もうここは私が!/エミリア様と騎士の男
貴賓室にたどり着くとまだ王子たちは来ていなかった。
「これから、こちらでアレラ国王子殿下方の話し合いの予定が入っていますか?」
「は、はい……!」
エミリア様が部屋の準備をしていたメイドに聞くと、メイドはエミリア様の姿にハッとして、かしこまって返事をした。
「無事に辿り着けて良かったです」
エミリア様の言葉に男はホッとしたようにお礼を言う。
「ああ、ご令嬢方、本当に助かった。
――――いやあ、実はこの国の宰相殿も来るそうで、あの人はどうにも神経質でな、遅刻なんてことにならずにホッとした」
「――――ん?」
私はその言葉に思わず反応する。
そしてちょうど、その宰相殿が補佐と思われる人を連れて来るので、男は身を固めて「やっべ、聞かれてねえよな、セーフ」などと小声で漏らした。
「――――リリアナ?」
宰相殿、ルーズベルト様は私の姿に目を丸くした。
「どうしたのだ?」
ルーズベルト様には、私とエミリア様が王妃殿下のお茶会に呼ばれて今日王宮に行くことは伝えてある。しかしまさか会うとは思わなかっただろう。私も思わなかった。
「道に迷ったという方を案内して来たのです」
私はチラと男を見ると、男はとても驚いた様子で私を凝視して、すぐにルーズベルト様に軽くお辞儀をした。
「しかしルーズベルト様に会えるとは思いませんでした」
思いもよらないことだったが、ルーズベルト様に会えて嬉しくて思わずはにかむと、ルーズベルト様も僅かに口角を上げた。
それから私はルーズベルト様の斜め後ろに立つ青年に目を向けた。
「ええっと、そちらは補佐の方ですか?」
青年は私を誰だろうという目で見ている。
「紹介してくださらない?」
私の言葉にルーズベルト様は頷く。
「う、うむ、補佐のサレス殿だ。そしてこれは妻のリリアナ」
やはり補佐の人で間違いないようだ。
「え!?」
「は!?」
ルーズベルト様の紹介にサレス様と男はギョッとしたように声を上げた。
そんな様子にエミリア様がクスクスと笑っているのが聞こえる。
あまりの驚きように私は思わず引く。
しかし私は、ルーズベルト様が補佐の人とちゃんと良好な関係が築けているのか知りたかったのだと思い出して言う。
「サレス様、夫がお世話になっています」
「は、はい」
サレス様は怖々と返した。
そんなに怯えなくても……。まあ迫力があると言われたこともあるが、堅物宰相の妻である私に怯えているような気がする。補佐の人と仲良くするようにと約束したけれど、この様子だと……。
「私は夫が補佐の方……、サレス様とちゃんと良好な関係が築けているのか心配だったのです。
この人は誤解をされやすいのですが、理不尽なことでは怒ったりしませんわ。
不満や要望などがあれば遠慮なくお伝えくださいね。
色々と口出ししていただけた方が夫もやりやすいと思います」
「ええっと…………」
サレス様は困ったように口籠もる。
私がルーズベルト様を見ると、ルーズベルト様は慌てて言う。
「そ、そうだな、サレス殿、もっと色々言ってくれると助かる」
「は、はい……!」
ルーズベルト様の言葉にサレス様はビクッと反応すると、裏返った声で返事をした。
「サレス様だけではなくて、貴方ももっと考えていることを口に出した方が良いと思います」
「う、うむ。分かっている」
「この前の約束……、私はルーズベルト様のことを思って言ったのですよ……?」
補佐の人と仲良くなると約束したことを指して不満そうに言うと、ルーズベルト様は気まずそうに目を逸らした。そんなルーズベルト様を見て私は思う。
このままルーズベルト様がサレス様と上手くコミュニケーションがとれず、補佐に仕事を回すことをしないと、いつになってもルーズベルト様に休日がやってこない。
あまり仕事のことに口を出したくなかったけれど…………
もう、ここは私がいくしかない!!
「サレス様、もしこの人に言いづらいのでしたら私に言ってください」
「へ……?」
「手紙でも送ってくだされば、お伝えしますから」
「はえ……?」
それから私はルーズベルト様に近づいて、2人にしか聞こえないくらいの小声で言う。
「ルーズベルト様も、もし自分から言いづらいのでしたら私からサレス様に伝えますわ」
「なッ……!」
私の言葉にルーズベルト様は声を上げて顔を赤らめる。
それから小さくゴホンと咳をすると、恥ずかしそうに小声で言う。
「リリアナ、自分で言うから、お願いだからやめてくれ」
「そうですか?」
「ああ」
私がルーズベルト様から離れてエミリア様の元に戻ると、皆一体何を言ったのだ、というような微妙な面持ちで私を見ていた。
アレラ国の王子たちや話し合いに参加する人々がやって来ると、ルーズベルト様とサレス様、そして男も部屋の中へ入っていく。
その直前だった。
「あの!!」
エミリア様が男を引き留めた。
「どうした?」
「名前を教えていただけませんか?」
エミリア様は焦るように早口で聞く。
「ガインだ。家名はない」
男、ガイン様は不思議そうに答えた。
「おま……貴方は?」
明らかにお前と言おうとしたでしょ……。
家名もないし、粗暴だし、やはり貴族出身ではなさそうだ。
実力で王子付きの騎士にまで上り詰めたのだろう。
「エミリア・ライセ…………」
エミリア様が言いかけて口を止める。
しかし次の瞬間にはとても爽やかな笑顔で、清々した、とでもいうように答えた。
「いいえ、私もただのエミリアですわ」
その笑顔があまりにも眩しかったので、たった今エミリア様の中で色々なことに区切りがついたような、そんな気がした。
ガイン様はそんなエミリア様にどこか疑問を持ったようだが、すぐに愉快そうな声音で「そうか」と頷くと颯爽と部屋に入って行った。
「――――素敵ですわ…………」
ガイン様を見送ると、エミリア様は恍惚とした表情で言った。
エミリア様の好みはユリウス殿下とは真逆といっていいような男であるようだ。
そりゃ、ユリウス殿下と上手くいかないわけだ。
「フフッ、良かったですね」
私はそんなエミリア様を見て思わず頬が緩んだ。
エミリア様の想いが叶うことは限りなく難しいと分かっていたが、それでも、ようやくエミリア様が悲しみや苦しみから解放されたように感じられたのだ。




