94.決断
いつ?
私はこんな美少女なんて知らない。
「クー元気? あの子、人間に虐待され捨てられたのに、すっごく寂しがりやで独占欲強いわよね」
「…なんで名前」
「寂しがり屋だけど、やっぱりいまだに家の人間や動物以外には牙を剥き出しているかしら?」
「一匹で飼ってあげたほうが合う子だから近くに住む叔母の家にいる。元気でよく食べて、コロコロしてるよ。…相変わらず他の人と動物は駄目だけど」
聞かれたから答えたけど。
私はこの世界の人に誰にもクーの話をしていないのに。
まして三年以上前の話だ。
「あの子、私が中に入らなければ死んでいたわ」
「入った?」
どういう事?
ヴィラは神様でしょ?
しかも違う世界の。
「私は、神が、この永遠が嫌になって逃げたら狭間に落ちたの。死にかけた生き物の近くに落ち、とっさに入り込んでしまったわ」
懐かしいと呟く顔は嬉しそう。
「カエデの家に、クーの中に居心地がよくてあの子が元気になっても長居し過ぎて、帰りたくなくて」
私の目を見て笑った。
今度は寂しそうな顔。
「しぶしぶ戻ったら世界が壊れ始めてた」
そういえば、前に私のせいと言っていた。
「でも、逃げ、狭間に落ちて犬の中にいて少し動物や人の気持ちもわかった。それは、これからも存在しなければいけない私にとって必要だった。たとえ戦が起こり沢山の命が散っていったとしても」
「そんなっ」
反論したくて、でも何を言えばいいのか分からないよ。
「カエデを喚んだのは偶然だったはずなんだけど必然だったのかも」
どうしても1つ聞きたい事があった。
「…ずっと1人なの?」
「ええ」
「ずっと生きてるの?」
「この世界が滅べば私も消滅するでしょうね」
なんか、そんな言い方寂しすぎるよ。
どうしたら埋められる?
私が少しでもヴィラに寄り添うには…。
「…私は、自分だったら、自分が死んだら何が悲しいか考えた時、誰かに覚えていて欲しいと思った」
私はヴィラを見上げて笑った。
「変だよね?コミュニケーションとかホント無理で面倒がってるのに」
「知ってる。楓、意外と神経質で友達と遊んで帰ってくるとぐったりしてた」
ヴィラも笑ってる。
私が彼女に出来ること。
「忘れないから。私が死んでも、私の子孫ができたらヴィラの事教えておくから」
「楓は、人が良すぎよね」
金の瞳が静かに私を見下ろす。
「楓はどうしたい?」
「私は…帰りたいけど、残りたい」
「前に働き次第でボーナスつけちゃうって言ったの覚えてる?」
そんな事言ってたっけ?
呆れた様子のヴィラ。
「忘れてるわね~。1回よ」
「え?」
「あと1回だけ、この世界に来られるように道を開く」
私、戻れるの?
「ただ楓が1度帰って、またこちらにきたら、もう戻れない。小さい物ならサービスで数回楓の世界に届けてもいいけど、生物は空間に影響しやすいし、あちらの神々に干渉し過ぎるのはルール違反だから」
人は無理、物は大丈夫なのか。
ヴィラの説明はまだ続く。
「あと、もし楓がこの世界に今度来たら、今のように力は貸せない。長期間は力が強すぎて器が持たず楓が壊れるから。でも、ゼロは困るから最低限の防御と歌った時、少しだけ力が発動するようにしようかなぁ。楓の歌好きなのよね~」
そんなテキトーでいいの?
「だって神だもん」
また心読んだな。
「で、どうする?」
首をコテンと傾けヴィラが聞いてきた。
そんなの決まってる。
「…1年後にヴィラスに。皆の所、ルークさんの所に行きたい」
「1年? 長いのね」
長いかな。
私にとってはどうだろうか。
「だいたいになるけどいいかしら? ああ、そうだ。来る時、座標がわりに物があると飛ばしやすいから、何か楓の身につけている物を人に渡してくれる?」
「物。何にしよう」
「あと、最後のは本人に聞かないとだわね」
私が悩んでいる間にヴィラが手で払うような仕草をした。
「これは…?」
戸惑っているルークさん。
他の皆はまだ止まったままだ。
それとは別に私の足元に陣が発生し淡く光り私は少し浮いた。
「期限は明日だけど、今、時空が安定しているから、もう少ししたら飛ばすわ」
うん。決めたからもう今日でいいや。
「カエデ」
ルークさんが近寄ってきた。
今の私はルークさんより少し目線が高い。
「あのね、カエデじゃなくて楓がいい」
「カエデ?」
「この世界の人は、私の名前の発音が言いづらいみたいで皆カエデになるけど、ルークさんには楓って呼んで欲しいな」
私は首から下げていたネックレスを外し、ピンキーリングは自分の指にはめ、あとは鎖ごと彼の前につき出した。
ヘッドの石は偶然にも黒いオニキス。
縦に楕円になって鎖の通す部分に小さいサンタアクアマリンが一粒光っている。
高校生の時、初めてのバイトで買った物だ。
メンズ向けのシンプルなデザインで色といい友達には不評だったけど、私は1番気に入っている。
「1年後、戻ってきてもいいですか?」
どうしよう、ウザイとか言われたら。
さすがに泣く。
「これの意味分かって言ってるのか?」
私のつき出したネックレスを見て固まったルークさんは、急に腰の剣に触れ鞘にある、いままで気づかなかったけどルークさんと同じ綺麗な瞳の色の小ぶりな石がはまっているそれに触れ何か呟いたとたん、その石が外れた。
ルークさんは、私のネックレスを受け取り、代わりに私の手のひらに、その鞘から外した石を置いた。
「相手の瞳の色をネックレス、胸近くに下げるのは、その相手は婚約中という意味だ」
…知らないよ。
そんな異世界ルール。
恋人通り越し婚約か。
ルークさんは、私の渡したネックレスを自分の首につけた。 元々ロングタイプだから男性がつけても違和感はないけど。
そこじゃない。
「…私でいいの?」
「だから、カエデがいいと言っただろ?」
「返品不可だよ?」
「ああ」
「…1年待ってくれる?」
「ああ。待てばカエデが手に入るのだろう?」
…私は物じゃない。
ルークさんの手が私の頬にのびてきた。
浮いている私はルークさんより高い位置にいるから、抱きつきたいけど無理だなぁ。
もう、陣の光が強くなってきてるし。
今雨は止まってるけど、皆びしょびしょだ。
「あのね、ちゃんと向こうで学校卒業して、こっちに来た時、役にたつ知識を少しでも身につけておきたいの」
「ああ。納得できたら来い。それも覚悟ができたら着けろ」
石を指さす。
「カエデ様!お待ちしておりますわ!」
マリーさんの声だ。
雨が頬にあたる。
動き始めたみたい。
「副隊長殿は浮気しないよう俺が見張っておくから~」
ラウさんのいつもの軽い口調。
動きは止まっても、耳は聞こえていたのね。
そうだ。
これだけは、勇気出して言わなきゃ。
頬にある、ルークさんの手を外す。
「好きです」
私の大好きな深く青い瞳が見開く。
「大好き」
私は、あまりの光の洪水に目を閉じた。
その2本の太い光の柱が空を突き抜け消えた。
「…最後に反則だぞ、カエデ」
「カエデちゃんって男前~!」
「女性に先に好きだと言われて情けないですよね」
思わずしゃがみこんだ俺の後ろで、イラつく声がした。
「…俺だって言った」
「え~カエデがいいっていうやつ? 微妙~」
「そうですね~。自分ならもっとハッキリ言って欲しいです」
いつの間に、ラウとシャルはこんな意気投合していたんだ?
もういい。
俺もカエデが帰って来る前にやる事がある。
「使者が帰った報告をしに行くぞ」
「え~婚約の報告だろ?」
ラウ…お前覚えてろよ。
「黙れ。行くぞ」
「へ~い」
カエデ、早く来い。
あぁ。
またルークが誰だか聞き忘れた。
まあいい。
今度会う時は時間がたっぷりあるだろう。




