ライセント公爵家の結末
今日、ライセント公爵家の悪行についての裁判が行われた。
セルラング公爵家の夕食に毒を盛ったのは夫人の犯行であった。
その毒は致死性がなく軽いもので、脅迫の意思を込めた嫌がらせだった。
悪行のほとんどはライセント公爵によるものであるが、夫人単独の犯行は多数に及んでいた。
――――ライセント公爵家は没落した。
ライセント公爵と夫人は牢に入れられることになった。
アイラ様は罰を与えられることはなかったが、アイラ様には後ろ盾も何もない。貴族の娘が突然、家、親をなくし、1人で生きていかなければならないというのは中々過酷だろう。
もちろんエミリア様にも何の罰も与えられなかった。
エミリア様の母方の叔父がエミリア様を養子として迎え入れることになったが、しばらくは我がエルハイム公爵家で過ごすことになった。
エミリア様の叔父は温かくエミリア様を迎え入れようとしていたが、養子に入ってもエミリア様の居場所はエミリア様が決めていいとも言った。
私の方もずっといてくれて構わないのだと伝えると、エミリア様にもう少しだけいさせて欲しいと頼まれたのだった。
そして、悪事によって没落した家の息女であったエミリア様は王太子の婚約者でいられなくなったため、ユリウス殿下との婚約は解消された――――――
最後、元ライセント公爵とその夫人が手錠を掛けられるのを、エミリア様は硬い表情で見ていた。
元夫人は発狂し、アイラ様は母である元夫人に泣き縋っている。
もうこの男、サリエルは公爵ではなくなった。
サリエルはただ静かだった。どこかつまらなそうにさえ思わせた。
そんなサリエルは気だるそうにエミリア様を見て言う。
「ジュリアが死んでから、どうでも良かったのだよ。
お前のことも、コレの言うように合わせていただけだ」
ジュリアとはエミリア様の母のことだ。
発狂している元夫人を横目で見てコレと言う。
「元夫人に合わせていた」というのは、アイラ様よりもエミリア様に厳しくしていたことか、はたまた数々の悪行も元夫人の言うようにやっていたというのか…………。
「だが、ジュリアはお前を愛していたし、ジュリアが生きていたなら、俺もお前を可愛がっていただろうな」
そのサリエルの言葉にエミリア様は呆れたように言う。
「結局、貴方が好きなのはお母様だけではないですか」
サリエルとエミリア様の会話は発狂する元夫人の耳には入っていない。
「――――もうお前を縛り付けるものは何もない。これからは好きに生きていくがいい」
「フッ、言われなくても好きに生きていきますわ」
エミリア様は不敵に笑って見せると、サリエルも微かに笑って、「お前、ジュリアに似ているな。初めて知った」などと呟くように言う。
エミリア様はその言葉を聞くと思わずというように涙ぐんだ。
「最後の最後になって…………。貴方は今から牢に入れられるのですよ、分かっているのですか…………」
「ああ、分かっているさ。だが、それさえも俺にはどうでもいいのだ……」
サリエルは何もかも諦めたように、しかしどこか後悔しているな寂しげな雰囲気を持ってそう言うのだった。
そんな時、突然アイラ様が声を上げる。
「助けてください、ユリウス様……!!」
その叫びにユリウス殿下は眉をひそめて言う。
「アイラ、私はお前を助けることはできない」
その言葉に王妃殿下は意地悪な笑みでユリウス殿下に問いかける。
「ええ? 助けてあげなくてよろしいの?」
「罪を犯した者はそれ相応の罰を受けなければなりません。アイラも貴族でなくなった現状を受け入れなければなりませんから」
「フフッ、あらそう?」
「ええ、当たり前のことです」
王妃殿下がどこか馬鹿にしたようにユリウス殿下に笑いかけると、ユリウス殿下は居心地が悪そうに頷く。
王妃殿下はこれ以上ユリウス殿下を追求することはなかった。
言いたいことはあっただろうが、さすがに貴族たちの前でわざわざユリウス殿下の失言を促すことはできないのだろう。
多くの貴族がユリウス殿下に怪訝な顔を向けている。
ユリウス殿下がアイラ様と親しくしていたことは周知のことである。
エミリア様が家出をして、セルラング公爵がライセント公爵家の悪事を糾弾してから、囁かれていたその噂は一気に広まり、さらに、あることないことまで言われていたりする。
元々、婚約者のいる身で違う人と親しくしていることは、ユリウス殿下の評価を下げていた。
そして今、ライセント公爵家が没落した。
アイラ様に罰は与えられなかったものの、貴族ではなくなり、両親も牢に入れられることになり、途方に暮れている。
一方、蔑ろにしていた婚約者エミリア様は、相変わらず王妃殿下の庇護を受け、母方の叔父の養子となり貴族であり続けることができたし、今回の事を機会にエルハイム公爵夫人である私とも親しくなった。
また、エミリア様は見た目は変わらず繊細で儚いのに、今は何だか生き生きとしている様子である。
それは冷たかった家族から解放されたからというのもあるだろうが、ユリウス殿下の婚約を解消されたから楽になったのだろう、とも思えた。
これ以上、アイラ様のことでユリウス殿下に喋らせては何を言っても失言になるだろう。
失言せずともすでに皆ユリウス殿下に呆れている現状であるが、これ以上王太子であるユリウス殿下の評価を下げることはいけない。
私はこんな様子を見て、この後のユリウス殿下の婚約者になる方は大きなプレッシャーがかかるだろうなと思う。