5 クロウ視点
バタン、と勢いよく執務室の扉が開いた。
その瞬間、僕は思わず目を丸くした。
「お前、何のつもりだ!!」
静かな部屋に、鋭い怒号が響き渡る。
デスクの前には、シンくんとレンくんが並んで立っていた。
数日前まで泥の中で倒れていたとは思えないほど、その瞳には力が戻っている。
逃げ道を塞ぐように立ちながらも、どちらかが前に出るわけじゃない。
二人で同じ距離に立ち、同じ強さで僕を睨みつけている。
「四日だ。四日間も、俺たちをここに置いて、ただ飯を食わせ続けた!」
シンくんが、デスクを強く叩く。
「お前が、ここのボスのクロウだな」
レンくんが、冷たい声で言った。
「優しいフリして俺たちを飼い慣らして、一体何に利用する気だ!? 体ならもう動く、汚れ仕事でも何でも言え! 隠してないで、本当の目的を今すぐ吐け!」
……ああ。
やっぱり、来てくれた。
怖がって閉じこもるんじゃなく、自分たちの足でここまで来て、真正面から答えを求めに来た。
そのことが、たまらなく嬉しかった。
「あははは! すごいなぁ、君たちは! 裏で僕の名前も、この部屋の場所も、僕がこのアジトのボスだってことまで、全部調べちゃったんだねぇ。いやぁ、本当に頭が良くて最高にたくましいよぉ」
僕は椅子からゆっくり立ち上がる。
すると二人は、ほとんど同時に足を引き、拳を固めた。
その息の合い方に、思わず頬が緩む。
僕はそれ以上近づかず、デスクの向こう側で腕を組んだ。
「君たちが言う本当の目的、ねぇ……。利用目的、なんてそんな大層なものはないよぉ。たださ、僕は君たちの、そのお互いを思いやる絶対的な信頼関係が、もの凄く気に入っちゃったんだよねぇ」
「……俺たちの、関係だと?」
シンくんが低い声で返す。
「そう。僕のチームの仲間たちはさ、みんな大家族みたいで最高にいい奴らなんだけど……君たちみたいに、世界が敵だったとしても、隣にいる一人だけを絶対に信じて、並んで立ち続けてきた、そんな二人だけの純粋で強固な絆は、そう簡単に作れるものじゃないからさ。だから、そんな風に真っ直ぐお互いを支え合える君たちが、新しい身内として加わってくれたら、うちのチームがもっと素敵になるな、って思っただけなんだ。君たちにお願いしたいのは、うちのチームの生意気な新しい身内になってほしい、ってことだけだよぉ」
言い終えたあと、二人は黙り込んだ。
互いに顔を見合わせる。
僕の言葉に嘘があるのか、隠れた意図があるのか。
きっと必死に考えているんだろう。
長い沈黙のあと、シンくんが口を開いた。
「……いいだろう。そこまで俺たちの力を認めるなら、こちらにも条件がある。ただで飼われるなんて御免だ。俺たちをここに置くなら、今すぐ約束しろ」
僕は思わず身を乗り出した。
「お、交渉だねぇ。いいよ、聞かせて?」
すると、レンくんがシンくんと肩を並べたまま、一歩だけ前に出る。
「一つ、俺たちをどこにも売り飛ばさないこと。二つ、飯の代わりに、俺たちにできる仕事をさせること。ただでもらう飯なんて、いつ後ろから刺されるか分からなくて反吐が出る」
……ああ。
その言葉の重さに、胸が少しだけ痛くなる。
そうやって生きるしかなかったんだね。
でも、僕は笑った。
「いいねぇ、自立心旺盛で素晴らしいよぉ」
「三つ目だ」
今度はシンくんが続ける。
「部屋の鍵は絶対に締めるな。俺たちがここから出ていきたくなった時は、いつでも自由にここを出ていく。それを邪魔しないと、今ここで誓え」
その三つは、彼らにとって生きるための最低条件なんだろう。
優しい大人に裏切られ、閉じ込められ、利用されてきた過去があるからこそ。
絶対に譲れない境界線。
僕は、迷う理由なんて一つもなかった。
「うん。全部オッケーだよぉ。僕が君たちに求めたのはうちの『身内』になることだからね。それなのに飼い慣らしたり、逃げられないように閉じ込めちゃったら意味がないでしょ? 君たちの言う通り、仕事の対価としてここにいてよ。出ていきたくなったら、いつでもお見送りするからさ。……よし、それじゃあ取引成立だね!」
パン、と両手を叩く。
すると二人は、今度こそ完全に拍子抜けしたような顔になった。
あはは。
本当に素直で可愛いなぁ。
「……本当に、いいんだな」
シンくんが呟く。
「もちろん。じゃあ、まずは体力を完全に持て余してる君たちに、ぴったりな最初の仕事を頼もうかなぁ」
そう言った、その時だった。
バタン!
執務室の扉が勢いよく開く。
「おい、ボス! 何事だ――って、お前ら、もうそんなに動けるのか」
アベルだった。
僕たちの声を聞きつけて、急いで駆けつけてくれたらしい。
シンくんとレンくんは、並んだままアベルへ視線を向ける。
どちらかが庇うわけでもなく、二人で同じ温度の警戒心を向けていた。
「なんだ、ボス。こいつら、もうあんたの部屋に乗り込んできたのか?」
「あはは、そうなの。アベル、聞いてよぉ。この子たち、売らないこと、働かせること、鍵をかけないことを条件に、ウチの身内になってくれるってさ」
そう言うと、アベルは呆れたように肩をすくめた。
「売られないこと、ね。スラムのクソ大人を山ほど見てきたお前らにしちゃ、上出来な防衛線だ。安心しな、ウチのボスは間抜けだけど、身内を売るような真似は死んでもしねえよ。俺はアベル。このボスの相棒だ。よろしくな、チビども」
「チビって言うな。俺たちはシンとレンだ」
レンくんが即座に言い返す。
アベルは鼻で笑いながら、いつものように僕の机の資料へ手を伸ばした。
当然のように。
昔からそうしてきたみたいに。
僕も、何も言わない。
それを見ている二人の視線が、少しだけ揺れた気がした。
閉じた世界の中で、お互いだけを信じて生き抜いてきた二人。
そんな二人が、僕とアベルの関係を見て、何を思うんだろう。
……焦る必要はない。
まずは、一緒にご飯を食べるところから。
家族になるのは、それからゆっくりでいいんだから。




