悪役令嬢は振り返る
きっかけなんてあのささいなことしかないだろう。
いや、もしかしたら私が──だからなのかもしれない。そう思うと、すぐに諦めることができた。
ある日、いつもいつも執拗にまとわりついてくるマリア様がクッキーをわたくしに焼いてきたのだ。
あちら側は公爵令嬢でこちらは伯爵令嬢。
訳がわからないけれども純粋な好意──もはや執着とも言えるそれを無碍にするのも貴族令嬢としてできる訳がなかったし、無碍にしたら周囲がどうするのかわからなくて怖かった。
爛々と目を輝かせわたくしをじっと見つめるマリア様の前で食べることに忌避感を感じ、口元に運んだものの、食べるのを戸惑ってしまう。
とても美味しそうだし、彼女の作ったものなら私と相性がいいはずなのだが、こうも高位貴族に見つめられては食べづらい。
そうこうしているうちに、誰かに取り上げられた。
貴族令嬢の食べ物を奪うなんてどこの不届き者かしら、と睨みつけようとしてすぐさま得意なわたくしが1番美しく見える笑顔を咲かせる。
だって、そこにはわたくしの婚約者である侯爵子息のマイケル様が飲み込んだのが見えたから。
そしてマイケル様は見たことのない笑顔で微笑んだのだ。
そんな笑顔を真正面から直視してしまったわたくしはうまく言えないほど高揚感に包まれた。
そして、彼は聞いた。このクッキーは誰が焼いたのかと。
そんなわたくしは馬鹿正直に答えてしまった。マリア様ですわ、と。
それを聞いたマイケル様の視線はマリア様に向けられていた。幾分かの熱を込めて。
それからはあっという間だった。マイケル様はわたくしの隣にいながら、マリア様を見つめる熱量はどんどん増していったのだから。
もし、わたくしにマリア様と同じほどの権力やお金があったのなら、私が彼女だったのなら。
マイケル様と幸せになれたのだろうか。
わたくしの中で日に日に増えていく負の感情は、たとえ飼い猫のノースボールでも抑えられない。
いつか、伯爵令嬢が公爵令嬢を害したとなったら。間違いなく一家は断頭台に立たなければならない。ノースボールもどうなるのかはわからない。
ならば、その芽を摘んで仕舞えばいいのだ。
こうして、わたくしは毒を飲んだ。




