第1話 自販機、浮く
高校初日。
春。
眠い。
たろーは、新しい制服の首元を引っぱりながら歩いていた。
新品の靴。
少し硬い。
駅前。
信号待ち。
ふと、思い出す。
「あ、お茶」
学校、たぶん喉乾く。
たろーは、自販機の前に立った。
財布を出す。
百円玉。五十円玉。十円玉。
足りる。
……と思った瞬間。
チャリン。
百円玉が、転がった。
「あ」
カラン、コロン、カラン。
綺麗に自販機の下へ消える。
「うわ最悪」
しゃがみ込む。
暗い。
ホコリ。
レシート。
奥の方。
百円玉、見えてる。
指を伸ばす。
届かない。
あとちょっと。
もう少し。
ちょっとだけ、
浮いてくれたら。
その瞬間。
——ぷかぁ。
自販機が、丸ごと浮いた。
「……え?」
沈黙。
風。
犬の鳴き声。
通行人。
全員、止まってる。
自販機だけ、浮いてる。
ガコン。
ウィィィン。
普通に、お茶が落ちてきた。
たろーは、反射でキャッチした。
「「「おぉぉぉぉぉ!!!」」」
なぜか拍手が起きた。
「すげぇ!! マジック!?」
「ドッキリの撮影!?」
「浮いてるのにちゃんと出てきた!!」
駅前が、ちょっと盛り上がる。
スマホを向ける女子高生。動画を撮るおじさん。
その直後だった。
キキィィィィッ!!
黒いワゴン車が、ものすごい勢いで横付けされた。
バン!!
扉が開く。
黒スーツ。
黒サングラス。
イヤホンマイク。
全員、
到着から三秒で現場封鎖していた。
「東京都魔術管理局だ! 確保!」
「レベル2浮遊案件確認!」
「SNS拡散前に回収急げ!」
たろーは、そのまま両脇を屈強な男たちに抱えられた。
「え、ちょっ」
別の黒スーツが、即座にメガホンを構えた。
「ご安心ください!!」
通行人がざわつく。
黒スーツは、ビシッと浮いている自販機を指差した。
「こちらは現在開発中の!! 浮遊型スマート自販機です!!」
「おぉ〜〜!!」
「すげぇ!!」
「未来じゃん!!」
もう誰も、“魔法”とは思っていなかった。
黒スーツが勢いで続ける。
「未来の自販機を、ぜひ体験してください!!」
パンパンパン!!
どこからか、効果音の拍手が鳴る。
黒スーツたち、拍手。
通行人も、なんとなく拍手。
「大阪万博のやつ?」
「いや未来すぎるだろ」
その後ろで。
別の黒スーツたちが、めちゃくちゃ走り回っていた。
「記憶処理班急げ!」
「SNS班! “浮く自販機チャレンジ”というハッシュタグで流行らせて誤魔化せ!」
「トレンドを大量の猫動画で埋め尽くせ!!」
「インフルエンサーもう呼んでます!」
現場、大混乱。
たろーは、そのままワゴン車へ押し込まれた。
ガシャン。
扉が閉まる。
動き出す車。
窓の外。
浮いていた自販機が、ゆっくり地面へ戻されていく。
その横で、黒スーツが笑顔でチラシを配っていた。
【未来型浮遊自販機、近日実装予定!!】
高校初日。
遅刻は、たぶん確定だった。




