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第13話

せっかくの日曜日なのに俺は朝っぱらから登校している。

「なんでこんなことに…。」

俺は空き教室で上下灰色のスウェットに着替えながら一人、ため息をつく。

「バッカもーん!みなぎる若い力を爆発してこそ男だろ!

 貴様はどうしてそうもやる気がないのだ!」

ビスマルクが唾を飛ばして怒鳴るように言った。

顔を近づけてくるのを止めれ。

顔の濃さも相まって、圧がすごいのよ…。

「まぁ、まぁ、落ち着いて。」

瞳が、ビスマルクをちょっと遠ざけてくれた。

うん。

パーソナルスペースは大事だから!本当にな!

「せっかく綺麗な生足を見せない手はないと思うんだ。」

今度はシオンが喜々として左足のズボンを裾から太もものあたりまで、くるくる折り曲げていく。

「ぎゃっ。」

俺は慌ててめくりあげられたズボンを元にもどす。

「マジで…。てめー。何しやがる。ふざけんな!」

「えー…。こんなに綺麗でつやつやなのに。」

シオンよ…。人差し指を口にくわえて物欲しそうな目で見るの…やめれ。

こんなに潤っているのは、お前が毎日のケアをかかさないからな…左足だけ。

なんで右足はカサカサなんだよ…。

「男は素のままで美しいのだ!」

すかさずビスマルクが前に出てくる。

「荒々しさこそ男の美学!」

いや、だから…。顔が近いって。

背中に荒れた日本海を背負うのはやめろ。波しぶきまでの細やかな再現…すごいな。いらんクオリティ…。

あ、キスしそうじゃないか!!マジで顔が近い!!お願い…。離れて…。

ビスマルクの血走った目が怖くて俺は思わず目を閉じる。

あ、これはキス待ち顔じゃないからな!勘違いするなよ!

「な!貴様!愚弄する気か!!」

益々ヒートアップしたビスマルクを瞳が羽交い絞めにして俺から引き離す。

瞳!グッジョブ!

そもそもスキンケアはちゃんとした方がいいと思うんだ。

右足だけカサカサと乾燥しているのもどうかと思うよ…。体のコンディション的に。

「ぬぁーーーんーーだーとー!」

ああ!ごめんなさい。ごめんなさい。

怖いし…。

うん。もういいや。好きにして…。

それよりも…。

あーーーーー。行きたくない。けれど行くしかない。

俺は深いため息をついた。

うじうじしても仕方ないかー。

ペットボトルの水と体育館シューズを持って俺は空き教室を後にする。

今日は新聞部の先輩に頼まれてダンス部の取材を行う予定だ。

先輩の補佐をすればいいんだろうと軽く考えていたら…。おどった感想が聞きたいと先輩に頼まれて…。

なぜか俺が1日体験入部をするはめに…。

なんで俺なんだよ。マジで…。

ダンスとか…絶望しかない。

しかもヒップホップだと!?

無理でしょ。

体にビートを刻むって…なんだよそれ。できないよ。

コンテンポラリーよりはましだけども…。

いや、どっちも無理だな。うん。

俺、絶対奇妙な動きをして、見知らぬダンス部員たちに笑われる…。

あー…。嫌だ…。

「安心して!僕らがついてるよ!」

瞳がいい笑顔でガッツポーズをとる。

いや…何もしなくていいから…。

むしろ…お願いだからおとなしくしててください。

「何を言う!今日は我々のポテンシャルをお前自身に分からせてやるいい機会だ!

 本来の秘めたる力をおまえは思い知るがいい。」

ビスマルクが自信満々にふかしてくる。

もう…。不安でしかない…。

おうちに帰りたいよー…。

このスウェットだってさ。運動するために買ったんじゃないんだ。

ドラマの主人公がニートのユニフォームだって言ってたからさ。俺も欲しくなって同じものを買っただけなんだ。

本来は、家でゴロゴロする用のものなんだよ。

なんてったって、ニートのユニフォームだからな!

これを着てアグレッシブに運動する気力なんて1ミリも持ち合わせていないのに…。

「うじうじしないの!」

瞳にスパーンとハリセンで頭をはたかれた。

日々雑になっていく扱いに俺はチベットスナギツネの顔になる。

俺はふらふらと体育館へ足を踏み込んだ。

3FのA教室がダンス専用ホールになっている。

授業でも利用するのだが、一面が鏡張りになっている為、自分の体の動きを確認しながら練習できるちゃんとした施設だ。

「お!きたな。こっちこっち!」

新聞部の中村先輩が笑顔で手をふっている。

先輩、ちくしょーー。お気楽だな…。

中村先輩はダンス部の顧問、鈴木先生といっしょにいる。鈴木先生はフレッシュな新米の男性教師だ。生徒からとても人気があると聞いている。

中村先輩が、「今日、取材のために体験入部をさせていただく山根です」と、俺を紹介した。

「今日はよろしくお願いします」と、俺はぺこりと頭を下げる。

鈴木先生はうなずいて、

「初心者の為の補講レッスンだから参加しやすいだろうと思って、体験日を今日にしてもらったんだ。

 この後時間になったら、準備体操をしてアイソレーションの後に簡単なダンスをするから、まずは見よう見まねでやってみてくれ」と、言った。

俺はうなずくと、一礼してその場を離れた。そして、時間までダンスホールの隅にちょこんと座って待つことにした。

部員がちょこちょこと集まり始めている。

鈴木先輩は部員に取材で話を聞いている。

ヒップホップとか…未知の領域すぎる…。

俺は頭をかかえた。

「まかせろ、まかせろ」とやる気満々の俺の部位達の異常なはりきり方が恐ろしい…。

気づけば俺は、不安のあまり体育座りでうつ向いていた。

頭の中でドナドナの歌がかかり始める。

俺は子牛の気持ちになって時が来るのをおびえていた。



「さぁ、みんな!気合を入れるために円陣を組もう!」

瞳の元気な声が響く。

つっぷした頭をそろりと上げて横目でうかがうと、実体化した俺の部位達が大集合。

神経線維の姿のままで実体化したやつとかいる。リアルにグロイ…。止めて…。

「うるさいなー。ユキピロ。」

瞳はぶつくさ言いながらも、みんながファンシーな姿に変わるようにお願いしてくれた。

モフモフチェンジに成功した部位達は、モコモコふわふわのぬいぐるみ姿になってかわいらしく円陣を組んでいる。

くまさんに、うさぎさん、コアラにパンダもいる!いいじゃないか!

これなら見ていてかわいらしい。

はっ。ちがう、ちがう!

流されるところだった。

止めなきゃ!

「あのー…盛り上がっているところ…非常に申し訳ないんですけど…。何もしなくて結構です。」

俺は低姿勢でお願いしてみた。

「大丈夫だ。何も心配ない!ただ、我々の動きにその身をゆだねればよい!」

ビスマルクがどーんと煙とともに現れて、胸をたたきながら刺激的すぎるウィンクをよこす。

別の意味でズキューンときた…。

誰得なサービスだよ…。それ、いらないから。

もう…。俺の話を聞く気ゼロじゃん。あああ。

俺を無視して、ビスマルクが円陣に堂々とはいっていって野太い声をあげる。

「いいか!よく聞け!魂をこめろー!」

「おう!」

「見せつけてやれー!」

「おう!」

「ぶちかますぞー!」

「おう!」

最後はみんなで揃っていっせいに「どーん」と右足を床にたたきつけて、いい感じに声かけが終わった。

俺はあきらめといらだちで気持ちがずーんと落ち込んだ。

一体誰にかますんだよ。とほほ。

「時間だ!始めよう。」

鈴木先生が2回手をたたく。

ストレッチをしていたダンス部員たちが、機敏に鏡の前に並んだ。

それぞれすでに定位置があるらしい。

おれは一番後ろの列の隅におじゃまさせてもらう。

ヒップホップの音楽がスピーカーから流れだした。

ドゥン、ドゥンと響く重低音が体に響く。

どうやらここは音響も整備されているようだ。

「まずは首から。one、two、three‥」

先生が流れるラップに乗せてカウントをとっていく。

まずは準備運動から始めるみたいだ。

たかが準備運動がなんだかかっこいい。

ヒップホップ系男子がある種の層にモテルのが分かった気がする。

俺はなんとか先生の真似をする。

意外となんなくついていける。

音楽と体を合わせる作業は思ったよりも楽しくてちょっと驚きだ。

俺もしかして今、体にビートを刻んでいたりするのか!?

「次はアイソレーション。one、two、three‥」

これは体の部位を動かして体をほぐしていく作業のようだ。

うぬ。

動かしたことのない体の動きをするんだな。

体のどこに力をいれてどんな動きをすればいいのか、先生を見ているだけじゃ分からない。

見よう見まねで何とかついていこうとすると、「今こそ、僕たちの出番だね」と、聞きたくない瞳の声が頭の中で響いた。

その瞬間から俺は体の主導権を奪われた…。

うそだろ!?

最悪だ。

「やあ、やあ、我こそは右肩なり。ピロユキの助太刀の為、ここに見参!」

初登場の右肩くんが俺の右肩をうまいこと動かしていく。

続いて登場したのは左肩くんだ。そうして、あちこちの部位たちが、それぞれ名乗りをあげながら楽し気に現れる。すると俺の体は信じられないくらい神がかった動きになっていく。

そうなると、先生に劣らない滑らかな動きをする初心者が現れるというおかしな事態になるわけで…。

「山根くん、本当に初めてなの?素晴らしいね」と、鈴木先生が手放しでほめてくれる。

ダンス部員の目が一気に俺に集まった。

は…恥ずかしい。

注目を集めると俺の部位達はますます張り切っていく。

そうして一連の流れがここに出来上がった。

何をするにも先生にいちいちほめられ、部員の視線を集め、さらに張り切る部位達という無限ループ。

踊りの振りに入ると益々上がる注目度。

そこに俺の意思はいっさい介在しない。

なんなの、マジで…。

「山根くん、かっこいい。」

「すごいね。」

「素敵。」

「キレッキレじゃん。」

人生で初めて女子からかけられる賞賛の言葉の数々と羨望の眼差し。

更には、男子から向けられる嫉妬が宿るぎらついた目線。

俺は単純に喜べるはずもなく…。

だって、俺の実力じゃないし…。ある意味実力なのか!?

俺だけの力でまた同じことするのは無理なわけで…。

変に目立つといいことなんてあるはずないじゃん!?

ひきつった表情のままに俺の体はキレッキレな動きをし続ける。

「すごいでしょー!やるでしょー!」

部位達はますます得意満面になり、しまいには「ユキピロ―!」と絶叫連呼の大合唱を始める。

なんだ、コレは。

キャパオーバーで気が狂いそうだ。

口から魂が抜けていく感覚ってこんな感じかな。

俺は自分の瞳からハイライトが消えたのを自覚した。


「よし、15分の休憩をはさもう。」

鈴木先生が声をかけると音楽はいったん止められた。生徒はそれぞれ水を飲んだり、トイレに行ったりしている。

俺もダンスホールの隅へとひっこんで立ったままペットボトルの水を飲む。

くーーっ。

乾いた体に染み渡る。

美味しい。

「ふーっ」と深呼吸をすると顔の汗が新たにしたたり落ちた。

ちらっと鏡をみると、全身汗だくでグレーのスウェットがところどころ濡れていた。

ちょっと恥ずかしいな…。

「ユキピロ、すごくよかったよー!

 鈴木先生もダンス部員もみんなが褒めてたねー。鼻が高いなー。」

瞳がウキウキと話しかけてくる。

「俺の力じゃないけどね。」

俺はむっつりと答えた。

「何を言っているのさ。ユキピロの力だよ。

 ほら、目を閉じてごらん。

 さっきの体の動きを思い出して。」

言われて目を閉じる。

脳内で体が動いた時のイメージを再現する。

不思議なことに俺は体の動きを全て覚えていた。

筋肉の動きも…。

すごい!マスターしている。

俺もう、踊れるじゃん!

マジか。

裏技すぎる。

こんなんでダンスを踊れるようになっていいのだろうか…。

「いいのだ!」

瞳が右手の親指をぐっと立てて、にやりと笑った。

いや…。よくないだろうよ…。

「いいんだってば!

 ダンスは、現時点で開花したユキピロの唯一の才能なんだから!

 僕らはちょっと、いやかなりお手伝いをしたけれども…。

 ちょーーーっとだけ近道しただけで、いずれは習得できていたはずだから!

 うん。問題ナッシング!」

本当に?

それにしても、唯一の才能って…もっと他の才能はないのかよ…。銀子みたいなやつ。

「一つあるだけでも、素晴らしいことだよ!

 だから、体のみんなはユキピロに眠れる才能を知って欲しくて、すっごく張り切ったんだよ。

 もっと、自分に自信をもって欲しくてさ。

 ユキピロも音楽にのれて、楽しかったでしょう?」

「確かに。

 うん。

 すごく楽しかった。」

そうか。

俺にも一つ得意なものがあったんだな。

心地よい疲労の中、心の奥底からぽかぽかと嬉しい気持ちとワクワク感が湧いてくる。

知らず知らずのうちに、俺は右足のつま先で地面を打って、ダンスのカウントをとっていた。脳内イメージで、一人自由に踊る。

こんなんじゃ、まだまだ足りない。

俺は、踊ることを渇望していた。

「よし、時間だ。再開するぞ。」

鈴木先生が2回手をたたく。

「田中前に出てこい。」

左側の頭髪だけを短く刈り上げた中に、2本の剃りこみの入った、個性的な髪型の男子部員が鈴木先生の隣に立った。

来ている黒のウェアーがすごくかっこいい。

本格的にヒップホップをやってます感がゴリゴリ出ている。

顔つきも、強面でゴロツキ感満載だ。ちょっと怖い。

先輩だよな?

「今日はレギュラーチームのメンバーは午後からのレッスンだが、田中だけにはちょっと早めに来てもらった。

 田中、コンディションは問題ないか?」

「はい。大丈夫です。」

「よし、それじゃ今から一曲、フリーで踊ってみてくれ。

 みんなは田中の踊りからぜひとも、盗めるものを盗んでくれ。

 ダンス部のエースだ。いいお手本となるだろう。」

そうして、田中先輩の演技が始まった。

圧巻だった。

ただひたすらかっこいい。

あ、あの技は俺もできそうだな。

俺は田中先輩から片時も目を離さずに、体は動きをコピーしていた。

うん。やれそう。

そんな感じで見ている間に俺はいくつか新技を会得していた。

自分で、自分の天才っぷりがヤバい。

万能感に酔いしれそうだ。

田中先輩の演技が終わると、割れんばかりの拍手がダンスホールに轟いた。

あまりの大音量に驚いて、ホールを見渡すといつの間にかギャラリーがたくさんいて…。ちょっと、意味が分からない。

バスケ部の男子やバレー部の女子もいるし…。

なんでみんな練習着のままなの?

慌てて駆けつけてきた感じなのかな?

別の部の生徒が勝手に入ってきて見学するのってありなの?

田中先輩って、それほど有名人なの?

驚愕のあまり色んな疑問が浮かぶ。

まじまじとギャラリーを見渡していると、なぜかいるはずのなさそうな本山と目が合った。

なんで、おまえがここにいるんだ?

俺が首をかしげるのとほぼ同時に、本山も変な顔をして首をかしげている。

いや、だからなんでおまえも、腑に落ちないって顔をしているんだよ…。

「鈴木先生、せっかくだから、新聞部のルーキーにもフリーで踊ってもらいましょう。」

田中先輩が突然、やけに爽やかに言い放った。

はい!?

え?おかしくない?

俺、単なる体験入部だから!

何をぶっこんでくれちゃっているの?

「お!いいね!

 山根君は筋がいいからなー。俺も可能性をみてみたい。

 お願いできるかな?」

えーーーーーー!!ちょっと鈴木先生!?

いや、おかしいでしょう。

俺は無言で首を横に激しくふる。

すると誰からともなく、「やーまーねー!やーまーねー!」と言う、コールが始まった。

悪乗りしたギャラリーがすぐさま手拍子を加えて、やがて大音量のコールとなってホールに響く。

うそでしょ?

「これはもう、後には引けないね…。」

瞳が同情をこめた言葉とは裏腹に、ウキウキしながら俺の背中を押す。

俺はダンスホールの中央に進み出て、よくわからないままに一礼した。

「よし、じゃ、同じ音楽をかけて!」

鈴木先生の合図でスピーカーから曲が流れ始める。

「僕らに任せて!」

瞳が言うやいやな、流れだした音楽に合わせて俺の体が勝手に躍動し始める。

「まずは、田中先輩の踊りの完コピから始めるよー。

 ユキピロ、集中して!体の動きを完璧にマスターするんだ。

 最後のサビだけはユキピロに自由に動いてもらうから、それまでに覚えてね!」

俺の体は細部にわたるまで、田中先輩の先ほどのパフォーマンスを寸分の狂いもなくなぞっていく。

俺がさっき、難しいと思っていた技も難なくクリアする。

すごい!

これは、実地で教えてもらっているようなものだ。

できないと思えたダンスの動きが簡単にインプットされていく。

うん、もう自分のものだ。

楽しい。

俺は音楽と自分の体にだけ全神経を注ぐ。

純粋に踊るということに没頭していく。

もう、ゾーンに入っていた。

「ほら、最後のサビだよ。

 ユキピロ、自由に踊って!」

体の制御が俺の元に返ってくる。

解き放たれた体。待っていたとばかりに、俺は自在に操った。

音楽のイメージのままに今までに覚えた体の動きを自由に組み合わせて踊っていく。

体が喜ぶまま、欲するままに。

一種の酩酊状態なのかもしれない。

脳内は麻薬物質できっと溢れかえっているんだろう。

異常にハイで、楽しくてしょうがない。

俺の為だけの時間。

全力をだしきった。

我に返った時には音楽の終わりとともに俺の体は停止していた。

一瞬の静寂の後に、ダンスホールに溢れかえる拍手と喝采。

指笛を吹いている人もいる。

周りをゆっくりと見渡せば、先ほどよりも見学者の数が増えていることに気が付く。ダンスホールはいつの間にか人で溢れかえり、ぎゅうぎゅうだった。

スマホで俺を勝手に撮影している生徒もいて…高揚した気持ちがとたんに下がっていくのを感じる。

不快だ。

「ブラボー!」

鈴木先生が暑苦しいくらいに手をたたき、叫んでいる。

ブラボーって言う人を初めて見た。

何語だっけ?イタリア語だったかな?

熱気に沸いた室内は気温が急上昇している。

整わない息を落ち着けようと、俺はその場へ崩れるように腰を落とした。

俺に集中する視線がうざったい。

「ほら、関係ない人は出て行くように。」

鈴木先生が2回手をたたくと、興奮冷めやらぬ様子で、ぞろぞろとギャラリーがホールから出て行く。

体中から汗が噴き出して、心地酔い疲労に瞼が重くなる。

とんとんと、足音が近づいてきて、黒いごついシューズがうつ向いた俺の視界に入った。

見上げると、田中先輩が俺に手を差し出している。

俺はその手をとると引き上げられた。

立ち上がると、田中先輩は興奮気味に俺の背中をぽんっとたたいた。

「まさか、俺のオリジナルを初見で完コピされたうえに、最後のサビでアレンジを加えられるとは思わなかったぜ。

 おまえ、すごいな。天才だな!」

先輩の手放しの賞賛が面はゆい。

「ありがとうございます。」

俺は肩をすくめて言った。

「スマホアプリのID交換をしようぜ。今後は部活とか関係なく、ダンスをいっしょにやろう。」

「あ、はい。お願いします。」

俺は言われるままに先輩とスマホの連絡先を交換する。

これから始まる田中先輩との交流が嬉しくて、スマホを持つ手がちょっと震えてしまった。

その後、一通りの体験レッスンを終え、整理体操を終えると今日のミッションは完了した。

なんて濃い入部体験なんだ…。

もう、疲労困憊だ。

帰り際にダンス部員の皆さんから、好意的に話しかけられ、おどおどしてしまう。

恥ずかしくも嬉しかった。

鈴木先生から、ダンス部へものすごい熱量で勧誘される。

なんとか「入部の件は持ち帰って熟考します」と答えつつも、どうやって煙に巻こうかと頭を悩ます。

気持ちはありがたいんだけど…。

ようやく帰ろうとしていると、今度は新聞部の中村先輩が、満面の笑顔で話しかけてきた。

「いやー。びっくりだわ。

 おまえやるなー。

 これは今回の体験コラム、絶対にバズるな。気合の入ったやつを、一つよろしくな!」

本当に他人事だよな、この人。

人の気も知らないで…。

俺は引きつった笑顔で了承する。

そうしてようやく俺は、疲れた体でふらふらと着替えのために空き教室へ向かう。

「ユキピロ、嬉しい!よかったね!最高だったよ!もう本当に感激だー!」

瞳がおおはしゃぎでまとわりつくのをまんざらでもなく相手にしていると、しみじみと喜びが湧いてくる。

うん。俺、本当によくやった!頑張った!

高揚感に酔いしれていると、ふいに「ユキピロー」と、声をかけられた。

ジャージ姿の本山が空き教室の前に立っている。

「おう!」

俺は手をあげて本山に駆け寄る。

「部活はもう終わったの?」

「うん。ユキピロも終わったみたいだな。

 いやー。ダンスすごかったな。我が目を疑ったよ。とんでもない活躍だったな。」

「ちゃかすなよ。」

俺は本山の背をはたく。

教室に入って制服に着替えようとすると、「もう、その恰好でよくない?帰るだけだし」と本山に言われ、それもそうかと着替えずにカバンの中へ色々と持ち帰るものを詰め込む。

「なんで、おまえまでダンスホールにいたんだよ。」

「それがなー。今日、バスケ部は午前練習のみでさ。部活が終わってちょうど一年で片付けをしていたら、ダンス部の一年がスゲー騒いでてさ。」

「なんて?」

「『新聞部から道場破りが来た!みんな、見に来い』って体育館で言って回っていた。」

「はぁ?」

「それでちょうど部活が終わったやつらが、みんなして面白がって見に行っていたから、俺もついて行ったってわけ。

 ユキピロが取材で体験入部するのを知っていたから、まさかと思いながらも気になってさ。」

「えー。なんだよそれー。」

俺は頭をかかえてうずくまった。

だから異常な盛り上がりと熱気に満ちていたんだな。

なんてふざけた真似をしてくれたんだ!

誰の仕業だよ。

「お疲れ。」

本山が冷えた炭酸飲料のペットボトルを差し出した。

本山、おまえ…本当にいいやつだな。

「ありがとう。」

俺は受け取るとすぐにキャップを開けて口をつける。

うまい!

弾ける炭酸レモンが心と体に染み渡っていく。

俺は心の中でホロリと涙した。


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