12.第1王子エヴァンのお仕事(前編)
「冒険者か。小さい頃は憧れたわね」
「よくジョイ達と冒険者ごっこをしていたものね。ジョイが剣士でアリシアが女戦士だっけ。私は魔法使い役だったわ。しかし、ジョイが本当に冒険者になるって村を飛び出すとは思わなかったわよね」
アリシアとカーラは、お茶を飲みながら冒険者の話をしている。
なんでも今日の朝早く、大きな魔物の角を持った2人の冒険者が王都に到着したらしい。
それは今では珍しい大きな魔物の角で、人々は驚き、2人を称賛した。
瞬く間にその噂は王都中へと広がった。
そうして、診療所を手伝うアリシアの元へ、買い物へ出たカーラの元へと届いたのだった。
冒険者。
それは各地をまわり、魔物を倒しては領主や王から報奨金を貰う者達である。
ジルベール王国は魔物が少ない平和な国だ。しかし、時折、山や森の奥から出て来た魔物が村や旅人を襲うといったことがある。
そうした魔物の討伐をした者には国や領主から一定の報奨金が出る。
時には魔物が多く住む場所へ行き、魔物を倒してくる冒険者もいる。
報奨金を貰うには、魔物の角や牙、時には皮膚などを証として持ち帰る必要がある。
ジルベール王国の親はよく、子どもが寝る前に恐ろしい魔物を倒し、弱い者を守る強くて優しい冒険者のおとぎ話を聞かせる。
その姿に憧れ、アリシア達はよく冒険者ごっこをしたものだった。
アリシアの村にも何度か冒険者がやって来たことがある。
実際に見た剣を持った勇ましい姿。それは子ども達の目には英雄のように映った。
アリシアより3つ年上のジョイは、17歳となった年、村を出た。
たまたま村を訪れた冒険者に着いて行く、ジョイはそう言って小さなカバン1つで行ってしまったのである。
ジョイが村を出たことをアリシアは、兄からの手紙で知った。
その頃はもう、学園に通うために王都で暮らしていたからだ。
ずっと冒険者に憧れていたジョイらしい。
寂しいが、ジョイのこと。いつか村にひょっこり帰って来て倒した魔物の自慢話を聞かせてくれるだろう。
アリシアはそう思いながら兄からの手紙を読んだ。
「アリシアが女戦士‥‥‥。そのままだな」
クックックッと笑いながら部屋に入って来たのはエヴァンである。
「エヴァン様、ノックぐらいしていただけませんか?」
「すまん。驚かそうと思って。わっと言って入ろうと思ったら、面白そうな話をしていたから‥‥‥」
まったく、本当にいたずらな子どものようだ。
アリシアは呆れた顔をエヴァンに向けた。
どうりで屋敷に着いてから馬車に忘れ物をした、先に部屋に戻っておけなんてわざとらしく言ったわけだ。
カーラも同様の視線を送るが、何も言わずお茶を淹れに行った。
「ところで、2人は何故、冒険者の話を?」
エヴァンはカーラが運んだお茶を飲みながら、チラリとアリシアの胸元を見る。
自分が贈ったネックレスをしているかの確認である。
エヴァンは満足そうな笑みを浮かべた。
同時にエヴァンはアリシアの表情を見てほっとする。
どうやら、顔が曇ることはなくなったようだなと。
「今日、診療所で冒険者の噂を聞いたのです。なんでも、大きな魔物を倒して戻ったとか。証の角があまりに大きいので、王へお見せしたほうが良いとその場所の領主に言われたらしいですね。近いうちに陛下と謁見するのですか?」
「あぁ、それでか。宮殿へも報告が入っている。今、謁見の日にちを調整しているところだ。噂の大きな角を確認したら、高額の報奨金を出そうと話している。冒険者は今、街の宿に滞在しているらしいな」
「しかし、どこにそれほど大きな魔物がいたのでしょうか? そこまでは噂では伝わっていません。魔物といえば、故郷の村の周辺に出るスライムくらいしか私は知りませんが‥‥‥」
「ダライの森だと聞いた。森の奥で数匹の魔物を倒した帰り、道に迷い食料も尽きさまよっていた所、大きな魔物に出くわしたと聞いたな」
「地図でしか知りませんが、国の南にある大きな森ですね。確か、森の奥には魔物が多く住んでいると本で読みました」
「あぁ、その通りだ。今後、調査隊を送ることを考えている。しかし、そんな大きな魔物が出たとなると、周辺も心配だ。王都から遠いとは言っても、2度と王都まで魔物が来ることはあってはならない。調査は念入りにするつもりだ。‥‥‥もちろん、魔物が現れて欲しくないのはどこであっても同じだがな」
チラリとエヴァンはアリシアの左手の手袋を見た。
アリシアは全く覚えていないが、黒魔法使いが現れた時、王都はかなり混乱したと聞いている。
黒魔法使いといっても表面上は人間。
怪しい人間は城門で確認をするはずだが、城門にいた騎士は気づかなかったそうだ。
黒魔法使いはもういないとされている。
しかしまだそんな大きな魔物がいるのなら、もしかしたら黒魔法使いもまだいるのかもしれない。
どうか自分以外誰も、呪いで苦しむことがありませんように。
アリシアは心の中で祈った。
「まさかアリシア、ダライの森へ行こうとは考えていないよな? アリシアは時々、突拍子もないことをするからな。あの森は、魔物以外にも危険なことがある。森から出てくる弱った冒険者の持っている魔物の牙などの証や金品を狙う盗賊がいるんだ。中には、森の中を熟知していて森の奥で死んだ冒険者の持っている金品を奪う奴もいるらしい」
エヴァンはおどけたように言う。
黙ってしまったアリシアを気にしてのことだろう。
「行きませんよ。それにしてもダライの森はそんな場所なんですね」
「あぁ。絶対に行こうと考えるなよ。‥‥‥ところで、ジョイとは誰だ? 男、だよな?」
「ジョイはアリシアの初恋の人ですわ。アリシアの言葉はジョイを真似ていますから。真似するほど好きだった、ということです」
カーラはウフフフと笑う。
丁度、エヴァンの為のお茶を持ってきたのである。
「なにっ。初恋‥‥‥俺じゃないのか‥‥‥」
ティーカップを乱暴に置き、エヴァンはがっくりと肩を落とした。
何やらぶつぶつと言っている。
「ちょっと、カーラ! 毎回毎回、余計なことを! ジョイは師匠みたいなものよ。それに私の初恋は‥‥‥」
思い出せない。
そもそも恋をしたことがあったかしら。
アリシアは言葉を最後まで言うことができなかった。
翌日のこと。
「最近、やたらと同じ解毒薬ばかりじゃないですか?」
診療所へ行ったアリシアは不思議に思い、ルナに尋ねた。
ここ数日、同じ種類の解毒薬ばかり作っているのだ。
「この時期は仕方がないよ。ライの実は知っているかい? これはライの実中毒の解毒薬さ。あ、あんたは北の方の出身だっけ。知らないかもしれないね。市場で見かけても、知らない食べ物は案外食べないものだしね」
ジルベール王国は広い。
だから南の食材を北で見ることはあまりない。
当然、北と南では採れる果物や野菜が違う。
アリシアが知らない果物があるのも当然のことだ。
だが、王都には北と南、西と東、そして異国からも様々な食材が集まっている。
「ライの実? 初めて聞きました」
「この時期しか採れない、南の果物だよ。ほら、大きな森‥‥‥ダライの森といったか。その森でだけ採れる果物らしい。ちょっと待って。さっき患者さんから貰ったんだ。買い込みすぎた、これじゃあ解毒剤をいくら飲んでも足りないからどうぞって‥‥‥」
ほら、と言ってルナはアリシアに黄色の実を渡した。
大きさは桃と一緒ほど。つるりとした皮の実だ。
「ダライの森‥‥‥」
それは丁度、エヴァンからその名を聞いた森だ。
アリシアの頭には、一瞬、エヴァンのニヤリと笑う顔が浮かぶ。
なんでこんな時に。
アリシアは慌てててそれを打ち消した。
「ライの実はね。とても甘くておいしいんだ。でも、毒があってね。食べすぎると手足がしびれる。その時点で必ず解毒薬を飲むことを勧めるね。だいたい10日から15日ほどか、しびれを感じたままほおっておくと、しびれが全体に広がって倒れてしまうんだ。そして、それでも解毒剤を飲まないと2度と歩けなくなることもあるんだ。あぁ、そうだ。ライの実は冒険者の実って呼ばれることもあるね」
そんな恐ろしい果物なら、どんなに美味しくても食べるのはよそう。
アリシアはルナから渡されたライの実をまじまじと見た。
「冒険者の実ですか。冒険者が見つけたからですか?」
「いや、違う。危険な果物だから、元々は地元の人は食べないものだったらしい。ダライの森にはこの時期、ライの実以外の果物がない。動物よりも魔物が多い森だから、動物を食料にすることもできない。だから森に入った冒険者は食料が尽きるとひたすらこの実を食べる。だから冒険者の実だそうだ」
「そんな理由ですか‥‥‥。ルナさん、つまり解毒薬が多く必要な理由は、美味しいから実を食べすぎる人が多いってことですよね?」
「そうだよ。治ればいいってもんじゃないけどね。確か、一度に買える個数は規則で決められているはずなんだけどね。まぁ、怖いもの知らずの物好きが王都には多いってことさ」
やれやれ、というようにルナは首をすくめた。
その時のこと。
「ちょっと、通りで喧嘩よ! 冒険者ですって!」
待合室から扉を開けて、シェリーが叫ぶ。
「なに、喧嘩だって!」
ルナはいち早く飛び出す。
「アリシアさんも見に行きましょう。あの噂の冒険者らしいわよ」
シェリーに促され、アリシアは仕方なしに通りに出た。
通りでは、3人組の男と2人の男が向かい合って睨みあっている。
3人は、いかにも旅から戻ったばかりという汚い格好をしている。
剣も持っておらず顔にも疲れが浮かんでいるようだ。
一方、2人の男はいかにも冒険者という格好をしている。
2人は皮鎧を付けている。
1人の男は大きな剣を背中に背負い、もう1人は腰に剣を差している。
「ジョ、ジョイ!」
男達を見たアリシアは驚きの声を上げた。
3人組の男の1人、赤い髪の男。
それは紛れもなくジョイだった。
「なんでこんなところに‥‥‥」
そんな呟きは聞こえるはずもなく、冒険者達は罵り合いをはじめた。
「てめぇら、よくもやってくれたな。この偽物が! 角を返せ!」
「はぁ? 何を言っているんだ。偽物? お前達こそ偽物だろう。剣も無い。そんな恰好で冒険者と良く言えたものだな」
「チッ、このクソ野郎が!」
「はぁ? クソはどっちだ? あ、お前らはハエか。クソに群がるハエだな」
その様子を見たアリシアは憤慨した。
(ったく。子どももいるっていうのによ‥‥‥。これじゃあ、子どもが憧れるカッコいい冒険者が台無しだ)
冒険者達の周囲には、人だかりができている。
そこには、数人、子どもの姿もある。
アリシアは今では、冒険者がそんなに上品な者達でないことは分かっている。
しかし、あの子が親に聞かされた話の中の冒険者は、さぞかし格好よいものだろうに。
驚いた顔で男達を見ている子どもを見て、いい加減にしろと憤る気持ちをアリシアは抑える。
ここで自分が出たら、呪い付きだと余計に騒ぎが大きくなるかもしれないのだ。
(しかし、何があったか知らねぇが、子どもの夢を壊すのはいただけねぇな。ジョイらしくもない)
時には小さな子どもをいじめる様なこともした。
でも、本当に嫌がるようなことはしない。
乱暴者だけど、皆が困っている時には率先して助ける。
それが、ジョイだ。
憧れていた強くて優しい冒険者になったんじゃないのか。
アリシアは悲しい気持ちでジョイを見つめた。
「キャーッ! 」
ジョイに気をとられていたアリシアは、女性達の叫び声で気が付いた。
ジョイを含む3人とにらみ合っていた冒険者2人のうち1人、腰に剣を差した茶色い髪の男がその剣を抜いたのだ。
ジョイ達3人は、剣を持っていない。
しかし、3人はひるまずに剣を抜いた男に向き合う。戦うつもりのようだ。
(止めねぇと!)
アリシア飛び出そうと一歩踏み出した。
その時。
強い力でアリシアは肩を掴まれた。
「誰だ!」
「落ち着け。俺だ」
「エヴァン様‥‥‥ですよね?」
アリシアを止めたのは黒髪のソバカスのある男。
その風貌だけではとてもエヴァンとは思えない。
だが、その声は紛れもなくエヴァンだった。
「アリシアが出る必要は無い。あいつは剣を持っている。俺が出よう」
そう言うと、エヴァンは人だかりの中へと飛び出した。
今のエヴァンの変装は、前に見た下手な商人風の変装とはずいぶんと違う。
商人風の服装は前と同じ。
だが、カツラだろうか、銀色の髪は黒い髪となっている。
頬に付けたおそらく化粧であろうソバカスのせいで、整った顔も隠されている。
(エヴァン様本人が今日の監視人だったのね。また来ているなんて、全く気が付かなかったわ。それにしてもいくら護衛がいるとはいえ、何かあったらどうしよう)
アリシアは心配そうにエヴァンの後姿を見つめた。
「剣を収めてください。騒ぎを起こすと王都警備隊が来て、報奨金どころじゃなくなりますよ。ここで揉め事は良くないですよ」
エヴァンは冒険者達の真ん中に立った。
口元には、柔らかな笑みを浮かべている。
全く剣を恐れず、冒険者達の殺気の中でもひるむ様子はない。
その度胸は、さすがこの国の第1王子といったところだ。
「なんだ。お前は! 首を突っ込むな。ここは白黒はっきりさせねぇとな。悪いのはそっちだ。俺達を騙しやがって!」
そう言ったのはジョイだ。
「まぁまぁ。ここは1つ、私にお任せを。お話を伺っても?」
その時。再び悲鳴があがった。
「キャー!」
ジョイの仲間の1人が突然、倒れたのだ。
「喧嘩は中止ですね。あの診療所へこの人を運んでください。そこで話をお聞きしましょう」
エヴァンはその様子に驚きもせずに静かに言った。
まるでその男が倒れることを予期していたかのようだった。
お読みいただきありがとうござました。




