第28話 ガッポリ稼いで『口座』開設
「大変お待たせいたしました! レイジグリズリーの素材買取――しめて金貨九百五十枚となります!」
ギルドの受付で、ドンッと麻袋を置かれた。
麻袋はパンパンに膨らんでいて、ぎっしりと金貨が詰まっている。
「き、金貨九百五十枚ーーっ!?」
わたしはその金額にビックリ仰天した。
危うく、サングラスを落としそうになる。
(金貨は一枚あたり、日本円にして一万円くらい。つまり、それが九百五十枚もあるということは……単純計算で、九百五十万円!?)
社畜OL時代のわたしの年収で換算したら、三年分くらいの金額なんだけど!?
あれだけ連日残業で夜通し働き詰めだった激務の日々、その三年分の報酬がこんなに一瞬で稼げてしまった!!
わたしの足元にいる小動物サイズのモッフィが、吠えた。
「金も良いが、肉の解体もちゃんとできておるのだろうな!?」
レイジグリズリーのクマ肉が美味しいらしいという情報を聞き付けてから、モッフィの興味関心は肉の方に完全に移ってしまっている。
受付嬢さんはにこやかに答えた。
「ご心配なく。レイジグリズリーの肉は別で取り置いています。こちらの買取金額は、生肉を除いたレイジグリズリーの素材部分のみの代金になりますので」
「そ、そうか。ならば良いのじゃが」
「生肉はこちらのアイテム袋に全て収納されておりますので、お納めください」
受付嬢さんは報酬金が入った袋の横に同じくらいの大きさの袋を置いた。
持ってみると意外と軽い。
試しに袋の口を開くと、中にたくさんの生肉がぎゅうぎゅうに詰まっていることを感じた。
(これがアイテム袋、か。性能はマジックバッグと同じかな? 形状が袋型かバッグ型かの違いで)
わたしは受付嬢さんにお礼を言って、アイテム袋を手持ちのマジックバッグにしまう。
「ありがとうございます。たしかに受け取りました」
てか、冷静に考えてみれば――この金貨九百五十枚の値段って生肉の買取を除いてのものなんだ……!
これ、もし生肉も全部売ってたら余裕で金貨千枚に届いてるよね!?
金貨千枚となれば、日本円にして一千万円――!
「なるほど……かなり夢のある話だ。冒険者を志す動機が少し分かったかも……!」
命の危険はあるけれど、その分だけ実入りも保証されているってことだ。
すると、ふと横からザレックさんが声をかけてきた。
「これだけの大物を解体したのは久しぶりだ。つーか、そもそもレイジグリズリーの巨体を全て持ち帰ってくること自体すげぇことだしな。普通はマジックバッグの容量オーバーで、肉体の一部しか持ち帰れん。だから、これくらいの買取金額になるのは当たり前だぜ」
だが……、とザレックさんが心配そうな目を向けた。
「アイリみたいなチビッ子がこんな大金を持ってることを知られるのは不味い。そのマジックバッグの中に大金を持ち歩いていると知れ渡ったら、襲われてしまうかもしれない」
「え! それはヤバいかも……」
「フン、そんなくだらぬ輩など、我が消し炭にしてくれるわ!」
わたしの足元でモッフィが事も無げに言った。
ザレックさんは小さく笑う。
「ま、たしかにモッフィがいたら安心かもしれないが、不用意にリスクを高める必要もないだろう? そこで、だ」
ザレックさんはギルドの受付に回り、棚から一枚の書類を取り出した。
「アイリ、せっかくだから『口座』を作らないか?」
「口座?」
ああ、とザレックさんは続ける。
「冒険者は任意で自分の口座を持つことができる。強い冒険者なんかは稼ぐ額も多いから、常に大金を持ち歩くことになるからな。そうなると、さっきも言った通りいつ暴漢や野盗どもに襲撃されるか気が気じゃない。だから、こうして冒険者ギルドで『口座開設』を請け負ってるんだ」
たしかに、自分の口座を持ってたら安全かもしれない。
日本でも、バッグの中に常に札束をいくつも持ち歩いている人は少ないだろうしね。
「一度『口座』を作れば、王国内はもちろん、国外でも引き出すことはできるぞ。基本的にギルドは国家間で連盟を組んでるからな。その街や都市の冒険者ギルドか商業ギルドに行けば、自由に入出金できる」
ただ、とザレックさんは少し言いにくそうな顔を浮かべた。
「この『口座開設』はあくまでもベテラン冒険者向けのサービスでな。開設手続きに金貨十枚が必要になるんだが……」
「金貨十枚、ですか……」
日本円にして、十万円ほど。
日本基準で考えたらただ『口座開設』をするだけで十万円取られるというのは、法外な値段に思える。
だけど、ここは異世界だ。
身の安全が保証されていない上に、大金を持っているのが幼女となれば、今後のリスク回避のためにギルドで口座を作っておいた方が良いかもしれない。
「分かりました! 口座開設、お願いします!」
わたしは口座開設をお願いし、書類に必要事項を記入していく。
て言っても、名前とか年齢とか職業とか、基本的な情報を書くだけで難しいことはない。
そして、ザレックさんが奥から水晶玉の装置のようなものを取り出してきた。
「最後に、この水晶に触れてくれ。アイリの魔力の質を読み取って、口座のカードに浸透させる。魔力の質は全員異なるから、カードの不正利用を防ぐことができる」
「分かりました」
そうなんだ。
いわば、拇印やサインみたいなものか。
指紋や筆跡みたいに個人を特定する方法が、この世界では『魔力の質』ということだろう。
水晶に手を触れ、ザレックさんが手続きを行っていく。
ややあって、水晶玉が片付けられる。
「待たせたな。これで完成だ。こいつが、アイリの口座のカードだ!」
「おお、これが!」
ザレックさんから口座のカードを受けとる。
形は日本のキャッシュカードとほぼ同じだった。
ギルドカードに続き、キャッシュカードまで手に入れてしまった!
なんか嬉しくなってくる。
「それで、今回の報酬はどうする? 全額、口座に入れとくか?」
「うーん、金貨十枚だけ現金でもらって、残りを口座に入れておいてもらってもいいですか?」
「分かった。口座開設代金の金貨十枚も差し引いて、残りを全てアイリの口座に入金しておくぜ」
「ありがとうございます!」
わたしは金貨十枚だけを受け取り、マジックバッグの中にあるお財布にしまった。
金貨がぎっしりと詰まった袋はザレックさんに回収され、手元の機械でわたしの口座に入金手続きを行ってくれる。
そして、ザレックさんが思い出したように一枚のメモ用紙を渡してくれた。
「それから、アイリ。もし良かったら、これを渡しておくぜ」
「これは?」
メモ用紙を見てみると、走り書きのような字で情報が書かれている。
これは……どこかの店の名前と、簡単な街の地図、かな?
「アイリだけでも泊まれる宿だ。今日から、宿泊可能だ」
「えっ!!」
わたしが泊まれる宿!?
顔を上げるわたしに、ザレックさんは笑みで応えた。
「ベルドから聞いたぜ。未成年だけだと宿に泊まれなくて追い出されちまったんだろ?」
「そ、そうです」
「そこに書いてある宿屋の店主とはちょっとした知り合いでな。俺が話を通しておいた。アイリのことを伝えたら、宿泊OKと言質を取ったぜ」
「本当ですか!?」
やったー!
これでもうベルドさんたちにお世話にならなくても済むぞ!
いつまでもベルドさんたちのお家にお邪魔させてもらうのは気が引けるからね……。
きっとベルドさんたちなら何泊でも歓迎してくれるだろうけど、あまり甘えっぱなしになるのも考えものだ。
やっぱり、自由への第一歩は自立することだからね!
「じゃあ、わたしはこれで」
「ああ。またいつでも来てくれよ、アイリ」
わたしはペコリと頭を下げて受付カウンターを後にする。
と、ベルドさんが話しかけてきた。
「アイリ、いい宿を紹介してもらえたみたいだな」
「はい! ザレックさんのおかげで!」
すると、仲間のマーレスさんとジェシーさんも寄ってくる。
「……そうなのか。アイリならウチに何泊してもらっても構わなかったんだがな」
「うぅ、もうアイリちゃんとはお別れなのー!? お姉さん、寂しいわぁー!!」
マーレスさんは口をへの字に曲げて残念そうにしていた。
ジェシーさんは悲しみのあまりわたしをハグしてくる。
「お、お気遣いありがとうございます。ただ、わたしもいっぱしの冒険者なので、できるだけ自分のことは自分でやりたいんです!」
ベルドさんは優しく微笑む。
「そうか。なら、俺たちはアイリの気持ちを尊重するよ。でも、何か困ったことがあったら遠慮せず俺たちを頼ってくれていいからな」
「ありがとうございます!」
わたしは心から優しくされていることに、じーんと感じ入ってしまう。
すると、ベルドさんたちの後ろから他の冒険者たちも口々に称賛の声を上げてくれた。
「み、皆さんもありがとうございます!」
ギルド内にはたくさんの冒険者たちがいた。
冒険者たちはわたしが多額の報酬を受け取ったことも、そしてその大金を口座に入金したことも、一部始終を目撃している。
これなら、わたしが大金を持ち歩いていないという情報も伝わっただろう。
変な輩に絡まれるリスクも減らせたはずだ。
それからわたしはペコペコと頭を下げて、ギルドを退室した。
「……ふぅ。思ったより大事になっちゃったな」
短いため息と共に、夕焼けに染まる空を見上げた。
もう陽が傾いてきている。
「夜になる前に宿に行っときたいから、ザレックさんが教えてくれたところに向かおうか」
わたしは言いながら、街を歩く。
そして歩みを止めることなく、モッフィに言った。
「夕飯だけど、宿で済ましちゃおっか。今日は疲れちゃったから、他の市場に寄ってパンとか買う気力がないから……。モッフィもそれでいい?」
「……うむ」
どこか心ここにあらずな返答をするモッフィ。
「どうしたの、モッフィ? もしかして、宿の夕食が嫌なの? クロワッサンを食わせろー、とか言いたいのかもしれないけど、今夜くらいは宿で手軽に済ませちゃわない?」
「そうではない。我がくろわっさんごときで一喜一憂するはずがなかろう」
いや、結構してそうなんですけど。
っていうツッコミはぐっと飲み込み、わたしはモッフィに問いかけた。
「じゃあ、どうしたの? 何か言いたげな様子だけど」
モッフィはしばし言おうか悩むような素振りをみせた後、ぴょんっとわたしの肩に飛び乗ってきた。
急にどうしたの!?
と、驚いたのも束の間、モッフィが声を潜めて囁くように言った。
「今朝から気がかりだったのじゃが……何者かに尾けられておる」
え!
尾けられてるって……尾行されてるってこと?
試しに振り返ってみる。
けど、ごく普通の人の往来があるだけで、何も変わったところは見当たらない。
「うーん、気のせいじゃない? わたしのグラサン姿が珍しいからチラチラ見てるだけでしょ」
「……そういうのではない気がするのじゃがな」
モッフィは含みのある答えをする。
だけど今のところ何の異常もないので、わたしたちは取り敢えず当初の目的地である宿屋へと進んでいくのだった。




