屍を超えて行け 25-6
今回、石山本願寺攻めの責任者となった塙直政だが硬軟両方で策を練った。1576年の4月末より信長の赦しを得て摂津や河内、和泉の本願寺領内で麦の刈り取り(接収)を行い本願寺に圧を掛けた。また門徒衆にも信長に従い本願寺やその周辺の砦から退去すればお咎め無しと宣したのである。
また本願寺への物資の搬入を断つ作戦の準備も行った。
既に本願寺の木津川の対岸の北側の摂津は荒木村重が抑え、東側も若江城を拠点に堀河内砦に明智光秀の家臣、三宅秀満が入り守口砦にも細川藤孝が入り京街道や淀川の水路経由で本願寺への物資の搬入を断てる体制を整えていた。
対して南側は紀州街道や奈良街道の遮断が充分ではなかった。今回の作戦は天王寺砦から木津川砦か三津寺砦を織田の配下に治めて堺や大和、河内から本願寺への陸路の物資の搬入を遮断。更に木津川砦か三津寺砦を織田の配下に置いた後は荒木村重の木津川の対岸の福島砦と連携し木津川経由で水路での瀬戸内海からの村上水軍からの補給をも断つ段取りだった。
ただそのような長大な包囲網を築くには兵力が足りず今回、明智光秀や三好康長、細川藤孝や松永久秀らにも支援を求めたのである。
また交渉で本願寺の中からも切り崩す策も行ったのである。この策は功を奏し塙直政はその成果を受け取るために動いたのである。
5月の夜も明けていない夜中、佐久間信盛の嫡男、信栄と三好康長の河内衆の部隊が密かに天王寺砦を出発し織田への内応を約束した石山本願寺の三津寺砦に向かった。
「気を付けてな」
塙直政だが明智光秀と一緒に先発の信栄と康長の部隊を見送った。
佐久間信盛の部隊も信栄と康長を追うように出陣の支度をしていた。
信栄と康長の部隊が三津寺砦に約束通り入れるかどうか後方で確認、入れたらそのまま信盛隊も三津寺砦入る。更にその後に塙直政の部隊も三津寺砦に入って占拠完了すれば作戦も完璧である。
「十兵衛殿(明智光秀)。留守は頼みます」
塙直政も出発の準備を始めた。光秀は佐久間親子、塙直政、三好康長が三津寺砦に入った後は天王寺砦を守るのである。
「この作戦は成就しますよ」
光秀は笑顔で軽い口調で返すと
「そう言って頂けると嬉しい」
塙直政も笑顔で返した。
「本願寺の他の砦に感付かれなければこちらのものですな」
藤田伝五も続いた。
「うむ。日が昇るまでに全てを決めたい」
塙直政も再度、返した。
20分間隔でこうして予定通り佐久間信栄、三好康長を先頭に佐久間信盛、そして塙直政と闇夜に紛れて出陣して行った。
「我々もいつでも出れる準備を」
光秀は藤田伝五、荒深小五郎に命を出した。
「塙直政殿、佐久間隊に何かあったらすぐに出る。茂朝は留守を頼む。大した戦力が残せなくてすまない」
光秀は自分たちが出陣した場合は溝尾茂朝に天王寺砦の留守役を任せたのである。
「塙直政様の練った策なので大丈夫と思いますが」
溝尾が言うと
「ここは本願寺の庭だ。門徒衆がたくさん居る。我々の動きが(本願寺に)筒抜けの可能性が高い。僕も信じているけど嫌な予感がするのさ」
光秀は甲冑を着ながら言った。
佐久間信栄と三好康長の部隊は康長を先頭に闇夜をかがり火も焚かずに順調に進んでいた。根来衆との交渉で何度も通い慣れた道だから分かっているのである。そして康長らは予定通り三津寺砦に着いたのである。
「予定通りだな。順調だな」
康長が呟いた。康長だが三津寺鳥の門番に符丁を発した。門は静かに開いたのである。こうして康長と信栄は難無く三津寺砦に入ったのである。
「ようこそ三津寺砦へ」
ろくと根来衆は康長と信栄を迎えた。
「難波砦や木津川砦の連中には気付かれてないようですね」
「能天気な連中でね」
ろくも康長に返した。
「ては、手筈通りで」
信栄と康長の部隊だが三津寺砦に入ると就寝中のまえこら大和衆と河内衆を生け捕りにしようとしたのである。就寝中だったので多数の大和衆や河内衆、100名ほど捕らえられてしまったがまえこら一部の大和衆は織田兵が侵入したと気付き、素早く飛び起きると50名ほどで三津寺砦の小屋敷の一角に立て籠もったのである。
「小娘。観念しな。すまないね。あんたらは人質になってもらうよ。勝ち目が無いから大人しく投稿しな」
ろくがにやりと笑いながら言うと
「裏切者が!」
まえこら大和衆は激怒したがこの少数では成すすべもなかったが。
「怒らないでくだされ!大人しくして頂ければ手荒な真似はしませんので!本願寺との交渉次第では本願寺に戻しますので」
ろくの配下の根来衆の筆頭の津田算正と杉坊照算兄弟がなだめるように言った。
大和衆だが襖や畳、木戸を盾代わりにして籠城体制を整えた。
「どうする?戦力差があり過ぎる!武器も槍と太刀がわずかしかないぜ!」
「しかしここを奪われたら本願寺への物資が搬入できなくなる!顕如様に申し訳が立たない!死守する!」
大和衆の筆頭の男は死守を決断したのである。
「のろしを上げよう!何か異変があったと難波砦か木津川砦は気付くはずだ!援軍を待とう!」
筆頭の男が命じると小屋敷の屋根上を壊してそこからのろしを上げたのである。
「まずい!ダメって!やめてくだされ!」
のろしを上げ始めた大和衆に津田算正と杉坊照算兄弟が慌てふためいたが
「おいおい!何やってんだよ!こいつらさっさと殺ってしまおうぜ!」
信栄の配下の突撃隊の佐久間玄蕃率いる三猿隊の通称、猿の玄蕃が不満そうに言ったが
「こういう時は無駄な殺生は駄目だ!」
「ただでさえ脆い味方の足並みが崩れる!」
津田算正と杉坊照算、他の根来衆は大和衆への殺傷行為は拒否したのである。根来衆だが裏切りへの後ろめたさと昨夜まで一緒に暮らして大和衆にさすがに手を掛けれなかったのである。
「でもこのまま本願寺の援軍が来たら困るだろ?分かった!おい!5分待ってやる!5分以内に降伏しなければ俺たちがあんたらを殺してやるぜ!」
猿は嬉しそうに言った。
「邪魔者はどかして良いですよね?殿(信栄)」
「ただの足手まといブヒ。いらないブヒ」
背の高い、猿の配下の河童と太った巨漢の八戒が信栄に言った。
「若様(信栄)!おやめください!この作戦の着地点は塙直政様がこの砦に入って織田の旗を起てる事!それまでは静かに穏便に済ませねばなりませぬ!」
60代後半の老武者の三好康長も経験を通じて静かに作戦を進めるよう20代の若い信栄に言った。
「む!う……」
信栄は判断を迷っていたが。
「三好の爺さん(康長)よ。ここは若者に任せておくれよ」
「家老様(佐久間信盛)の後継の信栄様に任せたら良いってさ。どうせ昼になっても雑賀の連中は能天気だから気付かねえよ」
「雑賀なんて接近戦に持ち込んで捻り殺したるブヒ」
猿と河童と八戒が言うと
「勝ち戦を負け戦にする愚か者が!」
珍しく康長が激高したが
「うむ。康長様。ここはお任せを」
信栄は自分で対応すると言ったのである。
康長ら河内衆とぶ然と奥に下がったのである。
「ふざけた野郎だ!」
「のろしを上げ続けろ!ここを奪われたら本願寺が負ける!気付くはずだ!」
それでも副将の男は方針を変えなかった。
「ようし!今から数えるぞ!楽しみだな!こんなに手柄があるなんてさ!」
「女の子もいるブヒ!」
「へへっ!あれは殺すなよ。生け捕りだぜ」
「はやく5分経たないかな。楽しみだな」
猿、河童、八戒とその配下衆は獲物を前に涎を垂らす獣のような表情をみんなしていた。
「鉄砲は使うなよ。家老様と塙直政様がここに入城するまでは静かにな。こいつらこれで充分だぜ」
猿は嬉しそうに十文字槍の刃をぺろりと舐めながら言った。
「畜生や!進むは極楽!退くは地獄や!」
まえこは涙目で薙刀を握りしめた。大和衆も槍を持って襖や門戸までを盾代わりに構えた。
しかしいざ、始まると大和衆だが5倍以上の相手に奮闘したが10分持たずに壊滅したのである。
「おい!起きろ!」
「ふにゃ?」
「ねんやねん。こんな早くに。まだお天とさん上ってないで」
浪速砦で寝ていたお菊、おいちは小次郎に叩き起こされたのである。
「三津寺砦がおかしい!のろしが上がったがすぐに消えた!織田の兵が入って行ったと物見が言ってる!出陣の支度だ!」
小次郎が緊張しながら言うと
「!」
お菊、おいちもすぐに飛び起きたのである。
「誰か!気を付けて様子を見て来てや!」
おいちが命を出すと
「もう出発しました!戻りをお待ちを!」
雑賀兵が即答した。
15分程して物見の雑賀兵が息を切らして戻って来たのである。
「織田の兵が三津寺砦に入城中!旗印から佐久間隊と思われます!砦の裏に遺骸を多数放り出してます!抵抗した大和衆と思われます!」
「おのれ!ろくめ!裏切ったかいな!紀伊衆の面汚しや!」
おいちは極めて稀にしか見せない激高した恐ろしい形相をしていた。
「敵兵の数は?」
岡吉正が聞くと
「2千から3千!はっきりは不明!」
「敵は三津寺砦に入城中やな?」
おいちが再度聞くと
「はっ!」
「背中を襲うで!出陣や!」
おいちが突如言うと
「ええっ?」
とみんな驚きの声が漏れたが
「敵は体勢を整えてない。やってみるか!」
鈴木義兼も同意すると
「出発や!爺や(岡吉正)と叔父上(鈴木義兼)は背中から乱れ撃ちで織田を襲えばええわ!根来を巻き込んでも構わんわ!お菊!アンタはウチと七ッ童子と来て欲しいねん!策があるねん!」
「もちろん!」
お菊も即答すると出発の準備を素早く始めたが
「待て!本願寺に相談しないで勝手に出撃するのはまずいだろうが!」
小次郎がおいちに反対したが
「敵は動いてるでしょうが!合わせるしかないでしょうが!取られる訳には行かないでしょうが!」
「しかしなぁ!」
お菊に返されて小次郎も反論出来なかったが。
「小次郎殿!木津川砦に早馬、援軍を頼め!本願寺にも伝令を!」
「分かったよ!」
小次郎も岡に頼まれて慌てて対応した。
浪速砦から三津寺砦は歩いても15分くらいである。岡吉正と鈴木義兼の部隊はすぐにばらばらと出陣すると三津寺砦に入ろうとしてた佐久間信盛隊を見つけ次第、鉄砲を雨のように撃ち込んだのである。
佐久間信盛隊も本願寺の予想以上に素早い展開に慌てながらも鉄砲や矢で反撃し何とか味方を三津寺砦に収容しようとしていたが完全に不意を突かれて大混乱に陥っていた。
おいち、お菊、七ッ童子を中心としたおいちの直接部隊は50名も満たないが三津寺砦の裏口に向かっていた。こちらには木戸しか無いのを知っていたからである。
おいちの部隊は大筒と言う大口径の新型の火縄銃を複数持っていた。これで木戸を打ち破るのである。
「これの前に出たらあかんで。当たったら穴で済まないで。体が無くなるで」
「分かってるって。門戸をこれで壊してくれたら突っ込むから。菊之助、盾は頼むね。あと根来衆が撃ってくると思うけど躊躇しないでちゃんと援護してよ」
お菊は菊之助が重そうに持つ鉄盾の後ろに入りながらおいちに返した。
「菊之助も大きくなったらからちゃんとアンタの盾になってくれるで!しかしろくめ!ウチがこれで仕留めたるわ!」
おいちは再度、苛立ち、背中に背負った火縄銃を撫でながら言った。
お菊、おいち、七ッ童子らは三津寺砦の裏に到着しようとしていた。
「あ!あ……南無阿弥陀仏」
「畜生め!」
小雀と無二が重い声を上げた。三津寺砦の裏には殺された大和衆の多数の遺骸が捨てられていた。裸の女子の遺骸が一体その中にあった。
「おのれ!紀伊衆の顔に泥を塗って!許さんわ!」
「まえこの仇を討ってやる!あいつら全員叩き斬ってやるさ!」
おいちとお菊は怒りで口走った。
その時
「あれ?おいち様!南から騎馬が!」
蛍が南を指差すと南の木津川砦方面から騎馬の少数の部隊が向かってきたのである。
「味方です!堺衆と思われます!」
但中が言うと騎馬の上のお凛が手を振ってこちらに合図をしていた。
「よし!雑賀の三羽烏集合やな!目標!三津寺砦を取り返すで!中にいる織田兵は追い払うか叩きのめしたれ!」
おいちが言うと全員雄叫びを上げたのである。
三津寺砦の裏口では根来衆が鉄砲を持ってやる気なく居た。根来衆はろくの独断で巻き込まれたと思い全然やる気がなかったのである。織田の兵は三津寺砦の東側表門で佐久間信盛を入城させるべく本願寺の兵と射撃戦や小競り合いを起こしていたがこれにも加わらずどうやって逃げるかばかり考えていた。佐久間玄蕃ら猿らが捕らえ降伏した大和衆や河内衆も戦には加わらなかったが鉄砲の弾込め等は嫌々やっていた。
「おい!貴様ら手伝え!味方と一緒に突撃して本願寺の兵を追い払え!」
佐久間兵がだらりとしてる根来衆に怒った。が、無理に雑賀衆に突撃して追い払おうとしても雑賀衆に届く前に撃たれて終わりである。根来衆も鉄砲に詳しいので絶対にお断りであった。
「へい?いやぁ。ワシら太刀打ち苦手で。弾込めしか出来んので」
「大和衆をアンタらが殺ったみたいにワシら出来の悪い僧兵は出来ないんですわ。くわばらくわばら」
根来衆はとぼけたのである。
「おのれ!役立たずが!勝ったら塙様に成敗してもらうからな!」
佐久間兵は怒りながら出陣して行った。
佐久間信盛だが予想外の犠牲者や負傷者続出でようやく三津寺砦に入ったのである。
しかし落ち着く間もなく
「裏口からも本願寺の兵がこちらに向かってます!」
「貴様ら何をしてるか!撃て!」
佐久間信盛が慌てて命を出すと
「へいへい」
根来衆だが裏口に回ってこちらに向かって来る本願寺の兵に狙いを構えたのである。
しかし
「オイ、どうする?」
「このままじゃ ろく のおかげで根来に帰れね」
「やるか?」
根来衆の兵は雑賀衆に鉄砲を向けながらひそひそと相談していた。
お菊、おいち、七ッ童子と合流したお凛、堺衆は三津寺砦の裏口近くまで到着した。鉄の盾の背後に入り大筒で木戸を壊そうとした矢先であった。
突然木戸が開いたのである。
「へ?」
お菊、お凛や七ッ童子は呆気に取られた。
「空城の計?」
菊之助とおいちが警戒したが次の瞬間、三津寺砦の上からこちらに銃口を向けていた根来衆だが突然、城内の織田側の兵、佐久間親子隊や三好康長隊に発砲したのである。
まさかの展開に三津寺砦の中は大混乱に陥ったのである。
「裏切りの裏切りかいな。笑えるわ。よっしゃ!突撃や!」
おいちが命を出すと太刀打ちが得意なお菊、小雀、無二、お凛や堺衆が三津寺砦に乱入したのである。
「おのれ!あたしの博打が台無しだよ!佐久間殿!ここは後退を!残ってる部隊を集めて強行突破して天王寺砦に逃げるしか!」
ろくは一部の根来衆の裏切りに歯軋りしたが三津寺砦内で背後から撃たれ裏切者が続出するともはやここに留まるのは難しかった。ろくは佐久間信盛、信栄、三好康長に残存部隊をかき集めて天王寺砦への強硬突破後退を勧めたのである。
「オイ!俺ら猿隊で殿だ。雑賀衆は太刀打ちが得意でない。接近戦に持ち込めば俺らは勝てるぜ!」
猿だが味方を激励しお菊たちに備えたのである。戦況は大きく動こうとしていた。




