屍を超えて行け 25-1 挿絵あり
お菊だが愛用の薙刀を研いでもらおうと入った島野屋で無精ひげのもじゃもじゃ頭の男に予想外に門前払いを食らったのである。
この男の態度にお菊は怒ったがそれ以上にお菊の月の小遣い代を超えるあまりに高額な研ぎ代に手が出せなかったのもあるが。
「どうする?お菊?凛凛にお金借りるかな?でも凛凛の実家に行くの嫌だな。凛凛のお父さんヤバいもんな。おいちに借りるかな?あ、おいちは雑賀の郷か。遠いな。あれ?あたしっていつもおいちと凛凛がすぐ傍に居たんだな」
ふとお菊はおいちとお凛の事を色々考えたが
「今日は自分で何とかするさ」
そう決めたのである。
お菊は研ぎ屋の近くの茶店に入ってどうするか考えたのである。
「あのう。ご主人、あの研屋さん、島野屋さんって堺では有名なんですか?」
お菊は島野屋の無精ひげのもじゃもじゃ頭の態度があまりに高飛車だったので頼んだカステラを食べながら茶店の主人にどんな店か聞くと
「あ~。島やんの店かい?有名だよ。随分と研ぎ代は高いけど島やんは真面目な職人で腕は良い。なんか金持ちの豪商や剣豪とか腕に覚えのある侍が好んで自慢の名刀とやらの研ぎを頼んでるよ」
主人が言うと
「仕事は丁寧で腕は良いがとにかく遅い。妥協しない仕事馬鹿なんだよな」
「女には早いんだよな!遊女とかに逆に誘われたらすぐに行くんだよな!」
「だから30半ばになっても嫁が来ないんだよ!」
島やんを知っている客たちが大笑いしていた。
お菊は苦笑いしておいたが。
「お嬢ちゃん?まさかあんたがこの物騒なのを使ってるのかい?」
茶店の主人がお菊の薙刀を見て驚いていたが
「あ!実家の代々のその!お宝で!えへ!」
お菊は騒ぎになるのが嫌なので適当にごまかしたのであるが。
「まぁ島やん、堅物の振りしてるけど女には弱いからお嬢ちゃんが猫撫で声を出せば態度が ころっ と変わるぜ」
「そやな!わはは!」
島やんを知る客たちは相変わらず大笑いしていたが。
お菊は再度苦笑いしておいたが。
「そうなんだ。でもあたし猫撫で声は苦手だなぁ。仕方ないけど」
お菊はぼやいたが。
お菊だが茶店で色々考えたりしている内に夕方近くになっていたがもう一度、島野屋、島やんの店に頼みに行ったのである。
「あ~。考えすぎたかな?遅くなっちゃった。断られたら宿に泊まって帰ろ。島やん女子に弱いみたいだけど見た目は堅物そうで苦手だな。緊張するな」
お菊は島野屋に戻るとそうっと扉を開け
「こんばんは」
と、声を掛けたが中から鉄を叩く音以外は反応は無かった。
奥を覗くと中では無精ひげのもじゃもじゃ頭、島やんが太刀に火を入れながらかんかんと叩いたりしていた。
さっきまで周りに居た人間は帰ったようで島やんはひとり残って作業をしていた。
「本当に真面目なんだな」
お菊は呟くとじっと一生懸命太刀を叩いたり焼いたり冷やしたり作業をする島やんを見てた。
「小次郎の奴も馬鹿真面目だもんな。みんな仕事馬鹿だなぁ。でも羨ましいかな」
お菊は30分程じっくり見ていたが島やんがお菊に一向に気付かないのでそうっと近付き
「こんばんは!」
満面の作り笑顔で島やんに声を掛けたのである。
「うわぁ!なんだよ!急に!驚かせるな!」
島やんだが突然入って来たお菊に仰天していたが。
「あたしの薙刀、研いでくださいよ!」
お菊は満面の作り笑みで言ったが
「さっきも言ったろ!俺は雑兵の薙刀なんか研がねぇ!」
「むかぁ!確かにあたしは雑兵かもしれないけどあたしは本願寺の正規兵で本願寺ために戦ってるのさ!あたしの友達の雑賀衆も堺衆も身分は低いけど命懸けで戦ってるんさ!」
お菊が文句を言うと
「雑兵なんて使い捨てですぐに死ぬだろ?雑兵の太刀なんて研ぐ意味がないって言ってんだ!」
「あたしは3年雑兵やってるんさ!」
お菊が返すと島やんは返答が予想外だったのか驚きの顔をしたが
「分かったよ!あんたは長生きしてるらしいな。良い腕なんだろうよ。でもまずは先にお代を置いて行きな」
「こんな高いお金払えないよ!半分にまけてよ!それでも高いけど」
お菊が口を尖らすと島やんだが嫌そうな顔でお菊の薙刀を預かって刃を見て見積もった。
しかし
「こんな無銘の薙刀じゃ研ぐ価値が無いぜ。断る」
島やんは受け入れられないと言ったのである。
「なんでさ!これはあたしの母上父上義姉から譲り受けて大事に使ってた薙刀なんだよ?無銘かもしれいないけど良い薙刀だよ!」
お菊は食い下がったが
「あんたにとって大事でも世の中じゃ無銘の太刀は無銘で価値が無いのさ。みんな名のある良い太刀しか興味が無いだろうが?」
「ぐ!そうだけどさ!」
「あんただって声を掛けられるんだったら名も無いボロを着た雑兵より身分の高い見た目も良い武将の方が良いだろ?同じだって。どうしても研いでほしいなら安い無銘の太刀でも研いでくれる安物専門の店もあるからそこに行きな」
「なにさ!その言い方!やらしい!ケチ!」
お菊は怒って外に飛び出したのである。
しかし外に出て冷静になると
「確かに無銘の太刀より名のある太刀の方が価値は高いかもしれないけどさ。無銘の太刀なんか研ぎたくないのも分かるけどさ」
お菊は呟いた。
「もう、どいつもこいつも女子に優しくなくてさ」
ぶつぶつ言いながら
「もう諦めて安いとこで研いでもらおう」
と思ったがもう夕方を過ぎて暗くなり研屋どころか商店も閉まっていたのである。
「あ~失敗した。今日は宿に泊まって明日、安い研屋さんを探そ」
お菊は堺の宿町のある方に向かったがあまり堺の地理に詳しくないので女郎屋の近くを通ってしまったのである。
「あ!お嬢ちゃん!かわいいね!」
「はい?」
お菊だが突如、若い18歳くらいの豪商の子息風の華美でちょっとワルな男子3人に声を掛けられたのである。
「お暇かな?一緒にご飯を食べようよ!おいしいお酒もあるお店に行こうよ!」
「あたしお酒、飲めないので。すみませんね」
お菊は声掛けされたが気が乗らないので断ったが
「堅いこと言わない!若者同士楽しもうよ!」
「お嬢ちゃん俺たちのすごい好みなんだ!良いじゃない!」
(なんて軽いんだろ)
お菊は自分よりちょっと年上の軽い男子たちに呆れたが。
「ねえ!こんな小娘よりさ、あたいらとじっくり遊ぼうよ!」
お菊が声掛けされている最中だが女郎屋からいかにも遊女の女が出て来て3人組に声を掛けたが
「下がった下がった!俺たちはこのお人形さんが良いんだ!」
「なんだい連れないねぇ!ったく」
遊女は3人組に追い返されたが戸惑うお菊に
「ねぇ。もしさ、お金に困ってるなら払うよ。だから楽しく遊ぼうよ」
3人組のひとりは銭をじゃらつかせたのである。
「!」
(あたしもそんな風に見られてるんだな。男ってさ、呆れるよ)
お菊は嫌な気分になったが
「お嬢ちゃん!あそこの店に行こ!はい!」
もうひとりは先にお菊の帯に銭の入った巾着を押し込んでお菊の手を握って無理に引いたのである。
「あ!結構です!いりません!」
お菊は慌てて断って銭の入った巾着を返そうとしたが
「良いじゃん!遊ぼうよ!お嬢ちゃんすごい好みなんだよ!タダじゃ悪いからさ!お土産だよ!」
「ねぇねぇ!お嬢ちゃんって本願寺の子なの?こんな物騒なの持っちゃってさ?今日は戦を忘れて楽しもうよ!」
「君さ、すごい上玉でお人形さんみたいで価値があるから払うよ!お名前なんて言うの?」
3人組は無理やりお菊を料亭とも遊郭とも区別がつかない店に連れ込もうとしたのである。
お堅い女を自認している普段のお菊ならこの軽い3人組に気嫌いして キレる はずだったが今日は違ったのである。
いつも当たりのきつい男の世界にいるのでこの日は軽くて若い豪商の子息風の華美でちょっとワルだが優な男子3人の世界に引き込まれてしまったのである。
「ねえ!お名前教えてよ!」
「あ、お菊」
「お菊ちゃん!今日は楽しも!」
男たちはお菊を優しく爽やかに笑いながら後ろから軽く抱擁したり腕をそっと組んだりしたのである。
(なんだろ?この男の子たちは親の七光りで華美に暮らしあたしと違う世界、いや、あたしが嫌いな世界の子なのにさ?あたしたちが血と汗と涙と泥でもがいてる世界も知らないだろうにさ。だから甘いのかな?優なのかな?あたしも実はそれは嫌いじゃないのかな?)
お菊はなんか慣れていない 優しさ に負けていたのである。
「あ、うん」
お菊は男たちに了承してしまったのである。お菊は3人の男子と店に向かって歩き始めたのである。
(どうせあたしを抱きたいだけなんだろうな。嫌だな。でも今日くらいはいいさ。血だらけの戦ばかりじゃなくてこんな甘い世界にあたしだってたまには良いじゃん。どうにでもなれ。あたし 上玉 なのかな。あたしだって 価値 あるのかな)
お菊はなんか夢遊な変な感じでいた。
男子3人はお菊を連れて妖艶な店に入ると
「ご主人!頼むね!」
「はい。お料理とお酒はすぐに。お布団は奥間に用意しときましたので」
「グラッチェ!まずは酒だ!うまい肴だ!」
男子3人たちは手筈良く段取りしたのである。
席に着くとすぐに席に酒が出され男子3人は酒を互いに注ぐとお菊にぴったりくっついて
「かんぱ~い!」
祝宴を始めようとしたのである。
しかし
「お菊様。薙刀は預からせて頂きますね」
主人が言うと
「薙刀?あ、はい」
お菊は夢遊に返したがこの華美で甘味な世界に鞘を被せてあってもお菊の薙刀は浮いていた。
「は!」
お菊は薙刀を見て我に返ったのである。
「あたし、薙刀を研ぎに堺に来たんだ!」
お菊は立ち会がって店を出ようとしたのである。
「ええっ?お菊ちゃん!研屋はもうやってないよ!」
「こんな時間だよ?明日にしようよ!遊ぼうよ!」
男子たちはお菊を無理やり止めようとしたが
「あたしはやはりこの見た目だけ美しい世界は今は相応しくないんだ」
そう言うとお菊は3人を軽く柔術であしらったのである。武道に無縁の3人はお菊に反撃できず投げられて伸びたが。
「お菊ちゃん!汚い戦場よりこっちの方が良いよぉ。華やかでしょ?」
1人が腰をさすりながら言ったが
「汚い戦場にも仲間との想いとかきれいなのもあるさ!痛かった?ごめんなさいね!さようなら!夢をありがと!これは返すね!」
呆気に取られている主人にもらった銭入りの巾着を返してお菊は店の外に出たのである。
「今のあたしはあの世界は相応しくないんだ」
そう呟くとそのまま島野屋に向かったのである。
お菊だが島野屋に入ると島やんはまだ仕事をしていた。
「またあんたかい。俺はその薙刀は預からないぜ。帰った帰った。今日は宿に帰って早く寝な」
島やんはさっきと同じ対応であった。
「あたしは石山本願寺の正規の兵だって言ってるでしょ!これは戦いで使い込んでるのさ!研いでよ!」
「だから俺はその無銘の薙刀は研ぐ価値を見出せないって言ってるんだ!」
「これはあたしにとっては価値ある大事な物なのさ!母上父上義姉の形見なのさ!」
「それはあんたの世界の価値だろ?俺は普通の世界の価値で言ってるんだ!」
お菊は島やんと少し言い合ったが決心したのである。
「あなたとあたしの価値が違うのは分かったわ。でもこの薙刀を研ぐのはお願いしたくてさ。あたし、お金もないし。でも価値が合えば良いんでしょ?タダでとは言わないわ。これでどう?男はこういうの、好きなんでしょ?」
お菊はそう言うと帯をほどいたのである。着物は全部はらりと開けたのである。
「い!」
島やんは呆気に取られていた。しかし島やんはお菊に負けてしまったのである。




