4話『始まりの予感』
――これを物語とするのであれば、もうこの時には動き出していたのだろう。
「突然だが、転校生を紹介する」
「ふわぁーあ……」
本当に突然だな。朝のホームルームでの挨拶の後の宣言。
あまりに突然すぎて、副担任の口から出た言葉で、眠さのあまり盛大な欠伸をしていた隣の金髪の時は止まってしまったじゃないか。
そして次に何を言うかなんて考える必要すらないじゃないか。
「先生っ、女の子か!?」
「……あ、ああ、あまり言いたくは無いが女子生徒だ」
机を乗り出して満面の笑みで、いかにも男子らしい質問をした金髪に、副担任はため息をつきながらも渋々答えた。
ちなみにこの副担任の先生の名前は、木原 灯矢先生と言う。
まぁ、見た目はそこそこのイケメンで性格も優しいと言う、女子生徒ももちろんだが男子生徒からも人気が高い、文字通り良い先生だった。
私としては、この穏やかな先生と、隣の金髪の男が同じ人気を誇っているのが疑問でならない。
いや、認識の違いはある。
木原先生=優しくて面白くて好き。
金髪=怖いけど頼もしくて好き。
訳がわからん。
なに? 怖いけど好きって、どっちなんだよ。
先生たちには避けられているが、金髪の方は気に入っているらしい。
理由は「面白ぇじゃん」らしい。
「マジでっ、さいこうじゃねぇかあ!」
「ヒソヒソ」
「ヒソヒソ」
どうやらテンションが上がっているのは金髪だけじゃないみたいだ。
一般的な男子生徒にとっては、女子の転校生と言うのはテンションが上がることなのだな。
「彰……おすわり」
「わん。っておい、誰が犬だ!」
そろそろ大人しくしてもらおうと言ったんだが、どうやら逆効果だった。いや、誰も『犬』とは言ってないし。犬に対する接し方をしただけで。
「前から言っているだろう、少しは頭を使えと。お前が静かにならなきゃ、転校生が入れないだろうが」
「あ、確かに」
途端に着席して静かになるところはさすがだよ。切り替えが早い、と言うか早すぎじゃね!?
「先生……続きを」
「あ、ありがとう、斎藤くん。改めて転校生を紹介する」
そこから!?
もう招き入れても良いのではないでしょうか我らが副担任先生?
「――上之原高校から転校してきました、早瀬 優衣です。親の仕事の関係で引っ越してきました。日本人とイギリス人ハーフで、生まれはイギリス、育ちは日本です。なので、日本語の方が得意です。これからよろしくお願いします」
色々あったがようやく転校生の紹介だ。
頭を下げてよろしくする転校生。クラスのほぼ全員が一点に視線を集中させていた。
「むっちゃ綺麗な声じゃん」
長い黒髪を後ろで一本に束ね、いわゆるポニーテールと呼ばれる髪型にしている。ややつり上がった目の端と、見事なまでの丸みを帯びた水色の瞳が本人も言ったハーフだと物語っていた。
私がまず思ったのは、猫みたいだな、なんて在り来たりな感想。
しかし、クラスメイトが口々に「おぉ」だの「かわいい」だのと言ってしまうほどの代物だ。
周りの反応もさることながら、これはモテるだろうなぁ、とも思った。
「もうこれは最高の美少女だな」
見た目的に活発系女子とか運動系女子と言ったところか。
「……なぁ」
イギリス人の瞳って水色だったっけ?
首を傾げながら考えてみる。
「悠真ー」
隣の席から声がするが――
1,返事をする。←
2,無視する。
3,まさかの転校生が返事をする。
おや? 何やら選択肢が頭に思い浮かんだぞ。悩む選択肢だぞこれは。どれにしよう……。
ふっ、もちろん2番に決まっているじゃないか。
……3番なんて選べなくね?
未来予知じゃね?
むっちゃ気になるけど、ここは無難なのを選ぼう。ものすごく気になるけど!
次あったら選んでみよう。うん。
「……」
「いい加減、俺も転校生の顔を見たいんDEATHけどー」
なんか今、言葉に妙な違和感を感じたぞ。これはまさか、殺意か!
なんて冗談はさておき。騒がしくした罰として「10分間机に突っ伏してないと報告するぞ?」と言ったため、まだクラスでこの金髪だけ転校生の顔を拝めていないのだ。
誰に報告するのかと言うと、他でもない、つぐみつぃやんだ。話によると以前うっかり怒らせてしまってから尻に敷かれている状態とのこと。「うあー!」と思い出すだけで叫び声を上げる様は、正直見ていて面白かったです、はい。
だってこの金髪がだよ。逆ならまだしも、この笑わずにはいられなかった。
連絡先は、私のことを話したらしく「何かあったら教えて。怒るから」と伝言と共にこの金髪に渡された。真面目だよな。自分で自分の首を絞めてるのに。
ニヤリとしたのを今でも覚えている。色々なことに使えそうだと思ったからだ。今回の一件もその一つ。
いやー、ふっ、楽しいな。
転校生、もとい早瀬さんからすれば、変な金髪男が自分に頭頂部を見せつけながら、ボソボソと隣の席の男子と何かを話している変な人に見えていることだろう。
それが狙いでもあるんだが。
「まだ7分残ってる。あ、先生、どうぞお気になさらずに」
「ほどほどにな……」
笑顔で頷いた。
当然、言われなくともやり過ぎないように考慮している。私とて顔の形が変わるのはごめんだ。
ここで私はとあることに気づいた。——この教室で現在空いている席がどこなのかを。
「じゃあ、早瀬の席は……斎藤の後ろが空いているから、そこにしよう」
女子に効果抜群な優しい微笑みを見せながら、予想通りの最悪な展開となった。
この状況を打破する手は無いのか!?
1,ドロップキックをする。←
2,深呼吸をする。
3,寝る。
お、また選択肢が……て、おい。
どれも無意味じゃないか!
1番に関しては誰にするんだよ。
いや、ここは無難に2番の深呼吸だな、よし。
そんな一人で脳内選択をしている内に、早瀬さんの姿は視界に無く、代わりに耳に椅子を引く音が届けられた。
「……あ」
「では、ホームルームは以上だ。みんな、早瀬と仲良くな」
そう言い残して木原先生は教室を後にした。
——授業が始まったと言うのに、教室を包んでいたそわそわ感。特に隣の金髪は睨みつけていなければ、今にでも早瀬さんに飛びつきそうだった。
そして授業が終わるや否や、有名な転校生イベント開催だ。
我先にと授業の終わりの挨拶が済むと、一番に早瀬さんに突進しようと振り向いた金髪——彰はものの見事に他の多数のクラスメイトに輪から弾き飛ばされた。
我がクラスメイトは勇敢だ。校内一の不良をモノともせずに、イベントを開催させるなんて。
でもまぁ、彰があんなに簡単にやられるなんて、転校生恐るべしだな。
ちなみに私はこうなることが予想できたので、自分の席から退去済みである。安全な場所から、一連の眺めを笑いを堪えながら見ていたのだ。
◇◇◇
結局、彰はあの後も早瀬さんに話掛けることができないまま、現在に至る。
ちなみにこの白を基調とした場所は何を隠そう、学校の少年少女たちだけではなく、なんと教員たちも人間の三大欲求の一つに素直に従うために学校に設置された素晴らしき施設、通称——食堂である!
そして私と彰の2人は、己の欲求を満たすために食堂の人気ナンバーワンのカツ丼を食べている最中だ。
さすがは数あるメニューの中でも人気ナンバーワンの品。何回食べても飽きないおいしさだ。
具体的に言うと——まず我々に迫り来るは、丼に盛られたご飯を隠すように乗せられた切り分け済みのカツ。更にカツを優しく包み込むように存在感を余すことなく感じさせる、揺らせばふるふると揺れるスクランブルエッグのようなもの。
次に襲い来るは、食欲が無くともそそられる香ばしいその香り。
それだけで満足してしまいそうな香りで鼻孔を満たし、箸で軽い力でも切れてしまいそうなカツをまず口に入れ、次にご飯を迎えようものなら……二度と他のカツ丼は食べれなくなる。
と、彰が珍しく頭を使えて説明させるくらいのおいしさなのだ。
当の本人は、いつもなら荒々しく口に駆け込むくせに、思わず「女子かっ」とツッコんでしまいそうなほどちみちみ食べている。しかも背中を丸めて……拾われてきた猫かっての。
「それにしても、落ち込み過ぎだろ。今日で今生の別れじゃないんだから、いい加減にシャキッとしろよ」
いや、姿勢だけ正しくしてもな。そのシャキッとじゃなんだが……。
こりゃあ相当だな。
まったく、手が焼ける金髪だ。
「——ここ、空いてる?」
「ああ、全然空いてるよ」
そんな時、背中に声を掛けられた。
声から誰か判断できたので、首だけ振り向いて快く申し出を受け入れる。
その子は「ありがとう」と感謝を言うと、私の隣に座った。
あれ、そんな近くに座るの?
なぜなら、食堂の机はお約束通り長く多人数が座れるのだが、私の正面にいる金髪の近くに座ろうとする無謀な挑戦者はいない。なのでわざわざ私の隣でなくともいいはずなのだ。
女子の考えることはわからんな。
音に反応して下を向いたままの彰の「ゆっくりしていきな」に「ここは貴様の家か」とツッコむと、隣からクスリと小さな笑い声が聞こえた。
「あ、ごめんなさい。なんだか2人とも面白くて、つい、ね」
この段階でようやく誰が自分の前に座ったのか彰は気づいたらしく、バッと音を出す勢いで顔を上げた。
そして、早瀬さんの顔を見て一言。
「——めっっっっっつぃや、びずぃんやん!」
「なんて言った!?」
予想はつくが、唐突なわけのわからん訛りに反応してしまった。
せっかく私がお話の機会を準備したと言うのに、早瀬さんも呆気に取られているじゃないか。
それから昼休みが終わるまで、3人で楽しく話して早瀬さんの転校初日はあっという間に時間が過ぎていったのだった。
◇◇◇
放課後。
早瀬と話せたことがよっぽど嬉しかっただろう、満足だと言わんばかりに笑顔で「今日は先に帰るわ」と足早に教室から出ていった。
私は残念ながら本日日直だったので、教室に一人残り日誌の書き込みをさっさと終わらせ、最後に戸締りの確認をしようかと立ち上がったその時。
「まだ残ってたんだ、斎藤君」
「日直だかんね。私に居残りの趣味は無いさ。……で、この私に何かご用かな?」
教室の扉の前に立っていた早瀬に冗談を言ってみる。
なんで他のクラスメイトといないのかは、恐らく転校初日で先生との話や多々諸々があるから“今日は”先に帰ってもらった、ってとこだろう。
「その……お礼を言いたくて、ね」
「感謝されるようなことをした覚えは無いんだけど」
思い当たる節はあったが、ちょっとした悪戯心で鎌をかけてみた。
今の私はいじわるな顔をしてるんだろうなぁ。
「あなたにとってはそうかもしれないけど、あたしが休み時間の度に質問攻めにあって、戸惑っている時に食堂に誘ってくれて助かったの。良い息抜きになったから、ありがとう。それと——」
「こんな所で油売ってる場合じゃないと思うぞー」
「え?」
私の言葉の意味がわからずに首を傾げる早瀬。
逆にわかったら凄すぎるよ、天才だよ。
あ、ちなみに昼休みの時に「“さん”はつけなくても大丈夫だよ」と言われてしまったので、お言葉に甘えて呼び捨てにクランクアップしたのである。
「倉持って、早瀬に似た活発系女子がいただろ。たぶん、下駄箱で待ちぼうけしてると思うから、早めに行ってやりな」
倉持 遥。我がクラスメイトの1人で、髪は片側だけのおさげの、早瀬に似て活発系女子。顔立ちは高校生にしては少し幼いが、それが逆に彼女の好感度を上げている。と、彰が言ってたな。
「先に帰って大丈夫だからって言ったはずなのに……ほ、ほんとに?」
予想もしていなかったようなことを言われ、困惑を露わにする早瀬。
ま、この反応は至極当然だ。だが、我がクラスメイト倉持のために、ここは情けを捨てようではないか。と、一人で納得して頷く。
ほんとは倉持には借りがあるから、それへのお返しだった。あいつは変なところで遠慮するからな。今日も同じ活発系の早瀬と話すみんなを一歩引いて見ていたし。
真面目な奴だから、イレギュラーでも無ければほぼ確実に待ってるよ。
「考える前に即行動っ!」
「わ、わかった。ありがとね、斎藤君」
しっかりバイバイと手を振り、私の気迫に押されて下駄箱へ急いでいった。
その背中を見送り、再び一人教室に残された生徒。つまり、斎藤悠馬、この私である。
「なんて、言ってる場合じゃないな。私も帰るとしよう」
最後に思いきり伸びをしてから、私もみんなのように帰路に着いた。
職員室に日誌と教室の鍵を返してからだけど。
「賑やかな1日だった。いや、これからなのかな」
背中を見るだけで伝わってくるほど嬉しそうな倉持と、笑顔でそんな彼女を見る早瀬。
そんな心になんだか安らぎを与える光景を見ながら、誰に言うわけでもなく小さく呟いた。