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第12話

今現在、俺と本山は作戦会議の為に、お昼休みに二人で屋上に来ていた。

「ユキピロ。初めての彼女の実家訪問には、やはり菓子折りがいいかな?

 なんとしても銀子のご両親には、よい第一印象を持ってもらいたい!さっそく、結婚の挨拶を考えないと…。」

はい。つっぱしってまーす!

どうして本山は銀子のことになると頭のねじが一本とれてしまうんだろう。

そこだけは、本当に残念なやつだ。

「落ち着いて…。そもそも本山は銀子とつきあっていないでしょう。」

「む…。いつでも結婚の用意はできている…。」

いやいや。自分の食い扶持も稼げていないでしょうが。親の脛をかじっている状態で、何を言っているのさ…。

「心外な」って顔しない…。美形はすねた顔も様になるのな…。

「確かに、本山の言う通り、手土産は必要だよね…。

 それは陣さんに聞くのが一番だと思うんだ。俺らで考えるより、きっとぴったりなものを選んでくれるんじゃないかな。3人でお金を出し合ったほうがいいものを買えるしね。」

「でかしたー!」

テンションのおかしい本山にいきなり抱き着かれた。

「ばか!落ち着けって…。弁当がひっくりかえるじゃないか…。」

俺は本山の頭をはたいた。

「ごめん。ごめん。これで一つは問題が解決したな。よかった。」

「え?何かほかにも問題があるんだっけ?」

「私服だよ。」

いや…。おまえその外見で…何を言っているんだ。本山なら何を着ても問題ないだろうよ…。俺と違ってな!?

「俺さ、スーツをもっていないんだよな…。よし!ゆきぴろ、一緒に買いにいくか?」

え?俺がスーツをもっていない前提なのおかしくない?…持ってないけどさ。

「いや、スーツって…。却下だ!

 ぼけかなのか?結婚の挨拶ネタをひっぱるのをやめれ。

 テンションがあがるのは分かるけど、絶対前のめりになるんじゃないぞ?

 普通の私服で行こう。

 それより、今ふと思ったんだけど…。俺はランチに落とし穴がある気がしてきた。」

「え?何か問題あるか?飯を食うだけだろ?」

「銀子がさ、シェフって言っていたじゃん。…シェフというからにはさ。フレンチなんだと思うんだよね。」

「…フレンチか。テーブルマナーか…。ヤバいな。」

「そうなんだよ。俺はそんな高級なもの口にしたことなんてないぞ…。かろうじて両端のカトラリーを使えばいいってことを知っているくらいでさ…。」

「わー…。フィンガーボールの使い方とか分かんねー…。」

「それな!」

「とりあえず、動画を観て予習するしかないな…。」

「だな!」

俺はスマホを取り出し、テーブルマナーで検索をかけた。本山もいっしょに俺の手元をのぞき込む。

動画が始まると…アテンドしてもらった時の美しい座席の座り方の講義が始まった…。

俺は無言でスワイプする。

次の動画はナプキンの使い方の説明が流れてきた。

「こんな感じの動画を何個か見たらいけるんじゃない?」

俺は明るく話しかけたが、本山はなぜか死んだ目をしている。

「ユキピロよ…。俺は気づいてしまった…。」

「…え?こわいな…。なんだよ?」

「これ…。和食のパターンもあるぞ…。せっかく和洋の両方を勉強しても、当日は中華だったりするかもしれないしな…。」

「げ…。ありえる。

 もう…これは、付け焼き刃は無理だな…。せめて銀子にランチにテーブルマナーは必要なのかを正直に聞くのが一番な気がしてきた。俺、聞いとくよ。後、陣さんにも手土産の相談で連絡をいれとくし。」

「マジか…。助かる。それなら俺は、今日は部活をさぼって髪を切りに行ってこよう。」

「え…。それ、明日になったら部員の皆さんに本山が部活をさぼったのが確実にバレるパターンだよね…。

 先輩や顧問に怒られるよ…。やめときなよ…。」

「む…。じゃ、部活が終わってから行くかー。

 予約しとこー。どこのサロンにしようかな…。」

本山はスマホを取り出し操作しながら聞いてきた。

「やっぱり、七三に分けれるような髪型がいいよな?清潔感がよりでる感じで…。」

「どこのサラリーマンだよ!!

 おまえ、今のテンションで髪を切るのはやめときな…。絶対後悔するから。

 今のままでおまえは十分、清潔だしイケメンだ!」

恋愛脳って本当にこわいな…。

「えー…。そうか?うーん。そうか…?じゃ、やめとくか?」

ポケットから鏡を取り出した本山が自分の髪型をあらゆる角度から吟味し始めた。

手鏡を持ち歩くのって…普通なのか!?

俺は地味に衝撃をうけた。

「確かに、どこから見てもイケメンだな。」

そう言って、やつは俺にウィンクをかましてきた。

だから、イケメンの無駄遣いをやめれ!

「自分で言うな!」

「ははは。」

本山の軽やかな笑い声が屋上に響く。

青空が広がり解放感に溢れている。

俺は牛乳にストローをつきさした。

「本当にユキピロは牛乳が好きだよなー。」

何気なさをよそおって、本山が口にする。

俺はまたスルースキルを発動する。

…恒例のやりとりになってきたな…。

本山よ。おまえは俺がいじられたくないのを絶対に分かっていて、あえて言っているよな…。

それからは、だらだらしゃべりながら過ごして、俺たちは昼休みを終えた。



銀子のお宅へ訪問する日がついにやってきた。

事前に銀子に聞いたところによるとテーブルマナーは気にせず楽しく食事をしてほしいと言われた。ちなみに、ランチはフレンチらしい。好きな食材を聞かれたけれど、答えられるわけもなく…。おまかせでお願いしてみた。

現在am10時。駅のコンコースで本山と陣さんと3人で待ち合わせをしている。

陣さんにも事前に手土産の相談をした。快く買い出しを引き受けてくれた。ありがたい。

準備は万全だと思う。たぶん…。

よくよく考えたら友人のお宅へ遊びに行くこと自体が初めての体験だ。ドキドキ、わくわくする。しかも銀子だしな。どんな大邸宅に住んでいるのやら…。

約束は10時半なのだが、俺は待ち合わせ場所に30分も早くついてしまった。

俺もたいがいうかれているよな…。ちょっと恥ずかしい。

待ち合わせまで何をして時間をつぶそうかと考えていたら、本山がすでにコンコースにいるのが目に入る。

おまえが浮かれないわけがないよな。張り切る俺たち…青いな。

本山の私服を俺は離れたところからじっくりと観察した。赤のキャップをかぶって、白のTシャツにジーパンを合わせている。靴はなんだかおしゃれなスニーカを吐いている。腕には目に鮮やかなレモンイエローの時計をはめている。キャップの赤とジーパンの水色と腕時計の黄色が鮮やかで目をひく。刺激的な感じだ。

信号機かよ…とか思っちゃったのはひがみでしかない。

悔しいけど、普段よりもよりいっそう、めちゃくちゃイケている。

ジャージ姿ですらかっこよく見えてしまうからな…。そりゃ、そうだよな。

やつは、イケメンオーラ全開で、行きかう人達の視線を独占していた。

よかった。スーツ姿で髪型が固めた七三だったらどうしようかと思っていた。

それは、それで思い出深いのか?

いやいや…。そんなサラリーマン姿の隣に俺は立ちたくないぞ!

想像して俺は首を横にブルブル振った。

「おはよう!」

俺が近寄って声をかけると、スマホを見ていた本山が顔を上げた。

「うっす!」

「待ち合わせの30分前にすでにいるおまえは…一体何時に来たんだ?」

「いや…。そわそわしすぎて…家にいても落ち着かなくてさ。9時にはここに着いていた…。」

照れくさそうに顔を背ける本山が、なんだかかわいいぞ…。

「バカなの?」

おっと。思わず本音が出てしまった。

「うっせーな!おまえだって、30分も早く来てるじゃん。」

ちらりと腕の時計を見て本山が言った。

そして、俺に軽くけりをかまそうとする。

「へへへ。」

俺はそれをさっとよけながら…よけきれずに笑った。

「陣さん、はやく来ないかなー。」

おっと、心の声が口に出てしまった。

思わず口を両手で抑えると、本山があきれた顔をした。

陣さんの私服姿…。どんな感じかな…。ドキドキする。

「おーい。ユキピロ…。戻ってこーい!」

俺の顔の前で本山が大きな手をひらひらさせている。

いかん。

俺は意識を本山にあわてて戻して言う。

「テーブルマナーは別に気にしなくていいって銀子が言っていたけどさ。

 どうせ本山のことだから、昨夜は徹底的に予習してきたんだろう?」

「当たり前じゃん。好きな子の前で恥をかきたくないもんな。」

「だな。俺も昨夜は寝る寸前まで動画で予習してきた。」

「この後、全員が集合したら、銀子の家のおかかえ運転手に銀子のうちまで、送ってもらう流れであってる?」

「うん。あってる!きっとロールスロイスだよ。」

「マジか。すごい。俺、ロールスロイスに乗るの初めてだ!ヤバい。テンションあがってしょうがないな!」

「だよな!しかもクラシックカーだからなー。ロマンだよなー。」

二人で盛り上がって話をしていると30分なんてあっという間だった。

時間どおりに陣さんは現れた。

「ごめん。待たせちゃったかな?」

陣さんのちょっとハスキーな声に振り向いてその姿を見た瞬間、俺は固まった。

ふりふりの白いワンピース姿。

斜めにかけた黒のショルダーバッグはエナメル質でテカテカしている。靴も同じ質感でテカテカ。

おぉぉぉーーーー!!かわいい!!

ふわふわしている。

綿菓子みたい!!

俺の語彙力…が、がんばれ…。

「手土産ありがとう。持つよー。」

俺がほうけている間に、本山がさらっとイケメンぶりを発揮する。

…ちょっと悔しい。

「ありがとう。」

陣さんが渡したのはトラのロゴが印刷された紙袋だった。

「羊羹なんだっけ?」

俺が聞くと、陣さんはニコっと笑いかけてくれた。

あぁぁぁーーーーーー!!

ズッキューン!!!

かわゆす!!!

「そう。銀子は意外と和菓子が好きで、このトラ印の羊羹に目がないって前に話していたから。」

「そっかー。買い出しありがとう。助かったよー。」

「ううん。全然大丈夫だよ。」

くぅ。

どこから、どう見てもかわいい。

俺は顔中が溶けそうなくらいデレデレしている自信がある。

これはまずい。

もっとキリッとしなくちゃ…。

「女子とこんなに会話できるなんて…。ユキピロ…成長したね…。」

ぱっと瞳が現れて、ウソ泣きをハンカチでぬぐうふりをする。

やめれ。

俺の至福の時間の邪魔をするな…。

この瞬間を永遠に心に刻むのだ。

「お!あれじゃない?」

本山が指で示す方向に以前目にしたロールスロイスのクラシックカーが止まっていた。

「おーーーー!」

俺たちは思わず、歓声を上げた。

ピカピカに磨き上げられたロールスロイスの運転席から、制服姿のお兄さんが下りてきた。

なかなかなイケメンだな!

「杉山さん、今日はよろしくお願いします。」

若い運転手とどうやら顔見知りのようで陣さんがぺこりとお辞儀をする。

俺たちもあわてて会釈した。

「みなさん、こちらこそよろしくお願いします。」

お兄さん、声もイケボだな!

陣さんが、俺らを振り向いて言った。

「私、ちょっと車に酔うから助手席を譲ってもらってもいいかな?」

「あ、全然大丈夫だよ。な?」

本山の答えに俺もうなずく。

今しかない!

俺は勇気をふりしぼって声をだした。

「俺、記念に写真を撮りたい。

 本山、とってくれない?」

ちょっと声が震えていたのは流してほしい。

にやりと笑った本山が差し出した手に俺はスマホを渡す。

天使のようにかわいい恰好をした陣さんと俺とのクラシックカーを前にした奇跡のツーショット。気の利く本山が何回もシャッターボタンを連打してくれた。

カーー!!お宝ゲット!これはもう、家宝だな!

まさに感無量!

俺が一人でじーんと感動していると杉山さんが、

「よかったら三人でどうですか。私がとりますよ?」

と、粋な提案をしてくれた。

俺たち3人は満面の笑顔でクラシックカーとともに写真に納まった。

通行人の視線がすごく気になったけど、俺は心を強く持ったぞ!

「後で、シェアするね。」

俺の言葉に本山と陣さんが笑顔でうなずく。

杉山さんは助手席のドアの前に立つと、まずは陣さんの為に車のドアを開けた。

レディファースト。流石である。杉山さんの真っ白な手袋が目に眩しい。

陣さんが慣れた様子で車に乗り込んだ。

俺は思わず、自分のスニーカーの裏を確認する。

うん。汚れてない。大丈夫だ。

そんな様子を杉山さんにも見られていて…ちょっと恥ずかしい。

杉山さんが笑顔で気さくに声をかけてくれた。

「さあ、どうぞ。」

俺たちのために開かれたドアから本山、俺の順番に後部座席へと意気揚々と乗り込んだ。

胸の高鳴るときめきがとまらない。

俺たちはクラシックカーに興味津々だ。まじまじと車内を見渡す。内装は独自にカスタマイズされているようだった。座席はとてもふかふかだ。

「かっけーー!」

隣で本山が興奮気味に叫んだ。

うん。俺も体中で赤い血潮が沸騰しているぞ!

クラシックカーが勢いよく動き出し、車内から眺める見慣れた町は特別なものに変わった。

車の知識が豊富な杉山さんに、俺と本山は競うようにして質問を投げかけていく。

時たま、陣さんのかすれたハスキーな笑い声が車内に響く。

カーッ!

超楽しい!

あっという間に貴重なクラシックカーでのドライブは終わってしまい、車は大邸宅の門の前についた。

杉山さんと守衛さんとのインターフォンごしの通話の後に重厚な門が開く。名残惜しいけれどもそろそろ車を降りるのかなと思いきや…。

車はその後、全く減速することなく、どんどんと進んでいく。

え?なんで止まらないのかな?

不思議に思って外に目をやる。

そこにはメインの道を真ん中にしてシンメトリーのヨーロッパ式庭園が悠々と広がっていた。

きちんと剪定された美しい造形の庭木。咲き乱れるたくさんの花々。

うん?夢かな?

あれ?ここは植物園かな?

俺は一瞬、杉山さんが行先を間違えたのかと思った…。

ここ…街中だよね!?

マジか…。山田家…半端ねー!!

俺と山本は互いに一瞬顔を見合わせた。

そして俺たちは無言のまま左右それぞれの窓に張り付いて、広大な庭の様子を凝視する。

まるで小学生みたいだけど…。

そうなっちゃうよね?

すごすぎる…。

敷地内をゆっくりと10分ほど車はすすんだのだろうか。彫刻の施されている大きな噴水を迂回した先に、レトロな洋館が現れた。

広大な敷地の割に建物はコンパクトに見える。

十分大きいんだけども。

もう、感覚がちょっとおかしくなってきている。

洋館は赤茶のレンガで建てられて、とってもオシャレな感じだ。

明治時代の建物様式にこんな感じのがあったような気がするな…。正しいかは、分からないけれど…。

玄関口で車はようやく止まった。

「お疲れ様でした」と、杉山さんが振り返って爽やかに言った。

「ドアを開けますので車内でお待ちください。」

「恐縮です」と、俺と本山は答えた。

まずは、陣さんが先に車を降りて、俺たちは後に続く。

玄関先には燕尾服を着た一人の初老の紳士がにこやかな表情でたたずんでいる。

もしや…この方は…執事なのだろうか…。

憧れのセバスチャン!!

杉山さんが俺たちに初老の紳士を紹介した。

「こちらはバトラーの川上竜之介さんです。

 これから先は川上さんが皆さんをご案内致します。

 では、川上さん私は車を戻してきますね。」

「はい。杉山さん、ご苦労様でした。

 皆様、ようこそおこしくださいました。

 バトラーの川上でございます。

 さっそく皆様をご案内いたしますね。こちらへどうぞ。」

去り行く杉山さんに俺たちは会釈した。

そして、川上さんに促されながらお屋敷の玄関に足を踏み入れる。

本山が陣さんにこっそりと手土産の虎印の紙袋を渡している。

「これは陣から、銀子に渡してくれる?」

「うん。わかった。」

本山よ!さりげない気配りのできる男だな。

憎らしいぞ!

ちょっと面白くなかったけれど、エントランスホールを目にした瞬間にその感情は吹き飛んだ。

まず、目に入ってくるのは燦然と輝く天井中央からつるされた巨大なシャンデリアだ。

俺は二回、ゆっくりと瞬きをした。

シャンデリアの先の高くて広い天井には、巨大な絵が描かれている。

天使がたくさん飛んでいるよ?

あれ?

ここはヨーロッパなんだっけ?

俺と山本は呆然と顔を見合わせた。


「お嬢様は中庭でお待ちです。こちらへどうぞ。」

うながされて、俺たちは先へすすむ。エントランスホールを出ると、回廊にでた。回廊は中庭をコの字型に囲むように続いており、等間隔に配置された縦長の窓から室内に差し込む外光が、外と室内をつなぐ空間をドラマチックに演出している。

「どうぞ。」

川上さんの開けてくれた回廊のドアより中庭へ出る。

ここまでずっと土足だ。…銀子の生活様式はどうなっているんだろう。

一日中靴を履いているんだろうか。

そこは日本庭園だった。

無理やり曲げられただろうくねくねした松や、置石が独特の雰囲気を醸し出している。

東屋が見えるが、こちらは中華式だった。

この家のコンセプトが分からぬ…。

その立派な東屋で、グラサンをかけた銀子と小学生くらいの少年がお茶をしている。

メイドさんに耳打ちされた銀子がこちらを振り向き、「いらっしゃい」と手をふった。

銀子は優雅に立ち上がって、こちらに近づいてくる。

ホットパンツにキャミソール姿。

なかなか露出が多いのな…。

すらりと長い手足にシミ一つない真っ白な肌。グラサンで顔が見えないと、極上の美少女に見える。

グラサンの威力ってすごいな。

俺が感心していると、本山が突然鼻を右手で押さえた。

どうした?

見ると地面にぽたぽた何かが落ちている。

あれ?赤い?

驚いて本山をみると鼻を押さえた手の隙間から赤いものが染み出している。

それはどんどん溢れていって、本山の真っ白なTシャツを前衛的な模様へ変えていく。

ええええ?

鼻血を吹いてる!?

「大丈夫?」

銀子が駆け足で近づくと、ますます本山の鼻血の勢いがましているような…。

本山…。そんな漫画みたいな…。

俺はとっさに本山と銀子の間に立ち、本山の視界から銀子を遮った。

「はい。ティッシュ。」

陣さんが差し出すティッシュで鼻を抑えた本山は顔を上に向ける。

その間、俺は陣さんからもらったティッシュを割いてまるめていく。

しばらくして、本山の出血がおさまったので、まるめたティッシュを本山の2つ鼻の穴に詰めてあげた。

うん。

イケメンがだいなしである。

一段落ついたので、俺は銀子に近づいて、

「悪いけど、露出の少ない服に着替えてきてくれない」

と、頼んだ。

銀子は口をひきつらせて、無言でその場を去った。

本山は血で汚れた服の替えを用意してもらえるらしく、うながされて川上さんについて行く。

本山の去り行く背中に漂う哀愁が悲しい。

…ドンマイ。

残された俺と陣さんは互いに顔を見合わせ微妙な顔をした。

「お姉さまのお友達?」

かわいい声に視線をさげる。小学生くらいの美少年が俺の前に立っていた。

少し色素の薄い茶色の髪に整った目鼻立ち。ダークブラウンの瞳がとても魅力的で一目で、外国の血が流れているのが分かる。

俺がとまどっていると、陣さんが代わりに応えてくれた。

「正宗くん、こんにちは。そうだよ。山根君って言うんだよ。

 山根君、銀子の弟の正宗くんだよ。今小学3年生だったかな?」

「うん。今年小学3年生になった。山根君、遊ぼう。」

未だかつてこんな風に初対面から純粋な好意を向けられたことがあっただろうか。

俺はどぎまぎしながら、中腰になって目線の高さを合わせて正宗くんに返事をした。

「うん。遊ぼう。何をして遊ぶ?」

山根君は、俺の手をつかむと東屋へ引っ張っていく。

正宗くんはいそいそとテーブルに将棋盤を出してきた。

メイドさんが紅茶をそっとだしてくれる。至れり尽くせりだ。

陣さんが見守る中、俺たちは対戦した。

そして、俺は小学生に秒殺された。

流石…天才の弟も天才だった。

「山根くん、ごめんね。得意じゃないこと頼んじゃった。」

更には気遣いまでされてしまった。できた子だ。立つ瀬がないとはこのことである。

「えっと。あ、トランプもあるよ。」

正宗くんが将棋盤を片付けて取り出したトランプはレトロな絵柄のオシャレなものだった。

「へー。これ、素敵だねー」と言うと、天使のような笑顔がかえってくる。

なんだろうな。このかわいい生き物は…。

それからは、陣さんも含めて3人でババ抜きをした。

これが、けっこう…。いや、かなり楽しかったのである。

家族以外とトランプするのが初めてだったからかもしれない。

ババを引いた時の正宗くんの真剣な悔しがり方がとってもかわいい。

そして、憧れの陣さんと対面してトランプを引くのである。

この距離感…。ドキドキする。緊張でトランプを引く手が震えてしまった。

俺も鼻血を吹くかもしれない。死んでも嫌だが。

ありがたや、ありがたや。

脳内は興奮でお祭り状態である。

楽しんでいるうちに、着替えた銀子と本山が2人そろって戻ってきた。

本山はブランドのシャツをパリッと着こなして、まるでモデルのようだ。イケメンのグレードが一つ上がっている。

おまえ…。さっきまで、鼻にティッシュをつめていたくせに…。

ちょっとずるい。

そうは思うものの、銀子と話す度にデレデレ顔になっていく本山を目にすると…生暖かい気持ちになってどうでもよくなった。

銀子は真っ青なワンピース姿で先ほどよりも肌の露出がましになっていた。

本山の鼻の健康のためにも一安心である。

「お姉さま。」

正宗くんが銀子のそばにかけよった。

一方は立派なおたふく。一方は西洋の天使。

全く似ていない姉弟だ。

「二人とも本当に美形すぎる。なんて麗しい姉弟だ。」

本山がほうっとため息をつく。

マジで言ってんのか!?

俺は目をむいた。

盲目恋愛フィルターが相変わらず発動している。

恋とは本当に恐ろしい。

「銀子、今日はお招きありがとう。

 これはみんなからです。」

陣さんが、手土産を銀子に渡す。

「わっ!嬉しい。羊羹だー。一番好きなやつ!」

トラ印の入った紙袋をのぞき込んで銀子は嬉しそうに笑った。

「みんな、わざわざありがとう。大事にいただくね。」

銀子が言い終わるとメイドさんがすっと現れて銀子から恭しく手土産を受け取った。

「そろそろ、お昼にしてはいかがでしょうか。」

村上さんの提案に、銀子が

「みんな、お腹減ってるかな?今からランチにしてもいい?」

と、聞いてきた。

俺たちはそろってうなずき、ダイニングルームまで移動することになる。

銀子と陣さんと正宗くんの3人の後ろを俺と本山でついていく。

正宗くんは銀子と陣さんに手をつないでもらえて嬉しそうだ。

「本山、その服はどうしたんだ?なんでピッタリサイズの服が当たり前のように用意されているんだ?」

俺は、本山にこっそりと聞いた。

「あ、銀子の家ってアパレルも経営しているらしくてさ。案内された部屋にはサンプル品がたくさんあって、好きなものを選んでくださいって言われた。で、その場でさくっと採寸されて、ジャストフィットの服をいただいてしまったってわけ。

 村上さんが神対応で、本当にプロフェッショナルだったよ。色々と度肝抜かれて恐縮しまくりだったけど。

 この服さー。めちゃくちゃ肌ざわりがいいんだよ!発色も綺麗だし。」

「わ!本当だ。何これ!すっごい!!柔らかいし、肌に優しい!!

 うん。本山にすごく似合ってる。いいなー。羨ましい。」

「お?照れるな。

 その部屋がさ、圧巻の品ぞろえでさ。店かと思った…。びびった。

 俺は今日一日、不思議の国に迷い込んだような気分だ。

 ランチ…。緊張してきたな。」

俺たちはこくりと唾を飲み込んだ。

「だな。

 俺、せめて、カトラリーを落とさないというのを目標にしよう…。」

「ユキピロ…。目標設定が低くないか?」

「いいんだ…。だって、もう手に大量の汗をかいているし…。」

俺は自分の両手をパンツにゴシゴシすりつけた。

嫌でも緊張する。でも、わくわく感もあった。

俺たちは豪華な通路をきょろきょろしながら進んで行った。

通された部屋はそんなに広くなくて、落ち着ける雰囲気でほっとした。

用意された丸テーブルには淡い黄色のテーブルクロスがさし色に一枚。そして更に一枚、真っ白なテーブルクロスが重ねてある。その上には、ピカピカの食器が美しくセッティングされていた。

メイドさんが椅子を引いてくれて俺はうながされるままに着席した。

それぞれのグラスに好みの飲み物が注がれると銀子が口を開いた。

「未成年だから、乾杯はジュースになっちゃうね。

 いつか、大人になったらみんなでお酒を飲みながらまたお食事をしたいな。

 今日は、我が家へようこそいらっしゃいました。お越しいただき、ありがとう。

 じゃ、乾杯しましょう!」

各自、グラスを持ち上げる。

「乾杯!」

席の遠い人とはエアーでグラスを傾けて、隣の人とはカチンとグラスを合わせる。

口にしたジュースは爽やかだった。

俺は芸術的な形に折られたナプキンを見て困惑する。

動画サイトじゃ、普通の形だったぞ。

銀子を見ると、なんでもないようにナプキンを崩した後、二つ折にして膝の上においていた。

俺はそっくりそのまま真似をした。

最初に前菜が運ばれてきた。

みんなで楽しくおしゃべりしているうちに、緊張もだんだんとほぐれていった。

フランス料理はちょこちょこと色んな料理が運ばれてきて楽しい。

給仕さんが料理の説明をしてくれるのも面白かった。

いよいよメインの肉料理が運ばれた時、俺は…感動した!

なぜならそれは、ロッシーニだったから!

ロッシーニとは厚い牛フィレ肉の上に、世界三大珍味のフォアグラやトリュフをのせた料理だ。

フランス料理を検索するうち、いつか絶対に口にしてみたいと思っていた憧れのあのロッシーニ!!

俺は今、猛烈に感動しいる!

あぁぁぁ!

肉とフォアグラとトリュフがお口の中でとろけていく!!!

「音楽も料理もハーモニーが大事だ」と、俺の脳内で料理を考案した作曲家のロッシーニがささやいている。

「妄想がひどいね…。」

瞳が急に出てきて、俺の至福の時間に水を差す。

俺はそれを無視して、ひたすら料理を堪能する。

うまい!

「山田姉弟のナイフとフォークの使い方、すごい優雅だね。」

瞳が感心している。

確かに、二人に比べると俺たちは普段使いしていないからな。そりゃ、足元にも及ばない。

あ!正宗くんと目が合った。

にっこりと笑いかけてくれる。

なんて!いい子だ!!

こんな家の子たちがずっと公立の学校に通っている不思議さよ。

俺は銀子に聞いてみた。

「どうして、銀子は私立に通わなかったんだ?」

「親の方針なんだよね。将来、家のビジネスにかかわるなら視野を広げるのに必須だって。」

「なるほど!深い!」

銀子は苦笑する。

「将来、本当に家のビジネスに関わるかどうかは分からないけれど、自分の感覚のずれを修正するには必須だったと思う。今では常識が欠けていることをちゃんと自覚しているから。」

おぉぉぉ!

銀子が謙虚だ!!!

「それに、毎日楽しい。朝起きると今日はどんな一日になるか、毎日わくわくするんだ!」

そう言って微笑む銀子が一瞬とんでもなくかわいく見えたのは、きっと気のせいだ。

気のせいだったら、気のせいだ!


コース料理が、デザートとコーヒーにたどり着くころには、もうお腹がぱんぱんになった。

正直ちょっとつらいくらいだ。

楽しくて、美味しい時間に感謝。

「腹ごなしに、うちのペットをみに行かない?」

銀子の提案で、屋外へぞろぞろとみんなで銀子についていく。

ペットと言うからには犬か猫だろうと思っていたら…。

なんと…アルパカだった!

しかも専用の牧場まであり、飼育員さんもいらっしゃる。

ここはテーマパークなのかな?

すごすぎて、今日何度目かの遠い目になった。

ペットの概念がぐらつくよ?

アルパカは正宗くんと同じくらいの背丈だった。意外と大きくてびっくりする。

白い毛並みの子や、茶色い毛並みの子がわらわらといる。

名前はチョコ、きなこ、バニラ、カスタードと毛の色に合わせた食べ物の名前がついていた。

ふわふわの毛並みがめちゃんこかわいい!!!

ずっと口をモグモグしている。

どの子ものんびり屋さんみたいだ。

ときたま、「メェー」って鳴いている。

見ているだけで癒されるなぁ。

どの子も大きなぱっちりとしたおめめがウルウルしている。

そんな瞳で見つめられたら、心のよどみが浄化されていくようだ。

正宗くんとアルパカがきゃっきゃっとたわむれている。

うん、「かわいい×かわいい」で眼福だな!

「山根君、うさぎもいたよ。」

陣さんがそう言って、俺に真っ白なうさぎを差し出す。

俺はこわごわとその温もりを腕に抱いた。

つぶらな瞳が俺をじっとみつめる。

ドキュン!

かわいいが、胸を打ち抜く!

うさぎはふわふわでモコモコで、まるでぬいぐるみみたいだ。鼻が小刻みにひくひくしている。

恐る恐るそっとなでたら、うさぎは安心したように瞳を閉じた。そして、気持ちようさそうに俺の手に体をすりつけてきた。

かわいすぎる!

俺にとって動物はいつも遠くから見つめるもので、実際に触れ合うのは初めてだった。

あ、陣さんが真っ黒なウサギを抱いている!

「陣さん×黒うさぎ」とな!?

なんと素晴らしい奇跡のコラボレーションなんだ!

俺はみんなの写真をとるついでとばかりに、ばっちりと陣さんのお宝写真をスマホに納めた!

そして本山の為に、本山と銀子とのツーショットをとってあげる。

本山のニヤ下がった顔にちょっと引いてしまったのは内緒だ。

うん。今日の俺、マジでいい仕事をした!

謎の達成感で胸がいっぱいだ。

きゃっきゃっと正宗くんが芝生を裸足で元気に走り回っている。

流石、小学生。元気の塊だ。

テンションの上がった俺も走り回る正宗くんを追いかけた。

俺だってまだまだ高校生。元気の塊だ!

全力でかけまわった後、俺はうさぎに餌をやるというミッションも無事にクリア。

そんな感じで楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

「ユキピロ!また遊びに来てね!」

別れ際に正宗くんが俺に抱き着いてきた。

いつの間にかすごく懐かれて、戸惑いつつも嬉しい。

弟がいたらこんな感じなのかな。

いや…、我が家の環境ではこの仕上がりには絶対になり得ない…。

山田家だからこその奇跡の産物だな。

帰りも駅まで車で送っていただくことになり、現在洋館の玄関先で銀子と正宗くんと村上さんに見送られているところだ。

このタイミングで、血染めだったTシャツがクリーニングされて本山の元に返された。

山田家のおもてなしが行き届きすぎていて…。

今日はプロフェッショナルなお仕事の見学会でもあったと思う。

正宗くんが僕に耳打ちしてきた。

「お姉さまに恋心を抱かない男性のご友人は初めてなの。

 ユキピロは信用できるから好き。」

俺は、きょとんとしてしまった。

そんな俺の反応に対して正宗くんはますます嬉しそうに笑った。

正宗くん…。

容姿端麗で性格もかわいくて天才で完璧なのに。

まさかのシスコン発言…。

誰しも欠点ってあるもんなんだな。

「人間だもの。」

俺は心の中でつぶやいた。

そうして、決して忘れられない1日は幕を閉じたのだった。



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