18話 翼と清正②
「ほれ。この家には手頃な茶請けがなくてな……。こんなもんしかないが我慢せい」
縁側に腰掛け、庭の緑をぼんやりと眺めていた僕の隣に、足音が近づいてきた。振り返ると、盆に乗せたお茶とお菓子を携えた清正さんが立っている。
差し出されたお菓子のパッケージに目を落とした瞬間、僕の思考は一秒ほど停止した。
『トマトあん大福』
……うーん。どちらに転ぶか、まったく予想がつかない不安なネーミングだ。
清正さんもどうやら初見らしく、眉間に刻まれた皺が心なしか深い。僕たちは互いに顔を見合わせると、意を決して同時にそれを口に運んだ。
「「うっ……」」
咀嚼した瞬間、脳が拒絶反応を起こした。
僕の予想では、いちご大福のように瑞々しいトマトの果実が餡の中央に鎮座しているはずだった。
だが、その予想は大きく外れた。どうやらトマトそのものが入っているわけではない。餡子に、おそらくケチャップが直接練り込まれている。
割合としては圧倒的に餡子が勝っているはずなのに、容赦のない酸味と塩気が、じわりと餡の甘みを侵食してくる。ケチャップの独特な風味が、決定的に和菓子の世界を邪魔していた。
美味しくはない。断じて美味しくはないが……吐き出すほどでもない。ただ、自らの意志でこれを再び買い求める未来だけは、一ミリたりとも想像できなかった。
清正さんも同じ壁にぶち当たっているのだろう。怪訝な表情を隠そうともせず、残りの大福を苦虫を噛み潰したような顔で口の奥へと押し込み、熱いお茶で強引に流し込んでいた。
「……まったく。あやつの味覚センスは終わっておるな」
吐き捨てるようなその言葉に、僕は心の中で激しく同意した。
しかし、「センス」という言葉を聞いて、胸の奥に燻っていた問いが頭をもたげる。
清正さんに、今この瞬間だからこそ、聞いておきたいことがあった。
「あの……、僕、どうでしたか?」
声が少し震えた。もちろん、先ほどまで行っていた熾烈な稽古の感想だ。
侍の『フレイム』として、僕には戦う才能があるのか。
剣の「センス」が欠片でも存在しているのか。それを知りたかった。
僕の問いかけに、清正さんは腕を組み、ううむと深く唸りながら考え込んでしまった。沈黙が縁側の空気を重くしていく。
その時間が、僕の心臓をじりじりと締め付けた。
「そうさな……。楓のような剣の才は、なかったかのぉ」
「そうですか……」
喉の奥から、乾いた声がこぼれ落ちる。
……分かっていた。自分に突出した才能などないことくらい、薄々、いや痛いほど理解していた現実だ。
それでも、明確な言葉として突きつけられると、胸の奥がちくりと、いや、じくじくと嫌な音を立てて痛んだ。
落胆を隠せず、視線を落とす僕。そんな僕の様子を察したのだろう、清正さんはふっと張り詰めた表情を和らげた。
「いやはや、だが基本が実にしっかりしておる。吾輩が放ったあの苛烈な殺気にも怯まず、それどころか我が動きを正確に捉え続けたお主の『眼力』には、正直驚かされたぞ」
その言葉に、ハッとして顔を上げた。
――眼。
生前、太州おじさんにも「お前の眼は良い」と褒めてもらったことがあった。あの時と同じだ。全く違う二人の強者に、自分のこの眼を認められた。
そう思った瞬間、沈みきっていた心に、じんわりと温かい自信の灯火が灯っていくのが分かった。
「あとは、その眼に身体がついてくるように泥臭く鍛えるしかないのお」
清正さんはそう言って、ガハハといつもの豪快な笑い声を響かせ、再び湯呑みへと手を伸ばした。
けれど、彼の最後の言葉は、僕の心に新たな不安の影を落とす。
身体がついてくるように鍛える――それは、どれほどの時間が必要なのだろう。
「僕……、本当に強くなれるのかな」
ぽつりと、独り言のようにつぶやきが漏れる。
この戦いは、想像を遥かに凌駕する猛者たちが命を削り合う世界だ。
そんな中で僕に求められる「強さ」とは、決してポーンの足を引っ張らないことだと思う。
今から死に物狂いで鍛え直したところで、本当にその領域にまで辿り着けるのだろうか。底の見えない焦燥感が、胸を焦がす。
そんな僕の弱音を聞いてか、清正さんは顎髭をゆっくりと撫でながら、ふむ、と重々しく一言を告げた。
「吾輩は最強のフレイムだ」
あまりにも唐突で、傲慢とも取れる言葉に不意をつかれ、僕は目を丸くした。だが、彼は僕の動揺など気に留める風もなく、力強い眼差しで言葉を繋ぐ。
「銃使いのルークに一矢報われ、もう一人のナイトには敗北を喫した。……それでもなお、吾輩は自身が最強であることに一寸の疑いも持たん。何故かわかるか?」
問いかけながら、彼は僕の目を真っ直ぐに見据えた。
「そもそも強さとは、肉体的な優劣から来るものではない。何があろうと折れぬ、不屈の意志から生まれるものだ。故に、吾輩は最強なのだ」
……めちゃくちゃな理論だ、と心の中で思った。
一度でも敗北を喫したのなら、それはもう「最強」の定義から外れているはずだ。理屈で考えれば、彼の言っていることは破綻している。
それなのに、自らの強さを微塵も疑わず、誇り、信じ抜くその堂々とした佇まいを、笑い飛ばすことなんて到底できなかった。理屈を超えた圧倒的な説得力がそこにはあった。むしろ、胸を突くような憧れと、深い尊敬の念が僕の心を支配していく。
「僕は……、強くなれるでしょうか?」
気づけば、縋るような声で尋ねていた。
清正さんは無言で、僕の胸にトン、と拳を突き当ててきた。その拳から、彼の熱が伝わってくるようだった。
「なるさ。信じろ。他の誰でもない。お主自身が、お主の可能性をな」
「――はい!」
視界が、少しだけクリアになった気がした。
「さて、休憩もそろそろ終いだ。また泥をすすりに行こうかの」
笑いながら腰を上げる清正さんに続くように、僕も手元に残っていたトマト餡大福を口に放り込んだ。そして、冷めかけたお茶で一気に胃の奥へと流し込む。
不思議なことに、その味は最初に口にした時よりも幾分か優しく、マシなものに思えた




