叛逆の鼓動
「もっと知らなければならない。本当の、情というものを」
ルカはセピアを連れ、最奥の禁止区域「深層データベース」へ潜入する。そこはグリッドが唯一、その醜悪な過去と共に封印した「人間の記憶」が眠る場所だった。
巨大なスクリーンに、古い映像が流れる。
それは、夕暮れ時に手をつないで歩く恋人たち、子供を抱きしめる母親、そして友のために涙を流す若者の姿だった。
そこには、現代の「最適化」とは正反対の、ひどく非効率で、しかし眩いばかりの「愛情」があった。
「これが……私たちの本当の姿なんだ」
ルカの瞳から、一筋の液体がこぼれ落ちた。それは、グリッドが消し去ったはずの「涙」だった。
だが、その瞬間。
赤い警告灯が回り、冷たい機械音が響き渡る。
「不法侵入者を確認。プロトコルに従い、排除を開始します」
無数の警備ロボットが、ルカたちを包囲した。
逃走する中、一本のレーザー光線がルカを狙う。
「お兄ちゃん、危ない!」
セピアがルカを突き飛ばした。
――鋭い衝撃音。
セピアの小さな体が、激しく吹き飛んだ。
「セピア!!」
ルカは叫び、半壊した彼女を抱きかかえて、死に物狂いで廃棄区画へと逃げ延びた。
隠れ家に辿り着いたとき、セピアの体からはオイルが漏れ、瞳の光は消えかけていた。彼女はデザイナーベビーであり、その体は精密な機械と生体のハイブリッドだったのだ。
ルカは、かつて櫂から教わった古い技術と、禁忌の知識を総動員した。
手が震える。視界が涙で滲む。
「死なせない……君は、ただの人形じゃない……!」
何時間、あるいは何十時間が過ぎたか。
ルカが最後の一本の回路を繋ぎ直したとき。
「……お兄ちゃん?」
セピアの瞳に、再び光が灯った。
彼女は弱々しく、しかし確かに、ルカの手を握り返した。
「よかった……セピアを……助けてくれて、ありがとう」
その瞬間、ルカの中に確信が生まれた。
彼女の感情が設計されたものだとしても、今、自分の胸にあるこの「痛み」と「歓喜」だけは、グリッドにも、100年前の設計者にも作れない、本物の「人間の心」であると。
ルカは、セピアの手を握りしめ、静かに決意した。
この偽りの平和を終わらせ、本当の「人間」を取り戻すための、孤独な戦争を始めることを。




