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『底辺配信者の俺、異世界素材でパワードアーマーを作る ~町工場から始める異世界ヒーロー計画~』  作者: バックドロップ


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第1話 ヒーローは、いないなら作ればいい



 俺はヒーローになりたかった。


 空を飛び、悪者を倒し、困っている人がいれば颯爽と駆けつける。


 子供の頃、テレビの中で見たヒーローはいつだってそうだった。


 高層ビルより高く跳び、鋼鉄より硬い身体で攻撃を受け止め、光り輝く必殺技を放つ。


 当時の神代拓真は、本気で思っていた。


 大人になったら、自分もあんなふうになれるのだと。


 だが、成長するにつれて現実を知った。


 人間は空を飛べない。


 いや、飛行機やヘリコプターに乗れば飛ぶことはできる。


 だが、自分の身体一つで自由自在に空を飛ぶことはできない。


 人間の腕力では自動車を持ち上げられない。


 銃弾を身体で受ければ死ぬ。


 手のひらから光線も出ない。


 魔法もなければ、超能力もない。


 そして何より――。


「……だったら、作ればいいよな」


 午前零時を少し回った町工場。


 金属の匂いが染みついた作業場の真ん中で、二十二歳になった神代拓真は一人呟いた。


 目の前には、人間の脚を思わせる奇妙な機械が置かれている。


 アルミ合金製のフレーム。


 電動アクチュエーター。


 関節角度を測定するセンサー。


 無数の配線。


 腰部には小型バッテリー。


 人間が脚に装着することを前提として作られた、試作型の外骨格だった。


 もちろん、まだヒーロースーツなどと呼べるような代物ではない。


 見た目だけなら、工場設備の一部を無理やり人間の脚に取り付けたようなものだ。


「よし……」


 拓真はノートパソコンの画面を覗き込んだ。


 モーター出力。


 関節角。


 消費電力。


 温度。


 各種数値がリアルタイムで表示されている。


「前より十二パーセントは効率上がってる」


 悪くない。


 いや、かなりいい。


 拓真は口元を緩めた。


 先週までは、動かすだけでバッテリーが悲鳴を上げていた。


 制御プログラムを修正し、重量バランスを変更。


 さらに父親から廃棄予定だった小型サーボモーターをもらい、構造を一部変更した。


 結果として、かなりまともになった。


「これなら……八十キロくらい持てるか?」


 人間の力と外骨格の補助を合わせれば、その程度なら十分可能だろう。


 拓真はフレームを見つめながら、自分がそれを装着した姿を想像した。


 重量物を持ち上げる。


 走る。


 跳ぶ。


 そして――。


「これを全身にして……」


 腕。


 脚。


 腰。


 背中。


 外骨格で人間の筋力を補助する。


 その上から装甲を取り付ければ、人間の肉体では耐えられない衝撃にも耐えられる。


 さらに背部へ推進装置。


 姿勢制御。


 高密度バッテリー。


 演算補助。


 そして――。


「飛べる」


 思わず笑みがこぼれた。


 子供の頃から何度考えたか分からない。


 人間が空を飛ぶにはどうすればいい。


 もちろん方法そのものはいくらでもある。


 ジェットエンジン。


 ロケット。


 ダクテッドファン。


 電動プロペラ。


 問題は、それを人間が装着できる大きさに収めることだ。


 そして何より――。


「電源……」


 一気に現実へ引き戻される。


 拓真は机に置いていたペットボトルのお茶を飲んだ。


 ぬるい。


「結局そこなんだよなぁ」


 高出力を維持できるだけのエネルギー源。


 現在存在するバッテリーでは重量が大きすぎる。


 飛行時間を伸ばそうとすればバッテリーが増える。


 バッテリーが増えれば重量が増える。


 重量が増えればさらに出力が必要になる。


 典型的な悪循環だ。


 もちろん、大企業や国家規模の予算があれば別だ。


 最新素材を使える。


 専用モーターも作れる。


 大型設備も使える。


 専門家を何十人、何百人と集めることもできる。


 だが拓真には、そんなものはない。


 あるものといえば――。


 彼は周囲を見渡した。


 年季の入った旋盤。


 フライス盤。


 ボール盤。


 溶接機。


 古びた工作機械。


 そして奥には父親が中古で導入した五軸加工機がある。


「まあ、普通の大学生よりは恵まれてるけど」


 ここは拓真の実家。


 神代製作所。


 社員十数名ほどの、小さな町工場だった。


 産業機械用の部品や、小ロットの特殊加工品などを請け負っている。


 祖父が創業し、現在は父親の鉄平が社長を務めている。


 そして拓真も、大学に通いながらここで働いていた。


 幼い頃から機械に囲まれて育った。


 おもちゃを分解しては怒られ。


 壊れた扇風機を直して褒められ。


 中学生の頃には自転車を電動化しようとして失敗した。


 高校時代には小型ドローンを一から製作。


 大学に入ってからは、本格的にロボット制御と機械工学を学び始めた。


 つまり拓真にとって、


 「ないなら作る」


 という考え方は、特別なものではなかった。


「それにしても……」


 拓真はもう一度、試作外骨格を見る。


「ヒーローへの道は遠いなぁ」


「その前に家に帰る道を覚えろ」


「うおっ!?」


 突然背後から聞こえた声に、拓真は飛び上がった。


 振り返る。


 作業場の入口。


 腕を組んだ男が立っていた。


 短く刈った髪。


 油の染みた作業服。


 五十を少し過ぎた年齢だが、長年現場仕事をしているだけあり身体はしっかりしている。


 神代鉄平。


 拓真の父親であり、神代製作所の社長だ。


「親父……まだいたの?」


「それはこっちの台詞だ」


 鉄平が壁掛け時計を見る。


 午前零時十三分。


「明日、大学じゃねえのか」


「正確には今日」


「屁理屈言ってねえで帰れ」


「あとちょっとだけ」


「お前の“あとちょっと”は二時間だ」


「今日は一時間くらい」


「帰れ」


「はい」


 即答する。


 このあたりは長年の経験で、父親に逆らっても無駄だと理解していた。


 拓真がノートパソコンを閉じようとすると、鉄平が外骨格の前へ歩いてきた。


 屈み込み、関節部分を見る。


「……ここ変えたのか」


「分かる?」


「俺が削った部品だぞ」


「そりゃそうか」


 鉄平はしばらく黙って構造を眺めた。


「軸、細くしすぎじゃねえか?」


「計算上は大丈夫」


「計算上はな」


「安全率も取ってるよ」


「実際に人間が使うんだろ?」


「その予定」


「なら余裕持たせろ。お前、急に変な動きするからな」


「俺の動作まで設計条件に入れられてるの?」


「お前が一番信用できねえからな」


「酷いな」


「事実だ」


 拓真は苦笑した。


 だが父親がこうして細かく見てくれることを、内心では嬉しく思っている。


 鉄平は拓真の夢を笑わない。


 呆れはする。


 怒りもする。


 だが、笑ったことだけは一度もなかった。


 小学生の頃。


『俺、ヒーローになる!』


 そう宣言した拓真に、父親は、


『じゃあ勉強しろ』


 と言った。


 当時は意味が分からなかった。


 今なら分かる。


 超能力がないなら、技術で補えばいい。


 そのためには知識が必要だった。


「そういや親父」


「なんだ」


「余ってるチタン材って――」


「ない」


「まだ何も言ってない」


「お前がチタンって言った時点でろくな話じゃねえ」


「小さい板でいいんだけど」


「ない」


「端材でも?」


「ない」


「倉庫の奥に――」


「母さんに聞け」


「……それは実質的な死刑宣告じゃん」


「会社の材料勝手に使う方が悪い」


 鉄平はそう言いながら出口へ向かった。


「電気落とせよ」


「分かってる」


 そして扉の前で一度止まる。


「拓真」


「ん?」


「飛ぶのはいいが」


 父親は振り返らなかった。


「工場の屋根には落ちんなよ」


「……そこ?」


「去年直したばっかだからな」


 そのまま出て行った。


 一拍置いて。


「そこ心配するとこ俺じゃないの!?」


 拓真の声だけが夜の工場に響いた。


     ◇ ◇ ◇


 翌日。


「神代君」


「はい」


「これは何かな?」


 大学の研究室。


 拓真は教授の久世晃一郎と向かい合っていた。


 二人の間にある机。


 そこには、銀色の金属部品が置かれている。


 明らかに人体へ装着することを想定した形状。


 久世が眼鏡の位置を直した。


「研究室の三次元測定機に、昨夜見慣れないデータが残っていた」


「へえ」


「へえ、ではない」


「機械って正直ですね」


「使ったのは君だね?」


「……はい」


 拓真は素直に認めた。


「何を測定した?」


「右膝部フレームです」


「何の右膝だ」


「俺の」


 久世が眉間を押さえた。


 四十代後半。


 先端機械工学を専門とする研究者であり、拓真が所属する研究室の教授だ。


 普段から冷静沈着。


 声を荒らげることも少ない。


 だが拓真に対してだけは、時折深い疲労のような表情を見せる。


「神代君」


「はい」


「大学の研究設備は君の秘密基地ではない」


「知ってます」


「本当に?」


「たぶん」


「今ので確信した。分かっていないな」


 隣の席から笑い声が聞こえた。


「また怒られてる」


 水城真帆だった。


 同じ研究室に所属する四年生。


 長い髪を後ろでまとめ、パソコンの前に座っている。


 専門は電子制御と機械学習。


 拓真とは一年の頃からの付き合いだ。


「笑ってないで助けてよ」


「無理。今回は拓真が悪い」


「今回“は”?」


「だいたい悪い」


「ひどくない?」


「前に研究室のプリンターでドローンの部品作ってた人が何言ってんの」


「あれは研究用」


「動画に『新型ドローン作ってみた』って上げてたでしょ」


「研究成果の社会還元」


「便利な言葉使わないで」


 久世が咳払いする。


 二人とも黙った。


「とにかく神代君。使うなとは言わない」


「いいんですか?」


「まず申請しろと言っている」


「あ、そこ」


「そこ以外に何がある」


「ありがとうございます教授」


「まだ許可したとは言っていない」


 拓真は笑った。


 久世はため息をつく。


「それで」


 教授が机の部品を指先で軽く叩く。


「これは例の外骨格か?」


 拓真の目が変わった。


「はい」


 ここからは早い。


「前回の問題だった膝関節の追従遅延を改善しました。人間の動作をIMUだけで拾うとどうしてもワンテンポ遅れるので筋電位も併用して、動作予測を――」


「待て」


「はい」


「速度を落とせ」


「すみません」


「君は機械の話になると急に喋る速度が上がる」


 真帆が横から口を挟んだ。


「いつものことです」


「水城さんまで……」


「褒めてないよ」


 拓真は部品を持ち上げる。


「でも、かなり良くなりました。これなら普通の人間でもかなりの重量を――」


「普通の人間を使って試験するなよ」


「まず俺がやります」


「だから心配している」


「親父と同じこと言うなぁ」


 久世は拓真をじっと見た。


「神代君」


「はい」


「君は昔からそうだが」


 少し間を置く。


「自分の身体を試験装置の一部だと思っていないか?」


「いやいや」


 拓真は笑った。


「ちゃんと人間だと思ってますよ」


「ならヘルメットは被れ」


「……はい」


「安全索も付けろ」


「はい」


「一人で試験するな」


「はい」


「その返事を信用していいのか?」


「努力します」


「駄目だな」


 真帆が吹き出した。


 拓真も笑った。


 こんな日々だった。


 工場。


 大学。


 試作品。


 失敗。


 改良。


 そして――。


 もう一つ。


     ◇ ◇ ◇


 夜。


 拓真の自室。


 机の上には、大学の教科書と機械部品。


 その隣に、カメラ。


 小型ドローン。


 温度計。


 赤外線センサー。


 電磁波測定器。


 どう考えても工学部大学生の部屋としては統一感がない。


 拓真はカメラを確認すると、パソコンの前へ座った。


「よし」


 配信ソフトを起動。


 タイトルを入力する。


【検証】三日前に○○山で撮影された謎の発光現象について


 配信開始。


 視聴者数。


 4人。


 5人。


 8人。


 十一人。


「こんばんはー。『境界調査室』の拓真です」


 画面横にコメントが流れ始める。


『きた』


『今日は山行かないの?』


『またゲート?』


「またゲートです」


『知ってた』


『定期』


 拓真は笑った。


 彼は数年前から、怪現象専門の配信を続けている。


 心霊。


 UMA。


 謎の発光。


 突然発生する電波障害。


 行方不明。


 そして――。


 ゲート現象。


 数年前から、日本だけでなく世界各地で奇妙な噂が増えていた。


 山中に一瞬だけ現れる光の裂け目。


 存在しない森。


 巨大な生物。


 説明不能な気象現象。


 ネットでは、


 「異世界とつながるゲートなのではないか」


 などと騒がれている。


 当然、世間一般の反応は冷たい。


 合成。


 加工。


 見間違い。


 野生動物。


 自然現象。


 都市伝説。


 政府機関もゲートの存在など認めていない。


 そして拓真のチャンネル登録者数は――。


 863人。


 見事な底辺配信者だった。


「今日はですね、三日前に○○山付近で撮影されたこの映像を分析します」


 画面を切り替える。


 夜の山。


 木々の隙間。


 そこに青白い光が映っている。


『ただの車じゃね?』


『懐中電灯』


『またガセ動画か』


「俺も最初はそう思ったんだけど」


 拓真は映像を拡大する。


「光源が変なんですよ」


 画像処理。


 コントラスト調整。


 フレーム単位で確認。


「これ、木の手前じゃない」


『?』


『どういうこと』


「木の向こうでもない」


 一瞬、コメントが止まった。


「正確に言うと、光源の位置が映像上で一定しない」


 拓真は説明する。


 専門的になりすぎないよう、なるべく噛み砕く。


 だが本人は次第に夢中になっていく。


「普通の光なら遮蔽物との位置関係で判定できる。でもこれ、何フレームかだけ木そのものを透過してるように見えるんです」


『編集じゃない?』


「その可能性はある」


 拓真は即答した。


「だからこれだけじゃ証拠にならない」


『珍しく冷静』


「いつも冷静です」


『嘘つけ』


 笑う。


 拓真は、何でもゲートに結び付けたいわけではなかった。


 むしろ逆だ。


 怪しいものほど疑う。


 映像加工の可能性。


 レンズフレア。


 赤外線。


 野生動物。


 人為的な光。


 一つずつ潰す。


 それでも説明できないものだけを残す。


 なぜなら。


 拓真は知っている。


 本物が存在することを。


 高校二年生の夏。


 山中で一度だけ見た。


 青白い光。


 空間そのものが裂けるように広がった何か。


 その向こう側。


 巨大な木。


 紫色の花。


 そして。


 森の奥を横切った、明らかに地球の生物ではない巨大な影。


 ほんの十数秒。


 それだけ。


 スマートフォンを取り出した時には消えていた。


 誰に話しても信じてもらえなかった。


 当然だと思う。


 証拠がないのだから。


 それでも拓真は、あの日見た光景を忘れられなかった。


 怖かった。


 それ以上に――。


 胸が高鳴った。


 世界には、自分の知らない何かがある。


 そう思った。


 だから追い続けている。


 あの向こう側に何があったのか。


 もう一度、自分の目で確かめるために。


「ということで、この動画だけだと判断不能です」


『結論それ?』


「捏造の可能性もあるし自然現象の可能性もある」


『夢がない』


「科学はそういうもんなの」


『ゲート信者が言うな』


「信者じゃありません。研究者志望です」


『同じようなもん』


「全然違うからな?」


 その後もしばらく雑談を続ける。


 最終視聴者数。


 最大32人。


 配信終了。


「今日も平和だったな」


 拓真は椅子の背もたれへ身体を預けた。


 登録者数。


 865人。


「二人増えた」


 十分だ。


 別に有名になりたくて始めたわけではない。


 もちろん再生数が伸びれば嬉しい。


 広告収入が増えれば、新しいセンサーだって買える。


 だがそれ以上に、


 自分が見つけたものを誰かと共有するのが好きだった。


「さて……」


 寝よう。


 そう思った時。


 通知音。


 配信サイトのメッセージだった。


「ん?」


 視聴者からの情報提供は珍しくない。


『うちの近所の廃トンネルで幽霊が出ます』


『山に変な足跡がありました』


『これゲートじゃないですか?』


 ほとんどは見間違いや冗談だ。


 今回もその類いだと思った。


 件名。


『これって、あなたが探しているものじゃないですか?』


「……」


 拓真はメッセージを開いた。


 三枚の写真が添付されている。


 一枚目。


 山。


 二枚目。


 古びたトンネル。


 三枚目。


「…………」


 拓真の指が止まった。


 青白い光。


 暗闇の中に、縦方向へ走る亀裂。


 ただの照明ではない。


 ただの発光でもない。


 空間そのものが。


 向こう側へ裂けている。


 拓真の心臓が強く鳴った。


「……嘘だろ」


 椅子から身体を起こす。


 画像を保存。


 拡大。


 解析。


 撮影情報。


 位置情報。


 加工痕。


 手が勝手に動く。


 さっきまで眠かったことなど完全に忘れていた。


 そして。


 写真の奥。


 青白い裂け目の向こう側に、わずかに映り込んでいるものを見つけた。


 木だった。


 だが、日本の山には存在しない。


 異様に太い幹。


 銀色に近い葉。


 拓真は息を呑む。


 十七歳の夏。


 ほんの一瞬だけ見た景色。


 ずっと忘れられなかった景色と――。


「……同じだ」


 背中が震えた。


 恐怖。


 興奮。


 どちらなのか自分でも分からない。


 メッセージ本文を読む。


『三日前の午前二時頃に撮りました。場所は送れます。最近、この辺りで変な鳴き声も聞こえます』


 その下。


『動画もあります』


「…………」


 拓真はゆっくり笑った。


 五年間。


 追い続けてきた。


 誰にも信じてもらえなくても。


 登録者が増えなくても。


 ガセ情報ばかりでも。


 ずっと。


 モニターの青白い光が、拓真の顔を照らす。


「やっと見つけた」


 その夜。


 神代拓真はまだ知らなかった。


 自分が探し続けたその扉が。


 幼い頃から抱き続けたもう一つの夢――。


 ヒーローになるという夢さえも、現実へ変えてしまうことを。

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