ルインの本気
「足りないものとかあったら後で送るから。それとルイン、もしレイドに変な事されたらすぐ帰ってくるのよ」
あの後すぐ荷造りに取り掛かった俺とルインは、翌朝には出立の準備を終えていた。
最後の夜はルインと仲のよかった冒険者たちとともにささやかな晩餐会を開くこともできた。
アベルの阿保が文句を言ってくるかとも思ったが、さすがに俺とアリアが睨みを利かせていると動きづらいのか、特に邪魔も入らず、思い出話に浸ることができた。
「わかった。行ってくるねアリア」
「定期的に連絡はする。拠点が定まったら一度顔を見せに来い」
見送りに来たアリアに手を振り、俺とルインは『竜の息吹』を後にする。
アリアの姿もだんだんと小さくなっていき、そして見えなくなった。
徐々に遠ざかっていくギルド本部を眺めながら、おっさんと一緒にギルドを立ち上げてから10年以上ずっとここに住んでいたのかと、少し感慨深い気持ちが溢れる。
「……後悔、してない?」
「まさか。むしろ余計な考え事が減ってスッキリしたくらいだ」
不安そうにしているルインの頭をガシガシと撫で、気にするなと笑いかける。
やめてよー!と腕にすがりつくルインを眺めながら、この光景をアリアに見られたら確実に消されるなと背筋に冷たい汗を感じていた。
ギルド本部を離れて数時間。
すでに辺りに人の気配はなく、行商人が使う街道を二人で歩いていく。
「レイド、私たちはこれからどこに行くの?」
「王国のはずれにあるフォンゼルって街を目指す。迷宮が近くにあって冒険者の数も多い。新しくギルドを立ち上げるにはもってこいだからな」
迷宮都市フォンゼルは、俺とおっさんが出会った思い入れのある街でもある。
新しく冒険者としての生活を始めるのならば、あそこほど適した場所もないだろう。
「隣町からは馬車に乗ってフォンゼルに向かう。荷物、重いだろうけどもう少しの辛抱だからな」
「大丈夫! 私力持ちだから!」
なんてったって最強のギルドマスターの娘だしね!と自虐なのか本気で言っているのかわからない発言を繰り出す。
ただ、確かにルインは強がっているわけではなく、本当に疲れてはなさそうだ。
今は日常品を多く抱えてることもあり、荷物の量も普段の数倍に膨れ上がっている。
体を鍛えた冒険者でも辛いだろうに、ルインは汗ひとつかいていなかった。
「なあルイン。隣町に着く前に少し確かめたいことがある」
「確かめるって、何を?」
「これからのために、本気のルインがどれくらい戦えるのかをだ」
ずっと気になっていたことを確かめようと、俺はルインに声を掛ける。
これから冒険者として生きていく以上、やはり最低限の戦闘力は必要だ。
俺がいる以上日銭に困ることはないだろうが、彼女の夢を叶えるためにはルイン自身も鍛えなきゃいけない。
それに、彼女の力について、俺は一つの疑惑があった。
俺の疑惑を裏付けるように、ルインは急に顔色を変えて目線をそらす。
「昨日嫌ってほど見られたと思うんだけど……」
「確かに見た。けど、昨日の戦いは本気じゃなかっただろう」
赤ん坊の頃からルインを知っている俺は、ずっと彼女が戦えないという事に疑問を覚えていた。
ルインは能力がないのではなく、戦うことを怖がっているんじゃないかとずっと考えていた。
「俺の記憶の中で、おっさんが大怪我を負ったことがあるのは三回だ」
そう言って、カバンの中から練習用の木剣を取り出す。
「その内一つは、ルインが初めてクエストを受けにおっさんと出かけた時」
俺が知る限り、最初で最後のルインの冒険。
ルインと一緒に出かけたギルドマスターが大怪我を負って帰ってきたので、ギルド中が騒然としたものだ。
「おっさんははぐれのモンスターに襲われたとか言っていたが、あれは嘘だろう」
ルインに見惚れてたらモンスターの攻撃を避け損ねたとかアホなことを言っていたが、恐らく実際に起こったことは違う。
「ルイン、お前は力が無いんじゃなくて力を制御できないんじゃ無いか?」
その言葉に、びくりと体を震わせ、怯えたような眼差しで俺を見る。
「わ、私は……」
「一度本気を見せてみろ。何、おっさんに大怪我負わせたのがトラウマになってるのかもしれないが、俺はおっさんより強いから大丈夫だ」
そういってルインに木剣を手渡すと、一瞬躊躇したのち、震える手で剣の柄を掴んだ。
「私、レイドがお父さんより強いなんて聞いたことないんだけど」
「おっさんは見栄っ張りだからな。弟子の俺に実力を越されたのが認められないのさ」
「見栄っ張りはレイドも大概だと思う……」
小娘が何か喚いているが気にしない。
街道から十分に距離を取り、人の気配が全くしない開けた場所へと移動する。
あたりは低木と草が少々生えている程度で、障害物も少ない。
ここなら模擬戦をするにはもってこいだろう。
「魔法は使えるのか?」
俺がルインに問いかけると、彼女は小さく横に首を振った。
「私が使えるのは、多分これだけ」
そう言って、手にした木剣を構える。
その構えは何度も見た、ギルドマスターグレンと同じ構えだ。
「わかった。全力でかかってこい」
恐らく油断していたとはいえ、おっさんに一撃食らわせた剣技だ。
決して気を抜かずにルインに対峙する。
「……それじゃあ、行くよ」
瞬間、地面が爆ぜた。
強烈な怖気と共に迫り来る衝撃を、俺は思いっきり体を逸らして避ける。
空気が破裂する音が鳴り響き、衝撃波が草木をなぎ倒した。
ルインは即座に体を捻り、返す刀で俺の体を袈裟斬りにする。
刃のない木剣とはいえ、そんな一撃が直撃したらたまったものじゃない。
真正面から受ければ木剣が砕け散ると考え、恐ろし速度で振り下ろされるルインの木剣を背で受けて衝撃を流す。
刹那、一瞬だけ目があったルインの瞳は、大空のような青色から、血色の真紅に染まっていた。
「なるほど、こりゃ気軽に戦えないわけだ」
ルインの瞳から理性は感じられない。
生まれ持った天賦の才だけで、ひたすら最適解を選び続け、どんどん俺を追い詰めていく。
並みの冒険者であれば、なすすべもなく一方的に蹂躙されてしまうだろう。
確かに、こんな爆弾を抱えながらじゃ、ろくに戦闘なんてできるわけがない。
「……ここら辺にしておくか」
ま、俺は並みの冒険者ではないからいくら強かろうがルイン程度には負けないわけだが。
ちょっと想像よりも数段強くて冷や汗はかいたが、たまには完璧な俺も見誤ることはある。
迫り来るルインの刃に合わせ、俺も剣を振るった。
カンッ!という乾いた音ともに、ルインの剣が宙を舞う。
「勝負ありだ」
その衝撃で、ルインの体がピタリと止まる。
ハッとして辺りを見回す彼女の目は、元の空色に戻っていた。
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