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「……ごほっ、ごほっ……! う、く……っ」
「レン、大丈夫か……? ゆっくり息をしろ……!」
冷たい雨が降り続く、薄暗い路地裏。
泥混じりの水たまりの中で、双子の片割れであるレンが激しく咳き込んでいた。
過酷なスラムの冬。まともな食事も衣服もないまま、二人の身体はとうに限界へ達している。レンの肌は熱を帯び、呼吸は浅く、不規則だった。
シンにできることは、凍えた指先で弟の背中をさすることだけだった。
二人にとって、この世界はすべて敵だ。
信じられるものなど、隣にいる半身の体温しかない。
だからこそ、二人は互いに寄り添いながら、外の世界へ牙を向け続けてきた。
「あれ……? ひどい風邪だね。大丈夫……?」
その時、雨音を縫うように、場違いなほど穏やかな声が降ってきた。
見上げると、大きなフードを被った青年が立っていた。
ぶかぶかのパーカーを身につけた彼は、眠たげな垂れ目を心配そうに細め、ゆっくりと二人の前にしゃがみ込む。
そして、そっと手を差し伸べた。
――その綺麗すぎる手が、ひどく不気味だった。
パシィン!!
乾いた音が、静かな路地裏に響く。
シンが残された力を振り絞り、青年の手を激しく払いのけたのだ。
レンも熱に霞む視界の中、必死に目を見開き、鋭い眼差しで青年を睨みつける。
「……触るな!」
シンはレンを庇うように前へ出て、かすれた声で叫んだ。
「何のつもりだ……! どうせ優しいふりをして、俺たちを利用する気なんだろ!」
レンも泥を握りしめながら、憎しみを込めた視線を向ける。
「……大人はみんな嘘つきだ。優しく近づいてきて、最後には全部奪っていく……!」
これまで幾度となく経験してきた。
手を差し伸べる大人ほど、その後で自分たちを都合よく使い、踏みにじった。
だから、この青年の穏やかな笑顔さえ、獲物を油断させるための罠にしか見えなかった。
青年は払いのけられた手を見つめ、小さく眉を下げる。
「ううん。利用もしないし、売り飛ばしたりもしないよぉ。……ただ、君たちが苦しそうだったから――」
「黙れ! 騙されるか!」
シンは言葉を遮った。
これ以上、優しい言葉など聞きたくない。
たとえこのまま野垂れ死ぬとしても、再び誰かの道具として扱われることだけは絶対に嫌だった。
その時、レンの身体が大きくのけ反る。
「がはっ……! ごほっ、ごほっ……!」
「レン!? おい、レン!」
必死に呼びかけるシンだったが、レンの意識は急速に遠のいていく。
やがて力なく崩れ落ち、泥の中へ倒れ込んだ。
「嘘つき……絶対に、信じるもんか……」
シンは倒れたレンを抱き寄せ、なおも青年を睨み続ける。
しかし、その視界も次第に暗く染まっていく。
冷たい雨の感触が消え、意識は深い闇へと沈んでいった。
二人が完全に気を失った後、青年は静かにため息をつく。
拒絶され、罵倒されても、その瞳に怒りはなかった。
あるのは、胸を締めつけるような痛ましさだけだった。
青年は自分の大きなパーカーを脱ぎ、冷え切った双子の身体へそっと掛ける。
自身はシャツ一枚になりながらも、壊れ物を扱うような手つきで二人を抱き上げた。
二度と離さないという確かな意志だけを、その腕に込めて。
薄暗い路地裏を後にし、青年は静かに歩き出す。
腕の中には、世界のすべてを拒絶したまま眠る、二人の小さな命があった。




