13.第1王子エヴァンのお仕事(後編)
「場所をお借りしてしまい申し訳ありません。私達商人は各国を旅することもあり、冒険者のお世話になることも多いのです。どうしても放ってはおけず」
エヴァンはそう言い、ミーシャに頭を下げた。
診療所の待合室。
そこには先ほど倒れた男を除く4人の冒険者が座っている。
アリシア達診療所の職員は立ってその様子を見ている。
エヴァンは倒れた男を診療所へと運ばせた。
そしてミーシャに少しの時間、話し合いの場を貸してくれないかと頼んだ。
ミーシャはその頼みに頷いた。
丁度、昼休みに入る時間帯だったこともある。
もう1つ、エヴァンの浮かべる柔らかな笑みに思わず頷いてしまったというのも理由である。
(久しぶりにエヴァン様の猫を見たわ。学園ではよく見ていたけれど)
にやりと笑う地の笑みのほうに慣れてしまったわね、とアリシアは思う。
「では、私は先ほどの男性の診察へ。意識はありますが、手足が動かないようですので」
ミーシャは心配そうだ。
「あの、ミーシャさん。この2人も診ていただけませんか?」
「アリシアさん?」
ミーシャが怪訝そうにアリシアを見る。
「お2人は、自分達の体のことがわかっていますよね。この2人が逃げないか心配で、我慢しているのでは? 早く治療を受けないと、手足が動かなくなり冒険者が続けられなくなりますよ」
アリシアは、ジョイともう1人の仲間を見て言った。
ジョイはチラリとアリシアに目を向ける。
その目は白い手袋を見つめた。
故郷で自分の後をずっとくっついていたアリシアだと気づいたかしら?
アリシアはジョイ、と名を呼ぼうとした。
しかし、ジョイは視線を逸らし、バツが悪そうに下を向いてしまった。
「なんだ、あんたらも調子が悪いのかい? ほら、さっさと先生に診てもらいな」
ルナに促され、ジョイと仲間の男は立ち上がった。
2人がいなくなったところで、静かにエヴァンが言った。
口調とは異なり、口元にはにやりといつもの笑みが浮かんでいる。
「それでは、お話をしましょうか。全員で話すと喧嘩になるかと思っていましたので、丁度良かったです」
(猫が取れかかってる‥‥‥)
アリシアはチラリとエヴァンの笑みを見る。
エヴァンの向かいに座っている2人の男はかなり苛立っている様子だ。
エヴァンは2人に狭い診療所では剣は邪魔になるでしょうと柔らかく言い、剣を手元から離させている。
「ふぅ、まったくなんだっていうんだ。国王からも謁見するという連絡が来ているんだぜ。そんな俺達が何かしたというのか? あいつらが、いちゃもんをつけて来ただけだろう」
男の言葉にピクリとエヴァンの眉が動く。
「偽物に報奨金は支払いたくねぇんだよ」
(エヴァン様、猫が‥‥‥)
人の事だと冷静に見られるわね。私も猫が取れたらこんな感じかしら。
ふとアリシアは思う。
「えっ? なんだお前?」
「失礼しました。‥‥‥先ほどの喧嘩の原因は、噂の大きな魔物の角でよいですか? 角を返せ、偽物といった言葉を聞きましたが。彼らとはお知り合いですか? しかし、大きな魔物がいる森の奥までいけるのはお2人のような強い冒険者だけですよねぇ」
2人はすぐには答えず、しばらく黙った後、茶色い髪の男が口を開いた。
「あいつらは、ダライ森を出たところで会った冒険者だ。不意をつかれて1度角を盗られて、懲らしめてやったんだ。出口で冒険者を待ち構えている盗賊だろうな。角を返せというのはそういうことだ。偽物というのはただのいちゃもんだろうな。しかし、ここまで追ってくるとはしつこい奴らだ。」
「ふむ。森の出口で会ったと」
「そうだ、あいつらは盗賊だ。おい、さっさとあいつらをさっき言ってた警備隊に引き渡したらどうだ」
「何か俺達を疑っているのか? 俺達は南の領主に言われてここに来てるんだ。規定外の大物だから報奨金が払えない、王から貰えとな。疑ってるんなら、その領主に聞けよ」
2人は口々に言う。
その目は怒りに満ちている。
「落ちついてください。証拠がない限り警備隊は動いてくれません。3人を引き渡す為にもお話をお聞かせください」
「証拠か……」
2人は再び黙る。
そんな2人を冷ややかな視線で見て、エヴァンは言った。
「証拠ならあるじゃないですか……ライの実ですよ」
「はぁ? 何を言ってやがる。そんなもの俺達は持ってないぞ! ごちゃごちゃ言うようならもう行くぞ!」
茶色い髪の男は立ち上がろうとする。
しかし、すぐに怖気づいたように動きを止めた。
圧倒的な威圧感。
エヴァンの目から、体から感じるそれに男はひるんだ。
「まぁ、聞いてください。あの3人は、ライの実中毒でしょう。ダライの森からずっと我慢して王都まで来たのでしょうね。森の中で迷っていた時間と出るのにかかった時間を5日間、王都まで馬でほとんど休憩をせずに来たとして8日か9日。丁度、中毒症状が酷くなる頃です」
「だから何だって言うんだ。それが何の証拠になるって言うんだ」
「分かりませんか?‥‥‥お2人が嘘をついている証拠です。3人は森の奥にいた。つまり、出口では会っていない。その証拠ですよ。ライの実は、冒険者にとって非常食です。それを食べて中毒症状になったということは、森の奥で迷っていた証拠。食料が尽き、森の奥でさまよっている時に大きな魔物に出会った、それはあの男達の言った話なのでしょう?」
男達の表情には焦りが窺える。
エヴァンは構わず続ける。
「そんな男達をお2人は森の奥で見つけ、食料を分けるとでも言って近づいたのでしょうね。本当の目的は、死んだ冒険者の装備や金品を奪うことだったのでしょうが、飢えて弱々しい3人だ。弱いお2人でも勝てると思ったのでは?」
「くっ……勝手なことを」
エヴァンは再び厳しい目を2人に向ける。
「寝込みでも襲ったのか、3人の持ち物と魔物の角を持って逃げましたね? 持っていた解毒薬も一緒に盗んだのかもしれませんね。3人が森の中で無くしてしまったかもしれませんが」
「そ、そんなの、なんとでも言えるだろ。話だけならでっちあげでもなんでもできるさ。それに、森の奥でそんなことをしたんだったら、殺した方が早いじゃねぇか」
「殺さなかったのは、すでにライの実を多く食べていた3人がいずれ動けなくなるだろうと思っていたからでしょう。縄で体を縛って逃げたのでしょうが、どちらにせよ、動けなければ、森の魔物に殺される。自分達の手を汚すまでもないと思ったのでは? ‥‥‥しかし、冒険者の体力をなめたな」
「くそっ」
エヴァンの茶色い髪の男は、横に置いた剣を手に取ろうとした。
その瞬間、エヴァンは剣を蹴る。
男は剣を掴み損ねて悔しそうにエヴァンを睨んだ。
「ちっ、バレたか!」
「やっちまえ! こんな優男!」
すぐにもう1人の男が立ち上がった。
(危ない!)
そう思った次の瞬間、アリシアは目を見開いた。
それは一瞬のことだった。
ドスッ。
男はエヴァンに腹を蹴り上げられ床に倒れこんだ。
(いたずらな男の子じゃない。冷静で強い‥‥‥男の人なんだわ)
アリシアはエヴァンから目を離すことができなかった。
胸がドキドキとしている。
これは、男達の様子を見て興奮してしまったせいだ。
アリシアは胸の高鳴りをそう言い聞かせて静めた。
そして、茶色い髪の男がエヴァンに殴りかかった瞬間。
「強盗はお前らだろうが!」
そう叫び、鋭い視線を男に向けたエヴァンの拳が男の腹に入った。
2人の男の苦しそうな声が待合室に響いた。
「本当にありがとうございました。俺達悔しくて。角だけでなく、解毒薬を飲まなくてはというところで、薬までも盗まれて。縄をなんとか切って辿り着いた村であいつらが王都へ向かったという話を聞きました。薬を買う暇も惜しんで必死で追いかけてきたのです。そしたら、あいつらが冒険者になっていて。あいつらが魔物の角を持っている以上、誰も俺達の話を信じてくれない、そう思っていたところに道でばったりと会って‥‥‥」
ジョイと仲間の2人は、エヴァンに深々と頭を下げた。
重症だった1人は、まだしびれは残っているが、薬をあと数度飲めば、大丈夫だとミーシャは言っていた。
偽冒険者2人はエヴァンの仲間の商人を装った護衛によって、警備隊に引き渡された。
「王への謁見は? 私から知り合いに話をしましょうか?」
「いいえ。俺達、まだまだです。気を付けて居ればあんな奴らに騙されることもなかったし、まったく情けない。実は、来る途中に数回、農家の馬も盗んじまった。金を持って謝りにいくつもりです。 ‥‥‥それに子どもの前であんな喧嘩をするようじゃ、強くて優しい冒険者の資格はまだありません」
ジョイは真っ直ぐにエヴァンを見た。
「そんなことは‥‥‥。本当にいいのですか?」
「はい。出直します。本当にありがとうございました。もう1度大きな獲物を倒して、冒険者だと胸を張って言えるようになったら、また来ます」
ジョイがそう言うと、次にジョイの仲間2人がエヴァンに礼を伝え始めた。
診療所の入り口の扉から、その様子を見ていたアリシアのほうにジョイは近づいた。
「ここで会えるとは思っていなかった。なぁ、運命の人には出会えたか? 俺さ、子どもの頃は立派な冒険者になってアリシアに結婚を申し込むつもりだったんだ。でもいつだったかアベルがお前には運命の人がいる。だから諦めたほうがいいって‥‥‥。もし、まだそいつと出会えてなくて、俺がもう1度お前に会えたなら‥‥‥。いや、また会おう、アリシア」
それだけ言うとジョイはアリシアへ背を向けた。
そして、仲間2人と歩いて行った。
ジョイは潔いガキ大将のままだった。
それにしても運命の人とは。
兄のアベルはどういうつもりなのか。
可愛い妹が盗られるとでも思ったのだろうか。
思いがけない言葉に驚きながら、アリシアはジョイの後姿を見つめた。
「アリシアさん、あの冒険者なんて言ったの?」
待合室の中にいたシェリーが尋ねる。
「故郷の知り合いに似ていたそうで、懐かしくなって話しかけたそうです。ライの実の食べすぎには気を付けろですって」
アリシアは、ずっと握ったままだったライの実をシェリーに見せた。
「そうだったのね」
シェリーはそう言うと、待合室の片づけをしようとして後ろを向き、ぼそりと呟いた。
「あの商人の男、腕が立つわね。ああいう人がアリシアさんの近くにいてくれるといいのだけど」
独り言のつもりだったのだろう。
だが、アリシアにその声は聞こえていた。
「シェリーさん? 何かあったんですか?」
ギクリとした様子のシェリーは小声で答える。
他の皆には聞かれたくない話のようだ。
「実は、私が盗んだ薬を売っていたのはリリィの父親なの。酒ばっかり飲んでるダメな男なんだけど悪だくみが得意でね‥‥‥。その薬を高値でどこかに売っていたみたい。何回か催促されていたから、薬を売ることはもうできないと告げに行ったら、随分と怒って‥‥‥」
「大丈夫だったんですか?」
「えぇ。いつもだったら飲みすぎを止めるリリィがいない時だったからか、立ち上がるとよろけるほど酒を飲んでいたから。羽振りがいいみたいで随分と良い酒の瓶が転がっていたわ。‥‥‥それでね、盗みが見つかったからもうできない、そもそも最初から長くやるつもりもなかったと言ったら、どこのどいつに見つかったんだ、どこまで話したと言われて」
「私のことを‥‥‥?」
「ごめんなさい。ふらふらしながら扉の前に立って、外に出られないようにされて仕方なしに‥‥‥。新しく入った手伝いの子だ、リリィの真似をして私が盗みをしていたこともその子に話したと言ってしまったの」
「それくらいなら、問題はないですよ。誰とは分からないでしょうし」
「でもね、お前はリリィの真似をした共犯のようなものだから、他人に悪さをバラすことはできないはずだ。でも、その手伝いの女の口封じをしないとな、なんて恐ろしいことを言っていたのよ。ねぇ、念のため顎鬚の中年の男には気をつけて。あの酔っ払いは何をするかわからないから‥‥‥」
「顎鬚の男‥‥‥」
「本当にごめんなさい。すぐに言おうとは思っていたの。しばらく経ってリリィに会ったら、大丈夫、悪さはさせないと言われたの。でも、あんな喧嘩の様子なんて見たら、急に心配になってしまって」
「それなら大丈夫ですよ」
リリィという名の娘、顎鬚の男。
ふと何かがつながりかけた気がするが、まだ掴みきれない。
そんな気がしてアリシアは考えこんだ。
その日の夕方。
屋敷へと来たエヴァンは機嫌が良さそうだ。
診療所ではお互いに言葉を交わすわけにはいかず、アリシアとエヴァンはそのまま別れた。
「今日はありがとうございました」
「アリシアがなんで礼を? たまたま、監視人としてあそこへ行ってよかった。剣を抜いた男に向かっていって、怪我でもしたらと咄嗟にしたことだ。男としては当たり前のこと。気にするなよ」
「‥‥‥冒険者への夢を崩さないでくださってありがとうございました、ということです」
昨日、ジョイの名前を聞いて何やらぶつぶつ言っていたから、ジョイの事は秘密にしておこう。
アリシアは思った。
「これは、アリシアの善い行いでもあるな。揉め事を解決した、うん。善い行いだ」
「私は何も‥‥‥」
「ライの実だ。手に持っていただろう。あれのおかげで睨み合う2組のうちどちらが正しいかの推測ができた。あんなに簡単に俺の誘導に乗るとは思わなかったがな。アリシアも、気付いていただろ?」
「はい。私は1人が倒れて気が付きました。でも、今回のことはエヴァン様の善い行いですよ」
「ところで、俺は結構強かっただろう? その、初恋のジョイより強いと思っただろう」
にやりと自慢げにエヴァンは笑った。
その笑みを見てアリシアは思う。
猫をかぶっていないエヴァンの笑みのほうが安心できると。
(初恋‥‥‥。ジョイは私の初恋じゃないわ。何年かぶりでジョイに会ったけれど、何も感じなかった。それに告白されたはずだけど、ドキドキしなかったもの。今日、ドキドキしたのは……違う、今日のはただの興奮よ。エヴァン様には本命の令嬢もいらっしゃるというのに)
「思ったよりは、ですかね」
自分の中に感じた気持ちを打ち消しながらアリシアは答えた。
お読みいただきありがとうございました。




