幕間
「信じられないと思うが、今の話は俺が体験したあの日のできごとなんだ」
佐藤コウジは一連の事件のできごとを語り終えると、テーブルに置いてあったウイスキーを一口飲む。
「そいつはとても不思議な話だな、コウジ」
佐藤の友人である山本ヨウヘイは驚いた様子だった。ふたりはいま、佐藤家のリビングでテーブルを挟んで向き合い座っている。
「実際こうしてしゃべり終えてみて、俺自身この話が本当だったのかどうか、自信がなくなっている。やっぱり事故のせいで頭がおかしくなってるのかもしれない」
「でも医者には脳に問題ないって言われたんだろ」
「ああ」
「この話、他の誰かにしゃべったか?」
「しゃべるはずがないだろ。頭がおかしいと思われる」
「だったらお前、誘拐犯の事は警察にどう話したんだよ」
「トランクから消えた妻の死体の事は伏せて話したよ。たまたま公園にいたら誘拐されて、連れて行かれた先に妻の誘拐犯もいたってね。でも警察は話半分に聞いていたよ。いろいろつじつまが合ないからな。結局、事故で記憶障害が起こり時間の感覚が狂ってしまったことにして、誘拐犯を捕まえてくれるようお願いした」
山本はウイスキーを飲み干すと、にやついた笑みを浮かべる。まるでここから先の話を楽しむかのように。
「でもよコウジ、傑作だよな。まさか誘拐犯どもの死体が不法投棄された車のトランクから出てくるなんてよ。近頃は車のトランクに死体を入れておくのが流行らしい」
佐藤はくすっと笑う。「俺も警察から連絡があったときはビックリしたよ。よりによって車のトランクから誘拐犯の死体が発見されるなんて思わなかったからな」
山本は自分のグラスにウイスキーを注ぐと、佐藤のグラスにも注ぎ足した。
「なあヨウヘイ」佐藤はつまみを口にしながら言った。「お前は俺のこのありえない話を信じるか?」
「にわかには信じがたいな」
「やっぱりそうだろうな。こんなことありえないもんな」
「だけどコウジ、世の中にはもっと不思議で奇妙なできごとがあるだろ」
「例えば?」
「ドッペルゲンガーさ。知ってるだろ、双子でもないのに自分そっくりの人間を目撃してしまう話。目撃してしまったら最後、その人間は近いうちに死んでしまうってやつ。きっとあの日、あの女のドッペルゲンガーが現れたのさ」
「そんなのありえるか?」
「世界中で目撃談があるんだぞ。これはもう事実として信じるしかないだろ。ドッペルゲンガーはな、自分の知り合いと普通に会話したりするんだぜ。相手もドッペルゲンガーを偽物だと疑わない。きっとドッペルゲンガーはもう一人の自分なんだ」
「妻のドッペルゲンガーが現れた、ってのはおもしろい考えだけど、あの日の不可解なできごとを説明するには三人のアカネが必要になる。トランクから消えた死体の彼女、誘拐された彼女、そしてひき殺された彼女」
山本はきびしい顔つきでうなる。自分の説がはずれてしまったことがくやしいらしく、新たな考えをひねり出そうとしているようだ。
「だったらあれだ」山本は得意げな顔で指を鳴らした。「バミューダトライアングル現象だ」
「何だそれ?」
「お前知らないのか、有名な超常現象だぞ。アメリカのフロリダ半島とバミューダ諸島、それにプエルトリコを結んだ三角形の海域のことさ。そこでは飛行機や船が忽然と姿を消したり、はたまた消えたと思った船が十数年後に、その当時のままの姿で帰ってきたりするんだぜ。タイムスリップさ」
「なんか嘘くさいぞ、その話」
「嘘じゃない本当だって、信じろよ。きっとあの日、バミューダトライアングルと同じ現象が起きたんだ。だから死体が消えたり、過去や未来からあの女がタイムスリップしてきたんだよ」
「もしそれが本当だったとして、妻の死体は一つしかなかった。他のアカネ達はどこへ行ったんだ?」
「消えたか、もとの時代に帰ったかのどっちかだろうな。これで決まりだ。あの日お前は、バミューダトライアングル現象に巻き込まれてしまって、奇妙で不思議な体験をしてしまったんだ」
「なんだか強引すぎる説だな」
「事件の本当の真相なんてどうだっていいんだよ。終わってしまったことについて、あれこれ頭を悩ませるのはやめようぜ。お前を煩わせていたあの女はいなくなったことだし、これからのことを考えよう。どうせ人は死ぬんだから、それまでの人生をどう楽しむかに頭を使おうぜ」
山本はそう言うとウイスキーを一気にあおり、愉快そうに笑う。
「それもそうだな」佐藤はそう言うとグラスを飲み干した。
「いい飲みっぷりだ」
佐藤はウイスキーのビンを手にし、空いたグラスに注ごうとするが、山本がそれを制止する。
「こんどはこいつを飲もうぜ」そう言って山本はカバンの中に隠していたワインを取り出すと、それを佐藤に手渡す。
「お前これってヴィンテージ物じゃないか」佐藤は驚いた様子だった。「ものすごく高いやつだろ。いいのか?」
「今夜ぐらい贅沢しようぜ。新しいグラスを用意してくれよ」
「ああ、すぐに準備する」
佐藤がグラスを用意しワインを注ぐと、二人はグラスを手にした。
「陽気に生きよう」山本が言った。「我々は必ず死ぬのだから」
二人は乾杯すると宴を続けた。




