2022/07/09
3293.
「らっしゃーせー・・・って、なんだお前らか」
「“なんだ”とは失礼ですわね涼太さん? せっかくあなたのアルバイト代に貢献しに来て差し上げましたのに」
「客が3~4人増えたぐらいでバイト代は変わんねーよ」
「まぁここへ来た本来の目的は他にあるのですけれどね」
3294.
「本来の目的だぁ? どうせ冷やかしだろ。ンなもん美々香の方に行けよ。崇妹と佐藤姉弟もいるなら尚更」
「美々香さんの方には崇さんと服部君が行っています。なんせ、わたくしがこちらに来る必要がありましたから」
「ちなみにアタシは面白そうな方を選んだだけだよ!」
「私の方はもちろん、お兄さんあるところに私あり、ですから」
3295.
「てかミミにぃがウドンでミミりんが牛丼なんだね! イメージと逆だからウケる!」
「あいつが“肉の方がいい”って言ったからな」
「あ! イメージ通りだ! ウケる!」
「佐藤さんって大して面白いと思ってなくても“ウケる”って言うわよね・・・」
3296.
「で、冷やかしじゃないなら何しに来たんだサバ令嬢」
「通告に参りました。この店舗はわたくしども世界サバ・フィル・ハーモニーが買い取り、明日からはサバカレーうどん専門店としてリニューアルオープンいたします」
「はぁ!? 聞いてないぞそんなの!」
「先ほど決まったばかりですから。決定事項の通告に来たと言いましたでしょう?」
3297.
「いや待て。100歩譲ってサバは良い。うどんにサバフレークが入ること自体に問題はないだろう。でも何でカレーなんだ。カレーうどん専門にする必要がどこにある」
「このお店のカレーうどんの出し方を言ってみてください」
「麺入れて、ダシ入れて、カレーをかける。そしてお客さんに混ぜるよう伝えることがマニュアルになっている」
「それですわ」
3298.
「サバりんどゆこと!?」
「佐藤純は黙ってろ」
「ばぶばん、ばぶばぶ!?」
「佐藤雷太も黙ってろ」
3299.
「説明いたしましょう。カレーうどんとは本来、カレーうどん専用のスープを作るのがあるべき姿だと、わたくしどもは考えております」
「何でサバハーモニーがカレーうどんのあるべき姿とか語ってんだよ」
「シャーラァーップですわ。よろしいですか? カレーうどんという商品を提供する以上、うどんとカレーを別々に作って後から合わせ、あまつさえ顧客に仕上げをさせるなど言語道断。サバカレーうどん店失格ですわ」
「いやここ普通のうどん屋だから」
3300.
「いいか? よく聞けサバ令嬢。ここはうどん屋だ。だが、ファミリーなどのグループ客のために普通のカレーライスもメニューにある。つまり、わざわざカレーうどんを作らなくてもカレーとうどんがあるんだよ。なのに別でカレーうどんを作るなど、コスト管理の観点から言って有り得ない。お前も社長令嬢なら分かるだろ?」
「アルバイトを始めたての高校生がまぁそんな知った風な口を。メニューをカレーうどん1つに絞った方が圧倒的によいのが分かりませんか? あぁ分かりませんよね? アルバイトを始めたての高校生なんですから。ぷっふふふっ♪」
「お前マジ殴られたいのか?」
「そんなことをすればあなたが職を失うだけですわよ? あ、いえ、漁船の作業員というお仕事はありますけれどね。おほほほほっ♪」
3301.
「今日のサバりんノリにノッてるね~ミズりん」
「当然のことね。お兄さんが突っかかってくることを想定して、さっきザ・サバ・ハイテンションカプセルを飲んでたから」
「え゛、なんかそれヤバくない?」
「問題ないわよ。あれは、本人が潜在的に持ってるハイテンションな性格を引っ張り出すに過ぎないから。要はサバ令嬢さんにも元からこういう一面があるということね」
3302.
「くっそ・・・これだから権力者は」
「むしろ感謝していただきたいですわね? 明日からこの店舗の皆さんは、うどんにカレーをかけるだけというカレーうどんへの冒涜行為をせずに済むのですから」
「いつか全店舗サバカレーうどん専門店にする気じゃないだろうな?」
「心配無用ですわよ。買い取らせて頂いたのはこの店舗のみです。まぁ、この店舗は元の系列チェーンから外れることになりますが」
3303.
「何だって!? 聞いてないぞ!?」
「それを伝えるために来たのですから当然です」
「ふ、ふざけるな! 俺はここのうどんチェーンが好きなんだよ! それが世界サバ・フィル・ハーモニー系列だって? 冗談じゃない!」
「ええ。冗談ではありませんわよ?」
3304.
「メニューは、通常のサバフレークが入ったサバカレーうどんと、1尾丸ごとサバカレーうどん、サババーグカレーうどん、サバフライカレーうどんです。それぞれ、380円と538円ずつとなっております。また、全品サバフレーク追加と麺大盛が可能でして、いずれも38円です」
「くっ、安い・・・!」
「ちょっと待って! 野菜がないわよサバ令嬢さん!」
「カレーうどんに野菜がないはずがないでしょう。玉ねぎ、人参、ほうれん草に加え、微量ながらトマトが溶け込んでおります」
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「まだだよサバりん! もっと大事な、大事なお肉がないよ!」
「ばぶぅ!」
「サバがあるのにどうして哺乳類のお肉が必要なのですか?」
「アタシたちが哺乳類だからだよ!!」
3306.
「そんなに哺乳類がお好きなら牛丼屋さんに行けばよろしいでしょう。当家が“牛野屋”と提携を結んだのはご存じのはずです」
「牛丼屋でお魚が出るなんて有り得ないよ!!」
「回転寿司やさんでローストビーフが出ることがもっと有り得ませんわ?」
「美味しいぢゃん!!」
3307.
「まぁ世間一般的にお肉の方が好まれやすいのは認めましょう。ですが、所詮庶民は庶民。サバの有無を抜きにしても、カレーうどん380円を前には定期的に通わざるを得なくなるでしょう」
「おいおい笑わせるなよサバ令嬢。その程度の値段で自慢になると思ってるのか?」
「これを食べても同じことが言えまして?」
「んんっ・・・? こ、これは・・・バカな・・・! これが380円だって!? 有り得ん! 有り得んぞ! ここまでの味を普通のボリュームで出せば材料原価だけで500円を超えるはずだ!」
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「相変わらずの素人ぶりですわね涼太さん? 当然ながら、ダシの方にもサバを使っております。それにより織りなさせる、カレーのスパイスとうどんの和風だしの調和。世界サバ・フィル・ハーモニーが目指した料理の完成形がここにあるのです。材料原価? そんなもの100円もありませんよ。庶民向けの安いサバを使っているのですから」
「なに・・・!? いや、それで380円かよ! ボッタクリじゃないか!」
「ボッタクリ? とんだ言いがかりですわね。確かに、人件費や店舗の維持運営費を考慮しても1杯当たりの利益率は20%を超えますわ。538円の3商品に至っては30%です。
ですが、それが何だと言うんですの? 気に入らなければ来なければよいだけです。比べるべきは、原価と販売価格ではなく、提供される料理と販売価格です。380円で、この味のカレーうどんが食べられる。それを実現できるわたくしたちが多くの利益を得られるのは当然のことです。原価など、見えない企業努力に過ぎません。そんなものを指標にしてボッタクリだなんて言うのはナンセンスというものですわ」
「ナンセンス、だと・・・この俺が・・・!?」
3309.
「いや、まだだ! 安いのがウリなら極限まで下げるべきだ。1杯当たりの利益は落ちても数が出る! その方が最終的な利益も大きい!」
「はぁ・・・つくづくナンセンスな方ですわね。当家は、世界サバ・フィル・ハーモニーです。商品価格から3と8の並びを外すことは有り得ません。たとえそれで利益を落とすことになろうとも。
株主に約束している営業利益率は10%。毎年コンスタントにこれを守っておりますから、この程度のことでお叱りを受けることはありません。むしろサバを愛する心を曲げることの方が裏切りに値します。当家に対する投資は、経営手腕だけでなくその心にも頂いているのですから。涼太さん。あなたにはプライドがないのですか? 利益。利益。利益。原価。原価。コスト。もちろん重要ですし当家も徹底的にやっておりますけれどね? 企業は、生き物です。お金儲けをするための箱ではありません」
「な・・・・・・あ・・・・・・」
「アルバイトの身で口答えする暇があるのでしたら、カレーうどん作りの手順を覚えることですわね? もっとも、経営幹部たるわたくしの直接の指示でやって頂くのですけれどね。あなたのお仕事は今日中にマスターすることですわよ? 明日には提供を開始しますからね」
3310.
「サバ令嬢さん、いつになく饒舌だったわね・・・」
「うん。でも、1つ忘れちゃいけないのが・・・」
「ばぶばぁ」
「「世界サバ・フィル・ハーモニー、裏でめちゃくちゃ汚いお金を回しまくってて今がある」」