第26話 『冬獣夏草』
「うへぇ~……つ、疲れたぁ~~!」
レイジグリズリーの討伐を確認した直後、わたしはモッフィの背中に乗ったまま脱力した。
今はフェンリルのもふもふお布団にうつ伏せに寝転がっている状態。
もふもふの毛並みに顔を突っ込む。
「毒蜂魔物との戦いの時点ですでにちょっと疲労感があったのに、息つく暇もなくあんな凶悪クマとのバトルなんて聞いてないよぉ~」
モッフィの白銀の毛並みから顔を出し、わたしも横たわりながらレイジグリズリーを見つめた。
レイジグリズリーは、踏み荒らされたお花畑の一角で力なく倒れている。
風魔法、炎魔法、雷魔法、毒魔法――四種の魔法を撃ち込んでようやく倒すことができた強敵だった。
「ただ、合計三回も『魔眼チェンジ』をした上、後先考えずに魔法を撃ち込んでいたからか、魔力消費が大きいなぁ~……あー、もうな~んにもしたくない」
どうやら、『魔眼チェンジ』が曲者らしい。
単純な魔法を撃っても魔力は消費しているけど、『魔眼チェンジ』はなんか削られる魔力量が違う感じがした。
魔眼を切り替える度に、確定で十パーセントくらい魔力を奪われる感覚。
魔法の使い過ぎも注意しなきゃだけど、魔眼チェンジの回数もある程度の制限を設けた方が良さそうだ。
「あ、戦闘が終わったなら裸眼のままじゃ不味いよね。ほ~れ、出てこい――『神のサングラス』!」
わたしはだらしない体勢のまま片手の手のひらを上に向けた。
すると、その手のひらに四角いレンズのサングラスが召喚される。
「なんか馴染んできた気がするね。このグラサン状態にも」
わたしはサングラスを装着しながら、しみじみと独りごちる。
喜んでいいんだか悪いんだか。
まあ、今は一旦モッフィの背中で休むとしよう。
ぐでぇ~、と全身の力を抜きながらそう思っていると、モッフィがわたしに目を向けた。
「レイジグリズリーを倒したようじゃな。やるではないか、アイリよ」
「それほどでも~。モッフィもわたしを連れて逃げ回ってくれてありがとね」
「そんなことくらいお安いご用じゃ」
モッフィはフンッと鼻を鳴らした。
そして、続けて言う。
「それで、レイジグリズリーの死体はどうするつもりじゃ?」
「え?」
「お主、金策に明け暮れておるのじゃろう? レイジグリズリーの死体は素材として売れるのではないか?」
「お金!」
スクッ、と起き上がる。
ちょっとだけ元気を取り戻したけど、レイジグリズリーの状態を見て口を閉じた。
なぜなら、レイジグリズリーの体にはべっとりとわたしの『毒魔法』が付着していたからだ。
毒々しい液体が全身にぶっかかっている。
「たしかにレイジグリズリーみたいな強い魔物の素材は売れそうだけど……あの状態じゃさすがに持って帰れないよね。そもそも触ったらヤバそうだし」
わたしが生み出した毒魔法とはいえ、無闇にベタベタ触ったらとんでもないことになりそうだ。
自分が発動させた魔法なら自分にだけはノーダメージ……なんて機能は付いていないと思う。
「ああ、あの毒か」
モッフィが得心したように言った。
すると、レイジグリズリーの地面が白い輝きに満たされる。
え、突然なに!?
――そんな疑問を口にする暇もなく、モッフィが遠吠えのように告げた。
「キュアポイズンッ!!」
モッフィの宣言と同時、レイジグリズリーの体が白く光った。
すると、全身にべっとりと付着していた紫色の毒たちがみるみる内に消えていき、浄化される。
そして、ものの数秒でレイジグリズリーの体が綺麗さっぱり清潔になった。
周囲に飛び散っていた毒の液体も余すことなく完全浄化されている。
「す、すごい! 今のって、モッフィの魔法!?」
「簡単な解毒魔法じゃ。神獣ならばこれくらい、容易いことよ」
さ、さすが神獣フェンリルさん。
すごい浄化能力だ。
「あれならば問題はあるまい」
「あ、ありがとう! ちょっとレイジグリズリーまで近付いてみてくれる?」
「うむ」
モッフィは、ざふっ、ざふっ、とお花畑を踏みしめ、レイジグリズリーの元に寄る。
次第に近くなっていくレイジグリズリーの亡骸を見ると、改めてその巨大さに圧倒された。
もうマジで恐竜くらいの迫力がある。
博物館とかで展示されてそうな巨体とビジュアルだもん。
「い、今さらながらわたしはこんな化物とドンパチしてたのか……ん?」
レイジグリズリーに接近すると、頭部に赤いお花が咲いているのが見えた。
そう言えば、レイジグリズリーが洞窟に現れた直後にもこの赤い謎の花があったことを思い出す。
わたしはモッフィの背中から降りて、間近でレイジグリズリーの頭部に歩いていく。
至近距離で見ても、綺麗なお花だ。
「この花、なんなんだろう? レイジグリズリーの頭の上で発芽したド根性フラワー?」
って、さすがにそんなことはないか。
でも、さっき鑑定しそびれていたし、せっかくだから何のお花なのか調べてみよう。
わたしはレイジグリズリーの頭頂部に生えた赤いお花に手を向ける。
「鑑定!」
ウィンドウが現れた。
―――――――――――――――――――
【冬獣夏草】:動物を宿主とする、寄生型の魔草。寄生された動物は意識を奪われ、魔草を育てるよう行動を操られる。土壌が整えば宿主を殺し、自らの種を発芽させて冬獣夏草の群生地に変貌させる習性を持つ。別名『ゾンビフラワー』とも呼ばれる。
―――――――――――――――――――
「ええっ、怖っ!?」
予想以上のエグい生態解説に、思わず飛び上がってしまう。
そして、ハッと気付く。
「ま、まさかこのお花畑って、冬獣夏草の命令で作られたものなの……!?」
レイジグリズリーは肉食性の魔物だった。
今さらだけど、そんな動物の寝ぐらがこうもお花や植物であふれているというのは違和感がある。
おまけに、この洞窟にやってきた当初は踏み荒らされた形跡もなかったし。
と言うことは、レイジグリズリーは自分の寝ぐらにも関わらず、律儀にお花畑や植物を傷つけないように気を遣って日々の生活を送っていたということだ。
でも、そこにレイジグリズリーの意思は微塵も介在していない。
すでにレイジグリズリーは、『冬獣夏草』という寄生型の魔草によってすでに生けるゾンビと化していたから――
脳裏で繋がったピースに、遅れて寒気がした。
い、異世界の魔草、怖すぎるっ!!
「どうかしたのか、アイリ」
不思議そうに尋ねるモッフィに、わたしは鑑定結果を伝えた。
『冬獣夏草』なる、恐怖の魔草の存在と生態を。
「なるほどのぅ。言われてみれば、魔草には他の魔物に寄生する類いのモノもあったような気もするのぅ」
「恐ろしや……!」
レイジグリズリーはわたしたちと出会った時にはすでに死んだも同然だったということか……。
これが自然界だと言われたら黙るしかないけど、改めて過酷な世界だと痛感する。
「まあ、すでに屠ったのであれば今さらどうこう言うこともあるまい。その『冬獣夏草』なる魔草も寄生先であるレイジグリズリーが絶命したことで萎れておるようじゃしのぅ。さっさと回収するが良い」
「……これ、『冬獣夏草』に触れたら今度はわたしが寄生されるなんてことになったりしないよね?」
ゾンビパニック系の作品では、どんどんゾンビが増えて感染していってしまうのが定番。
震える声で問うわたしに、モッフィは平然と告げた。
「安心せよ。その魔草はほとんど生気を失っておる。放っておいても、すぐにレイジグリズリーと共に枯れることであろう。今触れたとしても、何の害もない」
「そ、そう? 本当だね? 信じるよ!?」
「当たり前じゃ。まあ、万が一お主が魔草に寄生されても、我が浄化してやるがゆえ、何の問題もない」
モッフィは事も無げに言った。
まあ、それもそうか……。
だからといって寄生される恐怖が完全に消えるわけじゃないけど、ここはモッフィを信じよう。
わたしはレイジグリズリーの頭部に生える赤い花――『冬獣夏草』をブチッとちぎって、マジックバッグに入れた。
念のため花に触れた指を確かめてみるけど、異常はなかった。
「じゃ、次はこのレイジグリズリーを回収――」
――しようとレイジグリズリーを見て、ピタリと体が止まる。
「……って、こんなデカブツ回収できるわけないでしょーー!?」
幼女の体の何十倍もあるレイジグリズリーの巨体!
いくらなんでもこれは……、と思っていると、横からモッフィが言った。
「マジックバッグの要領はバッグの大きさとは関係ないぞ。どれだけ大きなものであろうと、マジックバッグさえ大要領のモノであれば問題なく収納可能じゃ」
「そ、それは、そうだけど」
たしかに、わたしもマジックバッグにはありとあらゆる生活品などを押し込んでいる。
このマジックバッグは幼女の体でも十分に提げられるくらいの肩掛けバッグだ。
まるでセリエーヌちゃんのためにオーダーメイドで作られたんじゃないかってくらい体に馴染んでいる。
これくらい小さなマジックバッグじゃ、本来収納することはできないくらいの大量の物品を入れている。
「……なら、レイジグリズリーの巨体も入る可能性はある、か……!?」
無意識に邪魔していた先入観を取っ払ってみよう。
わたしはマジックバッグの口を開け、レイジグリズリーの頭に被せてみた。
すると、マジックバッグの口の空間が、ギュオンギュオンと変質した。
まるで時空が歪むように変わったマジックバッグの口に、どんどんレイジグリズリーの巨体が収納されていく。
いや、収納されていくというか、レイジグリズリーの頭がマジックバッグに引きずりこまれてるっていう表現の方が近いかも。
特にわたしが何もしなくても、勝手にレイジグリズリーの体がズズズズ……、とマジックバッグの中に飲み込まれていく。
ほどなくして、レイジグリズリーの鋭利な後ろ足の爪がマジックバッグに引きずりこまれる。
キュポン! と音が鳴ったかと思うと、レイジグリズリーの巨体は消失していた。
「ほ、本当にレイジグリズリーを収納できた」
「お主が持っているマジックバッグはかなり高性能の品のようじゃのう」
モッフィはスッと顔を上げ、洞窟の通路を見た。
「もう十分働いたであろう。今日はこれくらいにして、帰ろうではないか。我は腹が減ったがゆえ、このクマを売った金で美味いモノでも食わせよ」
「さっきパンを何個も食べたのに、すごい食いっ気だね……」
でも、わたしも今日はこの辺りにしておくのが良いと思う。
魔力消費の影響で疲労感が強いし、これ以上動き回ったら眠ってしまいそうだ。
ただ……、
「この魔草の群生地をこのまま手放すのも惜しいよね」
ぐるりとこの場の空間を見渡す。
マンドラゴラが引き寄せた魔物の群れとの戦闘と、レイジグリズリーとの激闘によって多少荒らされてしまったものの、まだまだ魔草は生い茂っている。
この洞窟は誰も入れないような谷底にあったし、きっとまだ誰も見つけていない秘境の地みたいな場所だろう。
『冬獣夏草』がレイジグリズリーを洗脳してせっせと魔草畑を作っていた甲斐もあって、種類を問わずたくさんの魔草が群生している。
どうにか残りの魔草たちも回収できないかと考え、ピコーンとアイディアを思い付く。
「残りの魔草を回収するのは前提として、次はベルドさんたちも連れてこよう! そうして人手を増やせば、きっとたくさん魔草を手に入れることができるよ!」
ベルドさんはわたしに良くしてくれる冒険者さんだ。
今朝も一晩お家に泊めてもらったし、ベルドさんは三人組のパーティをまとめているリーダーだから、頭数も今回の倍以上に増える!
街に帰ったら、ベルドさんたちのスケジュールを聞いて、空いていたら明日にでもまたこの洞窟に来て魔草採取に明け暮れようではないか!
「なんじゃ。またこの草を採りに行くのか?」
「もちろんだよ! 目の前に大金……じゃなくて、魔草という有用な素材が転がってるなら、みすみす見逃す手はないし!」
「つまらんのぅ。かような草むしり、我はもう飽きたのじゃが」
モッフィは露骨に嫌そうな顔をする。
わたしは少し"溜め"を作ってから、グラサンをくいっと掛け直す。
そして、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「……魔草をたくさん採ってお金が増えたらもっと美味しいモノ食べられるかもよ」
「なにっ!?」
「さらに、お金に余裕ができて他の街や都市を巡っていけば、その土地土地の特産品やご当地名物がい~っぱい食べらたりするかもねぇ……!」
「な、なな、なんじゃとーー!?」
目をキラキラとさせるモッフィ。
わたしはトドメの追い討ちをかける。
「というわけで、これからもモッフィには快い協力をお願いしたいんだ。ちょっとくらい退屈でも、ちょっとくらい面倒くさくても、きっとモッフィなら頑張れる! 全ては、まだ見ぬ異世界グルメのためにっ!!」
わたしはポンとモッフィの体を叩いた。
さながら、上司が部下に「期待しているよ」なんて肩に手を置いているような感じだ。
あー、思い返せば前世の社畜OLだった時、そんな都合の良いセリフを吐いて自分の仕事を押し付けてくる女先輩とかいたなぁ。
うぐっ!
い、嫌な記憶を思い出してしまった……!!
だけど、蘇ったわたしのトラウマを吹き飛ばすように、モッフィが声高に宣言した。
「ふ、ふむっ! まあ、せっかく千年ぶりに目覚めたのじゃからな。世界を見て回るついでとして、多少ならば人間のつまらぬ活動に付き合ってやるのもまた一興よ! フェンリルたる我がつまらぬクエストなどに興じてやること、光栄に思うがいい!」
「うふふ、そうこなくっちゃあ!」
モッフィのやる気に火をつけたところで、わたしたちは帰路につく。
あ、洞窟の入口でレイジグリズリーの餌として放り出されていた『擬態イタチ』の死体もしっかり回収しておいた。
わたしとモッフィの魔法で損傷はあるけど、少しなら素材として売れるかもしれないしね!
そうしてわたしはモッフィのもふもふ背中に乗り、山を降ってグリィトの街まで帰還するのだった――




