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5話

おいおいおい……

なんでこんなに学生が集まってるんだ?


壇上に足を踏み入れた瞬間、アズマは激しく後悔していた。

初回だからということで、学園側から大ホールで講義しろとは事前に聞いていた。

確かに聞いていたが……まさかここまで満席になるほど生徒が集まるなんて思っていなかった。


はて?

私の知名度はたいして大きくないと思うんだが……

違うのか……?


それになんだ、この異様な期待感は……?

ホール中からかなり注目されているのが伝わってくる。

まさかコーネリアスが何か余計なことをしたんじゃないだろうな?


いや、多分違うな。


そもそも私は彼とそこまで親しい関係じゃないし……


うん、分からない

考えても無駄だ。


それによく見ると学生だけではなく、どういうわけか大人も参加しているようだ。

最前列なんていかにもプライドの高そうな教授陣って顔ぶれが並んでいる。


はあ……正直かなりやりにくい……

やりにくい……が、とはいえここで動揺を見せるのは男として違うだろう。


今世では一応貴族。

前世では政治家。

それもたまたま当選した末端議員ではなく、政権与党の幹事長にまで上り詰めた、大物政治家、鷲尾道二郎が、この私だ。


あの頃は数々の野次が飛び交う国会や、何十人もの報道陣に日々囲まれて生活していた。


このくらいの聴衆の前でなら、前世で何度も演説したことがある。


思い出せ。あの時の演説を。

思い出せ。地盤の選挙戦を勝ち抜いた熱き感情を!


アズマは余計な力を抜くことを意識し、自然体で堂々と壇上の中央へと進み出た。千人以上もの学生たちの好奇の視線をものともせず、政治家仕込みの冷静さで受け流す。


準備は出来ている。

この数日間、私はできる限り自分の記憶を掘り起こした。

前世の鷲尾道二郎ではなく、アズマ・シュトラウスの記憶だ。

前世の記憶と混ざってしまったことで逆に異世界の方の記憶が薄れていないか心配だったが、全く気にする必要のないほど、この体の記憶力は凄かった。

見たものをいつでも簡単に思い出せる能力。

これはいわゆるフォトグラフィックメモリーというやつかもしれない。


それに、周りにいるのは少し魔法が使えるだけの一般人だ。

この程度、前世で経験した頭のおかしい政治家たちのヤジに比べれば可愛いものよ。


さあ、始めよう!


「この度、アルディス魔道学園で新しく講義をすることになった、魔道士のアズマだ」


拡声の魔法が仕込まれた魔道具を通して、彼の低くよく通る声が、広大なホールに深く響き渡る。


「私のことなんて、ここにいる学生のほとんどが知らないだろう。知名度があまりないことは自覚している。それにも関わらず、今日はこれだけ多くの生徒が集まってくれた」


「そこでまずは私のことを伝えたい。具体的には、今まで公の場では一切話さなかった、私の復讐の旅についてだ。私の過去と復讐は、切っても切り離せない関係にあるからだ」


アズマのその説明を聞いた途端、興奮気味の会場の雰囲気が困惑の空気に変化していく。


それもそのはず。

ほとんどの人たちは金級並みの魔道士が自分たちのために魔法の授業をしてくれるかも、という期待で集まっていたからだ。

人生を変えるチャンスを掴もうとしていたからだ。


いきなり復讐なんていう物騒な話が始まるなんて誰も思っていない。


「私の復讐相手は、あのアポカリプスの首魁、キラーケス」


――アポカリプス

高濃度の魔石を集めることに目がない連中であり、世界的に指定されている最も危険な闇組織の一つだ。


しかし、昔から危険視されている組織とはいえ、詳しい実態は何も掴めていない。

そのため各国の方針として、被害は無闇に公表しないということでまとまっていた。


ここで会場の空気が大まかに2つに分かれた。


事情を知っている者と知らない者。


上位貴族を中心とする学生と下位貴族や平民を中心とする学生とで反応が違った。


当然前者は事情を知る側であり、驚きとともに緊張感が漂った。

後者は知らない側であり、困惑の感情が強くなった。


「まあ、なんだ。私も昔はこのアルディスの学生だったわけだが……ある時、奴に家宝である魔石を狙われてしまってな。領地の屋敷にいた家族は全員殺されてしまったんだ。その報告を帝都で聞いた時、居ても立ってもいられず、即座にこの学園を退学し、奴の行方を追いかけた」


このような話を当事者から聞くことはまずない。

気軽に話せる内容ではないため、皆隠すからだ。

しかしアズマはそのようなことは気にしない。


前世の記憶が戻ってからは自分のことを客観的に見ることができ、自らの暗い過去も淡々と話せるようになっていた。


アズマは闇組織との関わりについて、赤裸々に語っていく。


「だが……私がまだ10代の頃は、探しても探しても奴を見つけることができなかった……奴の目撃証言がある場所は全て尋ねたというのに、全くもって見つからなかった……どうでもいい犯罪者とは出くわすせいでなぜか賞金稼ぎと間違われていたくらいだ……」


「本来の目的であるアポカリプスには全く会えない。どうしていいか分からず途方にくれた時、ある人から、もっと実力を上げれば会えるようになるかもしれないと言われたんだ……」


「それからは修行の旅だ。ある時はオルハイア王国の樹海の中で……ある時はイリシア聖教国の遺跡の中で……またある時はエルグラント帝国の山岳地帯で……他にも多くの国を旅しながら修行に明け暮れた……そうするとだ……不思議と奴の痕跡を少しずつ見つけられるようになっていったんだ」


「それから奴とは幾度となく戦った……色々な国で……、色々な場所で……」


「はじめは奴に負けてばかりだった……まるで相手にならなかった……恥ずかしい話だが、私は度重なる修行の中で、大きな力を持ったと。奴に打ち勝つ力を得たと。本気で勘違いしていたんだ……実際のところ、自分の全力の魔法が、奴にとっては片手間で一蹴できるくらいの力でしかなかった」


「恥ずかしかった。私の復讐は何だったのかと。全然奴を殺せないじゃないかと。その時痛感したよ。私はまだ魔道の初歩しか理解していなかったと。魔法の研鑽は始まったばかりだと……その事実に心が折られそうだった。一応こう見えて、私は子供の頃は神童と言われていたんだぞ?それなのに当時は本当にそのような有様だった。滑稽だろ?」


乾いた笑いで場を濁しながら、アズマの自虐話はなお続いていった。


ホールはシーンと静まり返っていた。


「それから奴との実力差が縮まれば縮まるほど、周りの環境も過酷になっていった。例えば神穢(しんあい)焔山(えんざん)。あの熱く燃え盛る火の中で戦うのは骨が折れた……あるいは死寂(しじゃく)の大砂漠。生物が死滅していく中で水不足にあえぎながら戦うのは過酷だった……さらには黒寂(こくじゃく)の樹海。視界がふさがれた中で戦うのは非常に恐ろしかった。感覚を鍛えていなかったら、私はあっという間に死んでいただろう……毎日が人生で一番厳しいと感じる日々だった。ひと時も気の休まる場所がなかった……」


「ああ、そういえば……天哭(てんこく)の絶海でも戦ったんだった」


皆信じられないと言った表情で唖然とし、アズマの話しについていけない聴衆が目立っていた。

少なくない生徒が上の空になりかけながら、思考にふける。


(……あ、あれ?……今日って空想の物語を楽しむ日だったっけ?)


(それって世界四大禁忌領域全てを訪れたってことか?……そんな人が今までいたか??)


(……どれも普通の魔道士なら一日と持たず命を落とす場所のはず……ほんとの話なのかなあ?……)


(ホラ吹きだな、この先生……そんな人どこにもいないに決まってる……)


周囲がそんな反応をしているとは露知らず、アズマはさらに弾むように聴衆に聞かせる。

いよいよ物語のクライマックスに近付いてきたからだ。


「そして、奴との最後の決戦の地は、大禍の原初(たいかのげんしょ)だった。それがどこにあるのかは、さすがに皆知っているだろう。」


――知っているどころではない。


「そう、シャワール海洋王国が!……いや、世界中の国々が!……常に!最大限!警戒している!……あの!凶悪な!魔大陸のことだ!!」


アズマはここが勝負どころだと言わんばかりに、最大限の熱量と共に大声を上げた。


そこは、例えどれだけ凄腕の魔道士であろうと……例えどれだけの危機を防いだ英雄であろうと……例えどれだけ皆に愛された聖女だろうと……

決して行こうとしない大陸だった。


定期的に大規模な魔物の氾濫が起きるにも関わらず、誰もまともに調査できない。

例え世界中の人々から乞い願われても、誰もまともに調査できない。


世界四大禁忌領域のさらに上。

人間には手出しできないアンタッチャブル。

世界最重要警戒地域。


それが世界の常識だった。


だがアズマは聴衆の気持ちに気付かない。

スイッチの入った彼は、持ちうる全ての感情を出し切ることに全神経を注いでいる。


彼にとっては選挙戦のクライマックス。

衆議院議員選挙の前日、夜中0時前に行われる最後の演説。

聴衆は1000人以上。

気持ちが乗る。


「あの地での戦いは壮絶なものだった。なにもキラーケスだけを意識していて無事で済むような場所ではない。周りの全てが敵。魔物も環境も。毎日おぞましい程の悪意に晒されながら、巨大で凶悪な生物との生き残りをかけたバトルロイヤル!」


「今思い出しただけでもゾッとする」


肩を震えさせて当時の恐怖を体で表す。


「死に物狂いで戦い、やっとのことで周辺の魔物を狩りつくした後、奴との最後の戦いが始まった」


アズマはその時の光景を頭の中で再現しながら具体的に皆に説明していく。


そして、10分以上にわたって伝え続けた戦闘がようやく終わりを迎えた。


「そして最後は私が勝ち、長年の目的である復讐を果たした。もう一度再現など絶対にできない。あれが私の人生のピークなんだ!」


アズマは話しきった。

まるで現役の政治家が乗り移ったかのように。


政治家としての演説の基本は、難しい言葉を使わず、はっきりと分かりやすい言葉を熱く語りかけることだ。


彼にはそれが出来ていた。


どうだ?

生徒たちも興奮しただろう?

感情移入しただろう?

まるで映画を見ているかのようだっただろう?


そろそろ拍手が起きるはずだ。

ホール中から割れんばかりの拍手が。


さあ、言え、誰かが「ブラボー!」と。

オーケストラの演奏後のお約束のように!


さあこい!


…………

…………


ホールはシーンと静まり返っている。

皆、心はここにあらず。


あれ?あれれ?

なぜだ?なぜ拍手が起こらない?

序盤良い雰囲気だっただろう!

皆私の話を聞きたかったんだろう?


いつから空気が変わったんだ!


…………

…………


……だめだ。

これはすべった……

盛大にすべった……


補足だ。補足しよう。

少しでも心の傷が少なくなるように。


「学生の諸君、今がダメでも未来は分からない」


「諦めずに努力すれば、夢は叶う」


「アルディスの優秀な生徒であれば、これからどこに行ったって通用するはずだ!」


これでどうだ?

話をまとめるとこんな感じだろう。

意外と良い締めなんじゃないか?


しかし相変わらずホールは温度を失ったかのように静けさに満ちている。

生徒たちだけではない。

最前列の教授たちも放心状態だ。


「次回からは本格的に魔法の指導を始める。私が担当する分野は古代魔法だ」


…………


「古代魔法が珍しいのは分かっている。だが勉強すれば誰でも使えるようになる」


…………


「本当だぞ?」


…………


反応がない。


何人かの表情が変にコロコロ変わったり、耳がピクピク動いているところを見るに、一応聞こえてはいるようだが。


だがしかし、これはだめだ。

どうやら私は失敗したようだ。

なぜだか分からないが、大人は結果が全て。


前世の政治家のスキルは、ここでは通用しない。

人生はそんなに甘くない。


急いで逃げなくては。


「では、今日の講義はここまでとする。各自、有意義に過ごすように」


突然記者会見を打ち切るがごとく、それだけ言い残したアズマは颯爽とターンし、足早に大ホールのステージ裏へと消えていった。


…………

…………


「えええええ!!!!!」


しばらくして、彼の話を頭で理解し始めた者が増え始めた時、大ホールに驚愕の声が雪崩のように響き渡った。


こうして、周囲への誤解を生んだことに一切気付かないアズマは、前代未聞の講師として学園生活を始めるのだった。


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