末法の世 1-3
光秀だが光福寺の櫓を借りる際だが信用のおける自軍、光秀直属の明智軍の小隊を担当としたのである。自分に確実に直接情報が入るようにである。
お菊だが光福寺に避難している間は最初は地元の子供と遊んだり大人の手伝いをしたりしたが風呂の時以外は寺の外に出れないのすぐに退屈になったのである。
ある日、お菊だが本堂の阿弥陀如来像の後ろの奥に隠れるようにいくつか仏像が安置してあるのに気付いたのである。
そこにあった一体が気になったのである。
暗い場所にあり姿形はよく見えなかったが物静かで何か物思いするような表情ですらりとした人の背丈ほどの仏像で腰巻だけを巻いていた。黒く塗られていたが表面は少し粗削りで手作り感が残っていた。
お菊はこの不思議な仏像に惹かれたのである。そしてこの仏像の前で静かに手を合わせたのである。
「弥勒菩薩様と聞いてるぞ」
いつの間にか横に頑強がいたのである。
「弥勒菩薩様?」
阿弥陀如来は石山本願寺の本尊で光福寺の本堂にもおり門徒宗のお菊はいつも祈りを捧げている。だが弥勒菩薩はよく知らなかった。
「簡単に言えば阿弥陀如来様は悟りを開いておりワシらはそれにすがる。弥勒菩薩様は悟りを開いていないがワシらと一緒にこの世を救おうとしている」
「悟り?この世を救う?弥勒様が?」
「いろいろな菩薩様がいるがな。弥勒様はワシらと世を救おうとされてる」
「なんでここに隠してるの?」
「この世を一緒に救ってくださっても戦は嫌じゃろ?だから隠した。戦では無く世を救ってくだされば良いのだが」
「ふうん。でも弥勒様って優しそうな女の人みたいだ」
「菩薩様は男でも女でもないのだよ。すべてを超越しておるのだ」
「そうなんだ。でもきれい。男でも女でもないのになんで隠してるの?」
頑強は笑うと
「そうだとしても裸じゃ失礼じゃろ?」
「そうなのかな?」
「まぁワシはだからワシ自身は不道明王みたいな立場かな?だから御仏様にすがって修行してる。地獄に行くかもしれんがな。ははは」
「なんかよく分らないけど」
頑強の自虐が分からないお菊はぽかんと返したが
「戦が早く終わるよう石山本願寺の顕如様にも動いて頂いてる。弥勒菩薩様にも手伝ってくれと祈ろうか」
お菊は頑強と弥勒菩薩に祈ったのである。
翌日だが明智光秀はまた光福寺に来たのである。しかも単身であった。大将と思えない気軽な態度で櫓の自軍の兵としばらくにこやかに話していた。そして本堂に向かったのである。
お菊だが思わず光秀について行ってしまったのである。
光秀は本堂に入ると阿弥陀如来像に手を合わせたのである。
「お侍なのに阿弥陀如来様を信じるんだ」
お菊が思わず光秀に言うと
「侍にだって信仰心はあるさ」
光秀だがお菊に返したのである。
光秀だが年齢は30歳前後、薄い水色の桔梗紋の入った赤い派手な甲冑に紫の陣羽織を羽織り長髪も赤い紐で束ねていた。
しかし派手な装いとは違い口調は至って普通であった。また織田家の若手の出世頭と聞いていたのでお菊は勝手にではあるが光秀を高慢な人物かと想像していたのであるが全く違ったのである。
「僕も信長公に仕える前は寺で修行したこともあるからね」
「ふうん。なんで?」
光秀は一瞬考えた後
「仏の教えは侍にも ため になるからね」
「ふうん」
「ま、気にしないで良いよ」
光秀はそう言うと再度手を合わせたのである。
「何をお祈りしたの?」
「君たちが無事に家に帰れるよう。三好が阿波に帰るよう。僕も家族の元に帰れるよう祈ったのさ」
お菊は光秀の意外な人物像に呆気に取られてしまったが。光秀は祈りを終えるとさっと自軍に戻って行ったのである。
4日も5日もすると光福寺に避難している住民と兵の交流も出て来たのである。
櫓の見張りの光秀直属の小隊の明智兵は目が良い30歳前後の三郎、隊長は40歳過ぎの安兵衛、伝言役は元服したばかりの新入りの13歳の小太郎である。
お菊だが暇なのもあり寺を掃除したりしていたが櫓の3人に食事の差し入れも行うようになったのである。
「小太郎。はい。お昼!」
「お菊さん。ありがとう」
伝令の小太郎はいつも櫓の下にいる。
お菊は小太郎に昼飯を手渡すと握りと味噌汁が入った蓋付き碗器などを担いで身軽に櫓を登り三郎と安兵衛にも昼飯を届けたのである。
「おう。菊ちゃん。すまんな」
「これしか楽しみないからな」
二人は飯にありついた。
「これからどうなるの?」
お菊が聞くと
「川の水はかなり引いたが殿(織田信長)は川底がもう少し乾くのを待ってるんだろう。今のままではまだ泥で抜かるんでうまく動けん。無理押しすれば鉄砲で味方の被害が増える」
安兵衛は経験で物を言った。
「ふうん。早く終わらないかなと思ったけど」
「そうだな。俺らも早く終わりたいがなかなか三好が白旗上げないからな」
安兵衛は返した。
「つまんないな。外に行きたいな」
「ダメだな。いつ戦が起こっても今はおかしくないのさ。外は危険だ。だからここに居なさい」
「?」
お菊はきょとんとしたが安兵衛は何か知っているように言った。
お菊が櫓を降りた後
「安さん。総攻撃までもうすぐですがさっきから浦江城の周囲の煙が多いように見えませんか?」
「昼飯時だからじゃないか?俺にはよく分らんが。何!」
堰き止めたはずの川に水が大量に流入して来たのである。
「小太郎!十兵衛(光秀)様に知らせろ!」
安兵衛は櫓の上から身を乗り出し声を上げると小太郎は何かお菊とたわいのない話をしていたが
「あ!はい!」
慌てて光秀の本陣に走って行ったのである。
しばらくして光秀も慌てて櫓にやって来たのである。
光秀も櫓に登り様子を見ていた。珍しい南蛮望遠鏡も持って来ていたが事象が掴めないようであった。
頑強らも武者走りに登り驚きながら様子を見ていた。
「堤防壊れちゃったの?」
お菊が聞くと
「そのようだな」
頑強が返した。
「え~!どうするの?これじゃ戦、終わらないじゃん!店開けないよ!商売上がったりだよ!」
さちが口を尖らせていた。
その日の夜だが光秀が頑強の元に来たのである。
「全員退去と?」
驚く頑強に光秀はうなずいた。
堤防を壊したのは三好の間者と噂され、怒った信長だが前倒しで力攻めを決めたと言う。堤防が壊され浦江城が水浸しになったので光福寺を最前線として使いたい意図もあった。
石山本願寺にも事情も説明し光福寺の住民は石山本願寺に一度下がる許可も得たと言う。
「分かり申した」
頑強も住民の安全を考慮してこれを受け入れる事にしたのである。
頑強だが十兵衛と本堂に行き阿弥陀如来像の前で祈ったのである。
「早く乱世を終えてくれと祈ったが」
頑強が言うと
「僕もです」
光秀も返した。
「ちょっと見て頂きたく」
頑強は阿弥陀如来像の裏に回るとそこに置いてあるいくつかの仏像を見せたのである。
「これは?」
「門徒衆の手作りの仏像ですな。みんな粗削りだがもうこんな世は懲り懲りで早く終わってくれとな」
「僕だって同じですよ。だからきっと天下を鎮めてくれる信長公に仕え義昭様にも仕えてる」
光秀は返した。
「これはちょっと粗削りだが良く出来てる」
光秀は黒い弥勒菩薩の背中をそっとさすったのである。
「お菊の父親が作っていたそうだ。完成する事無くお菊の父親は戦死したが。さちが弔ってくれと置いて言った」
「三好兵だった?」
光秀が聞くと頑強はうなずいた。
「あなたも?」
「そうだ」
「(三好)長慶公が長生きしてくれれば乱世は起こらなかったかもしれませんが。僧正。僕が信長公に仕えるのは天下を鎮めるのはこの方しかいないと思ったからですよ。だから三好三人衆が変に抵抗しなければ何も起こらなかった。それだけの話ですよ」
「確かにな。しかし一度握った力はなかなかみんな手放さないものだな」
「潔さがないとこうなる。まぁ、運命ならやむなしですかな。今日は明日に備えて早くお休み下さい」
光秀は言いたい事を言うと陣に戻って行ったのである。




