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SECRET≠BUDDY  作者: 早見綾太郎
SCENE.03 『華麗なるスパイ大作戦』
9/15

【凶兆】

※今週はちょっと風邪を引いてしまったので、中身は少なめです。ごめんね。


SCENE.03『華麗なるスパイ大作戦』



《フォルダ内1059件のデータをコピー中…82%》

 非常灯の明かりが照らす薄暗い室内で、軽快に響き渡るタイピングの音。

 巨大PCが静かに稼動し、備え付けのHDD内から、幾重にもロックの掛けられた機密データが瞬く間に複製保存されていく。

「……」

 目まぐるしく変わるモニターの光に照らされて、真紅の唇が滲むように嗤った。

 ――《完了》の文字が表示されると同時に、USBメモリーを引き抜いて、Ms.コニーレッドは柔らかな胸の谷間にそれを隠すと、部屋を出る。

 自動扉が開いて、明るい廊下側から差し込んだ光が彼女の背後、ほの暗い室内に折り重なった警備兵たちの死体を微かに照らし出した。


              ***


 ド派手なネオンと、豪華な内装。シャンデリアを模した電飾がキラキラと瞬き、真っ赤な絨毯の上をカクテル光線が眩く交差する。歓楽街の中央部に陣取ったカジノホールは今宵も大いに盛り上がりを見せていた。

 ルーレット、スロット、ポーカー、ブラックジャック、etc……法律でカジノが禁じられている国内において、唯一その設営が認められている経済特区・金恋市のカジノスポットには、連日大勢の観光客が詰め掛けている。

 騒がしい店内。異国情緒溢れるゴージャスな雰囲気と、本物のカジノという物珍しさに誘われて、様々なギャンブルに興じる老若男女に混じって、ディーラー、バニーガールなどの従業員も忙しなく店内を行き交っていた。

『――鮎川さん、テーブル四番のお客さま三名様、お手洗いまでご案内して』

「はい、了解しました」

 バニーガールの一人として現場に潜入していたMs.チェリーベル(=桜坂鈴音)は、先輩のディーラーから指示された場所に向かう。

「おぉ、すげぇ。おい、本物のバニーガールだよ!」

「うっひょ~っ! マジかよ!」

「可愛い~! っていうか、エロっ!」

 待っていた若者三人は初めてなのか、バニー姿のベルが現れるや否や、興奮したように騒ぎ立て、持っていた携帯端末で写真を撮り始める。

「申し訳ありませんお客様、店内は撮影禁止となっておりますので」

「えー、一枚ぐらいいいじゃん」

「どうしてもと仰るのなら、奥の方から黒服のオニイサン方をお連れしますが?」

「げっ、すいません……」

「それよりさ、俺たちトイレ行きたいんだけど」

「はい、ご案内致しますね」

「えっ、なになに? お姉さんも一緒にシてくれんの?」

「やったぁー。それじゃあ、俺たちも楽しんじゃおっか?」

「ウフフ、せっかくのお誘いですが、それは結構です」

 ねっとりと絡みつくような男たちの視線に全身を舐めまわされながら、ベルは完璧な営業スマイルと軽いノリで、見事に鬱陶しい客からのちょっかいを受け流していた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。


 喧噪渦巻くカジノホールの裏で、密かにある取引が行われていた。

 応接室で面会する眼鏡をかけたスーツ姿の中年男と、顎鬚を蓄えたイタリア人の男。

 二人は机を挟んで向かい合い、イタリア人の指示で、彼のボディガードとおぼしき筋骨隆々の黒人が持っていたアタッシュケースを卓上に広げた。中には、白い粉末の入った小袋がぎっしりと詰められている。スーツ姿の中年男は息を呑むように膝を正しながら、取り出したハンカチで額に浮かんだ脂汗を拭う。

「……」

 異国語で密談を取り交わす二人の姿を、天井にある通気口の裏から密かに眺めていた、Mr.ノーボディ(=影村良太)は、超高性能デジタルカメラでその取引現場を淡々と写真に収めていく。二人の男もボディガードも、誰一人としてその存在には気づいていない。

 音も無く天井裏に潜む彼の姿は、まさに〝実体を持たない〟――影そのものだった。


              ***


 ヴィィイイ――ン、ヴィィィイ――ン……!!

 耳を劈くような警報が鳴り響き、真っ赤な警告灯が明滅して通路を置くまで照らし出す。

 走る人影。こつこつと足音を反響させながら非常口を抜けたコニーレッドは、駐車場に停めてあった赤いスポーツカーに乗り込み、すぐさま現場をあとにした。


              ***


 若者三人の対応を終えて、持ち場に戻りながらふと溜息をつくベルのもとに、先ほど無線で指示を出したディーラーの男がやって来る。

「大変だったね、鮎川さん?」

 栗色のエアリーな長髪に、胸元のボタンを大きく開けた甘いマスクの優男。

 女性客だけでなく、女子従業員の間でも大人気のイケメン・ディーラーだ。

「まったく困った客もいるものだな。気安くウチの女の子に手を出さないで貰いたいね」

 そんなことを言いながらさりげなく肩に手を回し、つーっと背中を撫でながら、男は自然と彼女の腰を抱いた。

「ぁ、あのぅ……」

「んー? どうしたんだい? そんな不安そうな顔して」

 くすぐるように訊き返し、クールな流し目を送りながら、慣れた手つきで白いしっぽの生えたお尻の辺りをゆっくりと愛撫する。

 ベルはそのもどかしい感触に思わず小さく身震いをした。

 すばやく辺りを見回した男は、「今なら誰も見てないから」と囁き、そっと唇を寄せてくる。人目を避けて絡み合う視線……。

 そのとき、イヤホン越しに回線が切り替わる僅かなノイズ音が聞えてきた。

『――任務完了だ。撤収するぞ』

 ノーボディからの通信を受け、肩の荷が下りたように一つ深呼吸をしたベルは、馴れ馴れしく網タイツの上から太ももを触ってくる男の手の甲をギュッとつまみ上げた。

「痛ッ……!?」

 慌てて手を退ける男の驚いた口元に、煙草を一本銜えさせてちゅっと火をつける。

「サービスです♪」

 ベルはそれだけ笑顔で告げて、とっとこその場を去って行った。

 一瞬呆気にとられた男だったが、すぐさま気取ったように肩を竦め、「やれやれ」と呟いてから紫煙を吸い込む。

〝!?〟

 途端、火のついた煙草の先端から色とりどりの火花がバッと迸った。

「うえぇっ、ちょッ……なんだこれぇええ~~っ!?」

 Dr.レミントンがお遊びで開発したスパイグッズの一つ――煙草型花火。

「コラーッ! なにやってんだ貴様ッ!!」

 男は駆けつけて来た係員から取り押さえられ、騒ぎを起こして大目玉を食らった。


              ***


 闇を引き裂くサーチライトの光。公道に出てルームミラーに目をやれば、後方数十メートルに黒塗りのセダンが三台。後部座席から身を乗り出した男が前を行くこちらに短機関銃を構えている。――瞬間、堰を切ったように火を吹く銃口。

 アスファルトの地面が削られ、緋色の閃光がいくつも迸る。

 じぐざぐ走行で巧みに銃撃を躱したコニーレッドは、サイドブレーキを引き、素早いハンドル捌きで後輪をドリフトさせながら、ヘアピンカーブを直角に曲がって脇道へと滑り込む。あとを追う三台もすかさず追尾しようと試みるが、操作が間に合わず入り口でぶつかり合い、互いに身動きが取れなくなる。

 その機を逃さず一気に距離を引き離しながら、サングラスをかけたコニーレッドはふと耳元のイアリングに手を触れた。瞬間、微かな電子音が鳴り響き、直後に後方から襲い掛かる閃光と轟音。仕掛けられていた爆弾によって尾行車三台は炎を上げて大破した。

 ギアを変え、アクセルを踏み込んで夜の帳を疾走しながら、コニーレッドは搭載するカーステレオのスイッチを入れた。

「マスター、任務完了しました」

 流れ出す激しい曲調のBGMと共に、

 車内のスピーカーから抑揚のない男の声が返って来る。

『……よくやった。すぐに帰還しろ』

「了解――」


              ***


 合流したベルを助手席に乗っけ、ぴかぴかクリーニングと架空の業者名が記された逃走用のワゴン車を走らせる。ハンドルを握る俺の隣で、バニー姿のままで駆け込んできた彼女は、先ほどからデジタルカメラを手に、俺の撮影した画像を眺めている。

「それにしても、麻薬取引の現場を証拠写真に収めろだなんて、なんだかスパイというよりも探偵みたいな依頼ですよね」

「スパイは日本語に直すと〝密偵〟だ。探偵も密偵も大差ない」

「いわれてみれば確かにそうかも」

 交差点で信号を待つ間、俺たちは手持ち無沙汰に言葉を交わす。

「でも、今回は報酬の割にけっこう楽勝でしたね?」

「まぁ、たまにはこういう仕事もなくちゃ困るよ」

「それで、あの、ミスター? 前に約束した、デートの件なんですけど……」

 ベルが俺に何か話を振ろうとしたそのとき――ブォオオオオオオと、交差点の向こうから猛々しいエンジン音が近づいて来て、正面から一台のスポーツカーが現れた。

 真っ赤な車体で風を切り、颯爽とこちらに向かってくる。

 ふと、運転席の女に目が留まった。

 光と闇が混ざり合う刹那の邂逅。

 それは一瞬のことで、目を凝らしても、向こうの顔までははっきりとわからない。

「……」

 そして、すれ違う。

 サングラスのミラーレンズ越しに映る電飾とネオンの瞬き。

 不意に、凶兆めいた予感が胸を突く。

「――――」


 ドライバーの女が一瞬こちらを見て、小さく嗤ったように思えた。


〝今のは……!?〟

 直後に、はたと振り返る。

「――!」

 流線形に駆け抜ける光の束を尻目に、凶悪なエンジン音を轟かせ、真っ赤に燃えるスポーツカーは、不夜城の街並みに忽然と消えて行った……。

「ミスター?」

 なんだか胸騒ぎがする。

 何か良からぬ事態が起こりそうな、嫌な予感があった。

「ねぇ、ミスター。信号、青ですよ?」

「ん、あぁ……!」

 しばし茫然としていた俺は、ベルの声で我に返り、慌てて車を発進させる。

「大丈夫ですか? どこか具合でも――?」

「いや、何でもない。たぶん気のせいだろう……」

 そうであって欲しいと願いながら、俺は胸の中のもやもやを振り切るように、テールランプの明かり犇く大通りへと、アクセルを踏み込んだ――。



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