聖女は三歩進んで二歩戻る ー04ー
『こうなるとは思ってた』
ドドドドドドド……
飛び出したウサギが顔色を変えて逃げていく。
ルーカスの呆れた声を聞きながら、ニケはへらりと笑った。
「この手段が一番速いんだもの!」
ドドドドドドド……
言葉こそ発しなかったが、ルーカスが溜め息を吐き出したのがわかった。
仕方ないでしょう、なんてニケは思いながら頰に当たる風を感じるように目を瞑った。
小鳥がさえずる声がする、陽気な太陽と森の匂いがする。
ああーーー
(巨大蜘蛛にライドしてゴーするのって聖女としてありなのかしら)
想像していた聖女から遠くなっていっている気がする……
小鳥のさえずる声も、さえずっているというよりは「ギャア!?」だし。
陽気な太陽はさておき、森の匂いってルーカスの巨大な身体でへし折っていく木々の匂いだし。
『なしでしょ』
『聖女のイメージをぶち壊していこうぜ!』
ルーカスがきっぱりと。
ニキータがはっきりと言い切る。
頭の中で考えたことがニケの頭に直接響いてくるのだから、その逆も然りというわけである。
自分の蜘蛛の見た目を気にしていたルーカスに対し、とんでもなく失礼なことを思ってしまったが、なんとなく許されているような感情が流れ込んできた。
多分ルーカス自身も「巨大蜘蛛に乗っている聖女」の図はアカン!と思ったのだろう……
ニケは頭の中で謝罪だけしておいた。
ちなみにニキータはスライムの身体をヒト型に変えた時のように、今や巨大な鷹となって追いかけてきている。
ヒトを襲いそうなくらい巨大な鷹の上、なんだか脚の部分には鱗まで付いている……
(鷹じゃないのかしら……)
魔獣なので正確には鷹ではないのかもしれないが、よりにもよってそんなに凶悪な見た目にならなくてもよくないか?
第三者が今の自分を見て「聖女」だと思うだろうか、いや思うまい。
巨大蜘蛛の背に乗って、木々を倒しながら爆走しているのだから……
「絶対に聖女じゃなくて駆逐対象よね」
『僕なら問答無用で叩き殺す』
『俺様達がこんなにかっこいから妬んじまう奴もいるよなー!わかるわかる!』
全くわかっていないニキータはさておき。
ニケは巨大蜘蛛の背に乗ったまま、辺りを見渡した。
自分が持っていても仕方ないとルーカスに魔法通行証であるピアスを譲渡したので、今のニケには町の場所は見当もつかない。
ピアスの通行証は一対で初めて効果を発揮するので、どちらともルーカスに渡したのだ。
魔獣になっている間は服やピアスかどうなっているのかはニケにはよくわからないが、ヒトの姿をしている時にルーカスは耳に付けていたので大丈夫だろう。
それを証明するように、巨大蜘蛛と化したルーカスは真っ直ぐ、ある方向に向かって突き進んでいる。
その巨躯で木々や魔獣なんかを吹き飛ばしながら。
(一応『呪われた子』ではないっていうのは確認してるから大丈夫よね)
ヒト殺しにでもなってしまったらそれこそやばいというものだ。
ニケが少し心配になっていると、頭の中にルーカスの声が響いた。
『おかしい』
「どうしたの?」
バサバサと羽ばたきながら、巨大な鷹も首を傾げていた。
いつの間にやら何かの小動物を食べている。
ニケは見なかったことにした。
『ヒトの気配がする』
「そりゃ町に近づいているんだもの。気配くらいするでしょ?」
何がおかしいの?
ニケが眉を寄せると、巨大蜘蛛が思いっきり大きな溜め息を吐き出した。
頭の中に言葉は響いてこないが、完全に「何いっているんだこいつ」と思っていることは伝わってくる。
おかしなことをいいました!?
叫びたくなったが、身体が一瞬ふわりと浮かんだことに気を取られて叫べなかった。
「たくさんのヒトがいる。見える?」
蜘蛛からヒトの姿に戻ったルーカスは、鷹の姿のままのニキータに尋ねた。
ルーカスに抱きかかえられている形となっていたニケは地面に降りると、きょろきょろと辺りを見渡す。
変わったことといえば、何処からともなく泣きそうな顔の精霊達がやって来てニケに飛び付くくらい。
ルーカスの速度には精霊達は付いてこれず、振り落とされていたらしい。
『俺様が確認して来てやるよ!』
ニキータはそう宣言すると、大きな羽を広げて上空に舞い上がる。
今まではルーカスが倒した後を追いかけて低空飛行をしていたのでよくわからなかったが、改めて見ると巨大すぎる。
打ち落とされたりしないかしら。
ニケは心配になりながら見上げつつ、ニキータの風圧でぐしゃぐしゃになった髪を簡単に直した。
「変なことになってなければいいけど」
「でもこの森って魔女も来るんでしょ?魔女の気配じゃないの?」
この森で強い魔獣をパートナーにする……
ために、あくまで名目上は「たくさんの『呪われた子』を解放する」ため、魔女と聖女は要塞学園からこの森にやってくる。
そこである程度強い魔獣をパートナーにしたら次はーーー
なんてニケが考えていると、同じく風でぐしゃぐしゃになった髪を直しながらのルーカスが呆れたような顔でニケを見ていた。
「え、嘘。私、聖女なのにそんな顔されることある?」
「この森にこんなに魔女が来ることない」
「私、聖女なのにさっきの顔は酷すぎない?あれ?」
「そもそも魔女の気配とは違ってた」
「しゅみましぇんでした」
執拗に絡んでいたら頰を掴まれた。
聖女なのに!とニケは思ったが、見かけは美少年だというのにルーカスの握力が恐ろしかったのでニケは素直に謝っておく。
さすが巨大な蜘蛛になるだけはある。
(全く……恐ろしい男だわ!)
自由になったニケは冷や汗を拭った。
『ニケ!森にむさ苦しい男が山ほどいるぜ!』
「むさ苦しい男?」
男なら、ルーカスがいうように魔女ではない。
ルーカスとニケは頷き合う。
森に魔女以外の別の人間がいるなんて!
ゲームでもそんな状況は起こったことがなかった、ならばこれは想定外ってことだろうか。
(でも聖女の立場がジョゼフィーヌに奪われてる時点で想定外かしら)
「どんな格好してる?」
『鎧着てるぜ!白亜の!あと厳つい!』
「白亜ってことは騎士かしらね?」
行こうとしている町は騎士団が在住している。
聖女を守るための騎士団だ。
確かその鎧の色は白亜だった、町ですれ違ったことがある。
それが、その騎士団がどうしてこの森にいるのだろう?
(うーん……)
わからないけれど、わからないからこそ。
想定外なことを考えている場合ではないか。
ともかく……
「ニキータ。とりあえずこっちに帰って……」
『行くぜ!!輝け!雷電!!!』
ビカッ!
太陽が輝く青空に稲妻が光り輝いた。
それは雨のように落ちていくーーー
「ちょ、ちょっと!?こ、攻撃!?!?」
「嘘でしょ…………」
「な、何考えてるの!あの魔王!!」
「魔王様だからね……攻撃したんじゃない?」
「そういう!こと!いってる!場合じゃないわ!!ルーカス!蜘蛛になって!私をあの場に連れて行って!」
「何で僕が?」
「お前が何故そんなに慌てる?ニケの友達でもいたのか?」
バサ、と羽をしまいながらニキータが降りてくる。
褐色肌のイケメンの姿に成りつつも、背中には大きな羽が残ったままだった。
ニケが怒るものだからルーカスも蜘蛛に成ろうとしていたが、その動作は嫌にゆっくりだった。
ニケは思わず2人を指差す。
「とっとと私を雷を落とした場所に連れて行けっていってんのよ!!!」
何かが放電したかのように、ニケの声は響いた。
精霊達もニケと一緒になって怒り出す。
ニケの周りには火の球が舞い上がり、水が湧き、花が咲き乱れる。
「ニキータ!アンタ、二度と同じことをしたら承知しないわよ!!」
「で、でも俺様は魔王だからヒトに命令される覚えは……」
「約束破ったら今度こそ死ぬまで口聞かないからね!!絶交よ!!」
「マジで?」
ニケの怒りに押されるかのように、ルーカスが慌てて蜘蛛の姿に戻る。
同じように驚愕しているニキータの首根っこを掴み、ニケは進むよう指示した。
土煙を立てながら巨大蜘蛛は8本の脚で進み出す、木々を倒し、道を切り開きながら。
「もっと早く移動して!!!」
巨大蜘蛛の速度が上がった。