3話『斎藤 悠真』
俺の名前は斎藤 悠真。どこにでもいる普通の高校生だ。
俺は常套的な毎日に飽きを感じ始めていた。もとから飽き性なのは自負していたが、まさか”日常”と言うものにまで感じるとは、当の本人でありながら驚いている。こんなにも堕落してしまったのかと。それともこの場合は、怠惰と言うのかな。
朝起きて顔を洗い、朝食と一緒に弁当も作って食べ終わり次第、仏壇にある父親の写真に「行ってきます」と言ってから学校へと向かう。母親は夜勤の仕事で、基本的に顔を会わせることはない。別段、寂しいや辛いと思ってはいない。昔からそうだったのが主な理由だろう。要はこの状態に慣れてしまったのだろう。
まぁ、幼い頃は一緒に遊びたいとか寝たいとか甘えたいとかいろいろたくさんあったが、良くも悪くも今はそんなことは考えない。
そうっ、俺は成長したのだ!
話を戻して、学校に行く途中で自宅近くのコンビニで板チョコを買うのが日課だ。昼に食後のおやつとして食べるのだ。買いだめは何となく面白くないから、なんて我ながら訳のわからない理由でやっていない。
時おり見る、休憩スペースで朝食を食べている親子に癒されるためでもある。親子と言っても大抵、片親だけだが。それでも美味しそうに食べる子どもが、俺の心に何かを感じさせるのだ。
だが確実にわかることが一つだけある。自身が癒されていると言う感覚。親友には「変わってるが、悪くはないんじゃね?」と言われて嬉しかったのを覚えている。
そして、学校に行って授業を受けて友人と話したりして帰路につく。
起きたの事柄は些細なものだ。日常の中ではさして気に止めることも無いこと。
でも、その時の俺にとってはとてつもなく大きなことになった。
「あ、どうも、初めまして」
一般的にはただの母親との邂逅。珍しいことではない。なに、家に鍵をかける並みに当たり前のことなのだから。
いや別に悪いことをしている訳じゃない。ただ少しお話をしていただけだ。
「あなた、誰?」
まぁ、当然の反応だな。
どうしたものか、と打開策を考えていたら、意外なところから助け船が出た。
「わたしの友だち。斎藤……悠真さん」
思い出すように言ってくれた。が、逆にそれが私を追い詰めているなんて、大和撫子は考えてもいない様子だった。
ありがとう、と一応心の中で礼は言っておこう。
「へぇー。初めましてね、斎藤くん?」
笑顔の圧力。目の前の顔はこの言葉が最も似合うものだ。
故に、俺が冷や汗を流すのは道理だと言いたい。同時に今考えるべきではないと思うのだが、正直言ってお母さんも美人だった。
私は自分の年齢から±5歳までが許容範囲だから、さすがに対象外だが、それでも美人には変わりなかった。この子にしてこの親ありってやつか。
彰なら……連絡先とかすぐに訊いてるだろうな、あの子には飛びついていただろうし。ここにいなくてよかったわ。
「はい。オトモダチです」
「そう」
もっと訊ねられるかと思ったが、意外とあっさりとした反応だった。
助かったんだけど……。
「では、俺はもう帰ります。娘さんのお体に障ってもいけませんし」
「じゃあ、送っていくから。薫は大人しくしてるのよ」
「はーい」
肩に手を置かれ、外へと誘われる。置かれ、ではなく握られと言うのが正しい。
おや? これはまずいのでは?
とまぁ、ロビーまで連れていかれ、バレていたと告げられて苦笑したのは言うまでもないだろう。
「なんか、すみません。ご迷惑をおかけしました」
当たり前のようにバレて真実を話したのだが、予想とは違って怒られることはなかった。
むしろ逆なのが怖い。
「確かに、部屋にあなたみたいな変な男がいた時は、もうすぐに窓から投げ飛ばすところだったわよ」
「あ、あははは……」
とりあえず苦笑いで返したけど、目が冗談じゃねぇ。
笑顔ではなく悩みながらなのだが、目がガチなやつなのだ。
危うく、I can flyする……させられるところだった。俺は知っている。人は翼を持たないと。同時に自力で飛ぶことはできないと。
「でも、久しぶりにあの子のあんな顔を見た。本当に楽しそうな笑顔……」
「恐らく、いつも笑顔でいそうなタイプですが、それは作り物だって、無理してるってわかってしまうんですね」
おばさんは頷いた。
ああ、やっぱり誰もが同じ事をするんだな。全員が全員と言う訳ではないだろうが、ほとんどなのは間違いあるまい。
俺はよく知っている。
終わりが近いからこそ、無理をしてでも笑っていようとすると。
全く、こっちの気も知らないで、なんて言えなくなってしまうんだから、あながち卑怯だと思ってしまうよ。
「そんなに悪いんですか?」
「……ええ」
疲れきった表情。こりゃあよっぽどだな。
にしても、初対面の私にそんなことまで話して良いのかねぇ?
俺がとんでもない悪党だったらどうするのやら……。違うけど。
んー、正義の味方より悪役の方が性に合ってると思うが、今は言うべきではないはずだ。
「でもどうして私にこの話を?」
こういう場合は素直に訊いた方が早いってのが経験則。
すると、俺の顔を一回見てから窓の外を眺めて種明かしをしてくれた。
「さっきも言ったけど、あの子のあんな顔は、本当に久しぶりだった。心の底から出たような笑顔をしていた。あの子には人を見る目がある」
遠くを見つめていた。見ていた光景を思い出すように。
この場合の“見る目”ってのは、恐らく“見る力”のことだろう。何の偶然か、同じ目を持っているんだな、これが。人並み外れかけてるものが、な。
って言っても、まだ言う段階じゃないのは私にもわかる。
――顔を一度見ただけで性格を理解し、集中すれば考えまで見抜く目。
いつからこんな風になったのかは覚えていない。記憶力は良くも悪くもあるんでな。
超能力とか未知なる力、とかそんな類いじゃないと私は考えている。
それこそ誰でもできるようになるものだと思っている。まぁ、時間は必要だろうが。
誰しも一度は経験したことがあるはすだ。廃墟に対して“なんか不気味”とか、宝石に対して“美しい”とかの感情を抱いたことが。
ましてや逆のパターンも含めてだ。
身近なことに例えれば、“初めて会った人”に対して嫌悪感、または好感を抱いたことが無いとは言えまい。
人はそれを『第一印象』または『ファーストインプレッション』などと言う。
私のこの目は、それらのレベルを少し上げたに過ぎない……のだが、人とは自分と違うものはどうしても恐れるのが道理なわけで。
幼い頃は見たまんまを口にしていたから随分と嫌われたものだよ。
とまぁ、つまりはその程度のこと。だからこそ身に付けようと思えばできなくはない事柄と言うわけだ。
それを可能にしたのが、心理学やメンタリストと呼ばれるものだ。個人的に心理学は好きだが、メンタリストはあまり好きではない。
だって、探ろうとしているのが丸わかりなんだもの。加えてそれを隠してもいないし、隠そうとしても隠せてないし……はぁ……。
はっきり言って、苦手だよ苦手。申し訳ないけど。
「あなたが悪い人なら、それ相応の対応をしていたはず」
「――でもそうしなかった。理由はわかりました。それで、私は何をすれば良いんですか?」
「あの子の……友だちになってほしいの」
私の目をまっすぐ見て言った。嘘なんかじゃない、本当に望んでいることなんだとわかった。
久しぶりに人の瞳をまっすぐに見た気がする。あの子の瞳もなんだけど、なんと言うか黒く澄んだ綺麗な瞳だった。
「こちらからお願いします」
「……ありが――」
私は感謝するおばさんの言葉を遮った。言われる前に伝えなければならないと思ったから。
「ですが、決めるのはあの子自身です。他の誰でもありません。あと友だちと言うのは、いつの間にかなっているものですよ」
親友にダチ宣言された私が言うのもなんだけど。
おばさんは今度こそ頭を下げてお礼を言った。
その後は軽く話してから病院をあとにした。
いつの間にか紅葉と同じ色をしていた空を見上げながらふと思った。
「……彰の言うとおりだな」
親友に言われたことを。
――お前はまだ会ってねぇだけだろ。運命の相手ってのによ。




