くいきません。こういう時は何もしない方がいいっておじいちゃんが言ってました)
「ははっ」
<もう、訳が分からなくなって、笑えてしまった>
5424.
「っ!? い、今もしかして、笑い、ました・・・?」
「え、え?」
<笠井さんが、俺の顔を睨むように覗き込んできた。思わず目を逸らしながら、答える>
「いや、それは・・・」
5425.
「笑いましたよね絶対笑いましたよね私おかしかったですよねはいもう自分でも分かってますこんなにもダメでバカでダメバカでどうしようもない私なんて笑われて当然ですははは自分でも笑えてきましたよとんだピエロですよ私はどうかもっと笑ってくださいその方が心が落ち着くのでははは」
「いやいやいや、笠井さんを笑ったんじゃないから!」
「じゃあ誰に対して笑ったっていうんですかぁ」
「自分自身だよ。こう、なんで、こんなにもダメなやつなんだろうって。笠井さんと話したいことがあるのに、上手く話せなくなって・・・」
5426.
「それを言うなら私もです! ここしばらくはずっとなんだか声を掛けるだけでも緊張してしまってそれを知られたくなくて余計に硬くなってしまって目が合うたびに動揺するようになってしまってこの前お出掛けした時に約束したのにもっと篠田君と“人として生きる楽しみ”を探そうって約束したのにお友達失格です同志失格です篠田君とのお出掛けそのものが楽しくてもっと一緒にいたいと思えてしまって約束を口実に利用するなんて私は人間しっか・・・」
「ストップストップ!」
「ハッ。わ、わわわあわわわわわわ私は今何を・・・」
「ま、まままままま待って! 一旦落ち着こう!」
5427.
「はぁ、はぁ・・・とにかく、ゴミ捨てを先に終わらせよう。それで、そのあと、み、みんなと合流する前に、少しだけ、いい、かな・・・? か、笠井さんと、話を、したくて・・・」
「あっ・・・・・・。は、はい・・・っ!」
<よし! これでやっとスタートラインに立てた! というか、さっき笠井さんの言ったこと、そのまんま真に受けると・・・いやいや、待て! まだ社交辞令って可能性がある! 笠井さんも混乱してるみたいだし!>
(どっ、どどどどっ、どうしましょう~~~! 篠田君の方から話をしようって言われてしまいました~~~~!)
5428.
「・・・・・・」
「・・・・・・」
<その後は会話が続かなくなり、ゴロゴロと台車の進む音と、文化祭終わりの喧騒だけが聞こえる。また沈黙になってしまったけど、とりあえず話をする時間だけはできたから、だいぶ楽になった。あとは俺が、話すだけでいいんだ。話すだけで、いいんだ・・・>
(篠田君の話って、なんなのでしょう。もしかして、次のお出掛けの日を決めようっていってくれたり・・・いえ、期待してはいけません! 穂照先輩が好きになったからやっぱりナシと言われる可能性だって・・・そうですよね絶対そうですだって私よりずっといい人ですしスタイルもいいですし年上の魅力もありますし篠田君からすればこんな魚みたいな体型でちょっとしたことで動揺して話もできなくなるような私なんて用済みですよねよしこれで心おきなく日常に戻れます海に帰れます今までありがとうございました)
5429.
<ゴミ捨てを終えて、台車も倉庫に戻し、個人的にやるべきことを除いてはみんなと合流するだけになった>
「ちょっと、場所は変えようか」
「はい・・・・・・」
<さすがに、ゴミ捨て場で話なんてしたくない。人の姿もチラホラ見えるし、キャンプファイヤーは見えなくてもいいから、落ち着いて話せるところを探そう>
5430.
<よし、ここなら・・・>
「フーーーーーーッ」
<俺から、俺から言わなきゃ・・・さっき笠井さんが言っちゃったことが社交辞令じゃなかったらなら先に言われちゃったことになるけど、それでもだ>
(篠田君、なんだか覚悟した様子です。やっぱり、お断りの言葉でしょうか。私の将来に幸多からんことをお祈りする感じでしょうか・・・)
5431.
「その、まずは、ごめん! この通り!」
<まずは、今までロクに会話できなかったことを誤った。俺がしっかりしてれば、こんなことにはならなかったんだ>
「っ・・・・・・」
(“ごめん”、ということは、やっぱり・・・)
5432.
「ほん、とーーに、ごめん! また一緒に出掛けようって約束したのに、次の日を決められないどころか、ロクに話すこともできなくなって・・・!」
(あ、れ・・・?)
「お、俺も、笠井さんと似たような感じで、その、ずっと、文化祭終わった次の週末にでも行きたいって思ってたのに、なかなか言えなくて、声を掛けるだけでも緊張するようになって、それを隠そうと余計に硬くなっちゃって、目を見ることもできなくなったクセについ視線は笠井さんを追っちゃうし、でも目が合ったら思いっきり顔逸らしちゃうし、やっぱり声は掛けられないし・・・とにかくごめん!」
(えっ、えっ、えぇっ??)
5433.
「こんなこと言ったら、笠井さんを困らせるかも知れないけど、もし迷惑だったら、休みの日にまで俺に会わなくていい・・・楽しかった、凄く楽しかったんだ。笠井さんと一緒に過ごす時間が。コーヒーも、パンケーキも、美味しかった。うさぎも可愛かった。けどそれ以上に笠井さんが可愛かったし、美味しいものを笠井さんと一緒に食べられることが嬉しかったし、部屋のインテリアはまだよく分からないけど、笠井さんにもらったプレゼントを見るだけであの日のことが思い出せて幸せな気分になるんだ。あの日の中で、いや、これから人として生きる中で、何が一番楽しいかと言えば、“笠井さんと過ごせる時間”なんだ・・・!」
(え、えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???)
「待ってください待ってください! おかしいです! 篠田君いま、私と一緒にいるのが楽しかったって言ってますよ!? もう一度自分の言ったことが本当に正しいか、落ち着いて考えてください! 絶対に変なこと言いましたから!」
「変なことなんて言ってない! 心からの本心だ! また、笠井さんと休みの日に出掛けたい! 1人でコーヒー飲みに行くぐらいなら、水しかなくても笠井さんと過ごせる方がいい!!」
5434.
「待ってください待ってください待ってください待ってください意味が分かりませんおかしいです! あんなにコーヒー美味しいって言ってたじゃないですか! 私と水しかないよりは1人でもコーヒーがあった方がいいに決まってるじゃないですか!」
「決まってない! もう1回言う! 笠井さんがいなくてコーヒーがある場所よりは、水すらなくても笠井さんがいる方がいい!」
「だからだからだからだから意味が意味が意味が意味が意味が~~~~~~!」
「じゃあ分かりやすくこれだけ言うよ! また笠井さんとどこかに出掛けたい!」
5435.
「それは私からお願いしたいことです! 台詞を奪わないでください! 私だって篠田君とお出掛けするの楽しかったんです! でも言えなくて、“生きる楽しみ探し”をお手伝いしたいのに篠田君とお出掛けしたい気持ちが上回ってしまって、本来の目的であるはずのものが口実になってしまって、こんなことじゃ迷惑掛けてしまうと思ってしまって・・・!」
「迷惑なんかじゃない! 願ったり叶ったりだ! だって俺の一番の“生きる楽しみ”は、笠井さんと過ごすことなんだから!!」
「意味が分かりません~~~~~~~~~~~!!!」
<そんな押し問答が、お互いが疲れるまでずっと続いた>
5436.
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・何なんですか、もう。本当に意味が分かりません・・・」
「言った通りだよ。俺はまた、笠井さんとお出掛けしたいんだ」
「だからだからだからだから・・・!」
5437.
「だって、私以外にも女の子はいますし、たまたまお互いに元サバというだけで私がお手伝いしてますけど、言ってもらえれば他の人と、元サバなんて複雑な事情は隠しても“生きる楽しみ探し”はできますし・・・」
「誰と一緒に“生きる楽しみ探し”をしたいかで言えば、笠井さんだよ」
「だから意味が分かりません! 深山さんも入谷さんも穂照先輩も魅力的な女の子じゃないですか!」
「笠井さん自身にとっては他の人が魅力的に見えるのかも知れないけど、俺の中で一番魅力的な女の子は笠井さんだよ」
5438.
「わーー! わーー! わーー! だからなんでそんな意味の分からないことを言うんですか! 私が困ってる姿を見て楽しみたいんですか!」
「笠井さんの可愛い姿は見たいけど、困らせるのは本望じゃないよ。でもこんなことを言い続けるのは、俺の気持ちを分かって欲しいから。やめてほしいなら、一言返事をくれればもう言わないよ。これからも一緒に“生きる楽しみ探し”を続けてくれるか、やっぱりやめるか」
「そ、そんなの、私だって篠田君とお出掛けしたいって、何回も言ってるじゃないですかぁ・・・」
「じゃあいいじゃん。俺が意味わかんないことばかり言い続けても。これからも続けてくれると言ってくれて、嬉しいよ」
5439.
「で、でも、私っ、お休みの日も篠田君に会いたいがために“生きる楽しみ探し”を利用しようとしてるんですよ・・・?」
「そんなのお互い様だよ。俺の“一番の楽しみ”はもう言った通りだし。だけど欲を言えば、笠井さんと過ごす中で美味しいものを食べたいし、凄い音楽を聴きたいし、もっと色んな、人間の生み出した凄いものを探して、笠井さんと一緒に見たいんだ」
「わ、わたしだって、一緒です・・・美味しい料理も、素敵な音楽も、お部屋の飾り物もうさぎさんとのふれ合いも、これから見るどんなものも、篠田君と分かち合いたいです。何をするにも、篠田君と一緒がいいです・・・」
「ありがとう。嬉しいよ」
5440.
「俺たち、変なことですれ違ってたんだね。お互いに、同じことを思ってたのに、それで遠慮しちゃって」
「あ、当たり前じゃないですかぁ。篠田君の“生きる楽しみ探し”をお手伝いしたい気持ちよりも篠田君に会いたい気持ちの方が強くなってしまったなんて、口が裂けても言える訳ないじゃないですかぁ・・・」
「さっき言っちゃってたけどね・・・」
「もう! それは言わない約束です!」
5441.
「はぁ。本当に、変なことで悩んじゃってましたね。でも、嬉しいです。その、篠田君も、私と同じだったなんて・・・」
「お、俺だって、ビックリしてるよ。まさか、笠井さんが休みの日にまで俺に会いたかっただなんて・・・夢みたいだ」
「自分でも、訳が分からなかったです。どうしちゃったんだろうって思いました。でも、その気持ちだけは否定できなくて、一方で篠田君に迷惑になったらどうしようって思って、何もできなくなってしまいました・・・」
「俺もだよ。今の状態が続いたらどうしようかと思った」
5442.
「それじゃあ、今度の土曜日、大丈夫、かな。また同じ、駅前で」
「はい・・・っ! その、篠田君さえよければ、土日の両方、とかでも・・・」
「ほんとに? じゃあ、両方とも、お願いしようかな」
「はい・・・っ!!」
5443.
<ふぅぅぅぅぅぅぅぅっ。良かったぁぁぁぁぁぁぁ。まさか笠井さんも同じだったなんて。でもこれで、今まで通りに戻れる。穂照先輩には感謝だな>
「あの、篠田君、その・・・」
「ん? どうかした?」
「あの・・・そのぉ・・・・・・」
5444.
<なんだろう。もう既に一件落着だと思ってるんだけど、なんか忘れてた・・・!?>
「私たちって、その、両想い、に、なるん、でしょうか・・・」
「えっ」
<えっ。えっ。えっ。えっ??>
5445.
「私たちの、関係って、どうなるん、でしょう・・・?」
<ちょっと待って。両想いって、その・・・>
プシューーーーーー。
<てか笠井さん顔真っ赤!>
5446.
「おお、お友達、なんでしょうか・・・」
<そんな目で見ないで! いや、その・・・そうだよな。俺たちの関係も、はっきりしておかないとな・・・次の約束を決められたことで安心しきってた。そもそも先輩からの課題は5分だけでもいいから話すことだったし。だけどいずれは考えなきゃいけないことだ。そして、先延ばしにするのが良くないことはこの1週間でよーーーく分かった。まさかここまできてノーと言われることはないだろうし、ここまで言わせちゃったんだから、あとは俺が、ちゃんとしなきゃ>
「その、笠井さんさえよければ、お付き合い、したい、です・・・」
「っ・・・・・・! はっ、はい! こちらこそ、ふつつか者ですがよろしくお願いします・・・!」
5447.
(やった、やった、やりました! 篠田君と、恋人に・・・信じられません・・・!)
「う、うぅうぅ嬉しいです。篠田君と、恋人に、なれるなんて・・・」
「お、俺もだよ。と、突然のことで、驚いてるけど・・・」
<いや自分で“お付き合いしたい”なんて言っておいて何を言ってるんだ俺は? でも流れ的には突然だった、よな・・・?>
5448.
「そ、その、まだ実感が湧かないんですけど、よろしく、お願いします・・・」
「あ、うん。俺の方こそ、よろしく。」
「はぁ。なんだか、ほっとしたら、力が抜けてきてしまいました・・・」
「俺もだよ。それに、ちょっと、心と頭を整理したいから、しばらく休憩してからみんなのところに行こう」
5449.
「・・・・・・」
「・・・・・・」
<それからはまた沈黙になったけど、気まずさは欠片もなかった。笠井さんは笠井さんで、落ち着いて考えたいことがあるだろうし。
にしても、本当に、笠井さんと付き合うことになるなんて・・・何が起きたんだ? 俺はただ、“生きる楽しみ探し”の続きができればいいとしか思ってたはずなのに。もちろん何回もそうする中で2人の関係をはっきりさせる必要はあっただろうけど、まさかこんな急に・・・でも、笠井さんが言ってきたもんな、“お友達のままですか”って。こうするしかなかったというか、これでよかったんだよな。俺としても嬉しいし>
(本当に、篠田君と、お付き合いを・・・夢みたいです。土曜日も日曜日も祝日のお休みも、篠田君と過ごせます。色んなものを、探しに行けます。分かち合えます。こんな、こんな幸せになってしまってもいいんでしょうか。いえ、篠田君に幸せになってもらわないといけません。いつまでも、私と過ごしたいと思ってもらえるように・・・)
5450.
<お互いに落ち着いたところでみんなの所に戻った訳だけど・・・>
「「「「「おぉぉぉぉ~~~~~っ!!」」」」」
<あまりにも戻るのが遅くなったから説明が必要だし、かけがえのない親友と部活の仲間たちだから、笠井さんとのことを伝えた>
「男を見せたじゃないか、英介!」
5451.
「いやぁ~~っ。2人とも様子がおかしいとは思ってたけど、まさかそんなことになってたなんて。篠田が笠井さんに惹かれるのは妥当だとしても、まさか、いやぁ~っ、“まさか”はホントにあるんだねぇ~~っ」
「お姉さんもビックリ。5分話すだけでいいとしか言ってなかったし、あわよくば次のデートぐらい決めて欲しいなとは思ってたけど、“今週末付き合って”じゃなくて、男女の意味での“付き合う”になるなんて」
「2人ともおめでとう~~~! どうなることかと思ったけど、上手くいったみたいで良かった~~っ」
「ぐすん。奈々先輩が誰かのものになっちゃうのは寂しいですけど、奈々先輩の幸せが一番です! 不肖深山ひかる、全力で応援します!」
5452.
「皆さん、本当にありがとうございます。それから、深山さん、入谷さん、アドバイスありがとうございました」
「俺も、穂照先輩が背中を押してくれなかったら、どうなってたことか」
「やっぱり2人で休憩行ってた時に話してたんですね。あのクジもどうせヤラセですよね?」
「失礼しちゃうわ。この誇り高き生徒会長がイカサマなんてする訳ないじゃない。2人を助けてあげたいという私の想いが天に届いた結果よ」
5453.
「怪しいなぁ・・・」
「まぁまぁ、先輩のお陰でワタシたちが策をめぐらす必要もなくなったんだし」
「ったく、おんぶにだっこじゃねぇか。ま、みんなのサポートの有る無しに関係なく、英介、お前これからしっかりやれよ? 恋愛ってのは、両想いになってからが本番なんだからな」
「そうそう。もし笠井さんを泣かせるようなことしたら、袋叩きにするかんね」
5454.
「分かってる。絶対にないって約束できるけど、もしもの時は俺の腹をかっさばいてくれ」
「わ、私も、篠田君に嫌われてしまわないように頑張ります!」
「にしても、ちょっと前まで死んだ魚みたいな目ぇしてた英介が、一気に彼女持ちにご昇格ですかぁ。しかもそのお相手が笠井さん! 第1親友としては鼻が高い限りだ」
「ちょっと神原ぁ、第1親友はアタシだって言ったよね? でもホント良かったよ。毎日つまんなさそうにしてた篠田がさ、部活に入って、友達増えて、恋人までできて。やっと、人として楽しく生きるつもりになってくれたんだなって」
5455.
「ありがとな、桐葉、神原。それに先輩と、入谷さんに深山さんも」
<本当に、感謝してる。サバだった頃は、生物としての生存本能に従って単に命を繋いでただけなのに、人間になって、戸惑いはしたけど、生きる上での楽しみを見つけられて、まだまだたくさんありそうで・・・探し続けることができる。こんなに、素晴らしいことって他にない。凄い生き物だよ、人間は>
「それじゃあめでたく交際を迎えた2人に、ちょっと早いかも知れないけどこの言葉をみんなで送りましょう? せーーのっ」
「「「「「末永く、お幸せに!」」」」」
5456.
【♪♪♪♪・♪・♪・♪♪~♪~♪~♪♪♪♪・♪・♪・♪♪~♪~♪~】
「うぅぅおおおおおおおおおおお!! 奈々ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! しぃのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぐおぉぉぉ・・・なんという、なんということか・・・っ!」
「ぐすん。2人とも、本当に、末永くお幸せにね・・・」
5457.
【二足ほ~こ~うにな~ったけど~~、地に足~を~着け~て~い~こ~う】
【肺こきゅ~う~もな~ん~の~その~、そよ風がおい~し~い~~~】
【喜怒哀楽ね~たみあこ~が~れ~、他にもまだい~ろいろあるけ~れど~】
【全部自分さ~、逃~げずに向き~あ~お~~~~う】
5458.
【狭いだ~い~ち~の~上でも~~、踊る~君の心にキッス!】
【住~め~ば~み~やこでしょ~、“見る”“食べる”を~分かち合っていくん~だ~よ~~】
【お花も団子も! 愛せ~よサカナた~ち!】
【♪・♪・♪・♪♪・♪♪・♪!】
5459.
「間奏に入ったっ! くぉっ、おぉぉ・・・っ!!」
「分かるぞ、分かるぞ兄・・・! この、この・・・がっ・・・がっ!」
「素晴らしいわ・・・大海原から陸に上がって、その限られた場所の中で、生存本能を超える歓びを見つけて・・・なんて、なんて魚たちなの・・・!」
「お分かりいただけたでしょう? 人と、そしてサバの素晴らしさを」
5460.
【♪~♪~♪・♪♪!】
【想いを~か~さ~ね~た先で~~、きっと~交わす誓いのキッス!】
【あ~さって~の~荒波~、挑んでこそ~イチニンマエなん~だ~よ~~】
【幸せな未来! 手にせ~よサカナた~ち!!】
5461.
【♪♪♪♪・♪・♪・♪~♪~♪♪♪♪・♪・♪・♪~♪~】
「う、おぉぉぉぉぉぉ・・・ごぉ・・・っ!」
「待て、待つんだ兄・・・まだ叫ぶんじゃない・・・! それは最後まで見届けてからだ・・・っ!」
【♪~♪・♪♪!!】
5462.
「うぅぅぅぅぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! だああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「どっっっっすぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ばああああああああああああああああああ!!! がああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「うっ、ひっ、っ・・・・・・。なんて、なんて作品なの・・・私たちの、人類の、その全てが詰まっているわ・・・これを超える作品が、今後現れるなんてあり得るの・・・?」
「現れるとするならば、それを作るのは我ら世界サバ・フィル・ハーモニーでしょう。ご満足いただけたようで何よりです。この“サババウィッチ”と、世界サバ・フィル・ハーモニーのお届けする全てが、皆さんの“生きる上での楽しみ”となることを、心よりお祈り申し上げます。それでは、ごきげんよう」




