第二幕 第一場
町外れにある、とある町工場。その事務所の中ではツナギ姿の男が二人、ソファーに座ってゲームをしている。
「もう七月になっちまったな」
そうつぶやいたのは少し間の抜けた顔の男で、名前は清水ヒロトといった。彼は大学を卒業後、父親が経営する町工場で数年ほど働いていたが、去年父親が亡くなると工場を閉鎖した。その後は残された遺産を切り崩しながら暮らしていたが、やがて金に困り車上荒らしに手を染めるようになった。
「ああ、そうだね。とうとう一九九九年の七月になっちゃったね」
憂鬱そうにそう応えたのは苦みばしった顔の男で、彼は清水の昔からの友人で、名前は永井タケルといった。彼は清水と同じ大学に通っていたものの、実家が経営する商店がつぶれてしまい、やむをえなく大学を中退。その後は自動車修理工で働くも、不景気のせいかつぶれてしまうと、彼はそこで働いた時の経験を生かし車上荒らしへと転職する。金に困っていた清水をこの道へと誘ったのは彼の仕業だった。
「とうとうノストラダムスの予言の日がきてしまった」清水が真顔で言った。
「もうすぐ人類は滅亡する」永井も真顔で言った。「俺達に残された時間はもう残りわずかだ」
「なのに真面目に仕事しているヤツがいることに驚きだ」
「あいつらノストラダムスの予言を信じてないんだぜ。バカだよな」
「ああ、ほんと大バカだよ」
二人は声をそろえて笑い出した。
「最後ぐらい遊んで暮らせばいいのに」清水の視線はゲーム画面に据えられている。「俺たちみたいに」
「だよな。どっちみち死ぬなら陽気に過ごせばいいのに」
「そうだよな。後悔しないよう遊び尽くそうぜ永井」
「ああそうだな」永井はそう言うと表情を曇らせる。「でも後悔ってわけじゃなが、予言をあと一年ずらしてほしかったな」
「どうして?」
「来年ソニーから『プレイステーション2』が出るんだよ。それで遊びたかった」
「このドリキャスじゃだめなのか」
清水は手を止めると、いま自分たちが遊んでいる、ゲーム会社のセガから発売された家庭用ゲーム機、『ドリームキャスト』を手で指し示した。
「別にダメだって言うつもりはないぜ、清水。ただこのドリキャス、高性能というか時代を先取りしすぎた感があるんだよな。ネットに繋げてユーザー同士で対戦できるなんて画期的でおもしろいけど、その間、お前んところの工場に電話は繋がらなくなるし、それに料金も高くつくんだろ」
「どうせ死ぬんだから料金なんて気にしないでいいだろ」
「そう言って、先月料金払えず困ってたのは誰だよ」
「……その話はもう忘れたよ。それに今月には人類は滅びるんだ。だからもう料金は気にせずにいくらでも遊べる。ドリキャス最高だよ」
「ドリキャスもいいが、やっぱプレステ2で遊びたかったな」永井はため息をつく。
「まだ嘆いているのかよ。そんなのプレステ2はすごいのか?」
「すごいぜ。なんせゲーム機のくせに『DVD』再生機能がついている」
「それマジかよ!」清水が思わず声を大にする。
「ああ、マジだよ。ゲーム機なのにDVDが見れるってすごくないか」
「すげえよ。DVDっていったらあの画面がものすごく綺麗なやつだろ。この前、電気屋で見かけてすごく感動したよ。欲しいって思ったけどよ、DVDプレイヤーってどれもこれも五、六万越えるんだぜ。高すぎるよあれ。誰か車のトランクにDVDプレイヤーを置いといてくれないかな。それなら車上荒らしのついでにもらってあげるのに」
「トランクにDVDプレイヤー置くバカなんていないだろ」
「だよな」清水はがっかりしたように肩を落とした。「でもよ、DVDプレイヤーがあの値段なんだぜ。ゲームもできてDVDも見れるとしたら、下手したら十万は越えてしまうんじゃないか?」
「そもれでも買う価値はあると思うぜ。でもよ一つ欠点がある」
「欠点ってなんだよ、永井」
「それはDVDソフトを買わないといけないことだ」
「ああ、そうか。それはキツいな」清水が渋い顔になる。「DVDのレンタル店なんてないし、毎回見たい映画を買いそろえるのは金が掛かりすぎる」
「そうだろ。ツタヤあたりの大手がDVDのレンタルサービスを開始してくれないかな。そしたらもうビデオを借りずに済むし、巻き戻し忘れて店員に怒られる事もない」
「それいいね。いちいち見たビデオを巻き戻すの面倒くさいから助かるよ」
ふたりが世間話に盛り上がりながらゲームを続けていると、誰かが事務所のドアを開いて中へとやってきた。
「こんにちは先輩」そう言ってやってきたのは、宅配業者の格好をしたガラの悪い金髪の男だった。
「おじゃまします」続いてやってきたのは、これまた宅配業者の格好をしたガラの悪い茶髪の男だった。
「おお、お前らよく来たな。まあ座れよ」清水が言った。「この工場は俺の城だ。遠慮はいらないぜ」
ふたりは清水と永井が通っていた大学の後輩で、金髪の男は阿部シュンといい、茶髪の男は浜田ダイチという名前だった。ふたりは清水に言われた通りにソファーへと座る。
「先輩達、仕事の調子はどうですか?」阿部が聞いた。
「仕事?」清水は眉根にシワを寄せる。「仕事なんてしてないよ。一年前に親父が亡くなって工場を閉鎖したままだよ。それくらい知っているだろ」
「いや、そうじゃなくて、車上荒らしのほうですよ」
「ああ、そういうこと。上々だよ、なあ永井」
「ああ、うまくいっている。なかなかの稼ぎだぜ」永井は同意のうなずきを返す。「お前たちの方はどうなんだ?」
「どうって何のことですか、永井先輩?」浜田が聞き返した。
「大学の方はうまくやっているかって意味さ。また留年なんかしてないだろうな」
「それならご安心を」浜田は自慢の茶髪をかきあげる。「男らしくすぱっと辞めてきました。なあ阿部」
「ああ、もちろん」阿部も自慢の金髪をかきあげた。「だいだい人類は滅亡するっていうのに、クソみたいな大学にいつまでも通うなんてバカらしい。もうすぐ死ぬっていうのに、勉強するなんてバカがすることだ」
「お前ら賢いな」清水が感心したかのようにうなずく。「見直したよ」
「そうでしょ先輩。それで俺たち考えたんですよ。残された人生を楽しく生きるために大金を手にする方法を」
「それは何だ?」
「誘拐ですよ、誘拐。どうやら羽振りのいい夫婦がこの町にはいるようで、そいつの女房を誘拐して、そんで身代金要求して大金をゲットするわけですよ」
「誘拐されるのはどこのどいつなんだ?」永井が訊いた。
「ごめんなさい先輩」浜田が両手を合わせて謝った。「いくら先輩とはいえ、こればっかりは教える事ができません。先輩方から秘密が漏れるとは考えていませんが、誘拐計画は慎重に行わなければいけないので」
「別にあやまらなくていい。誘拐ならそれぐらいの慎重さが必要なのはあたりまえだ」
「ところで先輩方、もしよかったら誘拐計画を手伝ってくれませんかね」
「俺らが手伝わないでも、暇そうな緑川あたりを使えばいいじゃないか」
「じつはあいつ……」浜田はそこで言葉を切ると、言いにくそうな表情になる。「死んじゃったんですよ」
「えっ!」清水と永井の二人が声をそろえて言った。「どうして?」
清水と永井は深刻そうな顔つきでふたりの後輩を見つめる。何があったのか説明しろと、その顔は訴えていた。
「自殺ですよ、自殺」阿部が説明する。「ノストラダムスの予言で人類が滅亡することを知った緑川のヤツが鬱になっちまって、それでやけになって飛び降り自殺したんですよ」
「なんてバカなことを」清水は嘆かわしげに首を横に振った。「どうせ俺たちは死ぬんだ。だったらそのときまで、おもしろおかしく生きていけばいいのに」
「それで緑川のヤツ、どこで飛び降り自殺したんだ?」悲しげな表情の永井が訊いた。
「おふたりとも知っていると思いますが、この町の三大心霊スポットで有名な例の橋の上ですよ」浜田が答えた。「あそこよく人が飛び降り自殺するじゃないですか。それで幽霊がでるだのどうだの緑川と話していたら、次の日あいつそこから飛び降りちまったんですよ。なんか俺がそんな話をしたせいで、緑川が死んじまったみたいで……」
「気にするなよ浜田。お前のせいじゃない」阿部が慰める。「遅かれ早かれあいつは自殺していた。お前が気に病んでもしかたがない」
「わかっているつもりなんだがな。でもまあ、あいつが飛び降りたのが昼間でよかった」
「昼間でよかった?」清水が首を傾げる。「それはどういう意味だよ浜田?」
「あそこ橋の下は道路になっているじゃないですか。だから飛び降りた後、昼間ならそこを通る車に発見されるんですけど、もし夜なら気づかれずそのまま轢かれちゃうんですよ。しかもそこ人目がないから、轢いた車が逃げ出し、また別の車にひかれて、さらにその車も逃げ出してまた轢かれてを繰り返し、バラバラになることがあるんですよ」
清水はその光景を頭に思い描き、顔をしかめた。「そいつは見たくないな」
「なんか湿っぽい話になってしまったけど」阿部が言った。「そういうことなんで先輩方、手伝ってくれませんか?」
清水と永井はお互いに顔を見合わせると、首を横に振った。
「悪いが二人とも」永井が言った。「俺たちは車上荒らしのプロだが、誘拐はド素人だ。そんな俺たちが手伝えば失敗する確率が高くなるだけだぞ。すまないが手伝えない」
「そうですか。しかたがありませんね」浜田は気落ちした様子だった。
「落ち込むな。お前たちならふたりで充分やれるさ」清水が励ます。「もしなにか問題が起こったら連絡してくれ。そのときは力になるよ」
「ありがとうございます」阿部はそう言うと、にやついた笑みを浮かべる。「あーのー、ところで清水先輩。例の小麦粉、売ってくれませんか」
「いいぞ。ちょっと待ってろ」
清水は立ち上がると事務所の奥にある事務机に移動し、一番下の引き出しから手提げ金庫とはかりを取り出すと戻ってきた。そして手提げ金庫を開けると、そこにはいくつもの袋に分けられて収められていた白い粉があった。
「いつもの量でいいのか?」清水は確認する。
「ええ、お願いします」
数ある袋の中から一つの袋を取り出すと、清水はさじを使って白い粉をはかりの上へと載せる。そして重さを量り終えると、その粉を小さな袋に移しその口を紐で縛った。
「ほらよ」そう言って清水は阿部に小さな袋を手渡す。「今日は誘拐前の景気付けにタダでくれてやる」
「本当ですか先輩。ありがとうございます」
「いいってことよ。それよりもわかっていると思うが、俺が渡したのはただの小麦粉だ。誰かに見つかっても——」
「わかってます」阿部は清水の言葉を遮った。「これはただの小麦粉。決して怪しいヤクではない。もし万が一誰かに見つかっても黙っていますよ」
「それならいい」
「それじゃあ俺ら、そろそろ行きますね。お邪魔しました」
後輩の阿部と浜田が頭を下げて事務所から出て行くのを、清水と永井は手を振って見送った。
「なあ清水、あれって本当にただの小麦粉なんだろ。あいつら気づいてないのか」
「最初は九対一の割合で渡していたんだが、あいつら気づかないからどんどん小麦の量を増やしていってたら、結局小麦粉百パーセントになっても気づかなかった。それでもハイになれるのは、バカ特有の思い込みの激しさによるプラシーボ効果だろうな」
「ほんとバカはだまされやすいな。あいつらの誘拐、成功すると思うか?」
「どうせ失敗するだろ、バカだから。手伝わなくて正解だよ」
「だな」永井はうなづく。「さあゲームの続きをやろうぜ」
二人は再びゲームを再開する。




