1話 from end
よろしくお願いします
鐘が鳴る。
美崎町に響き渡る教会の鐘はいるはずのない鳴らし手によるものだ。この町の住人であるならば誰による者なのか疑問を浮かべるだろう。だが、今の美崎町で違和感を覚える者は誰一人といない。
「ようやく最後の一人が起きましたか。さてさて、どの死人がこのゲームを制するのか…」
月の光が暗い教会を灯す。奥には罰当たりにも神に背を向け講壇にある聖書台に座って本を読む女がいた。
腰まで伸びた長い黒髪に眼鏡の奥に潜むその双眸はどこか人外めいたものを感じさせるが、服装や仕草などに目を向ければまるでどこかの貴族の執事のようだ。
パタンと持っていた本を閉じる。その中に記された十四人のデータを記憶に収め、革靴の弾く高い音を響かせながら女は教会を後にする。
+ + +
ーーーー青だった。それは間違いはない。いつも外に出るときは細心の注意を払って周りを見ている。だから、きっと青だったことは間違いない。
それでも聞こえてくるのは地面を擦り付けるブレーキの音。そして周りで響くのは恐怖の叫び声。
自然と痛みはなかった。しかし、この先どうなるかは何となく理解できた。疲れていたのかもしれない。他の人のように普通に生きたかったのかもしれない。今となっては最早その生に何を感じていたかもわからない。わからないからこそ、僕はこの死を受け入れた。
でも、ただ一つ悔いはある。
重荷を課していた最愛のあなたにただ一言、伝えなければならなかった。
ーーーーごめんなさい、と。
+ + +
朝っぱらからカァカァと煩く烏が鳴いている。そんな鳴き声にも動じず図太く寝ていた僕、白河翼はいつもと同じく目覚まし時計が鳴った直後に目を覚ます。
「……ふぁ」
体を起こし、外を見る。
未だに電線に止まって鳴いている烏と目が合う気がしたが気にはしない。それよりも枕元の温度計の役割も果たしている時計を見ると、まだまだ夏が始まった頃だと言うのに朝の六時で二十七度。最近の気温上昇率はおかしすぎだろと、クーラーをつけなかったことを悔やみつつ寝汗を流すため風呂場へと向かう。
一階に降り、リビングのドアを開けると先に起きていたのか、一人の少女が椅子に座ってお茶を飲んでいた。
「ポーン、もう起きてたのか」
ポーンと呼ばれた少女。その名前から分かるように外見は日本人ではなく、西洋の人形のような美しさを感じる。黄金色の髪を綺麗に整え、両サイド二つに分けて三つ編みして垂らした所謂おさげ髪。そして、すっきりと通った秀麗な顔立ちは幼さを垣間見ることが出来るが、服装は対照的に独特で黒のシャツに黒のパンツ。端々には金色の刺繍で縁取られ、まるで軍服のように堅いイメージを与え、お洒落を気にしない服装である。
しかし、異性が見れば目を奪われ、同性が見れば羨望の目で見られる。要は美少女だ。なんでこんな美少女が家にいるのか僕自身不思議で仕方がない。
「おはようございます。主こそお早いのですね」
主と呼ばれ、むず痒く感じるが、それでも違和感がない。それもまた何故なのかと不思議に思う。
「ああ。朝食はちょっと待ってもらっていい?シャワー浴びてくるから」
「それは構いませんが、今日の予定はどうされるおつもりですか?」
「どうされるって…、普通にご飯食べて学校行くだけだけど」
「え?今後の対策もせずにですか?しかも学校に行く?なぜ?」
なぜと言われても僕は中学三年生。まだ七月が始まったばかりといえ、受験生にとっては勉学に励まなければならない大切な時期。故に学校に行くことに何ら可笑しな点はないはずだ。
「どうしても行くというのならば護衛として私も行きますが…」
「いや、そんなの必要ないだろ?」
ポーンの提案に驚きを隠せないでいた。学校に行くだけで護衛がいるなんて王子様やお姫様くらいだけではないかと思う。王族が知り合いにいないため純度百パーセントの偏見ではあるが。
「それにポーンが付いてきた方が大騒ぎだよ」
ポーンは先に述べた通り誰の目から見ても美少女だ。そんな少女を護衛という名目で学校なんかに連れて行けばきっと学校中が大騒ぎになるのではと心配してしまう。だが、その言葉にポーンも首を傾げた。
「何を言っているのですか?私達十四の人型と主達十四の死人以外は皆自由意志のないNPCのみ。騒がれる要素など一つもありません」
「……フレイム?プレイヤー?何を言っているんだ?」
どうにも両者の意見に食い違いが発生しているのか、ともに再度首を傾げる。そして、このずれの解消のためにポーンは立ち上がり叫んだ。
「クイーン!出てきてください!我が主がこの戦いの趣旨を認識していません!!」
いきなり叫び出すポーン驚きを隠せない。一体誰に叫んでいるんだ?
「……あぁ、白河くんの死因は交通事故。おそらくその際に白河様の記憶に何らかの障害が残ったのが原因かもしれませんねぇ」
後ろから声がしたことにさらに驚いた。今までリビングには、否、この家には僕とポーンの二人だけしかいないはず。だからこそ、声の発生源から飛び退き尻餅をついてしまったのは致し方ないとも言えよう。
「だ、誰だ!?そ、それに交通事故?何を言っているんだ?僕は事故に合ったことなんて一度もないぞ!」
いきなり現れた執事服の女、クイーンに虚勢をはるかのように声を荒げて言う。
「いいえ。七月四日、午前七時二十三分、白河様は確実に大型トラックに轢かれて死亡しています」
「そんなはずは……」
否定しようとしつつも、必死になって翼は昨日以前のことを思い出す。
七月二日の金曜日は学校から帰ってきてカレーを作って食べながら土日のどちらかで水族館でも行こうかと話した。土曜日は雨も降ってきて日曜には止むとのことなので一日中二人でゲームをし、水族館はまた明日と話して就寝した。なら、四日の日曜日は?
ーーーーズキンッと頭が響く。
昨日何をしたのか全く思い出すことができない。それどころか、昨日の記憶を拒絶しているかのように頭を割るような痛みが現れ、咄嗟に頭を抑えてしまう。
そんな僕を見兼ねポーンは側に駆け寄ってきた。
クイーンは嘲笑うかのような笑みを浮かべながら僕に問い掛けてくる。
「白河翼様。七月四日の記憶がございますか?」
「…………す、すい、水族館」
行ってないということは自身でも理解している。だが、それでもそうであってほしいと願い、翼は頭痛の痛みに耐えながら、一言返した。
「いいえ、何度も言うように貴方は七月四日の朝、トラックに轢かれて死亡しています。なので水族館には行ってはいません」
クイーンから返ってきたのはやはり否定の言葉だった。
「白河様。もう一つお伺いしますが今日が何月何日かわかっていますか?」
尋ねられた翼はばっと壁にかけられたカレンダーを確認する。
「は、八月!?」
驚愕した。
なんせこの家で毎月カレンダーをめくっているのは他ならぬ僕自身だ。
だのにめくった覚えはない。だが、真に驚いているのはカレンダーをめくっためくってないということではなく、今日が何日か全く検討がつかないということだ。
「……ポーン、今日って何日だ?」
「……八月十日です」
「…………僕は一ヶ月もの記憶がないのか!?」
「本当に白河様はお寝坊さんですねぇ」
クスクスとクイーンが笑う。
淡々と事もなしげに衝撃の事実を伝えられ、ついに腰が抜けたように床にへたり込んでしまう。
「クイーン!私は主を混乱させるために貴女を呼んだのではありません。貴女にはこの戦いの説明責任があるから呼んだのです!」
「はいはい。全くこのポーンはせっかちな子ですね。それでは白河様。僭越ながら私からこの戦いのルールを説明致しますのでこちらをご覧ください」
クイーンは懐から一巻きの紙を取り出し、無造作に拡げて空中に放り投げた。だが、その紙はゆらゆらと空中を浮遊し、見事に僕の手元に落ちてきた。
一、プレイヤーとなる者は自身の手となり足となるフレイムとともに他のプレイヤーを打ち破る。
一、フレイムのクラスにはポーン、ルーク、ビショップ、ナイトがある。また、各フレイムの能力値は各プレイヤーに比例する。
一、プレイヤーの異能は禁ずる。
一、勝利したプレイヤーには二度目の生に加え、願いが一つ叶えられる。
ルールらしいルールは一つ目のみで、その内容は子どもでも理解できる、まるでテレビゲームのようなルールで簡潔なものだった。それよりも目を見張るのは二つ目だった。
「ポーンの名前がクラスって……」
「クラスはそれぞれのフレイムが扱う武器に寄って分けられています。ルークは遠距離武器、ビショップは中距離武器、ナイトは近接武器。そしてポーンはそれら三つとは異なる特殊武器又は異能です。そしてフレイムの数はルーク、ビショップ、ナイトはそれぞれ各二体。ポーンは八体の計十四体いますので白河様が勝ち残るためには十三体打破しなければいけません。また、プレイヤーとフレイムは一心同体。フレイムが死ねばプレイヤーも同じく脱落してしまうのでお互い協力し合って下さいね」
クイーンの話してる内容が頭に入ってこない。
それよりも疑問に思うことがあったからだ。
「ポーン、お前は一体なんなんだ?」
違和感を感じるのも無理はなかった。
仮に万が一、クイーンの言う通り、七月四日に僕が死亡していると言うのであれば、それ以前の記憶に齟齬が生じてしまう。
カレーを食べた時も一緒にゲームした時もその相手はずっとポーンだと思っていたのだから。時系列的に考えれば、三日以前にポーンが側にいることは有り得ないのだが、記憶には確りとポーンの存在が刻まれている。
「ああ、そうそう。疑問を持たない様に記憶をいじらせてもらっています」
突拍子も無い、だがたった今浮かんだ疑問の答えが返ってきたことにただただ呆然としてしまった。
クイーンの言ったことが本当ならば、もはや自分の記憶に信憑性は皆無に等しいということなのだから。
「また、そちらに記した通りそれぞれフレイムはプレイヤーの能力値に比例します。例えば白河様が戦いに関する能力値を一から百の内二十だとするならばそちらのポーンは本来の力の二割減、八十パーセントの力しか発揮できません。つまりプレイヤーが強ければ強いほどフレイムは弱くなり、弱ければ弱いほどフレイムは強くなります。そして、この戦いでは均等性を保つ目的でプレイヤーの異能を禁じています。もちろん、白河様にとっては異能は発現されてないので関係ないと言えば関係ないのですが……」
重要な事を言っているのに、どこか上の空である。
「白河様、理解して頂きましたか?」
「え?あ、ああ……」
「それはよかった」とクイーンが一言つぶやくとパチンと指を鳴らす。それだけで持っていた紙はいきなり燃え始めた。
「うわッ!?」
咄嗟の出来事に紙を離してしまう。紙は燃えながら重力に逆らうことなく床に落ちて燃え尽きてしまった。しかし、燃え尽きた後、床には焼け跡も塵も何も残っていない。あるのは火に触れた手の熱さだけだ。
この異常な光景、ジンジンと残る手の熱さ。まだこれは悪い夢の中では無いかと願っていたが認めなければならないと悟った。これは夢でも幻でもない現実なのだと。
そんな現実から逃げたくて僕は家から飛び出した。
「あ、主!?」
はっとしたポーンが慌てて制止の声を呼びかけてきたけど僕は止まらなかった。
そしてすぐに僕の後を追って出てきた。
「さて、これでようやく白河様も認識して頂けたようでなによりです。ーーーーそれでは見届けましょう。歩みを始めた死人とその人型の物語を……」




