第11話
彼を初めてみたのは、散歩中の犬に吠えられて、吠え返しているところだった。
飼い主のおばさんがびびって、犬を抱きしめている。
彼は気が済むまで大声で吠え返すと、何事もなかったようにその場を去った。
次に見た時、彼は信号まちの途中で突然アニメソングを爆音で歌いだした。その後、はっとまわりを見渡し、口パクになった。通学時間のため、大勢の学生がいた中、彼も流石にまずいと思ったようだった。しばらくうつむいたままだったので、恥ずかしのかなと思って見ていたら、彼はその後もずっと口パクで一人わずかに音楽にのりつつ体をゆらして歌っていた。なかなかのツワモノである。
学年でも「トップ・オブ・ザ 変人」として不動の地位を築いている彼の名は、佐藤湊。名前はしごく平凡だ。
そんな交わることのない俺たちが…出会ってしまった。出会ってしまったのだ!
きっかけは委員会である。初めての委員会に出席した時、俺の隣の席に座った佐藤を目撃した瞬間、俺は安易に図書委員を選んでしまったことを激しく後悔した。そして不運にもその瞬間に彼と目が合ってしまう。固まった俺に、佐藤はへらっとした笑顔をむけてからんできた。
「隣のクラスのやつだよな。名前、何て言うの?俺、佐藤。よろしくな。」
変人のくせに意外と高いコミュ力に呆然としつつ、俺は返事をした。
「俺は山根。よろしく。」
それからはヤツのペースだった。ことあるごとに話しかけられて…。つられて返事をしているうちに…なぜか友達ポジションにおさまっていた。
マジか…。友達って勝手に出来るときもあるんだな…。
最初は佐藤に対して恐る恐る接していたが、以前目撃したような変人めいた言動も特になく、俺の心も落ち着いたころ、会話アプリのID交換をすませた。俺ははにわのスタンプを送れる相手が一人増えたことを純粋に喜んだ。
そうして、何回目かの佐藤と二人で行う図書室でのカウンター当番の日がやってきた。
その日は特に利用する人もいなくて、俺たちは暇をもてあましていた。すると、貸出カウンターで隣に座っていた佐藤が落とした声で慎重に話しかけてきた。
「山根。実はさ…。俺さ…。人の発するオーラとか霊的なやつが見えちゃう体質なんだ。」
「マジで…?ええ?本当に?」
「ああ、小さいころから色々見えてて…。人に理解されないだろ。めちゃくちゃ苦労したんだよね。」
「へー。大変だったんだね。」
その気持ち…。すごい分かる。俺も瞳や左足や右足達のこと、誰にも打ち明けられないから…。
佐藤も特殊体質なんだな…。
「それでさ、お前の肩にも何かのっているのがみえるんだ…。」
俺の肩には瞳がのってるんだが…。マジか、俺だけの幻覚かと思っていたんだが…。
佐藤!すごいぞ!おまえにも見えるんだな!
「マジで、見えてる?すごい。こいつ瞳って言うんだ!」
普段は口下手な俺だが、その瞬間、同志を見つけたことに目がくらみ、矢継ぎ早にこれまでの経緯を打ち明けた。
「…で、今ではさ、風呂に入ると左足のやつが…名前はシオンっていんだけど…うるさくてさ。左足だけ毛をそるはめになっちゃって…。
見てくれよ、俺の足。」
俺はズボンのすそをたぐって山根に足をさらす。左足は毛の処理がなされた状態でつるつるなのに対し、右足は何の処理もしていないので、毛並みがわかるほどふさふさだ。
「どうせなら右足も剃って目立たないようにしたいんだけど、右足のやつが剃るのを許してくれなくてこんな状態なんだ。俺、体育の授業で足のすねをさらすたびにひやひやするんだよ。誰かに見つかったらなんて言い訳すればいいかわからないじゃん。これだけは本当に悩みの種だよ。…困ってるんだー。」
俺の息継ぎなしで話す怒涛の勢いに耐えかねたのか…佐藤が引き気味な態勢になって、若干ひきつった笑みを浮かべている。
「へー…。色々大変なんだね。」
「なぁ、佐藤から見て瞳ってどんな姿なんだ?」
俺はわくわくと聞いた。目を泳がせる佐藤。なんだか様子が変だ。
「いや…。俺が見えるのはオーラだからさ。なんつーか…。こう黄色い感じなもやもやが見えるっていうか。」
「へー。そうなんだ。瞳ってさ、けっこう素早く動くから目で追うの大変じゃない?今も佐藤の右肩にのってるし。」
「ひぃ…。あ、そうなんだ。俺の肩にのっているんだ…。」
「佐藤、どうしたの?なんか、顔色が悪くなっていない?」
「いや…。流石の俺も…。ちょっと現実が見えたというか…。」
「ええ?何を言っているの?体調が悪いんじゃない?」
「ああ…。うん。ちょっとまだ時間になっていないけど、帰ってもいいかな。」
「うん。体調が悪い時は無理をしないほうがいいよ。あれ?冷や汗かいてる?
マジで大丈夫?一人で帰れる?」
「あ…。はい。大丈夫です。お構いなく。本当。大丈夫だから…。
じゃ、悪いけどお先に…。」
「うん。気を付けて帰ってねー。また、色々と話したいな。」
「え…。うん。そうだね。じゃー。」
途中から佐藤の様子が変だったけれど、その原因は体調不良だと俺は思っていた。
その後、なぜか図書委員でカウンター当番のペアに佐藤と組むこともなくなり、俺は不思議に思っていた。
そうなると、話す機会も俄然へるわけで…。せっかく見つけた同志と疎遠になるのはすごく嫌だ。そんなの、絶対にもったいない。
ここは、俺からアクションをおこすべきだよな。
俺は意欲に燃えていた。
佐藤とコンタクトをとるには…どうしたらいいんだ?
やっぱりまずは、チャットからだよな。
俺は会話アプリを開き、メッセージを考える。うーん。困った。なんて送ればいいんだ?
散々考えて、迷った末に勢いが大事だと考えて、思い切って「えいやっ」と送信ボタンをクリックした。
-久しぶり。最近カウンター登板が被らないよね。
うん。どうだろう。悪くないよね。
俺が、一人満足していると、横から画面をのぞき込まれた。
「え…。ユキピロ…。佐藤と仲いいの…?」
銀子が驚いた顔で聞いてきた。
「あ、うん。図書委員がいっしょなんだ。」
「佐藤ってさ、虚言癖で有名な佐藤であってる?隣のクラスの…。」
「え、何それ…。知らない。え?虚言癖?
ええ?そうなの?」
「うん。一部では『ほら吹き佐藤』って呼ばれているみたいだよ…。ネタになっているし。」
「いやいや。そんな感じには見えないけど。」
「ふーん。そうなの?
まぁ、ユキピロが面倒じゃなければ、それでいいよ。」
銀子はあっさりと次の話題に移っていった。けれど俺はその時の会話がなんだか妙に心にひっかかった。
その後、1か月を経過しても俺の送ったチャットは既読にならなかった。
なんでだろう。
いつも銀子が目当てで、お昼休みにやってくるようになった本山に相談してみようかな…。
決心すると、なんだかソワソワしてしまい、昼休みが待ち遠しく感じる。
そうなのだ。ボッチでの昼食を俺は本山のおかげで卒業することができたのだ…。
本山は神だな。ありがたや。
俺は心の中で、とりあえず本山を拝んでおく。
そして、いよいよ昼休み。コンビニの袋をさげた本山が颯爽とやってきた。
今日も本山は麗しい。クラスの女子がとたんにソワソワしだす。
悔しくなんて、ないんだからな!
いつものように、本山は俺の前の席に勝手に座って、コンビニ袋からサンドイッチとペットボトルに入った水とコンビニ弁当を取り出した。
「ユキピロは今日はおかんの弁当なんだな。いいなー。」
本山はさっそくサンドイッチをぱくつきながら、お目当ての銀子に、にこやかに手を振っている。
銀子は銀子で女王様のように「くるしゅうない」って感じで軽くうなずいているし。
いつ見ても不思議な絵ずらだ…。
イケメンの無駄遣いだと思うよ。
「あのさ、会話アプリがさ、壊れているのかな…。
連絡したのに、ずっと既読にならないんだけど…。」
「え…マジで?あ、ごめん。俺、見逃してたっけ?」
「いや、おまえじゃなくて…別のやつなんだけど。」
「へー。見せてみ。」
俺は、佐藤に送った画面を表示して、スマホを本山にわたした。
二人でいっしょに画面をのぞき込む。
本山がちょいちょい画面を動かして微妙な顔して俺を見た。
「あー…。これさー。ブロックされてるなー…。
ってか…ユキピロ。これ送信した日付が一か月前になってるいんだけど…。
え、何だよ。おまえ…コレが既読になるのを今か今かとずっと待っていたのかよ…。」
本山が捨てられた子猫を見るような目で俺をみる。
「おまえってやつは、いじらしいな…。」
しみじみとうなずき、頭をなでられた。
そのせいで、一部の女子からキャーって歓声がわいた。俺ら、女子にめっちゃ見られている。
やめれ…。そういうことは女子にしてやれよ。
俺はその手を乱暴に振り払う。
「え?あ、うん。そうだよ。悪いかよ。1か月、ずっと待ってたさ。そこ、いじるなよ。
ってか、え?ブロック?なにそれ…。」
「知らないのかよ…。まぁ、その…なんだ。
連絡したくないやつを切るための操作な。設定すると文字通り相手からの連絡を全てブロックできるんだ。」
「マジか…。」
俺はズーンと落ち込んだ。
いつのまにか友達になっていたやつは、いつのまにか友達じゃなくなっていた。
え?何で?
普通だったよな?
何が原因かもわからないし…つらい。
俺が机に伏せて地味に落ち込んでると本山が軽く肩をたたいた。
「ドンマイ。
って、おまえ…これ…佐藤って、あの佐藤?」
「あのって、何?」
「最近まともになったって噂の佐藤。」
「何それ。」
「一時、言動が可笑しくて有名になった佐藤だよ。3組の佐藤湊。」
「ああ、そう。3組の佐藤湊だよ。
え?何?言動が可笑しいって言った?
で、今度は佐藤がまともになったっていう噂がたっているの?」
そういや、前に銀子が『ほら吹き佐藤』って呼ばれていると言っていたような…?
「あいつって、前までとにかく目立っていたんだよな。
いつも噂の的でさ。まぁ、言動が可笑しくて、有名だったわけ。
授業中にいきなり叫んでみたりさ。
先生に、”どうした?”って聞かれたら、”気持ちがたかぶりました”って真面目に答えてみたり…。先生も先生で”そうか”って流すしさ。色々シュール。
特に話題になったのが、やつの虚言癖でさー。ネタでやっているのか、頭がおかしいのか、目立ちたいのか、人の反応を観察したいのか…。どんな理由があったのかは分からないけど…単純に面白かったんだよな。みんなすごく喜んでいたし。
ご先祖様の霊が見えるとか、オーラがみえるとか、UFOに連れ去られたことがあるとかさ、面白おかしく話すんだ。宇宙と交信するって言って、教室のすみで壁に向かって、一人でぶつぶつ言いながら変なジェスチャーしていたこともあったらしい。
始まったぞって騒ぎになって、隣のクラスからも人が集るし…。
どんどん佐藤のショーが娯楽化していくって話題になっていた。
っていうか、ユキピロ…。佐藤の噂を知らないって…。どんだけ友達がいないんだよ…。」
いや…。だから、捨てられた子猫を見るような目で俺を見るなよ…。
なんか、おまえ、涙目になっていないか…。
やめれ…。
ホント、追い打ちかけるの好きだよな…。
「佐藤の言動ってさ。害はないからいいんだよな。
やつが話をすればするほど、理論が破綻するし…。
それがまた面白いんだよな。辻褄が合わなくなっていくのが醍醐味で。
で、本人も破綻していくのが若干分かっていてさ。佐藤が、まずいなーって思いながらも話を続けるしかなくて焦っている感じが…つぼる。
本当、最高のエンターテイナーだったんだけどなー。惜しい人を亡くしたよな。」
本山は深々とため息をついた。
いや、佐藤は死んでいないから…。
やめてあげて…。
俺は牛乳にストローをさす。食後は必ずコレを飲むのだ。
「ユキピロ、牛乳好きだよなー。」
ミネラルウォーターを飲みながら、本山がつぶやく。
いや、別に好きではない。
俺が毎日必ず牛乳を飲むようにしているのは、背を伸ばすことをあきらめていないだけだ。長身の本山に説明するのもしゃくなので、あえてのスルースキルを発動して、俺は聞いた。
「で、どうして佐藤はまともになったんだ?」
「あー。俺も詳しくは知らないんだよなー。銀子、知っているー?」
そばで陣さんと食事をとっている銀子がこちらに顔を向けた。
そうなのだ。陣さんも銀子といっしょに食事をする為に、毎日お昼休みにうちのクラスにやってくるようになったのだ!
女神降臨!
ああ、今日も綺麗だな。密かな俺の癒しタイム。
よきかな。よきかな。
「なんの話?」
「3組の佐藤湊がまともになったっていう話。何か知っている?」
「ああ。佐藤が打ちのめされたって話ね。」
「うん?どういうこと?」
「佐藤ってパフォーマーになりたくて、人の反応をさぐるために色々と実験をしていたらしいんだけど…。」
「え、意図的だったのか…。俺は中二病説を押していたんだけどなー。」
本山が苦笑いになる。
「私も多少はそれあったと思うよ。」
陣さんがうなずく。
「だよな!あれは絶対こじらせた結果だと思う。」
うんうんと、二人がうなずく。
銀子は話を続けた。
「なんにせよ、佐藤の自信を粉々にするほどの天才が現れたらしいよ。それできっぱりとパフォーマーになる夢は、あきらめて今は官僚目指して東大進学を目指すって言っているんだって。」
「いやいやいや…。何からつっこんでいいのか、わからない。
官僚を目指すって…180度の方向転換だな。あいつが官僚になった日本の未来を俺は危惧するよ…。
とりあえず、佐藤に一体何があったんだ!?佐藤に自信喪失させた天才って…。
え?誰なの?めちゃくちゃ気になる。聞いている?」
本山が興奮気味に尋ねた。
「佐藤がかたくなに言わないらしいのよね。でも、どうやらうちの学年にいるらしい。
佐藤がいつものように、相手の反応を見るために持ちネタを話そうとしたら、逆に相手から想像を絶する物凄いネタをぶち込まれたらしいのよ。『能ある鷹は爪を隠す』って言うのを実地で教えられたんだって。で、その人はいずれ世界に常識をこえたセンセーショナルを巻き起こすから、自分はその日のためにその人と距離を置いて、邪魔をしないように影から応援するって言っているらしい…。ファン一号は佐藤なんだってさ…。」
「えええ!?あの佐藤を上回る変人がこの学年にいるってことか…。凄まじいな。
佐藤はその変人に一体何をされたんだ!?すげー気になる。
しかもそいつ、自分の強烈な本性を隠しているんだろう。ヤバいじゃん。誰なんだ。めちゃくちゃ気になる。」
本山が食い気味に言った。
「うん。学校の七不思議が一つ『佐藤を超える謎の変人』へ入れ替わったらしいよ。」
「七不思議扱いかよ…。うける。そもそも七不思議とかあったんだな。俺、一つも知らないし…。」
「確かに…。」
陣さんが同意した。
なんだかすごい話になってきたな。そっかぁ、佐藤って有名人だったんだな。友達も多いだろうし…。勉強に本腰をいれるんだったら、切っていく友達もそれなりにいるんだろうな…。特に俺なんかぱっとしないしな…。せっかく、同志を見つけたと思ったんだけどな…。
俺は、佐藤の話で盛り上がるみんなとは反対に気分がどんどんと落ち込んでいった。
「でもさー。その話さ、言い訳かもしれないよな。中二病から我に返ったものの、今までの奇行を止めるにあたって、何か理由をつけたいっていう。謎の変人の話も、本当はほらなんじゃない?」
本山の話に、
「そうかもねー」と答えた銀子が、俺に話しかけてきた。
「え?ユキピロ…。いきなり暗くなっていない?どうしたの?
大丈夫?」
俺は力なく笑った。
本山が黙って俺の肩を軽く2回たたいた。陣さんも心配そうに俺を見つめている。
みんなの優しさが心にしみる。
「よくわからないけど…。元気がないよね…。
気分転換に、今週末うちに遊びにくる?シェフにおいしいランチを作らせるよ?」
銀子から、謎のお誘いをいただいた…。
シ…シェフ…っすか…。
「俺も、俺もー!」と、挙手をしてめちゃくちゃアピールする本山の声がなんだか遠くに聞こえる…。
俺はいきなりすぎて、思考停止した。おかげで落ち込むどころじゃなくなった。
余談だが、佐藤の噂がおさまったころくらいから、視線を感じて振り返ることが多くなった。そこには、いつも決まって何か言いたげな目をして俺を見つめる佐藤がいた。不思議とちょくちょくそんなことが起こるので、こちらから話しかけようと佐藤に近づこうしたら、すっと逃げられる…。そんな謎のやりとりが卒業するまで続くことになるのだった…。
…解せぬ。