第22話 『魔草』の群生地帯
洞窟の最奥に広がっていた、お花畑。
色とりどりのお花・植物が群生しているこの秘境の地で、モッフィが言う。
「この魔力を含んだ独特のオーラ……これらの草花は――『魔草』じゃ!」
魔草っ!?
魔草って、たしか薬草の上位互換の草だったよね。
「すごい! このお花や植物って魔草なんだ!? じゃあ、薬草よりも価値があるってことだよね! すごいすごい! ここって、きっとまだ誰も見つけてない魔草の群生地だよ! 穴場スポットだ!」
こんな秘境のようなエリアを運良く見つけたことに喜びながら、わたしの心は黒い欲望が沸いてくる。
「ここにある魔草を摘んで、全部売ったらかなりのお金になるんじゃない!? もしやこれで億万長者になっちゃうんじゃ……ぐへへへ」
「かような草の相場感は知らぬが、基本的には薬草よりも効能は上じゃろうな。しかし、あまり迂闊に近付きすぎるのも問題じゃ」
「え、どうして?」
わーい! と手を上げて早速お花を摘もうとしていたわたしは、ピタリと体を止めて聞いた。
「魔草は魔力を豊富に含んで特殊な効果を発現させた植物じゃ。だが、その効果は千差万別。ものによっては、人の身では劇物になる可能性もある。極論、猛毒に侵されて死ぬような効果を持つ魔草もある」
「なにそれ、こわっ!?」
そんな猛毒キノコみたいな魔草もあるの!?
わたしは摘もうとしていた花からさっと身を引いた。
モッフィはジロリと顔を横に向ける。
「たとえば、そこの壁に張り付いておる草」
モッフィの鼻先には、洞窟の壁を這うように伸びるツタ植物があった。
完全に陽が遮断されている洞窟内であるというのに、青々とした葉っぱを無数に実らせている。
「そこの草からは毒の匂いがする。不用意に近づかぬ方がよかろう」
え、あのツタ植物が?
見た感じ、そんなに毒々しいビジュアルではないんだけど。むしろ、そこらに生えてるような雑草としか思えない。
わたしは試しに鑑定してみた。
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【モウドクカズラ】:体液に即効性の猛毒を有する危険な魔草。一滴分の体液を摂取させるだけで、中型の魔物を毒死させるほどの効果を持つ。人間が摂取した場合はさらに深刻な事態に陥り、即座に高度な回復魔法か解毒魔法を施さなければ死に至る。
―――――――――――――――――――
「ひぃぃいいい! と、とんでもない魔草だった!?」
鑑定文を読み、わたしはムンクの叫びのような悲鳴をあげる。
『モウドクカズラ』なんて名前からしてヤバいのに、その毒性もとんでもないっ!
あ、あれは触らないでおこう……!
てか、そんな劇毒を持ってるなら、もっと警戒色を出しててよ!
普通の雑草ですよ~、みたいな顔でしれっと洞窟内に張り付かないでくれるかな!?
「モ、モッフィ! わたしの近くにあるお花や植物は大丈夫だよね……? 触れたら死ぬような魔草なんてないよね……!?」
「安心せい。アイリの周囲の草花からは危険な匂いはせぬ」
ほっ、良かったぁ。
変なポーズで硬直していたわたしは、体を楽にする。
モッフィがおもむろに花畑を踏んで、てくてくと歩いた。
「しかし、どうやらこの洞窟もただの魔草の群生地というわけでもなさそうじゃな。ここは、何者かの寝ぐらであろう」
「なんで分かるの?」
「あれを見てみよ」
モッフィは、くいっと顎をしゃくる。
その方向を見てみると、「ふひゃあ!?」と声が飛び出た。
お花畑の端っこに無造作に寄せ集められていたのは――――《《大量の動物の骨》》だった。
頭蓋骨に肋骨、あとは部位も分からない歪んだ骨が無数に集められ、山を形成している。
その骨の周囲は、魔草が爛々と咲き誇っていた。
「な、なに、あの骨の山!?」
「さぁの。まあ、どこぞの肉食魔物じゃろう。しかし、あれほどの量を捕食するとは随分と旺盛な食欲を持っているものじゃな。まあ、群れで行動しておる可能性もあるが」
わたしは脳裏によぎった不安を打ち明ける。
「ちなみになんだけど、その魔物が帰ってきたりしないかな……?」
「否定はできぬ。もっとも、すでにどこぞで死に絶えておる可能性も十分に考えられるがの」
そ、それってヤバいんじゃないかな。
早いとこ撤収した方が吉!?
「こ、こうなったらチンタラしてらんない! 取り合えず、近場にある安全な魔草だけ採っていこう!」
わたしはしゃがんで、近場のお花を摘みにかかる。
このお花も魔草だからね。
一輪でも多く持って帰ったら、そのぶん買取価格が上がるはずだ!
「そうか。さっさと済ますのじゃぞ」
やる気にあふれて魔草の採取に励むわたしをよそに、モッフィはあくびをしながら地面に寝転がって丸まった。
わたしは無言で背後を振り返る。
「え、モッフィは手伝ってくれないの?」
「我が手伝ってやっていたのは、くろわっさんのためじゃ。しかし、くろわっさんはもうすでに食したゆえ、かような草むしりなど我が手を貸す理由もあるまい。気が済むまで草を採ったら言いに来ると良いぞ。我はそれまで一眠りするとしよう」
「ちょっとくらい手助けしてくれてもいいのにー! この薄情者ーっ!!」
わたしはぷんすかと地団駄を踏む。
幼女の姿だから全然迫力はないし、案の定モッフィは顔を背けて目を閉じていた。
くそー!
この面倒くさがりフェンリルめっ!
「ふん! いいもん! わたしだけでたくさん魔草を採ってやるんだから! これで稼いだお金はわたしのものだからね!」
ぶーぶー文句を垂れつつ、わたしは魔草採取を再開。
本当の意味でお花摘みをしていく。
ぶちっ、ぽい。ぶちっ、ぽい。ぶちっ、ぽい。ぶちっ、ぽい。
パンジーのようなお花――マジカルフラワーを摘んではマジックバッグに放り込み、摘んでは放り込み、を高速で繰り返していく。
今やわたしは魔草を刈り取る採取マシーンと化していることだろう!
「この洞窟は広いから、全部の魔草を採取するのは現実的じゃない……! それにこの洞窟を寝ぐらにしてる魔物がいつ帰ってくるか分からないし。だからせめて、今のうちに採れるだけ魔草を採っておかないと!」
ゆっくりまったり魔草採取を行えるほど時間に余裕はないから、視界に映る全ての魔草を採取するのは不可能。
そもそも猛毒を含んだ魔草もあるからね。
さすがに命の危険を侵してまであれらの毒草をゲットしようとは思えない。
つまりこれは、『魔草の採取』と『魔物の帰宅』の両者のバランスを見極めるチキンレース!
安全策を取れば少量の魔草しか採れず、逆に魔草の大量ゲットを狙い過ぎるとこの洞窟の魔物と鉢合わせて大変なリスクを負う。
「ふっ、なかなか良いゲーム性じゃないか……!」
わたしは魔草の採取をしつつ、ふと洞窟の入口を見た。
そこにはヒカリ苔が壁際に張り付いた、ほの暗い通路があった。
特に物音や、魔物の唸り声は聞こえない。
「肌感覚的には、まだ付近に魔物の気配はない! あと数分くらいは大丈夫……なはず!」
わたしは根拠のない確信に満ち、力強く頷く。
よそ見をしながら花を摘んでいると、不意にこれまでとは違う手応えがあった。
――ズズズゥ……ズボッ!
どこか重たい感触。
これまではパンジーのような小さな花だったから雑草を抜く要領でズポズポ引っこ抜けていたんだけど、今回はやけに重量感があった。
例えるなら、小ぶりの大根とか、サツマイモを引っこ抜いた時のような?
「……ギャィ」
何だろうと見てみると、わたしの手には紫色の花を咲かせた植物が根っこから引き抜かれていた。
ただ、これまでのマジカルフラワーとは明らかに根っこの形状が異なる。
花の部分はあんまり変わらないけど、わたしの手に握られた植物は、根っこが太く実っていた。
それこそ、成長途中の小ぶりのサツマイモが一つくっついているような感じ。
「ん? なにこれ。なんか根っこがホラーの顔みたいでキモいんだけど……マジカルフラワーの根っこってこんなんだったっけ?」
てか、さっきなんか聞こえた?
かすかに掠れ声みたいなのが聞こえたような気がするけど……気のせい?
「ま、まさかこの根っこが喋ったとか……? い、いやいや、それはないか! たしかに歪んだ人間の顔に見えなくもないけど、それはきっと目の錯覚的なやつだよね?」
「…………ギャァィ……!」
「っ!?」
い、今、根っこの顔みたいな部分がちょっと動いた!?
土まみれではっきりと確認できなかったけど、ほんのちょっとだけ根っこの口元の形が変わったような……。
「ま、まさかこれ――マジカルフラワーじゃない!?」
モッフィがわたしの周囲の魔草に危険な香りはしないって言ってたから、毒草の類いではないとは思う。
ただ……どうしようもなくいやな予感がした。
「き、杞憂に終わってくれるとありがたいんだけどぉ……か、鑑定っ!」
恐る恐る、鑑定を発動。
この不気味な植物の正体を暴くウィンドウが出現した。
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【マンドラゴラ】:魔草の一つ。滋養強壮剤や魔法ポーションの作製時に使われる素材。個体数が比較的少なく、芳醇な魔力が満ちた土壌にのみ住み着く。強引に引き抜くと『叫喚』という習性によって付近の魔物を呼び寄せる叫びを放出するため、採取時は必ず周囲の土ごとくりぬく形で持ち帰らなければならない。
―――――――――――――――――――
わたしはカッと目を見開いた。
「マ、マンドラゴラ!? やっぱマジカルフラワーじゃなかった!?」
ネット小説だとちょくちょく登場してくる植物だ。
たしかコイツ、厄介な属性があったような……と思っていたら、鑑定文の最後にしっかりと記載されていた。
「強引に引き抜くと周囲の魔物を呼び寄せる……!? 採取時は土ごとくりぬかないとダメ……!? え、ええっ!? ち、ちょちょ、ちょっと待って! そ、それじゃあもしかして、わたしが無理に引き抜いたのって――」
幼女のちっちゃな手には、ガッツリと茎の根本を引っ付かんで無理矢理引き抜いた状態のマンドラゴラがあった。
「っ! やばっ! い、今から土に戻したら間に合うか――!?」
「…………ギッ」
――瞬間。
根っこの顔が、はっきりと泣き顔に歪む。
それはさながら、赤ちゃんが泣き出す予備動作のようだった。
わたしがそんな感想を胸に抱いたと同時、グワッとマンドラゴラが大口を開けた。
「――――ギィィイイイイイイイイイイイイイヤァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
耳をつんざくような爆音の叫び声が、洞窟内に響きわたるのだった。




