第29話 Wedding party
私は大きく開け放たれた窓にもたれて、黄金色のシャンパンに口をつけた。
部屋の中央には、溢れんばかりの笑顔の2人が寄り添うようにソファに座っている。
「幸せそうだね」
私の右隣に、同じグラスを持ったマックスがやってきた。
その左手の薬指にも、私と同じ指輪が光っている。
「ほんと。私達にもあんな頃があったなー」
「まだ結婚式から3ヶ月しか経ってないじゃないか」
「そうだけど!結婚式って、終わってしまえば一気に遠い過去のことになっちゃうんだもん。
私にはもう二度とあの瞬間は訪れないのね・・・もっと楽しめばよかった」
「あはは。でも僕はあの時より今の方が幸せだよ」
またさらっとそう言うこと言うんだから。
もう。
恥ずかしくなっちゃうじゃない。
「ハルは?今、幸せ?」
私は夏の爽やかな夜風を思い切り胸に取り込んで、
「うん!」と大きく頷いた。
私とマックスの思惑通り、
私達の結婚式で寄りを戻した湊君と先輩が、
今日、結婚した。
いや、二人が入籍したのはもう3ヶ月ほど前のことだけど、
一昨日先輩がアメリカへ引っ越してきて、
今日この社宅の裏にある、私達が挙式したのと同じ教会で結婚式が行われた。
今は沢山の友達と一緒にホームパティの真っ最中だ。
私だけでなく、マックスもちゃんと招待されていることからも分かるように、
マックスと湊君は「一応」良好な関係を保っている。
まあ元々マックスは、あんなこと言われておきながら湊君を悪く思ってないし、
湊君もちゃんと私達の結婚式に来てくれて「どうなっても知らないからなー」なんて言いながら、
お祝いしてくれた。
マックスも湊君と先輩のことをとても喜んでいる。
湊君曰く、先輩と会えなかった2年間よりも、
再会から今日までの3ヶ月の方が長かったという。
それだけ、先輩がアメリカへ引っ越してくるのが待ち遠しかったのだろう。
白いシンプルなドレス姿の先輩は、昔とは随分変わった。
昔は・・・湊君と出会う前の先輩は、もっと肩肘張った女性だった。
それが湊君と付き合い始めてから変わり、
この2年3ヶ月でまた変わった。
相変わらずキリッとした顔立ちではあるけど、
その目は優しく、おおらかさを感じる。
ユリアちゃんなんて、私の結婚式で初めて先輩と会ったときこそ、
「この人が湊さんの彼女なんですか!?」と敵意丸出しだったけど、
今では「お姉様より『お姉さん』らしいです」と言って先輩にすっかり懐いている。
そうそう、今向こうの部屋でリザとケーキを食べてるそのユリアちゃんなんだけど、
私が結婚してアパートを出たのを機に、
なんと湊君の社宅へ転がり込んだ。
その理由は、
湊君と一緒にいたいから、ではなく、「お姉さんと一緒にいたいから!」。
と言っても一昨日までは先輩はまだアメリカに来ていなかったから、
実質湊君とユリアちゃんの二人暮らしだったのだけど、
もう湊君が貞操の危機に瀕することはなかったようだ。
先輩も先輩で、「妹ができたみたいで嬉しい」とユリアちゃんの居候を喜んでいる。
ちょっと。
先輩の「妹」は私よ?
せっかくこれから先輩との姉妹ライフを楽しめると思ってたのに、邪魔しないでよね!
だけどさすがのユリアちゃんも、
「お姉さんが引っ越してきてからしばらくは、ユリア、湊さんの家にいない方がいいですよね?
2人のお邪魔しちゃ悪いですよね?」
と、珍しく殊勝なことを言っていた。
でも、その心配は無用だった。
先輩が「どうせ2人きりじゃないから、気を使ってくれなくていいのよ」と言ったからだ。
マックスがシャンパンを少し飲み、ため息をついた。
「まさかミナトに子供がいたなんてね」
「今更何言ってるのよ。私達の結婚式の時に会ったじゃない」
私とマックスは同時に、
湊君と先輩の間にちょこんと座っているソレを見た。
いっちょまえにタキシードなんて着てるけど、
さっきこの家の大きな庭に大興奮して遊びまくってたから、
すっかりドロドロだ。
顔立ちは基本先輩似。
でも、クリクリした子犬のような目は間違いなく湊君譲り。
かわいらしいったらない。
「2歳だっけ?」
「うん」
「そうか・・・」
珍しくマックスが会話を続けてくれない。
ただひたすら湊君と先輩の子供に見入っている。
一方湊君も、私達や招待客のことなんて全然目に入っていない。
ただひたすら先輩と子供に見入っている。
今までずっと離れて暮らしてきたのに、
3人はまるでずっと一緒にいた家族みたいだ。
湊君と先輩の間に流れる空気も、恋人同士の情熱的なそれではなく、
このまま永遠に続くのではないかと思えるような穏やかで平和なものだ。
そして実際、永遠に続いていくのだろう。
私達のように。
マックスが視線はそのままに、突然話を変える。
「ミナト、凄く仕事を頑張ってるよ」
「そう、よかった」
「もうすぐ大学入試だけど、それは間違いなく受かると思う。
MBAも8年以内にちゃんと取るだろう」
「・・・マックス、羨ましいの?」
「え?」
「ふふふ、分かるよ」
声や話し方で、マックスが考えていることなんて手に取るように分かる。
忙しいマックスは、まだMBA取得を本格的には考えていない。
もちろんいつかは取るつもりだろうけど、
今まさに目の前で頑張っている湊君を見てると、自分も早く取りたくなるのだろう。
案の定、マックスは「また見透かされた」と言って笑った。
「でも僕もミナトに倣うよ」
「どういうこと?」
「MBAの前に、やることがあるよね」
マックスの視線はさっきからずっと同じ場所にある。
湊君がチラッと私とマックスの方を見て、子供に何か耳打ちをする。
子供はニコーッと笑うと、急に立ち上がって私達に向かって走り出した。
マックスの視線もそれと一緒に動く。
「どうしたの?」
私がかがみこむと、湊君の子供は大きな声の日本語でこう言った。
「オジチャン、オバチャン!早く僕のお友達を作ってね!」
オバチャ・・・!
私はギロッと湊君の方を睨んだけど、
湊君は「結婚したら春美さんも所詮ただのオバチャンですよ」と言わんばかりにそっぽを向いた。
湊君・・・。
あなた今、全ての既婚女性を敵に回したわよ?
「ハル?その子、今なんて言ったの?」
マックスが怒っている私を不思議そうな目で見る。
「べ、別に!」
すると湊君の子供は、今度はマックスに笑顔を向けた。
「Please make your baby!」
こ、こらこら!
そういうデリケートな問題を!
まあ、子供が言うと罪がないけどね。
・・・だから子供に言わせたのね?
湊君の子供はそれだけ言うと一目散にパパとママのところへ走って行った。
湊君は「ちゃんと言えたか?」なんて言いながら子供の頭をなでている。
「だってさ」
マックスが笑う。
「もう・・・」
「ま、僕は急がないけど」
「私も急がないもん」
「だけど2人ともそれじゃあ、いつまで経っても子供はできないね」
だから。
そんな遠まわしな言い方をしても、私には分かるんだって。
マックスが何を考えているのか。
私はシャンパングラスをマックスに渡した。
「お酒はしばらくやめた方がよさそうね」
「そうだね。僕も付き合うよ」
マックスが近くのテーブルにシャンパングラスを二つ、並べて置いた。
マックス。
またいつか一緒にシャンパンで乾杯しようね。
私達と、
私達の新しい家族のために。
――― 「Get married!」 完 ―――
最後まで読んで頂き、ありがとうございます!
タロウの他小説をお読みの方はお気づきかと思いますが、タロウの小説はあちこち繋がっています。このお話も1年以上前に別の小説を書いていた時から練っていた物で、ようやく日の目を見ることができました。
ちなみその「別の小説」というのは、マックスがチラッとだけ出てくる「先生の彼女!」という物です。
他に「Get married!」と繋がりのある小説としては、春美と湊が出てくる「I wanna be…」(R18の為、ムーンにて掲載)があります。「triangle」には大人になった湊も出てきます。もしご興味があればそちらもどうぞ。ありがとうございました。