第23話 魔物の群れ
「――――ギィィイイイイイイイイイイイイイヤァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
マンドラゴラの顔が歪み、絶叫が洞窟内に響き渡る。
それはさながら、間違えて音量MAXの状態でスピーカーを起動してしまったようだった。
わたしは思わずマンドラゴラから手を離し、耳を抑えて尻餅をつく。
「う、うるさぁ!? マンドラゴラの絶叫うるせぇーーっ!!」
洞窟内がかすかに揺れ、天井からパラパラと土くずのようなものか落ちてきた。
それでもマンドラゴラの絶叫は止まず、今も元気に叫び続けている。
さ、さすがにこの絶叫を至近距離で食らい続けたら、鼓膜がやられてしまう!
わたしが耳を抑えつつこの場から離れようと動くと、マンドラゴラを上回る怒鳴り声が一喝した。
「やかましいッ!!」
直後、眩い一筋の光がわたしの横を通過した。
凄まじい輝きだけど、グラサン越しなのでわたしはその光の軌跡をはっきりと視認する。
「――ギャァアウ!?」
光のレーザーは、地面に落下して喚き続けていたマンドラゴラの眉間を正確に撃ち抜いた。
マンドラゴラは不自然な声を上げると、しなしなと萎れて叫び声が静まっていく。
恐る恐る耳から手を離してみるけど、もう騒がしい音はしなかった。
マンドラゴラは、ぐてっと倒れて完全に沈黙している。
わたしは、助けてくれたもふもふフェンリルに目を向ける。
「あ、ありがとう! 助かったよモッフィ!」
「フン、やかましかったから黙らせただけじゃ。せっかくうとうとと心地よくうたた寝をしておったというのに、雑草風情が水を差しおって」
モッフィは昼寝を邪魔されたからか、チッと苛立っていた。
わたしはモッフィの白銀の毛並みをもふってなだめつつ、遅れてほっと胸を撫で下ろす。
「そ、それにしてもまさかお花畑の中にマンドラゴラが紛れ込んでるなんてね……。危うく耳を破壊されるところだったよ」
魔草といってもその種類も特徴も千差万別。
マンドラゴラのように付近の花に擬態して生えている魔草もあるみたいだから、これからは一本一本注意して採取に励まないとだね……!
ひとりで反省するわたしに、苛立ちが収まったらしいモッフィが静かに言った。
「それよりもアイリよ。随分と呑気な様子じゃな」
「え?」
「マンドラゴラは即座に沈めたが、あやつの叫び声が数秒ほど漏れてしまったではないか。この状況、お主が嫌がっておった展開ではないかのぅ」
「わたしが嫌がっていた展開――」
マンドラゴラの叫びがうるさ過ぎてビックリしちゃって忘れてたけど、たしかマンドラゴラの叫び声はとある特殊効果があったような――ハッ!
モッフィか言わんとしていることを察する。
その刹那、洞窟の入口辺りから不穏な音が反響してきた。
ゴゴゴゴ……、とかすかに地響きのような振動が足裏に伝わる。
「そ、そうだ! マンドラゴラの叫び声ってうるさいだけじゃなくて――!」
ほの暗い洞窟の通路。
暗い色が支配する通路の闇に、不穏な赤い眼の光が無数に浮かび上がる。
「グギギィ……!!」
「ギャッ、ギャァ!」
「ズリュリュリュ……!!」
「グジャァ! グジャァァア!!」
「ブルルルル……ッ!!」
無秩序に上がる、不気味な唸り声。
統一感が一切感じられないその唸り声の主たちは、すぐにわたしたちの前に現れた。
一本道のシンプルな作りになっている洞窟の通路を我先にと駆け出し、広い空間になっているこの洞窟最奥にドバッとあふれ出す。
わたしたちの前に姿を見せたのは、多種多様な姿形をした大量の魔物たちだった!
「ぎゃあ! ま、魔物がぞろぞろと現れた!?」
どれも強そう!
パッと見、様々な姿の魔物がいた。
ゴブリンやオークのようなそれっぽい見た目の魔物から、鳥のような翼を持つモノやワームのような巨大ミミズまで、異形の数々が勢揃いだ。
後続にも、まだ姿が見えない魔物たちが通路を塞いで待機している状態。
総数としては、最低でも二、三十体……多かったら百体とかいてもおかしくない勢いを感じる。
わたしは背筋に冷たい汗が流れた。
「マンドラゴラの叫び声には、魔物を呼び寄せる効果があるんだったね……! モッフィがすぐに黙らせてくれたっていうのに、ほんの数秒叫ばせただけでこれだけの数の魔物たちが集結してしまうのか……!!」
クッソー!
マンドラゴラめ、倒した後の方が厄介な事態になってるじゃないかー!!
だ、だけど、まだ終わりじゃない!
こっちには超強力な助っ人がいるんだから!
「こういう時こそ出番だ、モッフィ! モッフィなら、あんな魔物たち一発で倒せちゃうよね!?」
「ふむ……」
わたしはモッフィに期待の目を向けた。
てっきりモッフィの性格なら、「この我に任せておくが良いっ!」って威張りながら応えてくれるものかと思ってたんだけど……何か思案するような口振りだった。
「ど、どうしたのモッフィ。あんな魔物たち、モッフィならイチコロだよね?」
「まあ、倒すだけならば特段脅威ではなかろう。しかし……」
モッフィはチラリ、と洞窟の壁や天井を流し見た。
「あの数の魔物を全て倒すとなれば、我も少々派手な魔法を放たなければならんじゃろう。魔物の殲滅は容易じゃが、この洞窟の強度では我の魔法を受けて無事に済むとは思えぬな」
「え、それってつまり……?」
「うむ。我の大規模な聖魔法を受ければ、この洞窟は崩れてしまうじゃろう」
「な、なにーーっ!?」
それじゃあ魔物を倒せも意味ないじゃん!
わたしたち、生き埋めになっちゃうよ!!
驚愕するわたしとは裏腹に、モッフィは冷静に言った。
「とはいえ、別に洞窟が崩壊したとて問題はない。アイリ一人くらいなら守るのも容易いからのぅ
「そ、そうなの?」
「うむ。バリア魔法でも展開し、崩落が済んだところで周囲の岩くれを破壊して脱出すれば良いだけじゃからな」
そ、そうなんだ。
なら、ひとまず命は大丈夫ってことかな?
「ただ、そうなるとこの魔草の群生地は潰れることになるし、あの魔物どもの死体も回収できぬ」
「え、どうしてモッフィがそんなこと気にしてるの?」
「お主が言っておったのではないか。魔草やら魔物やらを回収すれば、街で金になるのじゃろう?」
「っ!」
モッフィ、ちゃんと覚えててくれたんだ!
わたしのことなんて大して興味ないのかと思ってたから、ちょっと感動。
ただ、魔草探しを手伝ってくれなかったことは忘れないけどね……!
「そこで、じゃ」
モッフィは短く区切り、わたしに鼻先を向けた。
「アイリ、お主ももう少し戦闘経験を積んだ方が良いのではないか?」
「戦闘、経験……?」
「別に魔物くらいならこの先も我が殲滅してやるが、アイリに戦闘経験が無さすぎるというのも後々危なそうじゃからのぅ。一生安全な街に籠っているのならばともかく、これからも各地を練り歩いていくつもりならば、荒事からは避けられん。ともすれば、我の助けを得られぬ状態になる可能性もある」
た、たしかにそうだ。
わたし、純粋な戦闘経験はギルドマスターのザレックさんとの模擬戦しかない。
その模擬戦だって、最後はモッフィに助けられての勝利だったから、わたし一人で敵に立ち向かった経験はない。
一応、擬態イタチに攻撃もしたけど、あれも結局モッフィが致命傷を与えたからこそ撃退できた。それ以前に、擬態イタチに関してはわたしが立ち向かったんじゃなく、意図せず巻き込まれただけだし。
「……せっかくの異世界転生、思いきって挑戦するのも醍醐味か!」
ここは平和な日本ではない。
だからこそ、無難な行動や安全策ばかりを取っていたらジリジリと退化してしまうだろう。
わたしは、ザッと魔物たちの群れの前に出た。
「モッフィ! わたし、魔物に立ち向かってみるよ!」
「うむ。その方がアイリのためには良かろう」
「……でも、ピンチになりそうだったら助けてね?」
「無論じゃ」
モッフィは背後で監督のように見守ってくれている。
わたしは気合いを入れるようにバッとグラサンを取り、適当に放り投げた。
「来るなら来い、魔物たち! まずはコイツをお見舞いしてやる!」
わたしは右目に魔力を集める。
右目の周囲がかすかに熱を帯び、パチパチッ……、と火花が散った。
「食らえーっ! 炎魔法っ!!」
キィン! と右目が赤く輝いた。
同時に、団子状態でかたまっている魔物の群れに灼熱の火柱が吹き上がる!
「「「――グギャァァアアアアアアアッ!!」」」
火柱に飲まれた魔物たちが絶叫して暴れまわった。
今ので結構な数の魔物を一網打尽にできたはずだ!
「やった! よし、この調子でどんどんいくぞ!」
わたしは炎魔法をドカドカと撃ち込む。
そして、左目の青色の魔眼も使って、水魔法も合わせて攻撃を仕掛けた。
魔物の大部分は、わたしの魔眼の連続攻撃の前に手も足も出ずバタバタと倒れている。
お、この調子なら思ったより楽勝でいけそう!?
不意に、火柱と煙で隠れる奥でゆらりと魔物の影が揺れた。
「っ! 気を抜くでない、アイリ!」
モッフィがわたしの前に飛び出した。
すると、火柱の奥から大きな針のようなものがビュンビュンビュンといくつも飛んでくる。
が、その針はわたしの元に到達する前にモッフィの尻尾によってはたき落とされてしまった。
「あ、ありがとうモッフィ!」
「どうやら、あらゆる種類の魔物を呼び寄せておるらしいのぅ。どんな攻撃が来るか分からぬから、注意せよ」
モッフィがそう言うと、火柱と煙を巧みに避けて、数体の飛翔する魔物が現れた。
ブブブブ……、と不気味な羽音を立てて、わたしたちに姿を現す。
その魔物は、巨大なハチだった。
鑑定を発動する。
―――――――――――――――――――
【スティンガービー】:蜂の魔物。腹の先に強い毒性を持つ針を持っていて、毒針と獰猛な牙で襲いかかってくる。毒針は射出することも可能。集団で行動することが多く、近距離・中距離の両方の攻撃に注意が必要。
―――――――――――――――――――
「スティンガー……『毒針』か! 名前からして、毒針を飛ばしてくる蜂タイプの魔物ってわけね」
鑑定文にも同様の情報が記載されている。
わたしはぐっと警戒心を強めた。
「ギギィ……!」
「ギィギッ……!!」
「ギギギッ……!!」
スティンガービーが集団で現れる。
すると、丸まった腹先にズググ……、と新たな針が生み出された。
「射出した毒針も、すぐに充填可能ってわけね……!」
これは一層の注意が必要だ。
まだ集団で塊になっている隙に、わたしの炎魔法で焼き払ってやる!
――と思った、その時。
スティンガービーたちが一斉に羽をはばたかせ、ブオオオッ! と飛び上がった。
地上を走る他の魔物たちとは違い、羽を持つスティンガービーたちはこの空間に入ってきた瞬間、すぐに上に飛び上がってしまった。
「ああっ! スティンガービーたちが上に行っちゃった!」
ヤバイ!
制空権を取られた!
地上戦ならまだしも、上からドカドカと毒針攻撃を食らったらひとたまりもないよ!
「くっ! そうはさせるか! 毒針を発射してくる前に倒してやる!」
わたしは右目に魔力を集め、赤く滾らせた。
「虫と言ったら、弱点は『火』でしょ! 行けっ! 炎魔法っ! 炎魔法っ!! 炎魔法ーーっ!!」
わたしは上を見上げ、大振りの炎魔法をスティンガービーに撃ち込んだ。
しかし。
「ギギィ!」
「ギッ!」
「ギシィ!」
スティンガービーたちは不規則な動きでわたしの炎魔法をことごとく回避した。
ゆらりゆらりと、わたしを翻弄するように炎魔法の隙間を潜り抜けていく。
上空に飛び上がったスティンガービーは、一匹たりとも倒せていない!
「……そうか! さっきまでは一本道しかない洞窟の通路に魔物たちが固まってたから集中攻撃で一掃できたけど、この広い空間への侵入を許してしまったら一気に魔物たちの可動域が広がってしまう!」
さらに、羽が生えた飛翔タイプの魔物ならその行動範囲の拡大は比較にならない。
『面』ではなく、『空間』全体を使って立体的な攻撃を繰り出されてしまう!
「迂闊だったか……! あのハチはまだ通路の中に留まっている間に殲滅すべきだった……!」
わたしは頭上を見上げながら炎魔法を撃つけど、やっぱりスティンガービーたちには掠りもしなかった。
それどころか、スティンガービーが腹部をぐりんぐりんと奇妙に動かしている。
ま、まさかあれは!
「毒針が飛んでくる!? ど、どうしよう!?」
「安心せよ」
わたわたと慌てるわたしに、モッフィが駆け寄ってきた。
「かような毒針ごとき、何の脅威にもならぬわ」
平然と告げるモッフィ。
その言葉に激昂するように、スティンガービーの群れが一斉にわたしに向けて毒針を射出した。
上空、様々な角度から襲来する毒針たちを眺め、モッフィはつまらなそうに鼻を鳴らす。
そして、わたしたちの周囲に光のバリアが現れた。
「こ、これは……!」
「我のバリア魔法じゃ。一番ベーシックな、聖属性の防御魔法じゃな」
その解説と同時。
ガキン、ガキン、ガキィン! と、毒針がことごとく弾かれる音が鳴った。
五月雨のように降り注いだスティンガービーたちの毒針攻撃は、モッフィが展開したバリア魔法の前になす術もなく全て弾き落とされる。
「すごい! モッフィのバリア魔法があれば、魔物の攻撃なんてへっちゃらだ!」
チラリ、と洞窟の入口を見た。
わたしが撃ち込んだ炎魔法や水魔法の痕跡が残り、力なく倒れる魔物たちの死体がいくつも転がっていた。
その奥から、さらなる援軍がやってくる気配はない。
(マンドラゴラが呼び寄せた魔物はこれで終わりなのかな……?)
そんなことを考えていると、モッフィがわたしに目を向けた。
「ところで、アイリよ」
「どうしたの?」
「前から気になっていたのじゃが、お主、炎魔法と水魔法しか使わぬのか?」
「え、どういうこと?」
「なんじゃ気付いておらんのか? お主の魔眼はもっと多彩な属性を宿しておるのに、他の魔法は使わぬのかと聞いておるのじゃ」
えっ!
わたしの魔眼って、炎と水以外にも魔法属性があるの!?




