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2022/04/03

2889.


「うっ、ととと・・・」


「兄さんどうしたの? そんな、魂の抜けたペンギンみたいな歩き方して」


「いや、ちょっと腰をやっちまってな」


「トイレで? つい10分前に普通の足取りでトイレに入ってなかった?」



2890.


「怪しい・・・なにか隠してない?」


「聞くな。多分後悔するぞ」


「やだ。教えてくれるまで“マルセイユの皿”の最新刊貸してあげない」


「くっ・・・」



2891.


「一度しか言わないからよく聞け。やっちまったのは腰じゃない。尻だ」


「え・・・し、り・・・?」


「ああ。まあ、あれだ・・・痔だ。きばってたらやらかした」


「あ・・・うん、そ、そうなのね」



2892.


「えっと・・・なんかごめん」


「だから言っただろ“聞くな”って」


「いやちょっと予想外すぎて・・・気を紛らわせるために美々香んとこ言って笑ってもらう?」


「そうするか。マジでしんどいから笑い話にしてもらった方がよっぽど良い」



2893.


「ぷっ、だーーーっはっはっははは! あーーっははははは! みずき兄、みずき兄・・・! 痔って・・・! お前私を楽しませるために生きてんの!?」


「くそ、こっちはツラいってのに・・・なんで美々香ちゃんのとこに来たんだっけ」


「美々香を楽しませるという人生の目的を果たすためじゃない?」


「何だよそのドブに捨てた方がマシな人生」



2894.


「いっててて・・・」


「いやホント魂の抜けたペンギンみたいな歩き方になるんだな。ケツが痛むってどんな気分なんだ?」


「ペンギンになって魂を捨てたくなるような気分だ」


「全然わかんねぇんだが」



2895.


「しっかし、そりゃ確かに腰を痛めたことにしたいな。無神経な妹が“マルセイユの皿”を人質に脅しさえしなければ」


「だからしっかり後悔してるわよ。でも聞かなかった聞かなかったでモヤモヤが残るし・・・どうすれば良かったの?」


「みずき兄が痔にならなければ良かったんだ」


「それを言ってくれるなマジで」



2896.


「私はなったことないんだが、ケツにデキモノができるってマジなのかみずき?」


「私もなったことないわよ。今まさになってる人がいるのに何で私に聞いたの?」


「経験はあるんじゃないかなーと思って」


「だから明らかな経験者が目の前にいるでしょ?」



2897.


「それで、どうなんだみずき兄? デキモノあんのか?」


「イボだからあるぞ。風呂の鏡で見たらピーナッツぐらいのが3つ4つあった」


「うわキモっ」


「マジで自分の体とは思えなかったな」



2898.


「いっ、ててて・・・パンツと擦れる。薬塗ってもしばらくすりゃ戻っちまうし」


「座っててもしんどいんだっけ」


「まず正座するか輪っかの座布団で浮かせないと座れない。あと、座るとか立つとかの動作で力入るみたいですげー痛い。一度座ったら立ちたくない」


「頑張って力抜けよ」



2899.


「無理なんだよそれが。人間、体痛めると無意識下で色んなとこに力入れてるんだなって分かるぞ。クシャミでも大ダメージだ」


「というか歩いててもそれって・・・兄さん今日何もできないわね」


「食事、排泄、睡眠。実に健康的な生活じゃないか。さすがみずき兄」


「1日のアクティビティが排泄だけとか終わってるだろ・・・」



2900.


「じゃあ何でそんなキバったんだよ。そこまで酷くならないにしてもケツ痛めるのは分かってるじゃん?」


「腹もめちゃくちゃ痛かったんだよ。それこそ尻を犠牲にしてもいいと思ったぐらいにな。その判断は間違いだった訳だが」


「愚かな・・・てか歩くスピードどんどん下がってるんだが」


「マジで痛ぇ・・・休憩したいけど座りたくもねぇ・・・もう寝てぇ」



2901.


「とか何とか言っちゃってえ。ホントにそんな痛いのか? サッカー選手ばりに大げさに痛がってるな」


「あんなサーカスみたいなのと一緒にするな。もっとも、今のこの状況で後ろから蹴られたりしたら立ち上がれなくなるがな」


「じゃあ試してみるか」


ドゴッ。



2902.


「うがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


「みずき兄!??」


「ちょっ、何やってんの美々香!?」


「いや、ほら、ホントにそんな痛いのかなーと思って」



2903.


「うおぉぉぉぉ! いぃてぇぇぇぇぇぇ~~!!」


「ちょっと兄さん大丈夫!?」


「うぅごぉぉぉぉ・・・やっ、べぇぇ・・・」


「あんまり大丈夫じゃなさそうね・・・」



2904.


「おいこれ病院行くレベルだろ」


「誰のせいだと思ってるのよ。よりにもよってお尻を蹴るなんて」


「でも穴んとこ蹴ったワケじゃないぞ?」


「そういう問題じゃないでしょ」



2905.


「ぐ、あぁ゛・・・」


「と、とにかく近くのベンチまで運びましょう」


「え、私らでやんの?」


「それぐらいしなさいよ美々香がやったんだから」



2906.


「ったく、両手に華で抱えられるなんて一生に一度もないと思えよ?」


「う、がぁぁぁぁ・・・」


「そんなつまんないこと考えてる余裕さえなさそうね」


「マジでつまんない奴だな」



2907.


「よし抱え上げるぞ。・・・せーのっ」


「ぐおぉぉぉぉぉ・・・!」


「兄さん、余計なところに力入れないで!」


「自然と入っちまうんだよこれが・・・!」



2908.


「よし、なんとか抱えあげられたな。後はあのベンチまで歩くだけだ」


「その後はどうするの?」


「わからん。とにかく安静にさせてみて、だな」


「小一時間で治るといいんだけど。というか2人掛かりでも結構大変ね・・・」



2909.


ズルッ。


「「あ」」


ドサッ。


「があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」



2910.


「みずき兄ーーーーーーーーー!!!」


「兄さんゴメン、大丈夫!?」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


「もうダメだろこれ・・・」



2911.


「もう今日中に歩いて帰れる状況になるとは思えん! 救急車呼ぶぞ救急車!」


ピ、ポ、パ、ポ。


「あ、もしもし? いま西町公園いるんですけど知り合いが大変なことになって・・・すぐに来てください!」


「美々香がガチで慌ててるの久々に見たわね」



2912.


「早く、早く来てくれレスキュー!」


「おい、なんの騒ぎだ」


「兄!! なんで呼んでもいないのに!!」


「別にいいでしょう手伝ってもらいましょうよ!」



2913.


「なるほど・・・まあ、もうこのまま地面に寝ててもらおう。俺が加わったところでまた落とす可能性がないとも言い切れないからな」


「次やったら気絶するんじゃないかこいつ」


「絶対にやんないでよね」


「それはフリなのか?」



2914.


「はあ、何でこの期に及んでそんな冗談が言えるんだか」


「美々香だからしょうがない。てか救急隊はまだか」


「お、来たぞ! ・・・え?」


「おい、レスキューじゃなくてポリスが来たんだが」



2915.


「何でだよ! 警察に痔が治せるのか!?」


「ついに119番で警察が来る時代になったか・・・」


「いやまさか・・・美々香、発信履歴調べて」


「え? ・・・あ」



2916.


「馬鹿野郎! 高校生にもなって119番と110番を間違える奴があるか!」


「だって9のすぐ下に0があるんだもんよ!」


「言い訳まで幼稚園児ね」


「もういい、この際ポリスに病院まで連れてってもらおう」



2917.


「ぐ、おぉ・・・いてて・・・」


「何事ですか! これは・・・暴力事件・・・!?」


「あ、いや~それが119番と間違えちゃって」


「美々香が兄さんを蹴ってこうなったという意味では暴力事件だけどね」



2918.


「そうですか・・・しかし、これは辛そうですね。私も先週痔になったのでよく分かります。我々で病院までお連れしましょう。ご同行願えますか?」


「おいおい、警察に“ご同行”だってよ。やべーな」


「ゴチャゴチャ言ってないで行くわよ」



2919.


「ねぇちょっと、あれ・・・若者が昼間っから警察沙汰? しかも1人倒れるし・・・やだねぇ、子供たちも遊ぶ時間なのに」


「ほんと。というかあれ近くの高校に通ってる子じゃない? たまにここ来てるの見掛けるわよ」


「よく見たらそうねえ。学校に一発連絡入れてみよっか?」


「いいわねそれ! 生徒が春休みだからって世間に面倒見させてる教師どもの仕事を増やしましょうよ。私あの子の名前知ってるわ」



2920.


「行っちまったな、みずきたち」


「まぁパトカー1台じゃ俺らは乗れん。後は崇のやつの回復を祈ろう」


「私は今日、痔の恐ろしさを知ったよ」


「他人を犠牲にしてな・・・」



2921.


「満月さん!!」


「ん・・・? って、え、遠藤!? なんで!?」


「つい先ほど学校に連絡がありました。あなたがここで警察沙汰を起こしてると」


「えぇ!? あぁ~・・・さっきみずき兄が倒れて救急と間違って警察呼んだからそれ見た誰かが学校に一発入れたのか」



2922.


「そう・・・明星さんのお兄さんが。事情は分かりました。満月さんが蹴ったことが引き金、というのは置いといて、刑事事件とかでは無くて良かったです」


「いや~私もパトカー来た時は“なんでだ”って思ったぜ」


「1・1・9が救急と消防、1・1・0が警察。分かりました? こんなことまで高校の生活指導教諭の仕事だなんて・・・」


「我が妹のことながら同情を禁じ得ないぜ。悪いな、ウチの親はそんなこと教えないんだわ」

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