第25話 森のクマさん (異世界凶悪ver)
「――――ガオォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
洞窟の主――巨大ヒグマが両足で立ち上がり、体と腕を上げて威嚇するように吠えた。
その動作によって、咥えていた擬態イタチの死体がどさりと落ちる。
まさしくクマが川岸で捕らえた鮭を口に咥えているような状態だった。
けれど、あの擬態イタチも結構な大きさだったはず。
それをものともせず口に咥えて引きずってくるなんて、サイズの感覚がバグってくる。
あのヒグマは、地球産の超大型ヒグマよりも一回り……いや、二回り以上デカイ!
「ま、まだわたしたちとは距離があるから分かりにくいけど、立ち上がった状態なら体長四、五メートルくらいあるんじゃないの!? も、もはやクマというより、恐竜といった方が近いくらいだよ!?」
戦々恐々としつつ、わたしは鑑定を発動させた。
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【レイジグリズリー】:肉食性の巨大なグリズリー。性格は獰猛で縄張り意識も強く、自身の縄張りに侵入してきた者は執拗に攻撃をしてくる。
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ぎゃあああああっ!
性格も激ヤバだったぁあああああっ!!
「あ、あれはちょっと予想外だったかも……!」
モッフィが「この洞窟の主は旺盛な食欲がある」とか言ってたけど、それも納得だ。
あれほどの巨体ならば、食べる量もそんじょそこらの肉食獣の比にならないだろう。
洞窟の端っこに無造作にまとめられた動物の骨の山がいい証拠だ。
「い、今から全力で謝ったら許してくれるかな……?」
「無駄じゃ。あやつ、すでに我らを敵と認識しておる。殺意ビンビンじゃ」
「マ、マジですか……!」
引きつった笑みを浮かべるわたし。
レイジグリズリーが、ズズゥン! と前足を地面に落とし、四足歩行の姿勢に戻った。
けど、その顔はしっかりとわたしたちを見据えていて、赤い瞳が凶悪に煌めいている。
凄まじい迫力だ。
モッフィがいなかったらチビってたかも。
でも、わたしは姿勢を低くしたレイジグリズリーの体の一部に、奇妙な点があることに気付いた。
「ん……? レイジグリズリーの頭に、何かある?」
レイジグリズリーの頭頂部に、何かがゆらゆらと揺れている。
薄暗い洞窟の通路だとよく見えなかったけど、洞窟最奥のこの空間はより照明が効いている。
壁から天井にかけて全方位に『ヒカリ苔』という発光性の苔が広がっているからだ。
そのヒカリ苔の光が、レイジグリズリーの頭部を明るく照らした。
そこに生えていたのは――一輪の赤い花だった。
「なんだ……? 頭の上に、赤い花が生えてる?」
不可解な箇所に生えている花。
綺麗なお花だけど、もしかしてあれって何かの魔草なのかな?
わたしが鑑定をしてみようと思った瞬間、レイジグリズリーが咆哮と共に駆け出した。
「ガオォオオオオオオオオオオオオオッ!!」
大地を破壊するような大胆な動きで、一直線にわたしに向かってくる。
この中で一番弱そうな幼女に狙いを定めたのか!
「くっ、こうなったら――!」
オッドアイの瞳で、突進してくるレイジグリズリーを直視する。
両目に、魔力が流れる感覚。
「居直り強盗っぽくて申し訳ないけど、襲ってくるなら倒すしかない! ごめん!!」
魔眼から、魔法が発動した。
右目が赤く光る。
炎魔法がレイジグリズリーに直撃した。
「ギャイイイイイイイン!!」
レイジグリズリーは突然の炎魔法を食らい、転げ回った。
炎はレイジグリズリーの胴体にかけて、燃え広がる。
火消しのためにゴロゴロと横転するレイジグリズリーに、わたしは左目に魔力を流した。
「さっきスティンガービーたちを葬った新技、風魔法!」
火だるま状態になっているレイジグリズリーに、風の刃が次々と迫る。
そして、レイジグリズリーの体をズバンズバンと切っていく。
「ガオウッ! ギャィイイイイイン!!」
レイジグリズリーは巨体なので、的が大きい。
だから大振りで大雑把なわたしの魔法でも十分に命中させることができる。
これまでの魔物なら、これで倒せていたんだけれど。
「……ガオォォオオオ……ッ!!」
レイジグリズリーは起き上がった。
かすかに炎が体から上がり、風魔法による切り傷で血を流しているものの、まだ余力がありそうだ。
「ガオォオオオオオオオオオオオオオッ!!」
レイジグリズリーは、猛るような咆哮を上げて突進してきた。
ヤバい!
猛スピードでわたしの方にやって来る!?
「かような熊の突進ごときで我のバリア魔法を突破はされぬじゃろうが……うむ! アイリ、我の背に乗るのじゃ!」
「う、うん!」
モッフィに言われるまま、もふもふの白銀の毛並みにダイブ。
そして、モッフィは駆け出して避難してくれた。
洞窟の広い空間を逃げ回るけど、レイジグリズリーも負けじと後を追いかけてくる。
お花畑が、ぐしゃぐしゃと踏み潰されていった。
「うわわっ! クマが追ってきてる!」
「やはり追ってくるか。このまま洞窟から脱出するのは容易いが、あの様子じゃと我らの臭いを辿って延々と追いかけてくるかもしれんのぅ」
「えっ、それって……!」
モッフィは顔だけわたしに向けて、言った。
「街まであの熊を引き連れたくないのであれば、ここで倒すしかなかろうな!」
ぐっ、そうなるのか……。
たしかにレイジグリズリーの鑑定文にも、縄張り意識が強くて自分の縄張りに侵入した者を執拗に攻撃する、って書かれてたもんね……!
わたしはモッフィの背中の上に乗りながら、後ろを振り返った。
ドシン! ドシン! ドシン! とレイジグリズリーが一心不乱といった様子でわたしたちを追いかけていた。
今はぐるぐると洞窟の空間を走り回って、堂々巡りの状態だ。
「レイジグリズリーには、炎魔法も風魔法も効かなかった。……いや、これはまだ試していない残りの魔眼の魔法を試すチャンスと捉えるべきか!」
現状、わたしが行使した『虹の魔眼』の魔法は、炎魔法と水魔法と風魔法の三つのみ。
まだ四つ、秘めたる魔法が眠っている。
「レイジグリズリーはかなりタフだから、真っ正面から魔法で叩くタイプの戦法だといまいちかもしれないな。この洞窟が崩落する危険があるから、攻撃魔法も出力を抑えめにしないといけないし」
考える。
わたしの残りの魔眼で、この状況を打破できるものがないか。
「だったら、ここは搦め手を使ってみる? 一見遠回りに見えるけど、今の状況ならむしろこっちの方が良さそうかな?」
わたしは魔眼に意識を集中させた。
そして、わたしの『搦め手戦法』に適した魔法が二つ、存在することを直感する。
わたしは揺れるモッフィの背中で目を閉じ、魔眼に意識を集中させた。
「『虹の魔眼』は攻撃魔法だけが搭載された魔眼じゃないっぽい。――見えた! 新たに使うべき魔眼の色は、『黄色』と『紫色』の二色だ!」
現状、最も効果を発揮しそうな二色の魔眼が思い至る。
そして、わたしは瞳の色を変化させた。
(今の目の色を、黄色と紫色に変質させる!)
そして、視界が一瞬淡い色に染まった。
左目は緑色から『黄色』に変わり。
右目は赤色から『紫色』に変わった。
「魔眼チェンジ完了! まずは『黄色』の魔法属性を試してやる! 痺れて貫かれろ――雷魔法っ!!」
わたしの左目に、バチバチッと静電気のような電撃が弾ける。
瞬間、ジグザグに空間を裂きながら黄金の雷がレイジグリズリーの胸部に命中。
ビリビリビリィ!! と電撃がレイジグリズリーの体内で暴れまわる。
「ガグァアアアアアアアアアアアアアッ!!」
レイジグリズリーは不規則に体を痙攣させた。
足がもつれて、盛大に転ぶ。
ゴロゴロとお花畑を転げ回り、停止した。
「雷魔法は単純な攻撃としても使えるけど、相手に『麻痺属性』のデバフ効果を与えることができる!
これで満足に体を動かすことは難しくなったでしょ!」
例えるなら、長時間正座を強要された直後のふくらはぎみたいなものだ。
ちょっとつつかれるだけでも、ビビィン……!! ととんでもない痺れに襲われるだろう。
今のレイジグリズリーは、それが全身で発生している状態。
モッフィがゆっくりと止まり、距離を保ったままレイジグリズリーを眺めた。
「なんじゃ、倒せたのか?」
「一応雷魔法で麻痺させて動きは止めたけど、まだ倒しきれてはないかな」
(とはいえ、雷魔法も攻撃魔法の一つだから並みの魔物なら倒せそうなモンなんだけどね。どんだけタフなんだ、あのクマ……!)
こうなれば仕方ない!
わたしは残る右目――紫色の魔眼を発動させる。
「麻痺だけじゃ倒せないなら、これならどうだ! 毒魔法っ!!」
レイジグリズリーの体の上に紫色の球体が出現し、落下。
レイジグリズリーの体に命中し、バシャン! と激しく飛び散る。地面に広がる、紫色の液体。
その毒々しい液体は沸騰したようにゴポゴポと泡立っていた。
「ガゴォォ……ゴブァァ……ッ!!」
レイジグリズリーが毒に汚染され、暴れまわった。
だけど、毒性が強かったのか、ほどなくして沈黙。
ぐったりと体を横たわらせ、ギラギラした凶悪な瞳が暗くなった。
わたしはモッフィの背中に乗ったまま、固唾を飲んでレイジグリズリーを見る。
「た、倒せた、の……?」
「うむ。もう生気を失っておるようじゃ」
モッフィの答えを聞いて、わたしは深く息を吐く。
レイジグリズリー、討伐成功だっ!!




