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ジャッカルの変心9

悪魔は、トルシュナーのどこにでも現れる。


けどその出没の頻度は、場所によって大きな偏りがあって、たとえば、ラーテル侯爵領とビスカーチャ公爵領が接する北のあたり、パカラナ辺境伯領の東部、レミング公爵領の北部、アグーチ伯爵領の南東部。


ここらは悪魔の目撃情報が特に多いことで知られていて、悪魔退治の依頼も多い。


学院を卒業した二年後、俺が二十歳になった秋のことだった。


パカラナ辺境伯から仕事の依頼――毎年恒例になりつつある、冬が訪れる前にダーナ町周辺の悪魔を一掃してほしいという依頼が届いて、そのとき俺は、ライオネルたち十数人の仲間と共に、北部のダーナ町にいた。


馴染みの仕事相手からの依頼は気楽でいい。


変な契約にはならないだろうと、パカラナ辺境伯の屋敷で、リラックスして会談に参加していたら、不意に俺の持っている通信の魔道具が振動した。


誰だ? 内ポケットから魔道具を取り出して、確認するとサンガ村からの通信。

リッチか。珍しいな。


「すみません。少し外します」


近くにいた執事っぽい人に声をかけて、俺は静かに部屋を出た。


何があったんだろう。魔道具は高価な消耗品で、使う場面はほぼ、悪魔関連の危機が迫った場合に限られる。リッチが『めんどくさい』以外の理由で助けを求めているのだとしたら、かなりやばい状況だってことなんだけど……。


緊張しながら人気のない廊下に移動して、通信の魔道具に魔力を込める。


「どうした? 緊急か?」


魔道具に向かって話しかけると、砂嵐のようなノイズが流れたあと、


「ジャッカル?」


普段と変わらないリッチの声が聞こえてきた。


慌てている感じはしない。ってことは緊急じゃないのかな。それなら後回しにして、会談に戻りたいんだけど。


緊急の案件ではなさそうなことに安堵しつつ、俺は会談相手のことを頭に浮かべて、落ち着かない気持ちになった。


馴染みの相手とはいえ、パカラナ辺境伯はトルシュナー有数の貴族様だ。

失礼があってはならない。私用で会談を抜けるのは好ましくない。


「そうだぜ」


「サンガ村にルーナが来た」


「……は?」


なんだって?


緊急じゃないのになんで連絡してきたんだろ、とリッチの用件を推測していたら、突然その答えが投下されて耳を疑った。マジかよ。そういうこと?


納得したけど、とても信じがたい情報だった。


ところでこの話、誰にも聞かれていないよな?


さっと周囲を見渡すと、不審そうな顔の警備兵と目が合った。ライオネルたちがいる、会談中の部屋の前に立っている奴だ。それ以外に近くに人はいない。よし。


「ルーナって、例のあの?」


それでも念のため、声をひそめて問いかけると、


「多分ね。子供なんだけど、聞いていた特徴と一致していて、ライオネルを探しに来たって話している。お前たちが確認したほうがいいと思うんだけど、確認するよね?」


「ちょっと待ってくれ」


話が早い。魔道具の消耗を気にしているんだろうけど、急ぎすぎだって。


そりゃまぁ、確認はしたほうがいいっつーか、ライオネルに聞いたら、『子供』のほぼ偽物確定のルーナだろうと、絶対確認しに行くって答えるだろうけど。


いま割と重要な会談中なんだよな。ルーナの話を持ち出して、会談を途中で投げ出されたら困る。あいつならやりかねない。……ま、ここはダクトベアに任せるか。


「かけ直す」


通信を切ると、俺は会談中の部屋に戻ってダクトベアを呼んだ。


組織のボスはライオネルだけど、仕事の話をまとめたり、交渉したりするのは基本的にダクトベアの役目だ。だからダクトベアが会談から抜けると、話が進まなくなる。それは俺も分かっている。だけどルーナの件について、俺がひとりで判断するのはちょっとな。


無理がある。間違ったらあとが怖い。ってことで呼び出して、


「なんだ?」


廊下に移動すると、立ち止まったダクトベアは、『手短に話せ』と目で雄弁に語りかけてきた。はいよ。言われなくても分かっているって。


「リッチから報告。サンガ村に、ライオネルを探す子供のルーナが現れた。確認するかどうか聞かれたけど、あいつなら確認するよな?」


「あぁ」


あまり迷わずにうなずいて、ダクトベアは怪訝そうに顔をしかめた。


「向こうは今、どういう状況なんだ?」


「それは聞いていないぜ。確認するか?」


「いや、一時間後にサンガ村へ行く。そう伝えておいてくれ」


「了解」


やっぱダクトベアって頭いいよな。

ぱっと簡潔に話すと、ぱっと会談に戻っていく。


向こうは今どういう状況なのか……。


確かに謎だなと思いながら、俺はサンガ村の魔道具に通信をつなげた。つけっぱなしで放置していたのか、呼び出しの振動は起こらず、


「リッチ。聞こえているか?」


尋ねると、ややあってから、


「聞こえているよ。何だって?」


のんびりとした声が返ってくる。


偽物のルーナがいるっていうのに、まったく切迫した状況ではないらしい。妙だなと思いながら、俺はこっちの状況と、一時間後にサンガ村へ行くことを伝えた。そして、


「そっちは今、どんな状況なんだ?」


「んんー? まぁ一時間くらいならどうにかなると思うよ」


聞いてみたら、知りたい答えとはちがうものが返ってきて、通信が切れた。

ま、そっちが困っていないなら別にいいけど。


魔道具をしまって、俺は会談中の部屋に戻った。




それからおよそ一時間後、会談が終わった。

パカラナ辺境伯の屋敷を出ると、ライオネルが心配そうな声色で、


「何か問題が起きたのか?」


ダクトベアにそう尋ねた。

会談中に、俺が呼び出した件についてだろう。


そりゃ気になるよな。通信の魔道具で連絡が来るのは、『悪魔に襲撃された助けてくれ』って場合がほとんどなんだから。ま、今回はちがうけど。


「あー、実はな」


言いたくなさそうな感じで、ダクトベアがぼりぼりと頭をかく。


そして時間を稼ぐように、やたら前置きの言葉を並べると、低い声でぼそぼそと例の件のことをライオネルに伝えた。するとライオネルは、『ルーナがサンガ村にいる』という情報を得た途端、目の色を変えて走り出して……。あーあ。


予想どおりっつーか、期待を裏切らないっつーか。


ルーナが絡むと、ほんと思考力の低下が著しい奴だよな。

よくも悪くも猪突猛進。普段はそんなことないのに。


「わりぃ。こっちのことは、しばらく任せた!」


「おう」


ダクトベアが慌てて、『待て!』『落ち着け!』と呼びかけながら、ライオネルを追いかけていく。ご苦労さん。がんばれよ。あいつのストッパーになれるのはお前だけだ。


正直、俺もルーナのことは少し気になる。


けど依頼や仲間を放置してまで、確かめに行きたいとは思うほどではない。ライオネルのことはダクトベアに任せよう。俺はダーナ町で、俺のやるべきことをしよう。


どうせまた、偽物だろうし。




サンガ村に向かった二人は、次の日にはダーナ町に戻ってきていた。

そうとは知らず、ちょっと買い物に出かけた俺は、町中で二人に会って驚いた。


移動スクロールを使ったと考えれば、そんなに不思議なことではないんだけどな。戻っているなら教えてくれよ。なんでまず宿屋に来ないんだよ。


そう思ったけど、ライオネルは物思いに沈むような悲しげな雰囲気をまとっていて、ダクトベアはかなり苛ついている。


部下の前に立てるような心境じゃないから、町をほっつき歩いているって?

その気持ちは分からなくもないけどさ。


「どうだった?」


「会えなかったよ」


聞くと、ライオネルは悲しそうにそう答え、深いため息をついた。


「俺が怖い顔をしていたせいで、逃げられたらしい」


「は?」


逃げられた? ……そりゃ新しいパターンだな。


のろのろ町を歩きながら、俺はサンガ村で何があったのかダクトベアに聞いた。

結論から言うと、今回のルーナが偽物かどうかは分からなかったらしい。


リッチの話によると、サンガ村に現れたルーナは七、八歳くらいの見た目の子供で、中身も子供。ライオネルを探してクシャラ村に行ったものの、誰もいなくて、代わりに近くのサンガ村に来たんだとか。リッチが俺に連絡している間、サレハと教会で歌を歌って待っていたんだとか。


……うーん。おかしなことになっているな。今のクシャラ村には誰も入れないし、悪魔は教会に入れないはずなんだけど。でも、そいつが悪魔じゃなかったとしても、


「見た目も中身も子供って時点で、偽物なんじゃねーの?」


それがライオネルの探している『ルーナ』じゃないってことは明白だ。


たまたま情報が一致しただけの、悪意のない『ルーナ』かもしれない。

……あり得ないと思うけど。


「俺たちとは時間の流れがちがうのかもしれない」


ところがライオネルは、断固とした口調でそう言った。


あ、そういう感じ。

俺は即座に口をつぐんだ。


ルーナがあの頃から成長していないって、そういう可能性も考えているのか。

すげぇな。さすがライオネル。恐れ入ったわ。



   * * *



それから一年弱後の、夏のこと。


サンガ村が悪魔に襲撃された。


そのとき、村には悪魔と戦える人間がサレハしかいなくて、連絡を受けたラーテル領の兵士たちがすぐ救助に向かい、俺たちも急いでサンガ村に駆け付けたけど、被害を防ぐことはできなかった。


村は荒らされ、何十人もの死者が出た。しかもほとんどの悪魔には、すんでのところで逃げられてしまった。村の周囲には、まだ悪魔がうろついている状態。


このまま放っておくわけにはいかない。


俺たちはしばらく、交代でサンガ村に寝泊まりし、悪魔を退治することにした。襲撃しやすい村だと認知されてしまったのか、悪魔は毎日のようにやって来て、緊張の解けない日々が二か月ほど続いた。そして悪魔の数が、ぐっと減ったなと感じるようになった頃、


「奴らの潜伏場所を突き止めました!」


仲間の一人が、悪魔たちが地下水路に潜伏しているという情報を持ってきた。弱った悪魔を追いかけていたところ、別の悪魔と合流して、地下水路に姿を消していったらしい。


有益な情報だった。


罠という可能性もあったけど、悪魔との戦いを終わらせるため、俺たちは意を決して地下水路に踏み込んだ。


ま、俺は地上で待機している組だったけど。

全員で乗り込んで、罠でした、全滅しましたってなったらシャレになんないからな。


約束の時間を過ぎても報告係が戻ってこなかった場合、様子を見に行く係として、俺は地下水路に下りていくライオネルたちを見送った。


緊張も不安もあった。


けどそれよりも、ライオネルなら敵の親玉を倒して帰ってくるだろうっていう、確信のほうが大きかった。あいつは強いし、運もいい。上級悪魔でも出てこない限りは、普通に倒して帰ってくるだろう。悪魔を警戒しつつ、俺はそう楽観的に考えていた。


……なのに、途中で報告係が戻ってこなくなって。

マジかよ、嘘だろって思いながら、俺は後ろ向きで梯子に足をかけた。


いったい何があったんだ?


気になるけど、考えていても仕方ないから、ライオネルたちの状況を確かめるため、真っ暗な筒の中を通って地下水路に向かう。


ずっと下のほうにまだ、誰かの《光よ(ライト)》が見えているから、深追いして戻ってきていないとか、連れていかれたとか、そういうことではないと思うんだけど。


音を立てないように気を付けながら、ゆっくり梯子を下りていく。


するとやがて、真っ暗な筒が途切れ、背中側の空間が開けた。


動きを止めて振り向くと、左のほうに負傷している仲間が数名、右のほうに手を上げたライオネルとダクトベアの後ろ姿。


なんだ、無事じゃん。


ちょっと安心したけど、よく見ると掲げられたライオネルの手に、グローブがついていない。悪魔の前で、白魔法を出せる武器を手放したってことは……。


もしかしてこれ、人質を取られて手間取っているってこと?

やべーじゃん。

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