死を告げる者
1.
夜が更けた暗い森の中、普段ならここには人はあまり寄り付かず、夜風が靡く音と、虫たちの鳴く音しか聞こえない。今日以外は…。
私は今、この森で王国兵士に追われていた。前も見えない暗闇の中、木々の間から差し込む月光だけをもとに、私は手探りで木々をかき分け、走り続けた。
「あっちに逃げたぞ!追え!」
後ろからは男の声と思われる荒々しい声が後ろから聞こえる。まさか、見つかってしまうなんて、とにかく今はここを逃げ切らない。
とすると前からもたいまつの火の光が見えた。私は咄嗟に近くの茂みの中に身を隠し、息を殺した。
「おい、そっちに奴はいかなかったか!」
「はっ!こちらには来ていません。」
「おのれあの女、何処に行った。まだ遠くに行っていないはずだ!草の根を分けて探せ!」
兵士たちが集まり、声を荒立てて言った。私は兵士たちに気づかれないようにその場から離れようとした。しかしその時だった、
パキッ──
誤って落ちていた木の枝を踏んでしまい、大きな音を立ててしまった。
「誰だ‼」
兵士の一人が叫ぶ。私は咄嗟に立ち上がって逃げ出す。
「いたぞ!追え!!」
私はとにかく無我夢中で走り出し、胸元から『転移結晶』と呼ばれる魔法アイテムを取り出した。
『転移結晶』とは一定の距離にワープしてくれる、移動用のアイテムである。
私は『転移結晶』を握りしめながら、叫んだ。
「転移‼」
そう言った瞬間だった、私は足元の木の根に足を引っかけてしまい、前のめりに転倒しそうになった。
すると突然、前方の木の影から人が出てきた。
「危なっ!?」
そう声を出そうしたが時すでに遅く、そのままぶつかってしまい、一緒に魔石の光に包まれ転移してしまった───。
これが彼との最初の出会いだった。
2.
───嗚呼、またこの夢だ。
周りが黒炎に包まれている中、僕は彼女を抱えて座り込み、彼女の冷えていく体温だけを感じ続けている。そんな僕に彼女は弱々しく僕の手を握り言った。
「貴方は・・・何も悪くない、だから・・・自分を責めないで──。」
これが夢であることはわかっている。だけど、この時の感覚を5年の月日が流れたにも関わらず、未だに鮮明にこの体が覚えている。
あの時の後悔と共に───。
「───さん、───て──い。」
「う~ん」
「──さま、起きてくだい‼、お客様‼起きて下さい、終点ですよ‼」
僕はその声を聞き、目を覚ました。どうやら僕は機関車の中で寝てしまっていたらしい。窓の外を覗くと、日が沈みかけていた。そして目の前には一人の駅員らしい男がいた。
「ここはトラキアですか?」
僕がそう聞くと駅員の人はため息をついて答えた。
「ここはモエシアですよ、トラキアはこの前の駅です。」
「え、ホントに?」
「ホントです。」
「夢ではなく?」
「現実ですよ、お客様。」
僕は一度座っていた席を立ちあがり、通路に移動してから、思いっきり床に伏して、叫んだ
「やらかしたぁぁぁぁああああああああ‼」
突然叫び出した僕に対し、少し駅員の男はびっくりしていたが、改まって声をかけた。
「とにかく、今日はもう列車は動かないので、近くに町がありますからそちらに向かってみてはどうでしょうか?」
「うう~、そうします。」
僕は立ち上がり、荷物を持って駅から出た。駅員の男も一緒についてきてくれ、道を教えてくれた。
「この先を真っ直ぐいったら、Y字の分かれ道がありますので、そこを左の道を真っ直ぐに行けば、町が見えてくるはずです。」
「ありがとうございます」
「お気を付けて」
僕は深々と礼をして駅員に別れを告げ、真っ直ぐに道を歩き出した。
それから数十分後───
「ここはどこだぁぁぁぁぁぁ⁉」
僕は叫んでいた。僕は今、真っ暗な森の中を一人で彷徨っていた。どうやらY字の分かれ道をどうやら右にきてしまったらしく、どこかの森に迷い込んでしまったらしい。あたりはすでに日が沈み暗くなってしまっていた。
「今日は野宿か~」
そうぼやいて、野宿が出来そうな場所を探し始めた。
すると、奥の方から明かりが迫って来るのが見えた。目を凝らしてみると、明かりの正体は松明を持った数人の軽鎧を身に纏っている男たちだ。あの鎧には見覚えがあった。あの軽鎧を見るに、あれはアヴァール王国の兵士たちで間違いないだろう。
「あっちに逃げたぞ!追え!」
どうやら兵士たちは、どうやら誰かを追っているらしい。僕はとりあえず、その場から離れることにした。今、彼らにかかわるのは不味いからである。
その時だった、
「いたぞ!追え‼」
一人の兵士がそう叫んだ。僕は反射的に声の方に顔を向けると目の前に黒いローブを身に着けた人が勢いよく走ってきていた。すると、ローブを着た人はあろうことか、足元の木の根に引っ掛かり、そのまま僕に向かって飛んできた。
「あっ」
そう声を発したのも束の間、お互いに頭を激突させた。するとローブの人が持っていたのだろか、ぶつかった衝撃で手に握っていた石のようなものが地面に落ち、青白い光が激しく発光したかと思うと、僕とローブの人を包み込む。
「これは──。」
僕はこの光に見覚えがあった。これは『転移結晶』と呼ばれる移動用の魔法アイテムだ。そしてたった今、転移を開始し始めたことになる。
僕らは完全に光に包み込まれ、周りがみえなくなった、飛ばされた。
バタン───‼
「いたたた…」
僕はうつ伏せの状態で地面に叩きつけられた。とりあえず立ち上がろうと思い、両手に力を入れる。すると──、
むにゅ、
「ん?」
右手に何かしら違和感を感じた。そのまま無心で二回ほど握ってみると、むにゅ、むにゅと柔らかい感触がした。そして不意に自分が何を揉んでいたのかに気づいた。僕は顔を青ざめ、恐る恐る顔を上げ、揉んでいた物の持ち主の顔を見る。そこで目に入ったのは、銀髪の長い髪で白い肌を赤く染めた、恐らく10代後半の綺麗な女性の顔だった。彼女は、「はわわわ」と声を漏らしており、僕はとりあえず苦笑いしながら言葉を発した。
「あははは、ごめん」
そこから僕の左の頬に強い衝撃が来るのにそれ程、時間はかからなかった。
「へんたああああああああああい!!!」
3.
「くそ!また逃げられた‼」
目標に逃げられ悪態をつく兵士たち、すると森の奥から赤い鎧を身に着けた一人の男が歩いて来た。
「また逃げられましたのか。」
「ラグーン様!?なぜこちらに…!?」
「お前たちが中々あの女を捕まえてこないからだ。上からも早く捕まえろと言われていますからね。」
「聖騎士様自ら出向くなんて、一体あの女は何をしたというのですか…?」
一人の兵士がラグーンに向かって質問をする。
「お前たちが知る必要ない。」
ラグーンはそれだけ言うと、そのまま真っ直ぐに歩き出した。まるで何処へ向かうべきなのかわかっている様に進むラグーンに対して、兵士の一人が彼に質問をする。
「一体どこに向かうのですが?」
「決まっているだろう。あの女を追うのだ。」
「しかし、転移結晶を使われてしまっては、何処に逃げたのか分かりませんよ。」
「だから俺がきたのだ。」
ラグーンがそう言うと、兵士たちは納得したように黙って彼の後ろを歩き出した。
「真実の死神…、5年前に消えた亡霊を捜しているなんて、滑稽な話だ。」
ぼそっと呟くように発した彼の口元は、とても皮肉に満ちた笑みをこぼすのだった。
4.
「すみません!すみません!すみません!すみません!すみません!すみません!」
私は必死に謝っていた。
「あはは、僕は大丈夫だから。」
黒髪の少年は笑ってそう言ってくれるが、彼の左の頬は私の手形が赤くはっきりと浮かんでいた。
「本当にすみません!」
「わかったから、ね、ね、とりあえず落ち着こう。」
そんな会話を数分ほどしたあと、私はどうにか落ち着いて草原の上に座り、彼と向き合っている。彼は、黒い色の着物を身にまとい、白いマフラーを首に巻き付けていた。髪は黒く、長髪で、後ろで髪を纏めて結んでおり、顔は男っぽいというより、女の子のような優しそうな顔をしていた。そんな彼は、にっこりと笑って私に話しかけてきた。
「そういえば、君の名前は?」
男は私に微笑みながら聞いた。私はその顔を見て、何か安心した気持ちになった。
「えっと、私の名前はゼーラ、ゼーラと言います。」
「そうかゼーラさんか、いい名前だね。」
男はそう言うと、座っていた地面から立ち上がり、私の方に手を差し出してきて言った。
「僕の名前はゼロ、日がない旅人さ。よろしくねゼーラさん。」
「は、はい!」
私はゼロさんの手を握って、立ち上がった。
「さて、今日はもう暗いことだし、幸いなことに、向こうに町の光も見える。とりあえず、町に行ってみないか。」
ゼロさんは私にそう言ってくれた。私は頷き、彼についていくことにした。
歩いている途中、ゼロさんは私にとある質問をしてきた。
「そういえば、何でさっきゼーラさんは兵士に追われていたんだい?」
「・・・・・」
私は立ち止まり、視線を下に向け、ゼロさんから顔を背けた。私は彼の質問に答えられなかった。もしそれを答えてしまったら、無関係のゼロさんを巻き込んでしまうから───。
「そうか…、答えたくないことなら、無理をして答えなくてもいいよ。変なことを聞いてごめんね。」
「いいえ、ゼロさんは何も悪くありません。何も悪くないのです。」
黙ってしまった私に対して気を使ってくれたゼロさんに私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。すると、ゼロさんはそんな私の顔を覗き込みながら言った。
「あまり落ち込んでいてもいい事ないよ。」
彼はそう言って、ニコッと笑って見せた。本当に不思議な人だ。初めて会ったはずの他人にこんなに優しく接してくるなんて───。
私は自分の顔が熱くなっていくのを感じた。
「それじゃあ、町まで行こうか。」
ゼロさんはそう言って、歩き出した。
「あ、あの…」
「うん、どうしたんだい?」
「そっちは、町と反対方向の道ですよ?」
それを聞いたとたんズコッとこけたゼロさんを見て、私はクスッと笑ってしまった。
5.
5分ほど歩いたら町に着いた。町は少し古びていて少し整然としている簡素な建物が多くあり、街灯がうっすらとくらい町の石の道を照らしていた。私たちは少し歩いたところで酒場を見つけ、そこに入ることにした。
「いらっしゃい!」
店に入ると店の女将さんが出迎えてくれた。そのまま店のカウンターに通された。
店はとても趣のある感じで、所々にシミは見えるが基本的にきれいに清掃されている、普通の。だけど一つだけ違った事と言えば、私たち以外のお客さんが見当たらないことである。
「はい、水だよ。」
そういうと、女将さんが水の入ったコップを持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
私はそう言ってお水を飲んだ。
「あんたらここいらでは見ない顔だね、旅の人かい。まぁ何もないけど、今晩はゆっくりしていくといいよ。」
そう気さくに話しかけてくれる女将さん。するとゼロさんが女将さんに向かって話かけた。
「そういえば、お店もそうですが、町中にもあまり人を見かけませんが何かあったのでしょうか。」
「あ、あの、それはあまり聞かない方が…」
私はゼロさんの発言を止めさせようと思い、そう言うと、女将さんが「いいんだよ」と言って話始めた。
「『新王命令』せいだよ。」
「『新王命令』ですか?」
『新王命令』は今から5年前に起きた大戦後に始まった新体制の下で定められた法律である。その内容は国を強くするためのもので、作物の納税の増加、男性に対しての徴兵令など、国民に対して様々な義務を負わせるものであった。
「そういう事で、うちの旦那や、町の働き盛りの男たちは徴兵で王都に行っちまって、残された女、子どもと、老人だけで作物の世話をして、でたらめな税を払っている訳さ。正直今の法令には、皆うんざりしているのさ。」
そんな嫌みを込めて話す女将さん、私はとても苦しい気持ちになった。この法令がひどいのは分かっていたが、ここまで人々を苦しめていたなんて…。
私はゼロさんの方を不意に見た。彼は何か考え込みながら女将さんに尋ねた。
「王様は何をしているんですか。」
「確か4年前くらいから病にふしていると聞いていらい、なにも知らないね、私は」
そう答える女将さん。するとゼロさんは続けて質問をした。
「それじゃ、今この国を指揮しているのは誰なんだ。」
「それは『聖堂協会』と『聖騎士団』の連中さ、あのでたらめな法令を出したのも王様じゃなくてあいつらが勝手に決めたって噂もあるくらいさ。」
「…そうか」
女将さんの話を聞いたゼロさんがそう呟いた。
私たちは、女将さんが出してくれたオムレツを食べ、女将さんの提案でこの宿屋で止まることにした。ゼロさんと私は別々の部屋を借り、寝ることになった。私は部屋に入るとそのままベッドに倒れるように横になった。
「ベッドに横になったのはいつぶりかな…」
私はベッドに仰向けに寝転がり、暗い部屋の天井を見ながら今日の事を思い出した。
そういえば、ゼロさんは一体何者なのだろう。初めて会ったはずなのに何処か懐かしい気持ちになる。だけど私はまだ自分の事情をゼロさんには話していない。だけど彼はそんな私に不信感を持つこともなく、優しく接してくれた。自分以外の誰かからこんなに優しく接してもらったのはいつぶりだろうか、多分あの時以来かな───。
私は不意に目から涙をこぼしていることに気づき、慌てて、腕で顔を擦る。
「泣いたらダメよ、ゼーラ。泣くのは役目を果たしてからって決めたじゃない。」
私は自分にそう言い聞かせる。これ以上私と一緒にいれば、ゼロさんやこの町の人たちに迷惑をかけてしまう。明日になったらここから離れよう。私はそんなことを心に決め、眠りについた。
6.
「珍しいな、お前から連絡をしてくるなんて。」
『まぁ久しぶりに暇になったからな。』
青年は自分の部屋の椅子に座り込み、机の上に置かれた連絡用の水晶に映る義兄弟と半年ぶりの会話をしていた。
ここは王都【アヴァール】、アヴァール国現王、レクス四世が住む城を中心に人口1万人の住む大都市である。そして男のいる部屋は、その城の3階フロアにあった。
「そっちの状況はどうなんだキース。」
『あぁ、少しお灸をすえてやったら、敵さんすぐに尻尾撒いて逃げていったよ。』
そう水晶の中の白髪の青年、キースが笑いながら答える。
「そうか、それじゃあそろそろ本題に入ってくれ、お前が直接連絡してきたんだ、よっぽどの事なんだろな。」
『いやぁ、最初に言ったとおり、暇だったから連絡しただけだが、別にそんな話はないし。』
「ならこんな夜遅くに連絡してくるな、このバカが!」
『ははは!そんなに怒るなよ。あ、そういえば、あの女の事はどうなった?』
「はぁ~、そのことなら俺の団からラグーンを向かわせた。」
『ラグーンか、俺はあんまアイツのこと好きじゃね~な。』
「お前の好き嫌いは関係ないだろ。確かにあの男は性格に難はあるが、優秀な聖騎士であることも間違いない。今回もラグーンの魔法が適切だからな。」
『そうかね~』
「少なからずお前よりかは、真面に仕事をこなしているな。」
『一言余計だ、おい』
水晶に写っているキースは少し嫌な顔を見せる。だけどギルはそのまま話を進める。
「まぁ、あの女が何をしようとしているのかは大体、見当がつく。」
『【グリム・ライト】か…、あれは5年前の戦いでマスターが死んだことでほとんど勢力を失ったギルドだろ、今更何か仕掛けることもねぇだろ。』
「それならいいんだが、さっきラグーンからあの女を見つけたと報告があったからな、もうすぐ終わる。」
『なるほどね、あ、そういえば、一つ気になった事を敵陣営で耳にしたんだが、』
「なんだ?」
『それがだな、通りすがりの旅人が魔獣の群れを壊滅させたとかなんとか。』
「今その話必要か?」
『なんとなく話しただけだ。』
「兎に角、今日はもう遅いからこれで切るぞ。後、一週間後にある《会議》には参加するんだぞ。この前みたいにすっぽかしたりしたら───。」
『はいはい、わかってるよ。それじゃあな。聖騎士長にもよろしく伝えておいてくれ。』
そういって水晶の連絡がきれ、部屋に静かさが戻る。ギルは椅子から立ち上がり、窓から夜空に浮かぶ満月を見つめた───。
7.
朝の太陽の光が窓から差し込み、その眩しさから目を覚ます。久しぶりによく寝た気がする。ベッドから起き上がって窓の方を見るとゼロさんが窓枠に寄りかかって、外を眺めていた。私はその光景を少しぼーっと見ていたが、次第に眠気がさめ、今起こっていることをだんだん認識しだした。
「え、な、なんでゼロさんが私の部屋にいるんですか!?」
私は勝手に部屋に入ってきたゼロさんに向かい叫んだ。するとゼロさんは、真剣な顔をして言った。
「静かに。」
私は彼の真剣になった顔を見て、ただならないことが起きているのだと察した。するとゼロさんは、静かな声で言った。
「昨日の兵士たちだ。」
私はその言葉に背筋が凍った。考えていた災厄なことが現実になってしまった。外からは兵士たちの声が聞こえた。
「おい!この町にいるのは分かっているんだ‼さっさと出てきやがれ‼」
町中に響き渡る兵士の怒号。私は恐る恐る、窓から外の様子を窺う。町の大通りのところに、町の住人に集まっており、その中心にガラの悪そうな兵士が5人、そして、紅い鎧を身に着けたロン毛の男が一人いた。
「兎に角、今は逃げよう。」
そう言うとゼロさんは私の手を握り、店の裏口から抜け出し、大通りとは別の細い裏道に出て移動することにした。建物の影をうまく隠れて、兵士たち気づかれないように移動していたその時だった、
「とおっちゃんをかえせ!!」
私は驚き、その声の方を見る。するとそこには、兵士たちの前に男の子が立っていた。男の子は大体7歳くらいだろう。その子は包丁を兵士たちに向けて持っていたが、足が震えていた。
「なんだ…」
紅い鎧の男はそう言うと男の子を睨みつけた。男の子はその威圧に泣きそうになりながら言った。
「とおっちゃんが王様の所に行ってから、ずっと帰ってこないんだ、かあちゃんは大丈夫だって言うけど、いつもつらそうにしてた。これも全部、お前たちが悪いんだ!お前たちが…、お前たちが…」
そこまで男の子が言った瞬間だった。紅い鎧の男は男の子の腹に向け、思い切り蹴り飛ばした。
「アガぁ‼?ゲハぁ!ゲハぁ!」
男の子は口から血を吐き、苦しそうにその場で崩れ落ちた。そんな男の子に対し、紅い鎧の男はさらに、蹴り続け言う、
「小汚い平民のガキ風情が、聖騎士である俺の目の前で、妄言を吐くな。」
紅い鎧の男は淡々と男の子に向かってそう言った。その光景を見て、他の兵士たちはニヤニヤと笑っていた。他の町の人達も男の子が蹴り続けられているのを見続けるだけで、誰も止めようとはしなかった。なぜならこの国では、聖騎士に逆らう者は皆、重い刑罰が下され、時には死刑すらあり得るからである。だから町の人たちは誰一人、男の子を助けようとするものはいなかった。
「どうしてこんなことができるの….!?」
私はその光景を見て絶句した。なぜあんなことができるのか、私には理解できなかった。ふと、私はゼロさんの方を見た。彼は、ほとんど顔色を変えずに、その光景を目視していた。だけど、かれの右手は強く握りしめられていた。
「ここまで、堕ちていたのか…」
ゼロさんがそう独り言のように呟いた。
その時だった、紅い鎧の男は男の子を蹴るのをやめ、自分の腰に身に着けていた剣を抜き始めた。そして男の子に向かって言った。
「ガキが、死ね。」
そうして紅い鎧の男は剣を高く振りかざした瞬間、
「やめて!!!」
私は咄嗟にそう叫んだ。その声に反応した人たちは一斉に私の方に振り返った。そして紅い鎧の男も剣を振り下ろすのを止めた。
「お前は、罪人ゼーラ!?」
一人の兵士がそう叫ぶ。私は兵士たちの元へ歩き出した。正直とても怖かった。足の震えが止まらなかった。だけどそれ以上に私のせいで他の誰かが傷つくのが嫌だった。私は兵士たちの前に立ち、紅い鎧の男に向かって言った。
「貴方たちは、私が目的のはずです!私は逃げも隠れもしません!だからこれ以上、関係ない人を傷つけないで!!」
「ほぉ、お前が王都から逃げた罪人か。この無礼者を庇って、貴様自らが捕まりにきたという訳か。まぁいいだろ、ただし───、」
紅い鎧の男がそう言った次の瞬間だった。男は地面に倒れている男の子の胸ぐらを片手で掴み、持ち上げて言った。
「昨晩、貴様が逃げる際にもう一人仲間がいたはずだ!!そいつも出てこなければ、このガキには、今ここで死んでもらう!!」
そして紅い鎧の男は片方の手に握っていた剣をほとんど意識のなくなっている男の子の首元に突き立てた。
「そんな!?あの人は私と何一つ関係ありません!!これ以上関係のない人を巻き込むのはやめて!!」
「黙れ!!」
紅い鎧の男はそう言うと、私を突き倒した。男はそのまま声を大にして言った。
「さぁ、早く出てこい!5秒だ、5秒以内に出てこなければ、このガキを殺す!!5...4...3...2...1...」
「ダメえぇぇぇ!!!」
私がそう叫んだ瞬間だった。突如、紅い鎧の男が掴んでいた男の子が消え、兵士たちの背後に一人の男が男の子を抱えて立っていたのだ。間違いない、ゼロさんだ。
「さぁ少年、これを飲むといい。」
そう言ってゼロさんは男の子に瓶の中に入っているものを飲ませていた。すると男の子の傷は少しずつ消えていった。恐らく《回復薬》を飲ませたのだろう。でも《回復薬》は一般には販売されていない高価なアイテムのはず、なんでゼロさんがそれを持っているのか私は不思議に思った。
「魔導師か…」
紅い鎧の男はそう言うと、ゼロさんの方に剣先を向けた。しかしゼロさんはそんなことはお構いなしに傷が治った男の子を近くのベンチまで運び、横に寝かせた。そして紅い鎧の男の方に向き直り、
「そんな使えない剣をこちらに向けて、何をしているんだい?」
そう言って、笑った。
「何を言って…」
紅い鎧の男がそう言いかけたその時だった。男が向けていた剣が突然バラバラに砕け散ったのである。そのあり得ない光景に静まり変える兵士たち。しかしゼロさんは何事もなかったように紅い鎧の男の前まで歩きだした。
「貴様、一体何者なんだ…」
「そんな事はどうでもいいだろ。それよりほら、早く僕に手錠をつけなくてもいいのかい?」
ゼロさんはそう言うと、あの笑顔で自分の両手を紅い鎧の男の前に突き出した。
「貴様、ただで済むと思うなよ。」
そう言うと紅い鎧の男は他の兵士たちに指示をし、私とゼロさんにそれぞれに鉄製の手錠をかけ、そのまま用意されていた馬車に乗せられ、そのまま町から離れることになった。
8.
「ここで明日まで大人しくしてな。」
兵士は檻の外側からそう言って、その場から立ち去っていった。
あれから半日以上の時が過ぎ、外が暗くなった頃、私たちは騎士団の駐留所まで連行され、その地下にある牢屋に足かせをつけられた、閉じ込められていた。少しじめじめとしたその場所には鼠が一匹通れるかくらいの鉄格子の窓しかなく、そこから差し込む月明かりが暗い牢屋の中での唯一の光であった。
「私のせいでこんなことにゼロを巻き込んでしまって、本当にすみません。」
私はゼロさんに謝る事しかできなかった。私のせいで無関係な彼を巻き込んでしまったのだ、決して許されようとは思っていなかった。だけど謝らずにはいられなかった。
「もう済んだ事だし、気にしなくていいよ。それより僕は君があの時の行動に感動すらしている。」
ゼロさんはそう言って私に微笑んでくれた。だけど私はそれが返って辛かった。
「そんな事ないです、そもそも私があの町にさえ訪れなければ、あの子が傷つくこともなかった。全部私のせいなんです。」
「僕は大丈夫、それより、そろそろ教えてくれないかなゼーラさん。何で君が王国の兵から追われていたのか。」
ゼロさんは微笑みながら私にそう聞いてきた。私は少し話すかどうかを考えたが、答えることにした。
「頼まれたんです。」
「頼まれた、誰からだい?」
「サヤ姫です。」
「サヤ姫って、この国のお姫様のサヤ姫の事かい?」
「はい、あれは5年前のことです。私はそれまで母と一緒に暮らしていました。母は魔導師をしていて、とても優しい人でした。私は母と二人暮らしでしたが、とても幸せでした。あの戦争が起こるまでは…」
「《魔境戦争》だね。」
「───はい、母はその戦いで亡くなりました。私がそれを知ったのは戦いが終結してから約1週間後の事でした。私はその時から、天涯孤独になりました。とても悲しかったことを憶えています。それから一年後のことでした。私のところにサヤ姫が訪ねてこられました。彼女は私に会うやいなや、私にメイドになれと言ってきました。私はそのまま強引にメイドにされました。最初は何をしたらいいか分からず、おどおどとしていたのですが、姫様はそんな私をよく構ってくれました。そんな生活が私にはとても温かった。だけどそんな生活が長く続くことはありませんでした。」
私は少し言葉を発することを戸惑ったがそのまま話を進めた。
「丁度今から半年前の事です。突然聖騎士たちが反乱を起こし、王様と姫様を監禁しました。姫様は捕まる前、私にとある人たちを捜すように命じ、城から逃がしてくれました。それからずっと私は王国兵士から逃げ続け、その人たちの情報を集めました。」
「ある人たちというのは?」
「5年前にあの戦いの後に突然姿を消したギルド、真実の死神です。」
「真実の死神──。」
「だけど、もうダメです。私が捕まったことでなにもかもが終わってしまいました。」
私はふと、自分が涙を流していることに気づいた。
「ゼーラさん…」
ゼロさんはそう言って心配そうに私の顔を見ていた。
「すみません、泣いたってどうしようもないですよね。なのに、私、ゼロさんも迷惑ですよね、」
私は涙が止まらなかった。今から自分に何をされるか分からないという恐怖心からか、今までの苦労を全て無駄にしたことに対しての絶望感からか、関係のない人を巻き込んでしまったことへの罪悪感からか、それ以外の事からか、唯々(ただただ)、今は心の中でごちゃ混ぜになった感情を整理することができなかった。
「僕は何も迷惑じゃないよ。」
「そんなの嘘です!!いつだって私の近くにいてくれた人はみんな不幸になっていく、それがどうしても私には耐えきれない!!こんなことなら私なんていなければ良かっ───。」
私がそう言い切ろうとした瞬間だった。体が引き付けられたかと思えば、気づいたらゼロが私の事を強く抱きしめて、それ以上の言葉を発することを許さなかった。
ゼロさんは私を抱き締めながら言った、
「それ以上は言ってはいけない。どれだけ泣いたっていい、どれだけ後悔したっていい、人間は誰しもうまく生きていけるわけじゃない。だけど、自分がいなければ良かったなんて。だからね、自分を否定しないで、ゼーラ。」
私は彼の言葉に驚いた。なんでこんな昨日、出会ったばかりの私にこんなに優しくしてくれるのか分からない、なんで、どうして、分からないよ。だけど、一つだけ分かったことがあった。
人ってこんなにも温かいんだ───。
「わあああああん!わぁあああああん!わぁあああああああん!」
気づいたら私はゼロさんの懐の中で、声を上げて泣いていた。そんな私をゼロさんは優しく抱きしめてくれていた。
「さて、そろそろ抜け出すかな」
あれから数分後、私が恥ずかしさで牢屋の端でうずくまっている時にゼロさんは突然そう言った。
「抜け出すって、どうするつもりなんですか?」
私はゼロさんにそう尋ねると、ゼロさんは自分の足枷に触れた。すると足枷は、朝方に聖騎士の剣のように簡単に砕け散った。そしてそのままゼロさんは、次に私の足枷も同様に破壊して見せた。
「これで良しと」
「あ、あの、貴方は一体何者なんですか?」
私がそう聞くと、ゼロさんは、どこか自慢げにこう言った。
「ただの魔導師だよ。」
彼はそう言うと牢屋の檻に触れ、破壊して見せた。ゼロさんはとても不思議な人だ。何を考えているか分からないし、勝手に人の問題に首を突っ込んでくるし、だけど、その背中は、とても頼もしかった。
9.
階段を上がりきった時、ゆっくりと扉を開けた。すると私たちは、白い部屋に出た。部屋は、かなり広く、天井まで10メートルくらいあり、部屋の所々に紅いシミが染みついていた。言うなれば、鍛錬上のようなものだろう。そして正面、反対側の扉の前には、数人の兵士と、あの紅い鎧の男が立っていた。
「どうやって檻から出たのかは知らんが、ここから逃げられるとでも思ったのか。」
紅い鎧の男が私たちにそう言った。するとゼロさんは、何事も無かったように歩き出す。
「止まれ!我の言ったことが聞こえなかったの。魔導師の貴様では、聖騎士の我に勝てないと言っているのだ。」か
今度はさらに鋭い声で警告を行う紅い鎧の男、するとゼロさんは立ち止まり、兵士たちに向かって言った。
「逆に聞くけど、君は僕に勝てるとでも思っているのかい?」
「魔導師風情が…、調子にのるなよ。そんなに死に急ぎたいのなら、望みどおりに殺してやる。おい!お前たち、団長に報告しろ。『罪人が逃亡し、抵抗をしてきたので、しょうがなくラグーン分隊長が殺した』とな。」
紅い鎧の男、ラグーンは他の兵士たちにそう言った。するとゼロさんは、その言葉を聞くと今まで見せたことのないような真剣な顔になり、ラグーンに向かって言った。
「殺す、か…。君、その意味が解っているのかい?」
「何を今更、貴様らがここで死ぬという──。」
「そういう事じゃない。」
「あ?」
「他人を殺すんだ。君も死ぬ覚悟はあるのかってことだよ。」
「はっ、何を言い出したかと思ったら、なぜ我が今から殺すのに死ぬ覚悟をせねばならんのだ。」
「そうか、じゃあ、君は僕には勝てないね。」
「気でも違ったか?まぁ良い。貴様はいまここで殺してやる。」
そう言うと、ラグーンは、名乗りを上げた。
「我は、王国聖騎士団【紅の団】聖騎士!!ラグーン・エルファ・ゴール───。」
「いや、君の名前とかは聞いてないから。」
ゼロさんは高らかと名前を名乗ろうとしたラグーンの言葉を遮り、小ばかにしたような顔でそう言った。さすがに頭に血が上ったラグーンは、自分の腰に引き下げていた剣の柄を握り、剣を抜いた。剣は、鞘から抜かれた途端に紅い炎を纏い、激しく燃え出した。
「ハハハ!見よ!これが聖騎士にのみ持つことを許されている『聖剣』が一振り、《炎の剣》だ!これで貴様を炙りごr」
「どうでもいいから、早く来なよ。」
またもやゼロさんは、ラグーンが話を遮った。さすがのラグーンも怒りが頂点に達し、キエエエエエエエエ‼とまるで怪鳥のような叫び声を発しながら、勢いよくゼロさんに斬りかかった。
「ゼロさん!」
私はそう叫んだ。しかし、ゼロさんは回避するわけでもなく、一歩も動こうとはしなかった。
「聖なる炎に焼かれて死ね!」
ラグーンはそう叫び、ゼロさんに向かって、猛々しく燃える剣は空気を切り裂き、ゼロさんの首を目掛け斬撃を放った。
はずだった───。
「馬鹿…な…!?」
ラグーンが次に発した言葉であった。あまりの光景にその場にいた全員が唖然とした。それもそのはずだ。ラグーンが放った斬撃をゼロさんは、人差し指一本で止めていたのだ。それだけではない、先ほどまで猛々しく燃えていた剣の炎は完全に消滅し、本来の剣身が見えていた。
「あり得ない、我の魔力が消滅しただと…。」
あまりの出来事にラグーンは斬撃を放った体制のまま、軽い放心状態になっていた。するとそれを見かねたのか、ゼロさんは、ラグーンに向かって言った。
「そんなに驚くことでもないよ。僕はただ、斬撃の勢いを『殺した』だけなんだから。」
その言葉に「はっ」と我に返っラグーンは、ゼロさんから離れるように後ろに飛び、距離を取った。そしてラグーンは言った、
「貴様、一体何をした…?貴様の瞳はなぜ先ほど違って、紅い色になっている…!?」
その言葉で私は、ゼロさんの両目が黒色から紅い色に変化していることに気づいた。更に瞳には六芒星のマークが浮き上がっている。
ゼロさんは、やれやれ首を振りながらラグーンに向かって言った。
「君は戦闘の初心者なのかな?なんで僕がそれを答える必要があるんだ?」
「何処までも我をコケにするか…!?ならば、貴様を我の真の力で葬ってくれるわ!!」
そう言うとラグーンは、剣を上空に掲げた。すると次の瞬間、ラグーンの足元に半径5メートルほどの円形の紅い魔法陣が展開された。そしてラグーンはブツブツと何かしらの呪文を唱えだし、彼の掲げた剣の先に徐々に炎が集まり、丸い炎の弾を形成され始めた。またその球体は少しずつ大きくなっていき、この部屋の壁を壊しながら増幅し続けていた。
「『大魔法』か。」
ゼロさんがそう呟いた。私もその言葉を知っている。『大魔法』とは、その術者の魔力を最大限使い放たれる魔法で、その威力は、一軍隊を容易に消し去ることができると──。
「ゼロさん、このままじゃ本当に殺されてしまいます!私の事はいいから、ゼロさんだけでも逃げて下さい‼」
私はゼロさんに向かってそう叫んだ。するとゼロさんはこちらを振り向いて言った。
「大丈夫、ゼーラさんは危ないから僕の後ろに下がっていてね。」
「でも、」
「僕を信じて。」
私はその言葉を聞いて、何も言えなくなった。
「そろそろ詠唱は終わったかい、聖騎士どの?」
ゼロさんはラグーンに向かってそう言った。
「コケにしやがって、だがこれでも同じような口が叩けるか?」
そのようにいうラグーンの剣先にはおよそ直径10メートルほどの巨大な炎の球体が出来上がっていた。
「灰となって我の前から消えよ!!『ギガ・ファイヤー』!!」
ラグーンはそう叫ぶと、ゼロに向かってその炎の球を放った。するとゼロさんは右手を炎の球の方に向けて、止める構えを執り、言った。
「『死の接触』」
ゼロさんがそう言いうと、彼の右手から黒い霧のようなものが現れ、そのまま手の全体を覆った。そして、右手が炎の球に接触した瞬間、黒い霧は、炎の球を飲み込み、飲み込まれた炎の球は、黒い塵のように散っていった。
「馬鹿な…あり得ない…、大魔法だぞ…!!?」
さすがのラグーンもこれには青ざめる。その時だった、
「あぁ!!」
突然ラグーンの後ろの方にいた兵士のうちの一人が、ゼロさんの事を指で指しながら叫んだ。そして兵士は震えながら言葉を坦々と続ける、
「お、思い出したぞ!あの黒髪に白いマフラー、胸元にある光の死神のマーク、紅い瞳の中に浮かんだ六芒星の魔法陣…、間違いない!あいつは、あいつは!!」
兵士はそこまで言って、一度息を飲み、はっきりとした声で言った。
「『真実の死神』のギルドマスターで『八つの禁忌』の一人!!『死を告げる者』の──、」
「え、嘘…」
「ゼロ・グリムロードだ!!!」
兵士のその言葉に私は、膝を落として、手で口を押えることしかできなかった。私が探していたギルド、そのマスターがゼロさんだったなんて──。
「馬鹿な…、あり得ない、あの男は五年前のあの戦いで死んだはずだ!?」
ラグーンは、そう叫ぶ。するとゼロさんは、「はぁ」とため息をついて言った。
「死んではいないさ。現に僕は君たちの目の前にいるだろ。」
「では、我の大魔法がかき消されたのも…。貴様の魔法ということか!?」
「その通り。僕の『死を告げる者』は、『万物を殺す魔力』。生命も物質も魔法も例外なく、ね。」
「万物を殺すだと…。そんなバカげた話があるのか…!いいや!そんなことがあってなるものか!!!」
そういうとラグーンは、ゼロさんに斬りかかる。しかしまたしてもゼロさんは、黒い靄を今度は自分の人差し指に集中させ、斬撃を止める。そして、受け止めた聖剣を今度は、粉々にして見せた。
「な、聖剣が…!?」
もはやラグーンの言葉には先ほどの勢いはなくなり、顔は完全に青ざめ、震えた声になっていた。
「もう終わりにしようか。」
そう言うとゼロさんは、ラグーンを睨みつけた。するとラグーンは、更に青ざめた表情になり、足を激しく震わせ、挙句の果てには、失神し、その場で倒れてしまった。
「一体何が起きたの?」
私がそう言うと、ゼロさんは、軽い説明を始めた。
「『死の威圧』、対象に向けて殺意を放っただけの脅し技さ。まぁ、死ぬ覚悟もない相手にとっては、精神そのものが壊れちゃうかもしれないけどね。」
私はその言葉に息を飲みながら、ゼロさんの方を見て、確信した。彼が私の探していた人たちのマスターなのだと──。
「だからね、死ぬ覚悟がない奴は、僕の前に立たないほうがいい。」
ゼロさんは、そう言い放つと、私の方に来て、手を差し伸ばして言った。
「君はしっかりと役目を果たした。だから今度は僕たちがそれに答える番だ。」
「ゼロさん、貴方は凄すぎます。」
「よく言われる。」
そう言って笑った彼の瞳は、綺麗な黒い瞳に戻っていた。
「では、僕たちはここから出ていくけど、他の兵士の皆さんは、僕を止める気はあるかい?」
とゼロさんが他の残った兵士たちに聞くと、兵士たちはすごい勢いで首を横に振って見せた。
10.
こうして私たちは、戦いで半壊した兵士たちの拠点から出ることができた。外はすでに暗くなっており、私たちは道なりに町の灯りが見える方に歩くことにした。
私は不意にゼロさんに質問をした。
「なぜゼロさんは、自分の正体を隠していたのですか?」
するとゼロさんは、歩きながら答える、
「なぜと言われれば、別に理由なんてないさ。別に人に言う必要じゃなかったから言わなかっただけだからね。」
「それじゃ、捕まった時に抵抗をしなかったのは。」
「あの場で戦っていたら少なからずあの町の人たちの事も巻き込んでしまっただろうから。」
「そうだったのですね。こんなことになるのだったら私、最初に事情を説明しておけばよかったです。」
「そんなことないさ。君だって僕を巻き込まないように話さなかったんだろ。なら別に反省することでもないさ。」
「そう...ですね。」
「そういえばゼーラさん、さっき、グリム・ライトのメンバーを探しているって言っていたけど、他のメンバーならライネスって街にいるはずなんだけどな…。」
「え、いませんでしたよ。」
私のその言葉にゼロさんは、突然硬直した。そして震えた声で私に尋ねてきた。
「あの、ゼーラさん。今なんて?」
「え~と、ライネス訪れたのですが、他のギルドメンバーの人はいませんでした、と。」
「え、マジで?」
「え、知らなかったのですか?」
ゼロさんはそのまま地面に膝をつけ、明らかに落ち込んでいた。どうやらギルドが消えていることを知らなかったようだ。
私は、大丈夫ですかと声をかけようとした。するといきなりゼロさんは起き上がり、
「まぁ、しょうがない。とりあえず、ライネスに向かって、状況を見ることにしよう。」
と言って立ち上がり、また歩き出した。私もついて行こうと歩き出そうとした。でも不意に足が止まった。私はこのまま彼について行っていいのだろうか、私の目的は、グリム・ライトのギルドメンバーに助けを求めることだった。そしてそれはゼロさんと出会って達成された。ならば私が彼について行く理由は、ないのだ。
「どうしたの、ゼーラ?」
ゼロさんは、立ち止まった私に声をかける。私はその質問にためらいながらも答えた。
「私の役目は、もう終わりました。だから私がこれ以上旅をする必要もないのです。」
「そうなのかい。」
「はい、それに私、どんくさいですし、ゼロさんの足を引っ張るだけだし…、だから私はここで…」
「何を言っているんだ。ダメに決まっているだろ。」
「え?」
私はゼロさんの思いがけない一言に驚いた。そんな私を見てゼロさんは、やれやれと言った顔をして近づいてきた。
「君は僕たちに助けを求めた。ならば、君はこのことの顛末を姫様に報告する義務がある。それが当たり前さ。」
「当たり前なんですか?」
「そうさ。それに君と僕は、死線を潜り抜けた仲じゃないか。」
「あれは、ゼロさんの一方的な気が…。」
「う~~ん。そんなことじゃなくて、つまり僕が言いたいことは──、」
そこまで言うとゼロさんは、私の方に手を伸ばしてきて言った、
「僕と君はもう仲間じゃないかってことだよ。仲間と一緒に旅をするのは当たり前だろ。それともそう思っていたのは、僕だけかな?」
私はその言葉に驚いた。うちにある何かが込み上げてくるのを感じていた。
「こんな私でもいいんですか?」
「あぁ、そうだとも。」
私はゼロさんの手を握った。そして私は不意に、涙をこぼしていることに気づいた。
「ゼーラさんは、本当に泣き虫だね。」
「ごめんなざい。仲間だって言ってくれた人はゼロさんが、初めてで、その、嬉しくて、」
「あっ、それともう一つ。」
「はい、」
「そのゼロ『さん』ってやめてくれないかな。これからは仲間なんだから、ゼロでいいよ。」
「はい、ゼロさ、、、ゼロ。それじゃあ、わたしのことも、ゼーラって呼んでください。」
「わかった。これから宜しくね、ゼーラ。」
「はい!こちらこそ、宜しくお願いします。」
「それじゃあ、ライネスに向かって、出発だ!」
そう言うとゼロさんは歩き出した。
「あの、そっちは町と反対側ですよ…。」
私がそう言うと、ゼロは勢いよく仰向けに転んだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
こうして私たちの物語は、始まった。これから私たちは様々な困難が立ちふさがるかもしれない。だけどゼロと一緒ならそれらを越えていけるような気がしてきた。
気晴らしに違う作品を書きました。
この続きは、今書いてる作品が完結したらということで…
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