第30話 襲撃の後始末
朝早くからわたしの宿の一室に訪れたザレックさんが、神妙な面持ちで告げた。
「――で、夜間に何者かに襲撃された、ってわけか?」
「えーと、そうっぽいです」
わたしが泊まった宿の一室は、割れた窓ガラスが床に散らばっていた。
今はモッフィが壁の隅に片付けてくれたけど、わたしが腰かけるベッドのすぐ隣にある窓ガラスは盛大に割られていた。
深夜に窓ガラスが割れる音を聞いた宿泊者が何人かいたらしく、そこから宿に通報が入ったことで、ザレックさんが飛んできて今に至る。
わたしは傾いたサングラスをかけた状態で、曖昧な口調で続ける。
「ただ、わたしは寝ぼけててあんまりよく分かってないんですけど……」
「昨夜、襲撃に合ったのは間違いない」
中途半端な返答をするわたしとは対照的に、モッフィが断言した。
ザレックさんが鋭い目付きで返す。
「それは、アイリを狙った犯行か?」
「そうじゃろうな。アイリの命を狙っておった」
「犯人の特徴は?」
「小娘じゃった。顔や体は暗い衣装で隠しておったが、声と体格からして十代半ばといったところじゃろう。武器はクナイを使っておったな」
わたしはモッフィに尋ねる。
「クナイって、あのクナイ? 忍者が使ってるやつ?」
「そうじゃ」
え、この世界にも忍者っているの!?
『巻物』という存在といい、ちょっと日本っぽいものも紛れてるんだな。
東の島国発祥のものだろうか。
ザレックさんが切迫した表情を浮かべる。
「なるほど……ていうことは、あの噂は本当だったのか……?」
ザレックさんが呟く独り言の内容が気になったので、尋ねてみる。
「あの噂って?」
「不用意に怖がらせたくはないから伏せていたんだが……こうなるとアイリには伝えておいた方がいいか。まだ一部の者しか知らない情報で、真偽も定かじゃないから口外はしないでくれよ」
何やら緊張感がある。
わたしはコクリと頷いた。
「実はこの街――グリィトの近くにとある殺し屋組織か拠点を張ったって情報が流れてるんだ」
「殺し屋……!?」
「ああ、その名も『黒烏』。王国じゃあ有名な殺し屋組織だ」
殺し屋だなんて、そんな物騒な集団が街に潜んでるの!?
「『黒烏』は一ヶ所に拠点を固めず、王国中をランダムに点々と移動していくのが特徴でな。定期的に拠点の場所を変え続けるから、なかなか居場所を掴みにくいんだ」
「わ、わたしはその殺し屋組織に狙われてるってことですか!?」
「まだ確定したわけじゃないが……その襲撃者がアイリの命を狙っていたなら、可能性として考えておく必要はあるだろうな。一体誰が何のためにアイリをターゲットに選んだのかは分からないが」
そうか、殺し屋が動いているということは、誰かがわたしを殺すよう依頼を出したというわけか。
いや、でもわたしそんな恨みを買うようなこと何もしてないんだけど!
オロオロとするわたしに、モッフィが鼻を鳴らした。
「フン、そう難しく考える必要もあるまい。次に暗殺者が現れた時には、きっちりと我が葬ってやろう」
モッフィがぴょんっとベッドから飛び降り、床を歩く。
「それよりも、我は腹が減ったぞ。さっさとくろわっさんを買いに行き、朝飯にするのじゃ!」
朝飯て。
どんだけクロワッサン気に入ってんの。
わたし、命狙われてるんですけど?
ザレックさんは小さく頷く。
「……まあ、アイリにはモッフィがいるのが救いだな。モッフィの力があれば、寝込みを襲われても十分に対処できるだろう」
「当然じゃ。昨夜とて我がアイリを守ってやったのじゃからな。暗殺者の腕前もそう大したこともなかった。逃げ足は速かったがの」
モッフィは平然と言った。
そのモッフィの態度にわたしは呆れ、ザレックさんは苦笑する。
そして、ザレックさんはわたしに向き直った。
「今回の件、あまり表沙汰にしない方がいいだろう。不用意に警備隊や騎士たちに伝わったら、保護のためにアイリの身柄が拘束される可能性があるからな。そうなるとアイリの身元なんかも調べられて、『黒烏』の連中が捕まるまで質素な一室に軟禁状態になりかねない」
「えっ!」
それは不味い!
わたしは異世界でまだまだ楽しいイベントをこなしていきたいのに、庁舎の一室に閉じ込められるなんて嫌すぎる!
「だから、今回の襲撃の件は伏せた状態でしばらくはベルドたちの家に泊まった方がいいかもな。俺が紹介した宿なのにこんな結果になってしまって申し訳ない」
ザレックさんが頭を下げた。
わたしはぶんぶんと手を横に振る。
「そ、そんな! 襲ってくる暗殺者が悪いんですから、頭を上げてください!」
「……そう言ってもらえると助かる」
ザレックさんは難しい顔つきのまま、わたしを見た。
「この件の首謀者は、絶対に野放しにしない。俺の方でも『黒烏』を徹底的に調べようと思う。無論、『黒烏』以外の人間の犯行も視野に入れるが」
「あ、ありがとうございます!」
「それまでは怖いかもしれないが、我慢してくれるか……?」
うーん、怖いといったら怖いんだけど。
ぶっちゃけ、そこまで恐怖心があるかと問われると微妙だった。
もちろん、自分が殺し屋に狙われていると知った時はビックリしたし怖くもあったけど、今はなんかふわふわしてる感じだ。
多分、平和な日本で育ったわたしが暗殺者に狙われるっていう状況そのものが現実感がないんだと思う。
異世界だから何が起こっても不思議じゃないって分かってはいるんだけれどもね。
わたしはサングラスをしかとかけ直し、すくっと立ち上がった。
「問題ないです! わたし、これくらいのことでへこたれたりしないので!」
「ハハ、そうか。アイリは強いな!」
「わふっ」
ザレックさんにゆるふわ金髪をぐしぐしと撫でられる。
「ほれ、何をしておる! 腹が減ったと言っているであろう! さっさとくろわっさんを買いに行くぞ!!」
「はいはーい、分かったよー!」
わたしはザレックさんにお礼を言って、モッフィの元に駆け出して行くのだった。




